そのとき、そのときで決断し、全力を尽くした結果が、今の僕を形づくりました
ひまわりが瞑想しているように見えた。そして、元気よく、どこかに飛んでいきそう。<Photo:Mikako Koyama>
うだるような暑さが続く日本では、この時期、夏休みを満喫している人も多いかと思います。いつもの日常から離れ、リラックス&リフレッシュするなか、ふと「今の環境は自分にとってベストなのか?」という考えが頭をよぎるときがあるかもしれません。やりたくて、行きたくて選んだ場所であればまだしも、“なんとなく…”だと、不安になることは誰しもあるはず。吉川さんは、何を基準に自分の居場所をつくってきたのでしょうか?
「僕は人生の目標とかは全然決めていなくて。過去を振り返ってみても、その場、その場で決断をし、その結果が“今”なんだな、と思っています。生きていればつねにいろいろなことが起こり、そのつど決断を迫られます。そのとき、自分がジャッジをしなければいけない場面ごとに〇とか×をつけていくと、自然と今の環境になるんですよね。
昔…あー、懐かしいなー。そもそも僕は、メイクアップの仕事がしたかったわけではなかったんです。美容の専門学校を卒業後、『美容師として働くなら美容室の聖地である原宿かな?』と安易に思い、おしゃれな美容室に面接に行ったら、たまたま採用してくれて。そのときのオーナーが、まさに時代を築いているトレンドセッターで、たくさんの影響を受け、サロン独立後は、さまざまな縁から声をかけてもらい、そのつど『おもしろそう』『チャレンジしてみたい!』という自分の思いだけで、ここまで来てしまったという感じ。
もちろん、順風満帆だったわけではありません。ぱっと売れっ子になれるわけでもないし、どうにも伸び悩む時期もありました。『メイクアップアーティストという仕事は、政治家のように世の中を動かすわけでも、医師のように人を助けるような仕事でもないのに、こんなに頑張って続ける意味があるのか』なんて、自分の仕事に漠然とした疑問や不安を持ったり、人からそのことを指摘されて傷ついたり…。
そんな思いもあって『違うことをやりたい』と、“リセットしたい病(!?)”に何度もかかりました。でもそのたびに『今の仕事をやめて、ほかに何ができる?』と自問したんです。すると、『できないよね』となる(苦笑)。冷静に考えると、どこにたどり着くのかはわからないけれど、『決して後戻りできないな』と。そもそも“リセットしたい病”でやめてしまったら、それまでの自分の過去を否定することにもなりかねない。だから前に進まない理由が『なんとなく』『漠然と』だったら、やっぱり“逃げてはダメだ”という思いが僕の中にありました。
これまで自分の経験を信じて前に進む生き方をずっとしてきたのだから、新しいことにチャレンジすることになったときも、飛び込める自分がいないと難しいと思うんです。でも人って、失敗を恐れたりすると、自分を擁護するためについつい言い訳をするでしょ。そうして何かのせいにしはじめると、どんどん自分を信用できなくなってしまう。僕は言い訳をする、という弱い自分がいるのを自覚しているからこそ、とにかくベストを尽くすのが鉄則。それは僕が仕事をするうえでのマイルールにしています。ベストを尽くしていれば、どんな結果も受け入れることができると思うから」
気がつかないことが多いけど、いつもそこにある影。<Photo:Yasuo Yoshikawa>
すべての決断が正解だったわけではなく、いろいろ失敗もしたから“今”があるんです
「満足できない現状は、自分の決断が間違っていたから」と、自分のジャッジを後悔してしまうこともありそうですが…。自信を持ってジャッジできるようにするには?
「どう決断したとしても、それが正しいかどうかは誰にもわからないと思うんです。でも“後悔しない決断”というのは正しいかどうかとは別だと思うし、僕が大切に考えているところです。直感的と言えばそうなのかもしれないけれど、僕は『Am I happy?』という感覚を大切に考えて、いつも自問してきました。そういう意味では、自分の感性を表現するメイクアップアーティストという仕事は、自分が自由にできる部分が多く、僕に合っていたと思います。
でも、この環境をつくるには、努力をしないといけなかった。時には、オーバーワークでも、ストレスで体に不調が出ても我慢してきました。運よく体質的に頑張れるタイプではあったけれど、突っ走っていただけに『もっと、もっと!』という感覚が強く、つねに満足感がなかったので、20代はメンタルが不安定でしたし、30代はフィジカルもメンタルも不調&不安定で、この時期にいろいろと体と心のことを学んだ気がします。ようやく最近かな、ちょっとずつ自分に対してOKを出せるようになってきたのは。やっぱり自分のエモーションを扱うのって、難しいですよね」
突っ走りつづけていた20代、不調や違和感がありながらもNYでメイクアップアーティストになろうと、吉川さんを突き動かしたものはなんだったのでしょうか?
「あのときの僕は、何を目標にしていいかもわからず、『このまま日本で仕事を続ける』という選択と、『全部捨てる』という二択しかなかったんです。でも、『現状で満足する』というのが、どうしても受け入れられなくて、だったら、日本を出ちゃおう、と。本当にあの瞬間は何もいらなかった。何か持っていたら出られなくなる、という思いだけが強烈にあったからこそ、日本を出られたんだと思うけれど」
ジャッジしたら一生懸命やってみる。結局、これが自分の居場所をつくるんだと思う
脱ぎ捨てられたサンダルに、誰かの“HAPPY”を感じました。<Photo:Mikako Koyama>
「“どうなるかわからないけどNYに行く”ということは、“どうなってもいい”という、決して投げやりな思いではなくて、『前に進むんだから何か起こるのは当たり前』と、どんな結果でも受け入れようという思いでした。そして、『とりあえずは自分が持っている力を全部出しきり、その結果を見てみたい』という思いがすごく強かったんです。もう自分のエネルギーがそっちに行ってしまった感じ(笑)。当時の僕は、すぐにネガティブにもなっちゃうし、そんな自分の心と格闘することでいっぱいで、人を元気づけるなんて夢のまた夢、という感じでした。
NYでは、日本人ならではの空気を読む的な気遣いがなく、自分のことだけを表現しようと決意できたのがよかった。こうして改めて振り返ってみると、僕の親は相当心配しただろうな。当時はそんなふうに思わなかったけど(苦笑)。
結局はすべてが自分の選択。悩みに対しても、その時々の選択に対しても。その結果がどうであっても清々しく受け入れたい。金太郎飴みたいに、どこを切り取っても『一生懸命やってきた』というのが肝なのかな。
自分はたまたまここにいるけれど、嫌いじゃない。生きていたら何が起こるかわからない。それは怖いけど、楽しみでもあるんです。僕もまだまだ発展途上。これからまだまだ先に進みます。人はみんな“未完成形”ってことですよね」
「決断」というと重い印象がありますが、決して“ここぞ”というときだけでなく、カフェでメニューを選ぶのだって、ある意味、決断です。直感を大切に決断し、その選択に向き合っていく。そうしたことを繰り返すことで、いつか自分らしい居場所が見つけられるのかもしれません。
取材・文/藤井優美(dis-moi) 撮影/Mikako Koyama 吉川康雄 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)