#MeToo運動をきっかけに生まれた、インティマシー・コーディネーター。最近、映画や配信ドラマなどのニュースをきっかけに、この職業を知った方も多いと思います。日本でこの新しい職業に従事している人はわずか数名、そのうちの一人として活躍する西山ももこさんは、若手俳優を集めた講習会なども行い、意図しない性的なシーンの撮影を防ぐための活動を幅広く行っています。西山さんに、インティマシー・コーディネーターの仕事内容、そして意義について伺います。
#MeToo運動をきっかけに生まれた、新しい職業
——まず、インティマシー・コーディネーターの仕事内容を改めて教えていただけますか。
西山さん:映画やドラマで性描写や体の露出があるシーンに立ち会い、安心できる撮影の環境作りをサポートする仕事です。依頼を受けたらまずは台本を読み込み、気になる箇所をピックアップします。
監督やプロデューサーを含めた打ち合わせで、それぞれのシーンをどのようにイメージしているか、着衣なのか、肌の露出があるのか、など事細かに聞きます。性描写のシーンばかりではなく、日本では入浴シーンが意外と多いので、入浴やシャワーシーンについても注意深く伺います。
監督とのコミュニケーションはとても大事で、監督から聞き取ったことを俳優さんに伝え、「それを演じることに抵抗がないか」意向を聞きます。俳優さんが現場で「今日、脱ぐなんて聞いてない!」と動揺することがないように、私たちの仕事は事前にどれだけ緻密な情報を把握できているかが重要です。
撮影にも立ち会い、この段取りで問題ないかどうか改めて意向を聞きます。打ち合わせのときはOKでも、気分やコンディションによって気持ちが変わることもあるからです。撮影中も「やりにくいことはなかったか」など確認します。もちろん、俳優さんを説得するようなことはしません。
——監督と俳優、双方の同意を得て、俳優を精神的にも身体的にも守る大切な役割なのですね。西山さんはなぜインティマシー・コーディネーターを目指されたのでしょうか。
西山さん:2009年から今にいたるまで海外ロケのコーディネーターを続けているのですが、2020年、コロナ禍で海外ロケに行けなくなり、仕事がなくなってしまったんですね。どうしようかと悩んでいるときに、海外在住の友人が、「Intimacy Professionals Association」というアメリカの協会で、インティマシー・コーディネーターの資格が取れるトレーニングがオンラインで開催されるらしいと教えてくれたんです。
なじみのない分野の仕事でしたが、仕事内容に惹かれて受講しました。もともとはインティマシー・コーディネーターを目指していたわけではなかったので、今自分がこのような仕事をして、インタビューまで受けているなんて完全に想定外。人生長く生きていると、こういうこともあるんだなと驚いているくらいです(笑)。
——講座ではどのようなことを学びましたか。
西山さん:3週間ぐらい毎日みっちりオンラインで授業を受け、課題もたくさん出されました。インティマシー・コーディネーターの仕事内容はもちろん、ジェンダー・スタディーズだったり、ハラスメントだったり、メンタルケアだったり仕事に必要な知識をひと通り教えてもらいました。
それだけではなく、撮影中に見えてはいけない部位を見えなくさせるための「前貼り」の作り方など、オンラインとはいえ実践的な内容も学びました。学ぶ内容が多岐にわたっていて、とにかくハード。運よく合格しましたが、これまでの人生でこのときほど勉強したことはなかったと思います。
でも、この講座で学んだことはあくまでもアメリカの場合はどうするか、という内容でした。アメリカと違ってルールがまだあやふやな日本で、教えてもらったことをそのままやっても通用しない。最初のうちは、講座で得た知識を日本でどう活かせばいいのかを考えるのがひと苦労でした。
自分にパワーなんてないって本当? まずは自分を疑ってみることから
——俳優さんがヌードになったり過激なシーンを演じたりしたほうが「演技派」として認められる風潮はいまだにありますよね。
西山さん:そうですね。それは日本だけでなく各国に存在する風潮かもしれません。だからこそ、断れないムードを作らないためにも、私たちインティマシー・コーディネーターが監督と俳優の橋渡しにならないといけないし、そのために活動しています。
でも、本心を聞き出すのって本当に難しいんです。どれだけ経験を積んでもコミュニケーションの正解なんてわからない。状況によっていつだって変化しますし、つねに改善の余地があるものだから悩ましいです。撮影のたびに、「あの声がけはよくなかったかもしれない」などと毎回反省しています。
——反省をして改善の余地を模索しながら、よりよい環境を作っていらっしゃるんですね。俳優さんたちが、やりたくないことに対して正直に「NO」と言えるようにするために、心がけていることはありますか。
西山さん:日本ははっきり「NO」と言わないことが「良い」とされてきた社会なので、そもそも断ることが苦手な方も多いように感じます。
当たり前のことですが、まわりに人がいるところでは聞きません。また、この演技を断ったからといってあなたに不利益は生じない、ときちんと伝えますし、まとめて大雑把に質問することも避けています。
「このシーンでキスします。できますか?」と大雑把に質問したら、よくわからないまま「はい!」と答えてしまうかもしれないので、「ここで相手の俳優さんがこのように近づいてきますがOKですか?」「服を少し脱がされますがOKですか?」といったように、キスにいたるまでの状況を細かく分けて質問するようにしています。
どこまでがOKでどこからがNGなのかの細かい線引きをする作業は大切です。俳優さんたちにもどこまで許容できるのか、自分自身の「境界線」を把握してもらうように心がけています。
また、「大丈夫?」という言葉は要注意。「大丈夫?」と聞かれると「大丈夫!」と反射的に答えてしまう方も多いので、「大丈夫」という言葉を使う際はより慎重に具体的に質問します。必ず「今はできると思っていても、体調も変わるし、やっぱりよく考えたら嫌だってこともあるでしょうから、そのときは話してくださいね」とお伝えするようにもしています。
あとは、インティマシー・コーディネーターである私にも、威圧されている人はいるかもしれない、という視点は忘れないようにしています。キャスティング権を持っている監督やプロデューサーに面と向かって頼まれたら「NO」とは言いづらいのはわかりやすい例だと思いますが、現場にはさまざまなパワーバランスが存在します。
私自身は「自分にはパワーなんてない」と思ってしまいがちなんですが、年齢も重ねていますし、役者さんたちに業界の悪しき習慣を押し付けてしまっている可能性もある。つねに自分に対して疑問を抱くことは忘れないようにしています。
イラスト/よしいちひろ 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子