無駄でも興味があることをいっぱいすると、自分にとって本当に必要なモノがわかります
僕の小さな家は、アメリカイーストコーストではトラディショナルなシェーカースタイル。モダンで斬新な家よりも、今は森の風景に溶け込むミニマルデザインのここがとてもお気に入りなのです。
近年、日本をはじめとした国々で、最小限なものしか持たない、本当に必要なものだけに囲まれて暮らす“ミニマリスト”というライフスタイルが注目されています。余計なものを持たないことで、すっきりと暮らすことができ、心や時間に余裕が持てる、本当に必要なものや大切なものだけを厳選する審美眼が養えるなど、確かに憧れの暮らし方です。また、サステイナブルの観点からも、ミニマリストの生活は理にかなっていそう。コネチカット州の森の中の一軒家で、ナチュラルライフを満喫している吉川さんはどうなのでしょう?
「僕の家は…当たり前と言えば当たり前ですが、仕事の道具が多いです。ただ、生活面ではミニマリストかな。“とりあえず”の気持ちではものは買いません」
ちょっと気分を変えてキッチンで仕事することに。外の花を摘んで飾ると、それだけで気分よく仕事が進むこともあります。
「僕が人生の中で思いっきり断捨離したのは、メイクアップアーティストとして単身ニューヨークへ旅立ったとき。当時は、日本へ帰るかもしれないし、帰らないかもしれない、という曖昧な状況だったけれど、日本で持っていたものはすべて捨てるか人に譲り、メイクボックス1個だけを持って渡米しました。『ヘアはやらずにメイク一本』と決めていたから、ヘアケアの道具一式ともサヨナラをして。
『必要以上の荷物を持っていると心が弱くなってしまう。何も持っていなければ、守るものがないから強い』、そんな理由で荷物は全部整理してしまいました。まわりに『帰るかもしれない』とは言っていたけれど、帰るところがあると決心が揺らぎそうでイヤだったし、『帰るものか!』という意気込みもあったのかもしれない。
そんな思いでほぼすべて手放したのに、生きている限り、やはりものは増えるんです。特に若いときって、ワケのわからないものをいっぱい買う(笑)。だって初めは何を買ったらいいか正直わからないし、無駄な買い物をしないと、本当に自分が好きなもの、必要なものが見えてこないと思うんです。
これって人づき合いでもそう。出会いがあり、いろいろな人と友達になる。そして、人とのつき合い方、距離感、好き嫌いを学んでいく。結局、そうして時間をかけて、無駄や失敗を重ねながら、自分にとって“とりあえずではないもの”を求めているんじゃないかな」
ミニマリストを目標にするのではなく、自分にとっての“快適さ”を目指して
UNMIXの発表会を自宅から発信。ミニマルなシェーカースタイルのインテリアはスタジオ風にも変身できるのです。
「友人関係だって、出会った人みんながみんな、一生のつき合いになるわけではないでしょ。いいか悪いかは別にして、そのときたまたま居た人と友達になっても、いつの間にか終わっていくという関係もいっぱいあると思うんです。仕事も同じ。
若い頃、僕は、才能がある人と一緒に仕事をしたいと思っていました。それがたとえ気が合わない人でも。でも、自分のクリエイションを形にするのに、気持ちにフタをして仕事をしても、自分の納得いく作品はできない。しかも、その人に媚びへつらったりしていたらどんどん嫌な気持ちになっていく。そのうち『なんでこの人と仕事をしないといけないんだろう』と、苦しくなっていく…。才能はあるけれど、一緒にいると気分がよくない。そんなことを感じ出してから、徐々にそういう人たちとの仕事はフェイドアウトしていきました。
ものにしても、人の関係にしても同じ。たくさんのものやつながりはいらないけれど、自分が心地よいものや人だけに囲まれていたい。そこと巡り合うためには、まずは無駄なものを買ったり、いろいろな人とつき合ってみたりする経験が必要なんじゃないかな。
トレンドのものが欲しい、憧れの人と友達になりたいと思ったら、そこに近づいてみたらいいんです。実際近づいてみたら、意外とそこで興味が失われてしまうかもしれない。でも、それはやってみないとわからないもの。興味があったらとにかくやってみる。やってみるうちに、“これはいいな”とか、“自分の中で大切にしたいな”ということが必ず見えてくるから」
森の自然もいいけど、自宅の白壁は植物をミニマルに際立たせるのでフォトジェニックなのです。
「そうして徐々に心地よいものを集められるようになってきて初めて、本当の意味でミニマリストになれると思うんです。この感覚は、想像や情報、知識では難しく、やってみたからこそわかること。しかも、人によってその心地よさは違います。だから、“ミニマリストなライフスタイル”を目標にするのではなく、自分にとっての快適さを求めていくのが、正解なんじゃないかな」
手っ取り早くミニマリストになるのであれば、ものは買わず、持っている荷物を減らしていけばいいだけのこと。でも、簡単なようで、この“取捨選択”ができないのが現実。だからこそ、興味があることにとにかく挑戦し、体感していくなかで、やっと自分が本当に必要とするものがわかるようになるのかもしれません。
取材・文/藤井優美(dis-moi) 撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)