性の営みを描いた浮世絵“春画“に惹かれ、文筆を中心に活動の幅を広げる「春画ール」さん。春画好きが高じ、江戸時代の性風俗についても探求するように。春画を楽しむときに大切にしている、ジェンダー的視点を通じた春画と現代の私たちの性について語っていただきます。

春画ール

春画―ル(SHUNGIRL)
春画―ル(SHUNGIRL)

1990年愛媛県生まれ。学生時代に見た葛飾北斎の「蛸と海女」で春画に目覚める。2018年より会社勤務の傍ら「春画―ル」の名で活動をスタート。「現代人が見る春画」をコンセプトに、国内外への発信を続けている。著書に『春画にハマりまして。』(CCCメディアハウス)、『江戸の女性たちはどうしてましたか? 春画と性典物からジェンダー史をゆるゆる読み解く』(晶文社)、『春画の穴-あなたの知らない奥の奥-』(新潮社)。

最新刊に『春画で読む エロティック日本』(祥伝社新書12月26日刊行予定)。また、11月24日より公開するドキュメンタリー映画『春の画-SHUNGA』にも出演。

春画の幸せ、絵師の魅力

――春画ールさんの“推し絵師”を教えてください。

江戸時代の浮世絵には、例えば喜多川歌麿など有名な絵師の構図を、敬意を持って真似るという文化があります。春画をいくつか見ていくと「これがもとの絵なのね」とわかるようになるもの。けれど、かつてない性表現をいきなり出してくる絵師がいるんですね。真似とかインスパイアとかじゃなく、オリジナルの表現を繰り出してくる。

そんな絵師が北尾派の絵師や渓斎英泉です。これだけ表現があふれている作品ジャンルの中で、まったく新しいものを打ち出してきて、表現がブレない。英泉は、見ただけで英泉の絵だなとわかる天才のひとりです。

――春画を鑑賞する醍醐味はなんですか?

私は特に、春画に描かれた甘える男の仕草が好きで、それまでなかったような表現を見つけると嬉しくなりますね。

英泉の描いた『春花とり合わせ』では、文を読む女性を、かまってほしいと言わんばかりに抱きしめる男性の姿が描かれています。飄々とした女と、困り眉の男の表情の対比がなんともいい。

『枕文庫 浮名の辰巳』は、行灯の横に枕がふたつちょこんと並んで、男が芸者の手首を握って期待している顔が少し滑稽で「バカだねえ」と思わせるところが可愛かったりします。

絵って、仕事で食っていくために描いているか、好きで描いているかって、やっぱり伝わるもの。この絵師さんは心からこの絵を楽しんでいるのを感じられると、「ああ、生きていてよかった!」と思うくらいに幸せです。

今、春画を楽しむときに忘れたくないこと

春画 柳川重信「新曲ぬかりの月」(文政期)仕掛け絵。

柳川重信「新曲ぬかりの月」(文政期)仕掛け絵。女性の着物の膝の部分を開くと、見えるのは…

――春画展の開催や、春画に題材をとった映画が公開されるなど、ここ最近、さまざまなアプローチで春画に触れる機会が増えてきました。

年末年始にかけて春画に触れる機会が多くなり、私も楽しみにしています。春画展には、素晴らしく芸術性が高い一点ものや、状態がよく美しい作品が並びますから、エネルギーに満ち溢れた空間になるはずです。そこで描かれている性の営みに、笑い、癒されて帰るのもいいと思います。「あ、すごいものを見てしまった!」という興奮も感じていただきたいですね。

ドキュメンタリー映画『春の画 SHUNGAでは、画家の横尾忠則さんが劇中で『生きる』っていう力と、『死』っていう創造力がひとつになったときに、『春画』は生まれる」ということをおっしゃっていて、なるほどと思いました。生まれることと死ぬことは表裏一体で、その狭間に春画がある。とても共感する考え方です。

この映画には私も出演しているのですが、今、春画について発信する意味について、監督にも、自分自身にも深く問いかけるきっかけになりました。

――春画を愛する一方で、春画ールさんは、江戸時代の性風俗を、今の感覚で面白おかしく消費するだけでいいのか、という問題提起をされていますね。

現代に春画を伝えるとき、私がひとつ注意していることがあります。それは、春画を「おおらかな性をうたう春画はアートだ、素晴らしい」と手放しで賛美していくと、おそらくどこかで“詰まる”ということです。

今の人たちが春画を面白いと感じてくれる部分に、ばかばかしく、笑いを誘うダイナミックな性表現があるのはよく理解できます。また、現代の表現規制や、行きすぎた価値観の強制に息苦しさを感じる人には、確かに、性に対して開放的な人々の姿を描く江戸の春画がうらやましく感じられるかもしれません。そうであっても、蔑視の価値観が含まれている江戸時代の性の感覚を見逃すべきではない、と思うのです。

「FACTFULNESS」――事実とデータに基づけば、時代は確実によくなっている。それを前提に考えると、春画はやはり男女の和合が素晴らしい」「子どもを産むことが素晴らしい」「結婚というものをしなければならない」という価値観が揺るぎなくあった古い時代の性の芸術

私は春画が大好きですが、性の価値観が変わっているこの時代に、女性蔑視や暴力、身体的な差別を受けてきた人々の絵をどういった眼差しで見ることができるのか。常に考えていかなければなりませんし、バランスを失わないようにしたいです。

春画 歌川国芳「當盛(とうせい)けんづくし八ま」(1833年)

歌川国芳「當盛(とうせい)けんづくし八ま」(1833年)接吻を交わす男女和合の姿。

春画から伝わる、変わらぬよさとは何か

――江戸の性愛と、現代の私たちの性愛において、それでも変わらないものがあるとしたら、なんだと思いますか?

例えば、愛する男女が抱きしめ合う喜悦は、興奮よりも安堵の表情として二人の顔に浮かんでいます。それを絵師たちが心を込めて表現している。目の当たりにすると、やはり時を超えて素直に感動します。

江戸時代の性典ものには、男女が共に悦びを感じる「陰陽和合」が理想として描かれています。これは自分だけの快楽を追求する交わりではなく、お互いが快楽を感じあうところに和合のありがたみや重要性がある、日本独自に発達してきた考えで、春画にもさまざまな形で投影されています。

時代によって価値観は変わり、理想は理想にすぎないかもしれません。けれども「こういう夫婦でありたい」という憧れや、「こういう性の表現が面白い!」という楽しさが、絵師たちの技を通じて伝わってくると、我々現代人も、素晴らしいな、こうありたいと当たり前に思いますね。

撮影/江原隆司 取材・文/久保田梓美 構成/渋谷香菜子