石ノ森章太郎によって描かれたSF漫画作品を原作とした舞台「サイボーグ009」で、主人公・サイボーグ009/島村ジョー役をつとめる七海ひろきさん。“刀剣男士”にクセ強の社長、アニメでは妖怪の少年や後宮の姫君など、性別、年齢、種族の垣根すら超えた幅広い役柄を演じる七海ひろきさんに、俳優としての現在地を語っていただきました。

七海ひろき
七海ひろき

俳優・声優・歌手として多方面で活動中。2003年に宝塚歌劇団に入団(89期)。2015年に宙組から星組へと組替えし、‘19年3月に退団。同年8月キングレコードよりメジャーデビュー。主な出演作に、舞台「『刀剣乱舞』禺伝 矛盾源氏物語」(‘23)、ドラマ『パリピ孔明』(’23)、TVアニメ『マッシュル-MASHLE-』(’23)、『烏は主を選ばない』(’24)など。‘24年5月、舞台「サイボーグ009」で009/島村ジョー役、7月放映のアニメ『戦国妖狐 千魔混沌編』で千夜役、共に主人公を演じる。

不朽の名作の主人公を、初の舞台化で自分が演じる

七海ひろき 舞台 サイボーグ009 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

 ——「サイボーグ009」は、原作マンガの発表から60年を経ての初の舞台化ですね。七海さんの役は戦争兵器であるサイボーグに改造されてしまった少年・サイボーグ009/島村ジョー。演じるにあたっての意気込みを教えてください。

七海さん:
石ノ森章太郎先生の原作には、サイボーグの身体と人間の心を持つ主人公の葛藤や、争いはなくならないのかという普遍的なテーマが描かれています。私自身、アニメやマンガというジャンルに愛があるので、台本と照らし合わせながら、大長編の原作と過去のアニメシリーズを観てリスペクトを深めました。

また原作マンガには1ページごとに細やかな感情を映し出すようなカメラワークがあり、島村ジョーの哀愁や怒りが迫ってきます。1960年代から2000年代にかけ、いくつものシリーズが制作されたアニメでは、さまざまな声優さんの演じ方を通して、時代ごとの島村ジョーのイメージが伝わってきました。

不朽の名作の主人公を、初の舞台化で自分が演じることについて、プレッシャーはありますが、男役を演じることへのプレッシャーではなく、とても人気のキャラクターを自分が演じることに対しての緊張感があります。でも緊張感を越えて、サイボーグ009/島村ジョーを自分のセリフと体でどう表現するか考えるのがとても楽しいです。

※石ノ森章太郎の「ノ」の字は、約60%縮小が正式表記。

ボクシングジムに通って、脇を絞めて立つという基本のフォームから習い始めました

七海ひろき サイボーグ009 島村ジョー 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

——今回、演じる役とはどのように向き合っていますか。男役だからこそのアプローチがあるのでしょうか。

七海さん:
役と向き合うときに、男だから、女だから、ということはあまり考えません。この役がここにいるから、こんな動きをする、喋り方をする、という部分を大事に芝居をしています。今回であれば、私自身の根っこには存在していない、役の中にある気持ちを知ることがひとつの役作りだと考えています。

今回の役にはアクションがあるので、ボクシングジムに通って、脇を絞めて立つという基本のフォームから習い始めました。今まで殺陣の経験はありますが、武器を持っての動きと、自分の拳や脚を使う動きを比べてみると、根本にある精神的な部分が違うのではないかと感じたんです。

お客さんに対して、フィクションを本物に感じさせる“見せ方”だけなら練習すればできる。けれど、「人を殴る」って、自分でも痛みを感じるもの。今まで人を殴ったことも殴りたいと思ったこともない自分の中に、その実感はありません。人を守るために、敵を殴らざるを得ない島村ジョーの苦悩や葛藤に近づくには、彼の状況に自分の身を置くことから始めてみよう、と思いました。

七海ひろき 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター サイボーグ009

——稽古中や、本番に向けて、大切にしているルーティンはありますか?


七海さん:私は目の前の物事に集中したほうが力を発揮できるタイプ。いろいろな考えが分散してしまう時は、頭が濡れたアンパンマンみたいに「力が出ないよ〜」って(笑)。


だから稽古場や劇場に向かう間に、作品と役の感情を考え、集中を高めていくことが大事なルーティンになっていると思います。そうして集中を高めながら自分をだんだんと温めていくと、ステージに出る瞬間に、スイッチがパチン!と入る感じです。

——本番に向けて集中力を徐々に高めていくのは、宝塚時代から続いている習慣でしょうか?

七海さん:
宝塚時代はそれが日常だったせいか、あまり考えてやっていなかったんです。退団後、声優としての活動を始めたことにより意識するようになりました。

声優の現場は、テストから本番に入るまでの間隔がとても短いので、瞬発力と対応力が必要。だからこそ事前の準備をしっかりしています。台本をいただいたら、演じる役の表情が原作でどう描かれているか見返し、セリフの横に口の形を描きこんでみたり…イラストがすごく下手なんですけどね(笑)。

そこまでやって、本番では全部手放して、マイクの前に立つ。ライブやステージに立つ時でも、活かせる部分なんじゃないかなと思っています。舞台のほうがずっと時間をかけて、演出や他のキャストの皆さんと一緒に稽古ができますから、舞台「サイボーグ009」でも準備を極めて、最終的にはまっさらな気持ちで本番を迎えたいです。

何にもとらわれず、壁なく表現できる演技というのが本当にある。何もかも超越して演じてみたい

七海ひろき 声優 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター サイボーグ009

——宝塚を退団後も、性別や年齢という枠を超えた役柄を演じるという道を切り拓いてこられたように思います。「七海ひろき」として多様な役を演じる時に心がけていることはありますか。

七海さん:
性別や年齢の違う役を演じることも多いですが、舞台やアニメにおいてはごくあたり前のこと。なので、自分自身はそれについて、「切り拓いていこう!」という気持ちで進んできたわけではありません。男役、女役、子ども役といった垣根をつくらず、ありのままの自分で、やりたいと思う役をひとつずつ重ねてきたことで、今につながっているような気がします。


声の仕事では特に、オーディションを経て役との縁を結ぶことが多いですから、やってみたい役を目指してオーディションを受け、その仕事が次にいただける役へと続いていきます。ひとつひとつ準備を重ねて向き合っていくうちに、声の仕事からまた別のメディアの仕事につながることもあります。ありがたいですね。

——舞台「サイボーグ009」のように、演者が性別や年齢に縛られず自由に役を演じる舞台作品も増えてきました。エンターテイメントにおいて、そうした流れになりつつあることをどのように思われますか。

先日、心から感銘を受けた出来事がありました。舞台『千と千尋の神隠し』、千尋役の上白石萌音さんの演技を見たときです。冒頭のシーンで、小学生の千尋が車の中で「おかあさーん」と呼びかける、その一言を聞いただけで、「千尋だ!」と、物語の世界に一気に引き込まれたんです。衝撃的でした! 大人が小学生を演じることの違和感なんて全く感じさせない。演じる役に集中しながら、まわりの登場人物も含めた世界観を、すごく「本物」にしている。上白石さんの舞台でのあり方が素晴らしいな!と思いました。


上白石さんだけでなく、舞台『千と千尋の神隠し』には人ではないものがたくさんでてきて、それも全く違和感なく没頭することができました。何にもとらわれず、壁なく表現できる演技というのが本当にあるのだと体感して、一本の光がパッと差し込んだようでした。


時には宇宙人になれる、とか、動物にもなれる、何もかも超越して演じてみたい、という気持ちは、演技する人の根底に共通してあるように思えます。すべての役を演じた先にどんな景色が見えるのか、それをずっと探し続けているのだと思います。

舞台「サイボーグ009」ポスターヴィジュアル 七海ひろき 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

ジャケット ¥107800、パンツ ¥64900/ティーエイチプロダクツ(TARO HORIUCHI Inc. contact@a-tconcepts.com) シャツ¥42900/テンダーパーソン(080-6581-9171) その他/スタイリスト私物

撮影/松岡一哲 ヘア&メイク/赤松絵利(ESPER) スタイリスト/井田正明 取材・文/久保田梓美 企画・構成/渋谷香菜子