元・宝塚歌劇団男役スターの七海ひろきさんは、退団後、俳優・声優として、垣根を超えた幅広い役柄を演じています。「ありのままの自分で、やりたいと思う役をひとつずつ重ねていく」ために貫いてきた意志、そして、しなやかに受け止めた変容についてお聞きしました。

七海ひろき
七海ひろき

俳優・声優・歌手として多方面で活動中。2003年に宝塚歌劇団に入団(89期)。2015年に宙組から星組へと組替えし、‘19年3月に退団。同年8月キングレコードよりメジャーデビュー。主な出演作に、舞台「『刀剣乱舞』禺伝 矛盾源氏物語」(‘23)、ドラマ『パリピ孔明』(’23)、TVアニメ『マッシュル-MASHLE-』(’23)、『烏は主を選ばない』(’24)など。‘24年5月、舞台「サイボーグ009」で009/島村ジョー役、7月放映のアニメ『戦国妖狐 千魔混沌編』で千夜役、共に主人公を演じる。

「かっこいい!」という言葉は、自分にも魔法をかけてくれる

七海ひろき インタビュー サイボーグ009 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

——ポートレートの撮影中、スタッフからの歓声が止まりませんでしたね。今、七海さんとって「かっこいい!」という言葉はどんなふうに響きますか? 


七海さん:目の前で「かっこいい」と言ってもらえると、自分でも「あ、そうかも!嬉しい!」って思えて、ニコニコしてしまいますね。


みんなが「かっこいい! 好き!」って言ってくれて、それを私がみんなに返して、全体が魔法にかかったように高まってゆくような感覚がすごく好きなんです。舞台やライブで、ファンのみなさんを「魔法にかけたい」と思っているんですけれど、オーディエンスが私にかけてくれる魔法が絶対あるんですよね。

「自分が自分のまま、自然体で演じられる役」を貫いていきたい

七海ひろき 元・宝塚歌劇団男役スター サイボーグ009 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

——七海さんは常に演じることの“かっこよさ”を追求してこられたように思いますが、活動の幅を広げながらも、ぶれずに持ち続けているものはなんでしょうか?


七海さん:「ありのままの自分として演じたい」「自分が自分のままで演じられる役を積み重ねていきたい」ということは、ずっと変わらない気持ちです。演じる役の属性にとらわれず、自分らしくナチュラルにいられるかどうかが一番大切。自分にとっての自然体を貫いていきたいのです。


その意思は自分の体幹のようなもので、常に鍛え続けていかなきゃいけない。そこに通じる一番シンプルな方法は、「演」じる「技」を磨き続けること。そうしたお芝居に対する根底の気持ちはずっと変わっていません。


——どのようにして「自分らしさ」の表現方法をアップデートされてきたのでしょうか。


七海さん:声優としての活動で得たものは、非常に大きいです。宝塚で男役をやってきた経験を、声で演じる世界でも活かせたらいいのでは、という考えもありました。でも実際に体験してみると、アプローチは全然違っていて。始めた頃は、毎回いっぱいいっぱいで現場に向かっていました。


今、やっと、ちょっと慣れてきたかな、と感じる瞬間がある…の、かなあ…くらい。断言はまだできないんですけれど(笑)。新しい発見がたくさんあって、自分自身の変化を感じています。

宝塚時代は“自分の中の完璧主義”がめちゃめちゃあったんです

七海ひろき 役者 声優 サイボーグ009 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

——10年以上を過ごした宝塚歌劇団から出て、新たな世界へと飛び込んだことで感じた変化は、どんなことですか? 


七海さん:現場での対応力、瞬発力は、この5年の紆余曲折を経て、だいぶ成長したかもしれません。人に教えてくださいと言うのが実は苦手なタイプ。振り付けや場面の変更をのみ込むのがすごく苦手で、宝塚時代は特に、まわりの速さについていけないので、ひとりでいつも自主練してました。


でも声優の現場では「見て感じて、盗んで」という暇はありません。最初の頃は、先輩方や周囲のスタッフさんに「台本はどうやって見ればいいですか?」「どこを気にしたらいいですか?」と、どんどん教わっていきました。


それから、退団したての頃にお仕事をご一緒した人と再会したときに「柔らかい雰囲気になりましたね」と言われます。当時は、もっと「キッ」「ピリッ」としていたようです。思い返すと、5年前までは“自分の中の完璧主義”がめちゃめちゃあったんです。舞台上の位置決めも「ここは何センチ先へ」「意識はこうあるべき」と、すごく細かく考えていました。


今はそういう完璧さを目指すよりも「その場での一番いい状態を作る」という心持ちになってきたように思います。自分ひとりが、ではなく、今日この現場で一緒に作っている人たちとの中で、一番いいものを作っていこう、と委ねる部分が大きくなりました。

「実は繊細」な自分を受け入れることで乗り越えたもの

七海ひろき 宝塚 サイボーグ009 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

——お話を伺っていると、七海さんの退団後のこの5年間は「自分らしさを貫く」ために、常に変わり続ける時間であったようですね。葛藤や苦労もあったでしょうか?


七海さん:演技のワークショップや稽古に参加して何度か指摘されたのですが、私って、どうやらかなりの「繊細さん」みたいなんですよね。


人から言われるまで自覚がなかったのですが、演技だけでなく、心の部分でも思い当たることがありました。例えば、衣装合わせやメイクのときに「自分らしくないな」と思っても、遠慮して、うまく伝えられなかったり。


先ほど言った“自分の中の完璧主義”が、「わからないことは後でなんとかしよう」とか「違和感があるけれども自分ひとりで解決しよう」という気持ちを引き出してしまって、結果的にモヤモヤがつのる結果になっていたのかもしれない、そう思います。

——自分の繊細さに気づき、いたわる。それによって得られる強さもありそうです。


七海さん:自分の繊細な部分を知ったからこそ、考えすぎたモヤモヤを一旦忘れて、今に集中するということを覚えたかもしれません。


遠慮して、自分だけで解決しようとすることで、後から周囲に迷惑をかけることにもなる。「じゃあ、自分は今何を一番大事にしている?」と考え抜けば、自分の意見を呑み込んでしまうのはダメだ、とシンプルな答えにたどり着くんですよね。


——社会に生きていると、自ら空気を読んで遠慮してしまったりする場面は多くあります。そんな時に、七海さんのようにしなやかに「自分を貫く」にはどうすればいいでしょうか。


七海さん:自分が何を一番大切にしているかを、ちゃんと信じることが、何をするにしても大事じゃないかなと思います。


例えば私だったら、お客さんが「すごくカッコよかった、観に来てよかった」と満足するものを届けることが一番の目標。それに対して自分のやるべきことは、周囲に委ねることも含めて、たくさんあります。


成功させたいこと、自分が叶えたいことに対して、意見が言えないとき、違和感があるときは、自分の本当の目標や大切と思っているものを、今、その状況で、ちゃんと明確にすること、かな。 

舞台「サイボーグ009」ポスターヴィジュアル 七海ひろき 宝塚歌劇団 宙組 星組 男役スター

衣装/すべてスタイリスト私物

撮影/松岡一哲 ヘア&メイク/赤松絵利(ESPER) スタイリスト/井田正明 取材・文/久保田梓美 企画・構成/渋谷香菜子