セックスレス、公認不倫、不妊治療、女性用風俗など、「めでたしめでたし」の先にある結婚生活を描いた渡辺ペコさんの人気漫画『1122』が実写ドラマ化。恋愛映画の名手として絶大な人気を誇る今泉力哉さんがメガホンを取り、妻のかおりさんが脚本を務めたことでも話題です。夫婦の本音を、リアルな夫婦が手がけたら…? 結婚以来もっともヘビーなケンカも経験したという、気になる制作の裏側を伺いました。

今泉力哉

映画監督

今泉力哉

1981年生まれ、福島県出身。2010 年『たまの映画』で商業監督デビュー。2013 年『こっぴどい猫』でトランシルヴァニア国際映画祭最優秀監督賞受賞。主な作品に『サッドティー』(2014)、『愛がなんだ』(2019)、『his』(2020)、『あの頃。』(2021)、『街の上で』(2021)、『窓辺にて』(2022)、『ちひろさん』(2023)など。恋愛映画の名手として知られる。現在、最新映画『からかい上手の高木さん』が公開中。

今泉かおり

監督・脚本家

今泉かおり

1981年生まれ、大分県出身。地元の看護大学卒業後、大阪で看護師として働くが、映画監督の夢を追い求め2007年に上京。ENBUゼミナールで映画制作を学ぶ。卒業制作の短編映画『ゆめの楽園、嘘のくに』が2008年度京都国際学生映画祭で準グランプリを受賞。初長編監督作『聴こえてる、ふりをしただけ』は、2012年ベルリン国際映画祭「ジェネレーションKプラス」部門で子ども審査員特別賞を受賞した。ドラマ『1122』では脚本を担当。

『1122 いいふうふ』STORY
フリーランスのウェブデザイナーとして働く一子(高畑充希)と、文具メーカーで働く二也(岡田将生)は、結婚して7年目を迎えた気の合う夫婦。何でも話せる親友でもあり、側から見れば羨ましいほど理想的なパートナーだが、実は性生活は2年もストップしている。彼らの結婚生活は“婚外恋愛許可制”の公認という、秘密の協定によって支えられていた…。2024年6月14日からPrime Videoにて世界独占配信。

彼女には作り手としての信頼がずっとありました(力哉さん)

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──今回、初めてご夫婦でタッグを組まれたのは、今泉力哉監督の提案だそうですね?

力哉さん もともと彼女自身も脚本を書いて映画を撮っていましたが、出産を機に映画の世界から離れて、10年ほど看護師として働きながら家計を支えてくれていました。

俺がようやくこの仕事で食えるようになって、子どもたちも大きくなってきたので、彼女も数年前に看護師の仕事をやめたんです。それから少したった頃にこの作品のお話をいただいたので、「妻が脚本を書くっていうのもありですかね?」とプロデューサーに提案しました。題材的にも夫婦の話ですから。

かおりさん 子どもを産んでから業界を離れていたので、映像の仕事はまたやりたかったのですが、ちょっと不安もありました。

力哉さん 妻が自分の作品を制作していない間も、俺が映画をつくる際には、よく脚本や編集について相談していたので、作り手としての信頼はずっとありました。

シナリオもきちんと起承転結をつくるタイプだから、彼女なら原作がある作品も構成できるんじゃないかと思って。

もやもやした思いをためこんでしまうところも人間っぽいんですよね(かおりさん)

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──渡辺ペコさんの原作を読まれたときは、どんな感想を持ちましたか?

かおりさん
 一子(いちこ)と二也(おとや)の夫婦が公認不倫を選択して、不器用ながらもお互いあまり嘘をつかず、一緒にいることをあきらめない姿がすごく面白いなと思いましたね。

力哉さん 「公認不倫」という言葉だけ聞くと、特殊なこととして受け止められがちだけど、作品の中では二人がセックスレスをどうにかしようと考えて生まれたひとつのアイデアなんですよね。

まわりから見ると理解できないことかもしれないけど、本人たちがそのときにできるいちばんいい方法を模索している感じは、読んでいて面白かったです。

かおりさん 夫婦の形を保つために選択したことではあるけれど、一子はやっぱりどこかに「嫌だ」という気持ちがあって。それを素直に言い出せなくて、もやもやした思いをためこんでしまうところも人間っぽいんですよね。

──漫画原作の作品を実写化するうえで大事にすべきところなど、お二人の共通認識はどうやってつくられたのでしょうか。

かおりさん 特に話し合ってはいないんです。原作で自分が面白いと感じた部分を軸に、そこからズレないように書くことは意識しました。

力哉さん あとはドラマにしたときに「公認不倫で嫌な気持ちになるなんて、最初からわかってたじゃん」みたいな感覚で観られてしまうと、1話で離れちゃうだろうなと思ったので、そのあたりはどうしたらいいか、キャスティングも含めて気をつけました。

誰がいい悪いではなく、それぞれの立場や視点があるというか。そこは一子を演じた高畑充希さんも二也を演じた岡田将生さんも、理解して演じてくれていたと思います。特に二也は、いい意味で脚本と映像の仕上がりに差があったと妻は感じたらしくて。

かおりさん そうそう、ちょっとゆっくり喋ったり、語尾を伸ばしたり。「わかってないでしょ」っていう天然な感じが出ていて、すごくいいなと思いました。たぶん、岡田さんがいろいろと考えてつくってくれたんだろうなって。

力哉さん 3話目を撮影しているときかな。不倫相手と出会った生け花教室に通い続ける二也の能天気さについて「そりゃあ一子もつらいよね」と現場でぼそっと口にしたんです。そしたら「もうちょっと二也の気持ちも考えてくださいよ〜」と岡田さんに言い返されて、「ああ、すみません」となって(笑)。どうしても俺は一子の目線で現場にいてしまうことが多かったので、岡田さんが素直に二也としてそこにいてくれたことがうれしかったです。

原作より二也が泣くシーンが多いのも、岡田さんが“自分が二也だったら”という気持ちでつねに存在してくれたから。作品の本質が変わってしまうようなら感情を抑えてもらわなきゃいけないけど、自然に出ちゃう涙は仕方がない。そのときの素直な気持ちを生かしたことで、印象的なキャラクターになったと思います。

ぶつかれない相手だったら、面白い作品にはならなかった(力哉さん)

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──制作中にお二人が険悪な雰囲気になることもあったとお聞きしましたが。

力哉さん ちょっと俺の言葉足らずというか…。劇中に二也が花言葉を言うシーンがいくつか出てくるんです。原作にもあるシーンをふくらませてオリジナルで書いてくれたパートなんですけど、どうしても季節的に用意できない花があって。

ちゃんと理由を説明すれば伝わる話なのに、たまたまロケハンで「花言葉を言う男性ってどう思う?」みたいな話になった際に俺が「花言葉を口にする男ってちょっとダサくない?」って言ったら、スタッフにも賛同者がいたんですよね。それを妻に話すときに、花が用意できないっていう話をすっ飛ばして、「今日、スタッフたちと『花言葉を語る男ってダサいよな〜』みたいな話になって」というような言い方をしてしまったんです。それが彼女の脚本をバカにしたように伝わってしまって。

かおりさん 花言葉のシーンはプロット(構想)の段階からあったし、ラストシーンにも出てくる重要な場面なんです。それを変えるとなると、前後も変えなきゃいけない。

力哉さん だから「え、今から変えろってこと?」「もう1年前に書き上げてますけど。ちゃんと脚本読んでた?」みたいな感じになって…やばかったですね。

かおりさん 冷戦状態が長く続きました(笑)。プロデューサーの佐藤さんにも相談したよね。

力哉さん そうでした。結婚していちばん重いケンカだったかも。ただ、このくらいぶつかれない相手だったら、面白い作品にはならなかったと思います。言い訳みたいですけど(笑)。

想いが同じであれば、その夫婦なりの幸せは見つけられる気がします(かおりさん)

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──作中の一子と二也のように、葛藤やすれ違いを抱えながら向き合ってこられたのですね。本作に登場する公認不倫や女性用風俗といったテーマは、ご夫婦で取り組むには、少々気まずい部分もあるように思いますが…。

かおりさん 私の中ではフィクションの世界のお話だったので、現実としての身近さはなくて。気まずさもあまり感じていませんでした。

力哉さん いやあ、緊張感はありましたよ、俺はね(笑)。自分で話を持ちかけておいてあれですけど、ドラマの中の出来事を話し合ううえで、俺ら自身の話になったら気まずいかもなと思っていましたから。でも、今の話を聞いて安心しました。

──それはよかったです(笑)。恋愛のその先にある夫婦の「性」については、どんなふうにとらえましたか?

力哉さん このドラマの始まりと結末は、ひとつの例でしかないと思うんです。一子たちは公認不倫をした結果、もやもやしたりして、そこからまた試行錯誤していきますけど、同じ選択をしてうまくいく夫婦も現実世界にはいるのでしょうし。

一子と二也にしても、俺らにしても、掘ってみればどんな夫婦も独特。まわりに何を言われても、やっぱりその二人でしか成立しない関係性はあると思う。どれだけそれが歪でも、二人のことは二人にしかわからないと思います。

かおりさん 自分たちが幸せだと思う形を見つけるのがいちばんですよね。「絶対にこうなりたい」という想いが同じであれば、その夫婦なりの幸せは見つけられる気がします。

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撮影/天日恵美子 取材・文/松山梢 企画・構成/国分美由紀