2021年に上梓し話題となった『ダメじゃないんじゃないんじゃない』にて、世の中で「ダメ」とされていることがなぜ「ダメ」とされているのかを考え、「ダメ」の呪いを解きほぐす作業をしているテキストレーターのはらだ有彩さん。私たちを支配し、生きづらくさせている原因である「ダメ」の正体を、はらださんと一緒に考えました。
すぐにアクションを起こさないのは“ダメじゃないんじゃない”
イラスト/はらだ有彩(KADOKAWA刊『ダメじゃないんじゃないんじゃない』より)
——「女性が男性におごるのがダメ」といったことから、「ヌードを芸術として受け入れないとダメ」といったことまで、私たちを縛りつけている「ダメ」のアレコレについて、著書『ダメじゃないんじゃないんじゃない』では考えていらっしゃいます。刊行から3年ほどたった今、私たちを取り巻く状況は変わったと感じますか?
はらださん:2017年にアメリカでセクハラや性暴力を告発する運動「#MeToo」が起こり、以前より苦しんでいる方々の意見がSNSなどで可視化されるようになりました。それによって「ダメと言われて苦しんでいるのは私だけじゃなかったんだ」と勇気をもらえ、「ダメと言われても、丸め込まれないからな!」と思えるような土壌ができてきたと思います。
「私たちが苦しんでいることは“個人的な問題”だとばかり思っていたけれど、歴史的かつ政治的な問題に直結しているんだ」と多くの人が捉え、それが今までよりも速く伝播していくようになりました。
でも、「嫌なことがあったら声をあげていい」といくら言われても、実際に抗議し続けるのはとても勇気のいることですよね。今、私たちはその大変さに直面しているフェーズにいるのかなと感じます。抗議してもすぐに世界は変わらないから、長い時間かけて付き合っていかなければいけません。
「ダメ」とされていることに気づき、違和感を抱けるようになってきた分、世界がなかなかよい方向に変化していかないことに、ちょっとした疲れを感じてしまっている方も多いのかもしれません。
——自分がアクションを起こせないことに引け目を感じてしまう方もいますよね。
はらださん:問題意識を持っている人こそ、「きちんと声をあげている人に比べると、何もできていない自分はダメかもしれない」と感じてしまっているかもしれません。これは『ダメじゃないんじゃないんじゃない』を刊行後、新たに感じた「ダメじゃないのに、ダメとされている」ことのひとつですね。
私自身、「世の中で起きている社会的な問題をすべてキャッチしていないのは、ダメなんじゃない?」と思って、落ち込んでしまうこともあります。そういったときは「声をあげてもいいし、あげなくてもいい。今日ダメなら明日アクションを起こせばいい」と思い直して、元気を出すようにしています。
「セックスが好き」は「ピーマンが好き」と同じ
イラスト/はらだ有彩(KADOKAWA刊『ダメじゃないんじゃないんじゃない』より)
——「ダメ」なことについて、セックスや結婚などがトピックにあがる場合、いまだに女性が我慢しなければいけない局面が多く存在します。「女に性欲があるのははしたない」といったこともいまだに言われますよね。このような世間からの押しつけに、はらださんはどのような態度で臨んでいますか?
はらださん:まず、「女に」性欲があるのははしたない、というように、揶揄や嘲笑に特定の条件がつけられるときは、ある意味では社会が尻尾を出して油断しているときなのではないかと思っています。普段は「あなたたち『女性』にだけ期待していることなんてないよ」と誤魔化している社会がうっかり漏らしてくれた差別意識を捕まえる好機だと捉えています。
そのうえで、セックスがやたら重いものにされているなと思います。セックスが好きか嫌いかって、ピーマンが好きか嫌いかっていう問いと大差がなく、それ以上でも以下でもないはずなのに、セックスについてのほうが情報が重大だとされているのではないでしょうか。私たち自身も、社会からそう思わされてしまっているというか。
「ダメ」を押しつけられたら、一度立ち止まって「誰が何のために、何をさせたくて強いてくるのか」と考えるのがポイント。私に「ダメ」だと思わせることで、誰が得をするのかという視点は持っておくようにしています。
あとは「生まれてから今までずーっと無人島で一人で暮らしていたとしたら気にならないだろうことは、自分から出てきた制約じゃないかも」と思うようにしています。今までの人生で、社会の中で、他人の目に晒されて作られてきた「ダメ」なのかも?と疑ってみるのがおすすめです。
なぜ?を繰り返すことで見えてくる
イラスト/はらだ有彩
——これは「ダメ」、これは「よい」といった二元論から解放されれば、「ダメ」の呪いから抜け出してもっと自由になれるとわかっていても、難しい場合もあります。
はらださん:そうなんです。それに、「ダメ」「よい」の二択に乗ることで、それを押しつけている誰かに加担してしまう場合もありますよね。私の場合は、「なぜダメではないのか」を重ねて、少しずつ「ダメ」とも「よい」とも距離を取ることを試みています。私がやっている方法を紹介しますね。
まず、「ダメ」の押しつけを鵜呑みにしなかった自分を褒めてあげます。そして、なぜ「ダメ」とされているのか、理由を細かく掘り下げていくことに挑戦します。ある問いに対して、「ダメ」を押しつけたい人の立場に立って回答していくんです。
例えば「なぜ離婚はダメ?」という問いに「親が悲しむから」「なぜ親が悲しむんですか」「世間体が気になるから」といったようにずっと「なぜ」を繰り返していくと、論理が破綻して答えられなくなります。この作業をすることにより、ダメとされていることが決してダメではないことが明確にわかり、ラクになるはずです。
イラスト/はらだ有彩
——知らないうちに「ダメ」を鵜呑みにしてしまって、世間の風潮にがんじがらめにされてしまっている場合はどうすればいいでしょうか。
はらださん:生活からちょっとだけ脱線してみることをおすすめします。私は、自分の作り上げたストーリーにとらわれていると感じたら、地球に初めてきた宇宙人になったつもりで近所を歩くようにしています(笑)。
あの建物はコンビニだとか、人は歩道を歩かなくてはいけないといった常識やルールをまったく知らない設定で一瞬でも街を眺めてみると、「そういうものなのだ」と信じ込んでどっぷりと浸かっていたストーリー(しがらみ)から軽やかに抜け出すことができるんです。
『ダメじゃないんじゃないんじゃない』(KADOKAWA)発売中
取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子