世の中で「ダメ」とされていることや、理由が曖昧なレギュレーションに意義を申し立て、現代に生きる女性の抑圧を解きほぐしてくれる、テキストレーターのはらだ有彩さん。インタビュー前編では、「ダメ」の押しつけから逃れる方法を考えました。後編では、はらださんご自身のフェミニストのお母さんの影響や、ルームメイトとの“名前のない関係性”についてお話を伺いました。
新卒で入った会社は最低3年はいないとダメじゃないんじゃない
イラスト/はらだ有彩(KADOKAWA刊『ダメじゃないんじゃないんじゃない』より)
——はらださん自身、「新卒で入った会社は最低でも3年はいなくてはダメ」という世間からの「ダメ」を信じて、勤務先で苦しんだ経験があるそうですね。
はらださん:京都にある芸術大学を卒業後、制作会社に就職したんですが、今が朝か夜かわからなくなるほど働き、女性だからという理由でお酌をさせられ、さらには取引先の人にホテルに誘われました。苦しくて抜け出したいけれど、疲れすぎて逃げることもできない。そんな日々を過ごしたことで、劣悪な環境にいる人が、自分の力だけで抜け出すのは無理がある、自己責任論で片づけてはいけないと身をもって感じました。
——はらださんのお母さまはフェミニストだとお伺いしました。ご自身の考えを形成していくうえで影響は受けましたか?
はらださん:子どもの頃の記憶に強く残っているのが、「なぜ洗剤のCMには女性ばかり出演しているのか」といったことに怒っている母の姿です。当時は何に腹を立てているのかよくわからなかったけれど、今はその様子を見せてもらっていてよかったと思います。
母は妊娠中に体調を崩し、学生時代はハンドボール部で鍛えていたのに、女性の体のことを何も知らなかったのがショックで勉強を始めたと言っていました。当時「ウィメンズセンター大阪」が行っていた「女のからだをトータルに知ろう・学ぼう・考えよう」という講座に参加し、そこから専門のトレーニングを受け、女性からの電話相談を受ける業務に就くようになったと聞いています。
あれしろ、これしろとは一切言わない母なので、「フェミニストになりなさい」とは言われたことはないんですが、知らないことを放っておかない姿勢や、すべてをそのまま鵜呑みにせずに一度疑ってみる、という姿勢は強く影響を受けています。
——お母さまのように、「怒らなくてはいけないようなこと」が日々私たちの生きる世界でも起こり続けているように思います。はらださん自身は、怒りの感情とどう付き合っていますか? 「怒り疲れ」を感じて悩んでいる人も多いようです。
はらださん:「私の裁量で怒るか、怒らないかを決めているのではなく、社会に怒らされてるねん!」という意識を常に持っています。怒っているほうがおかしいのではなく、怒らせている側、怒らせている原因のほうが変ですよね、というのが大前提。
怒りの感情が心を占有していると「なにしてんだろ?」「もしかして私が間違っているのか?」とむなしさや不安を感じてしまうこともありますが、怒りを健全に持続させるため「受け入れられないことがあるから仕方なく怒っているのだ」と思うように心がけています。
長時間労働をしていた頃の私もそうでしたが、当事者が怒りを伝えるのは本当にエネルギーが必要ですし、大変。なので、外野が怒ることも大切だと感じています。
ルームメイトとの関係を無理やり定義したくない
イラスト/はらだ有彩(KADOKAWA刊『ダメじゃないんじゃないんじゃない』より)
——はらださんは同性のご友人と10年以上、ルームシェアをして生活されています。ルームメイトと長く暮らすことによって、世間から「ダメ」を押しつけられることはありますか?
はらださん:長期間ルームシェアをしていると、「付き合っているの?」とか「どちらかが結婚した場合はどうするの?」と聞かれます。最近、ルームメイトの実家に暮らすことになり「養子縁組したの?」と聞かれることも増えました。名前のない関係性って世間では「ダメ」とされているようです。
でも、「夫婦」という言葉ひとつとってもわかるように、「夫婦」だからといって、まったく同じ関係性の方々なんていない。説明するのに不便だから「夫婦」という言葉を使っているだけですよね。その言葉に、こちら側から関係性を合わせる必要はないですし、言うまでもなく、言葉や定義よりも私たちの目の前の関係性がいちばん大切です。逆に確固たる名前が付いている関係性のほうが、中で起きている問題を見逃すことが多いような気がします。
それでもなお、私たちの関係性を聞かれたならば、著書にも書きましたがこう答えようと思います。「良いものと良いと言うことができ、厳密な目盛りで話すことができ、ザルの目が粗いままでも壁打ちするように話すことができ、縋ることも突き放すこともでき、最強の気分になれる関係です」と。
過去の女性たちも、同じようにもがいていた
イラスト/はらだ有彩(KADOKAWA刊『ダメじゃないんじゃないんじゃない』より)
——今後はらださんが書いてみたいこと、考えたいテーマを教えてください。
はらださん:連続テレビ小説『虎に翼』でも描かれているように、偉大なことを成し遂げた女性たちも、今の私たちと同じようなテーマでもがき、苦しんだ記録が残っています。世間からの「ダメ」に戸惑うことがあったら、過去を生きた女性たちにヒントをもらうことができるかもしれません。「社会ってなかなか進歩しないじゃん」ってことに気づいて、悲しくもなりますが「この先どうしたらいいのか」と悩んだときに、きっと寄り添ってくれます。
今年は、1900年前後という私たちより少しだけ前の時代を生きた「女性たち」の人生を追いかけ、その感情の痕跡に自分の感情を託すエッセイ『「烈女」の一生』(小学館)を書きました。これからも、過去の「女性たち」が語ってきたこと、そして語りたかったけれど語り漏れてしまった、語ったけれど取りこぼされてきたことに光を当てた文章を執筆していきたいと思っています。ルールを決めてきた側ではなく、従わなければいけなかった人々の心の動きに真摯に対峙していきたいです。
『「烈女」の一生』(小学館)発売中
『ダメじゃないんじゃないんじゃない』(KADOKAWA)発売中
取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子