夢ってそんなに仰々しくなくてもいい。僕は普段の生活の“好き”の延長でいいと思います。
近所にある古い飛行場。昔、誰かの夢だったかもしれないたくさんの古い小さな飛行機が眠っている。
さまざまな困難が続く中、自分の未来を思い描くことができず、「夢が持てない」と悩む人たちの声をちらほらと耳にします。何か好きなことがあればそれを目標に掲げることもできますが、それすらも見つけられないと、暗澹(あんたん)とした気持ちになることもあるかもしれません。
「『オリンピック選手になる』とか『世界で活躍する』など、人から『へぇー、すごい!』と言ってもらえそうなことは夢として語りやすいけれど、夢ってそんなに仰々しくなくてもいいんじゃないかな。自分にとって“ちょっとしたこと”でも十分なんじゃないかと僕は思います。
例えば、勉強することが好きなら、とことん勉強することでその先に行きたい道が見えてくると思うし、ゲームばかりしてしまうのであれば、いっそそれを突き詰めればいい。もしかしたら、まわりに『ゲームばかりやって…』なんて言われるかもしれないけれど、“好き”からゲーム業界で大成功している人もいるし。“夢”なんて言葉を使わなくても、普段の自分は何をしているのか? 何が好きなのか? に目を向けてみると、自分の生きる道がおのずと拓けてくると思います。夢が見つからないならそれは忘れて、好きだと感じることに正直になってみる。人に迷惑をかけないのであれば、なんでもいい。“好き”は完全に、生きるためのエネルギーなんですから」
冬、葉が落ちた森の中から雲ひとつない空を見上げる。何もないからキレイでした。
人生の中でのそのとき、そのときの選択こそ、その人の“夢”なんだと思います
メイクアップアーティストとして世界を舞台に活躍し、自身のブランドも手がけ…と、まさに成功を手に入れた人生に見える吉川さん。それは、吉川さんが若い頃から夢として描いていたものだったのでしょうか?
「僕が美容の道を目指したのは…(フフフ)、大学受験がイヤだったからです(笑)。そのときは美容の“美”の字も頭の中になく、どうやったら受験をしないで済むかを考えていて。
当時の僕がのめりこんでいたのは“音楽”。バンドをやっていたんです。ベース担当だったのですが、完全に独学で。楽譜が読めなかったので、耳で聴いてコピーをして、何度も練習をして曲を弾いていました。でも、楽譜は読めないし、“既存曲を上手にコピーする”ぐらいのレベルだったから、感じたことを自由に演奏するようなことは、ずっとできなかった。音楽もベースも好きだったけれど、自由になれない音楽を続けるのはどんどんつらくなっていたんです。
でも、音楽は夢だったから東京に行きたくて、その理由として学校に行こう、と。さらに、勉強に時間を費やしたくなかったから、受験がないところ――それが美容学校だったんです。今から40年ほど前は、男性で美容の仕事を志す人はほとんどいない時代でしたが、たまたま叔父が大手化粧品メーカーに勤務していたんです。その叔父の『これからは男性の美容従事者も増えていく』というひと声で、僕の美容人生が始まりましたが、実は初めは、それほど美容に興味があったわけではないんですよね(苦笑)。
それでもこの業界で仕事を続け、そのとき、そのときに決断してきたから今の僕があるのであって、初めからこの状況を目指していたわけではありませんでした。正直、若いときは今の姿なんて思いつきもしなかったかも。自分でもどうなるかわからない…それこそが自分の可能性だと思うんです」
花の落書きが、花ひとつ咲かない殺風景なバックヤードを可愛く見せていた。
「“いい会社に入ったら最高”というのは、ひと昔前の価値観。今はそんな考えもだいぶなくなってきていますよね。だからこそ、人に語れるようなカッコよさがなくても、夢に値しないと言われても、ちょっと興味があるくらいでも、『こんな夢はダメ』ということにはならないと思います。今は、気になる人がいればSNSでダイレクトメッセージを送ってアクセスできる時代。その人がやっていることを自分が目指すこともできるわけだし。
戦争やコロナ、環境問題など、世の中は不安と不満に満ちあふれています。だったら自分でその問題を解決するような仕事を目指してみるのもいい。ヘンな言い方だけど、残念に思えることって、すべて仕事になるんです。ちょっとでも気になるのであればそこからやってみる。なんでもそうですが、自分が生きてきた中での経験による想いからしか、何かをスタートすることはできない。見たこともない、聞いたこともないことをいきなり始めようとしても難しい。これまで自分が経験してきたことが、いろいろなところでつながっていくんだと思う。
本来、人間は健康であれば退屈はイヤなはず。人ってエネルギーを持っているから。だから、やりたいこと、やりたくないことを自分の欲求に従ってリリースしていかないと。誰しも可能性は無限大。何を夢にしたっていい。それを“夢”だと人に言うか言わないかは関係なく、ね」
まさかの、吉川さんが美容好きからのスタートではなかったというエピソードには驚き! そのとき、そのときに、無意識でも自分で何かを選び、進んでいくことが現在につながり、さらに突き進むとそれが未来=夢になっていくのかもしれませんね。
撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)