気候変動などの問題に取り組むアクティビスト、eriさんのインタビュー後編では、eriさんの原動力や、市民運動を通じて届けたい思いにクローズアップ。社会問題をなかなか自分ごととして捉えられない理由や、一人の持つ力を過小評価することの問題点などを、市民運動を通じて得た知識と経験をもとに、解説してくれました。

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アクティビスト

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1983年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。父親は日本のヴィンテージショップの先駆け「DEPT」の創業者で、幼い頃から古着に囲まれて育つ。2004年に自身のブランド「mother」を立ち上げ、2015年には父親から引き継ぐ形で「DEPT」のオーナーに。社会問題に取り組むアクティビストとしても活動し、市民による課題解決のための、さまざまなアクションを企画・主宰している。2022年、Instagramアカウント気候辞書/CLIMATE DICTIONARYを開設。

大きな数は、小さな数の集合体。一人の力を過小評価しないでほしい

eri アクティビスト 環境問題

——前編では、環境問題への取り組みについて詳しくお聞きしました。気候変動の緊急性は何年も前から報告されているにもかかわらず、日本を含む多くの国が、必要とされる解決策を実施しないのはなぜですか?


eriさん:さまざまな要因がありますが、最も大きなブレーキをかけているのは、経済的合理性を強く求める経済や政治のシステムだと思います。そもそも利益を優先し続けた結果として気候変動が起きてしまったのですから、利益を諦めずに、現在求められているスピード感で気候変動を解決するのは難しいですよね。


個人的には、正常性バイアスの働きが、日本では特に顕著だと感じます。「きっと誰かが解決してくれるから大丈夫」「自分には仕事があるし、行動できる人に任せよう」といった思考がまさに正常性バイアスの表れで、かつての私も、そう考えていました。

※心の安定を保つために、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりするメカニズムのこと


——「自分一人の力では何もできない」という意識や発言も、見聞きする機会が多いと感じます。


eriさん:「自分一人が行動したところで何も変わらない」という発言は、よく聞きますね。政治の問題に取り組む中でも、選挙における一票=一人の力を過小評価する人がとても多いんです。1という数字は確かに小さく感じるかもしれません。でも、100人ぶんの1を寄せ集めたらどうですか? 100になりますよね。


当然ですが、小さな数が集まることでしか数は大きくなりません。一人一人が自分の価値をゼロから1にすることで、無限の可能性が広がり、社会を変えることにもつながる。自分が持つ「1」の力を、もっと大事にしてほしいです。

大きなアクションを起こそうとしなくていい。まずはリサーチを!

eri インタビュー 環境問題 2

——問題意識は抱えているけど、何をすればいいかわからないと感じている人は、まずどんな行動を取るべきでしょうか?


eriさん:まずは、問題意識を抱える自分を褒めてあげてください。問題意識を持っている人は、自分の行動に罪悪感を抱いていることが多いんですよ。ついペットボトルを買っちゃう、とか、マイバッグを忘れがち、とか。でも私からすれば、問題を認識しているだけで素晴らしい!と思います。


ゴミを平気でポイ捨てする人もいるなかで、自らの行動を「ヤバい」と感じ、反省できることを誇りに思うべきです。そして反省の先に、何かやってみたいと思ったら、自分が最も気になることをネットで調べてみてください。海が好きだとしたら、海の汚染でもいいし、海洋生物の大量死でもいい。ひとつドアを開ければ、その先にゴミの問題、政治の問題、とすべての問題がつながっていきますから。


——問題について深く知っていく中で、次に自分がやるべきことが自然と見つかりそうですね。


eriさん:そのとおりです。社会問題の中でも特に環境問題は、すごく怖いイメージがありませんか? その恐怖を感じる原因は『よく知らないから』なんです。「気温の上昇も自然災害も、人間にはどうすることもできない」と考える人が多いのですが、解決するためのソリューションは日々進化しているんですよ。


恐怖のあまり見て見ぬふりをするのは簡単ですが、それでは不安は募るばかり。気候変動の基礎知識や最新ニュースを発信しているInstagramのアカウント『気候辞書/CLIMATE DICTIONARY』の情報を知るだけでも環境問題に対する意識は変わると思うので、ぜひ見てみてほしいです。

私たちの行動が原因の環境問題を、若者に解決させるのはあまりにも不平等

——eriさんが多忙な日々を送る中で、原動力となっている存在や意識はありますか?


eriさん:二十歳前後の私は、こういう服を作りたい、こういう大人になりたい、と希望を持って将来を想像していた記憶があって。でも今の若者たちは、いずれ地球が機能しなくなることを前提に将来を考えなければいけない。それって、ものすごく不公平だと思いませんか? しかも、その状況を作ったのは私たち大人。好き勝手やってきたことの皺寄せを後の世代に押し付けてしまったんだ、と知ったとき、とてつもない恥ずかしさと罪悪感に襲われました。


そういった、気候変動における不公正や不正義を正そうとする意識を「気候正義(Climate Justice)」と呼び、私の原動力の大部分を担っています。生きている限りは、若者が希望を持てるような未来を作るために、できることを精いっぱいやっていくつもりです。

環境に配慮した取捨選択を通じて、自己肯定感が上がった

eri ポートレート 環境問題

——プライベートでも、菜食主義者であり、家や職場の電力を再生可能エネルギー由来のものに切り替えるなど、可能な限り環境に配慮した選択をしているeriさん。環境に配慮する=便利さを諦める、という少々ネガティブなイメージを抱く人も少なくないと感じますが、不便を感じることはありますか?


eriさん:不便や我慢を一切感じないどころか、最高に快適です! お肉を食べなくなって6年ほどたちますが、そのおかげで野菜の切れ端を使ったおいしい出汁の取り方を習得できましたし、料理のレパートリーも倍増。食事に限らず、何かをやめれば、別の方法を生み出したり、別のものに出合うことができると学びました。その工程で想像力が鍛えられたり、視野も広がったり、いいこと尽くめです。


欲しいものを買い、行きたい場所へ行き、食べたいものを食べる、それまでの人生は自由ではあったけど、すべて“気分”で選択していたんですね。こだわりも愛着もない生活のつまらなさに初めて気づけたし、もう二度と戻りたくない。あのとき、自分を変えられた自分に心から感謝しています。


——環境に配慮することで、自分にとっても、よりよい選択ができるようになったんですね。


eriさん:自らの意志で選択するようになって、自分の行動や持ち物ひとつひとつに理由を語れるようになったんですよ。このバッグはこういう理由があって買った、このボトルはこういう機能があるから選んだ、と。意志を持って選べる自分に自信がついたし、環境に配慮できる自分をどんどん好きになって、その結果、自己肯定感が急上昇しました。これらのポジティブな変化を経験できたことは、アクティビストとしての成功体験でもあり、今後の活動のモチベーションにもなっています。

みんなで一歩を踏み出せば、世界の景色は確実に変わる

——自分の意志で選択することは、自分らしい生き方にもつながりそうですね! では、最後に、新たに挑戦したいことがあれば教えてください。


eriさん:やりたいことはたくさんありますが……学べる場所作りは、いつか実現させたいことのひとつです。なんとなく思い描いているのは、江戸時代の「寺小屋」のような存在。気候変動や環境問題について学びたい人が集まり、知識をつけながら仲間を作っていけるような場所にしたいですね。


冒頭でも触れたとおり、環境問題の本格的な解決にブレーキをかけている要因はたくさんあって、政治や経済、自治体、市民のどれかではなく、すべてが力を合わせる必要があります。みんながアクティビストになる必要はないけど、みんなで足並みをそろえて「せーの!」と踏み出せば、たった一歩で世界の景色は確実に変わる。そのためにも、それぞれが正しい知識を身につけて、一人が持つ価値をしっかり認識できるような環境や情報を、今後も提供し続けられたらいいなと思っています。

撮影/垂水佳菜 取材・文/中西彩乃 構成/渋谷香菜子