ライター海渡理恵さんによる、音楽を入り口に世界を見つめる連載「世界は鳴っている」。世界中のアーティストから発信される、個人の内面や社会のムードを反映した音楽シーンの躍動をお届けします。現在進行形で世界各地から生まれている音楽に耳をすませて、自分や世の中の内側をのぞいてみませんか?

海渡理恵の世界は鳴っている Griff  グリフ

不安や恐怖に向き合ったGriffのアンセミックな楽曲で、日々のモヤモヤに耐え抜く

喪失感、悲しみ、もどかしさ……そうした感情に寄り添うポップでダンサブルな楽曲と、自らスタイリングを手掛けるファッションで支持を集めるシンガーソングライター、Griff(グリフ)。ロンドン近郊のワトフォード出身で、中国人とジャマイカ人の両親のもとに生まれた彼女は、幼少期に“周りと違う”と感じる経験を度々してきたという。そして、それを受け入れる助けとなったのが、自分らしさを解放できる“音楽”であり、“表現すること”だった。

Griff(グリフ) イギリス 音楽 アーティスト

Griffが音楽制作を開始したのは12歳の頃。親に買ってもらった、Appleの音楽制作ソフト「Logic」を使い、独学で曲作りを学んだ。そして2019年に、DIY精神が発揮されたEP『The Mirror Talk』でデビューを果たし、2021年には空虚感についてつづった「Black Hole」で、BBCやMTVといったメディアが選ぶ、その年の期待の新人リストに名を連ねた。さらには、英国の権威ある音楽授賞式「The BRIT Awards」で、「Rising Star Award」を受賞する快挙を達成した。

Griff - Black Hole (Live from The BRIT Awards 2021) [Amazon Original]

「The Brit Awards」を受賞した年に発表した、“一歩前へ”を意味するタイトルのEP『One Foot In Front Of The Other』は、先が見えなくても、とにかく前へと歩みを進めようとするGriffのアティチュードを決定づける一枚となった。世界中で話題を呼んだこのEPをリリースした際、Griffはこんな力強いコメントを残している。

この作品の大半は自分でプロデュースしたんだけど、音楽プロデューサーの2%が女性っていう統計を聞いて(※2024年現在、「USC Annenberg's」の報告書によると、2023年のBillboard Hot 100にランクインした楽曲の女性プロデューサー率は6.5%)。音楽業界にいる若い女性として重要なことに感じて、自分を元気付けてしっかりやり続けていかなければと思った」。

この言葉を象徴するようなタイトル曲は、まるで綱渡りをしているような不安や緊張の中でも、その先には希望があると信じる強さをくれる。

【和訳】Griff 「One Foot In Front Of The Other」【公式】

前述した「One Foot In Front Of The Other」しかり、Griffの不安や恐怖に向き合った楽曲に垣間見えるのが、彼女の持つ“ネガティヴ・ケイパビリティ(すぐに正解や結論を出そうとせず、答えのない状況に耐え迷う力。モヤモヤする力とも呼ばれている)だ。それがわかる曲のひとつが、本当の自分への回帰をテーマにしたアンセミックな最新作「Miss Me Too」。

年齢を重ねて、ふと過去を振り返ったときに、昔の自分の無邪気さが恋しく感じることはないだろうか? この曲について彼女は、「失恋や成長の後、中途半端な自分の姿から抜け出せず、かつて世界や愛を信じていた自分の姿はどこに行ってしまったのだろうと思うことについて歌っています」と明かしている。

曲中に、“本当の自分への回帰方法”は書かれていない。Griffは、ラストまで〈自分が恋しい〉とリフレインし、MVでは感情を爆発させるようなダンスを披露する。そんな不安の中から抜け出そうともがく彼女の姿は、私たちに日々生まれるモヤモヤに向き合い、耐え抜く強さをくれる。

Griff - Miss Me Too (Official Video)

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画像デザイン/齋藤春香 取材・文/海渡理恵