文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表の清田隆之さん。恋バナ大好き女性3名との、今の私たちを取り巻く“恋バナ”座談会を実施! さらにyoi読者の悩みや日々のモヤモヤに向き合う、おすすめの本を紹介していただく連載についてもまとめてご紹介します。
文筆家
1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)、『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』(双葉文庫)など。
- 最近、“恋バナ”しづらくなってません?30代の私たちにとって「安心・安全」な恋バナとは<前編>
- 「NEO恋バナ」って何? プライバシーを尊重しつつ、相手への理解を深める秘訣<後編>
- 疲れすぎて“虚無”ってない? ショート動画を見続けちゃう夜に寄り添うセラピー本を紹介する連載開始!
- リアリティ番組の感想であらわになった、友達との価値観の違い。モヤモヤにこたえる本は?
- ”全方位配慮型”すぎてすべてが面倒になる私。自分を肯定できるようになる本、ありますか?
- 自分に“うっとり”してもいい! 人と比べて落ち込むことをバカバカしいと思えるためのセラピー本をご紹介
- 上司や同僚と価値観が合わない…。自分らしい働き方を考えるための2冊!
- パートナーを性的に好きかどうかわからない…。こんな自分は酷い人間? 恋愛の悩みに寄り添う本を紹介
- 「現状に不満はないが、新しいことをやってみたい」って“平和ボケ”ですか…?
最近、“恋バナ”しづらくなってません?30代の私たちにとって「安心・安全」な恋バナとは<前編>
<座談会参加者>
Aさん
31歳。学生時代から恋バナが大好きで、今は「恋愛リアリティーショーを観ているか」で恋バナができる可能性を探っている。「恋バナをすると、相手の考え方や意外な一面を知れるから楽しい」とのこと。現在は付き合って4年目の彼氏と同棲中。
Bさん
38歳。自分の失恋経験を綴ったZINEを作ったことがある。それをきっかけに様々な恋愛イベントに参加し、運営側に回ることも。恋バナは好きだが、話しづらい事情があるため恋バナできる相手が少ない。
Cさん
35歳。恋バナは好きだが、相手を傷つけてしまう話題を見極めることがとても難しいと感じ、あまりしないようにしている。現在は結婚1年目だが、「結婚してもパートナーとの関係は恋人でもある、よって夫婦の話も恋バナ」という考え。
Aさん:私は昔から友達とよく恋バナをしていたんですよ。人と人とのつながりの中で、恋バナをすることによって知れることってたくさんあるなと考えていて…。でも、今は迂闊に「恋をしていますか?」なんて聞くのはよくないことだと知っています。なので、恋バナが難しくなってしまった。それがちょっと寂しくて…。
Bさん:私も恋バナ大好きです。恋バナ愛では清田さんに負けないと思います(笑)。でも、仲のいい友達がほとんど結婚していることもあって、話していても恋バナになりづらいんですよね。最近は健康についての話題が増えてきました(笑)。
清田さん:わかるわかる(笑)。年齢を重ねていくにつれ、話題がそっちに行っちゃいますよね。腰が痛いとか、あのサプリが効くとか…。
Cさん:私は「相手を傷つけないか」が気になって、恋バナを躊躇してしまうんですよね。たとえ仲のいい友達でも言いたくない事情もあるだろうし…。例えば私は今妊娠してるんですが、「結婚して妊娠したよ!」と友達に報告することすら迷います。結婚していない友達や、結婚しているけれど子どもがいない友達の「私に教えたくない事情」に触れてしまったら…と思うと怖くて。考えすぎなところもかなりあると思うんですけど。
清田さん:なるほど。それぞれの事情もあるし、ライフステージの違いもあるし、時代的な状況もある。いろいろな理由でみなさん「恋バナがしにくい」と感じているわけですね。
Cさん:そうです。「彼氏いるの?」みたいな不躾なことをいきなり聞きたい、みたいな話ではもちろんないんですけど。本当はさらっと恋バナして共感し合ったり、わかり合ったりできるはずなのに、なんとなくできないでいる場や相手がいる気がして、機会損失もありそうだな、と。
清田さん:たしかに恋バナって、ある意味で「今、あなたはどうなの?」と身の上話を聞き出そうとするような行為だから、ためらいはありますよね。セクシュアリティの問題、ハラスメントになってしまう危険性、自分の言葉が相手に規範を押し付ける形になっているのではないかという不安…。
そんな中で恋バナを軽々しくしちゃいけないんじゃないか…という気持ちには、全く同感です。それは進歩的な変化だと思うけれど、一方で「なんか恋バナしにくくなっちゃったなあ」という体感についても、すごくわかる。
Bさん:当たり前のようですが、恋愛する上で相手を深く知るひとつの鍵になるのが「恋バナ」だと私は思うんですね。恋愛や性的指向の話をすると、相手の本質をかなり見られるかなって。だから私は、男性とも恋愛の話がしたいんですよ。
Aさん:友達やこれから仲良くなりたい相手でもそうかも。どういう恋愛観を持っているかを知れると、その人の解像度がすごく上がるんですよね。
Cさん:私は「仕事観」「人生観」みたいな価値観と同じように「恋愛観」も聞いてみたいって感じですね。それも相手の大切な一部分だと思っているんです。仕事の価値観の中には「仕事嫌いだからできるだけしたくない。最低限にして日常を大事にしたい」みたいなものも含まれるじゃないですか。それと同じで、恋愛するのが好きでなかったとしても、「恋愛には興味ない」という話を聞いてみたいんです。それだって、立派な“恋バナ”だと思うんですよね。
清田さん:恋愛にまつわる話って、仕事みたいなオフィシャルな話題よりも、その人の知られざる一面とか、逆にロマンチックな部分とか、すごく味の濃い部分が垣間見えたりしますもんね。恋愛を通したものの見方を聞くことによって見えてくるその人の考え方や個性は、他の話と違う興味深さがあると自分も思います(もちろんプライバシーの問題もあるので、知らせたくないなら話さなくてもいいのは大前提ですが)。
「NEO恋バナ」って何? プライバシーを尊重しつつ、相手への理解を深める秘訣<後編>
清田さん:桃山商事ではもう10年以上番組をやっているのですが、恋バナには本当にいろんな切り口がありえるんだなって感じます。最近扱ったテーマで言うと、例えば「友達のクソ彼氏」。これは、「女友達がクソ彼氏と付き合ってて、そのせいでなぜかこっちの友情にヒビが入ってしまった」みたいな体験談を募集したものです。女友達がひどい男と付き合っている、何度も何度も似たような愚痴を聞かされた、心配だから相談に乗ったし、別れを勧めたりもしたけど、相手は一向に状況を変えようとしない。その姿に愛想を尽かし、「もういいや」って諦めの感情が生まれてしまって友情に亀裂が…という。
Aさん:経験ある…。
Cさん:「別れないならもう不幸せな話を私にしないでくれ」と思って、友情を手放したことがあります。大説得したんですけど力及ばずで…力尽きた。
Bさん:でも、相手も相手で「一般論でくくってほしくない! 私達の気持ちは特別!」と思っているんでしょうね。実際、私も思ったことあるし。そういう人は自分が納得するまでボロボロになりたいんだと思いますよ。
Cさん:…クソ彼氏持ち友達には申し訳ないけれど、このテーマは面白いですね。その人が「何をもって人の彼氏を“クソ”と判断するか」だけじゃなく、今のBさんの話みたいに「クソ彼氏と付き合い続ける友達をどう解釈するか」がわかるのも興味深い。
Aさん:よくある現象を問題として取り上げて、エピソードや考えを話す。これが「NEO恋バナ」か。面白いですね。ピンポイントのエピソードだから、むやみに詮索されたり、恋愛を丸ごと否定したりされたりすることもなくて、安心感もある。
Aさん:そういえば昔、Cさんとした恋バナですごく楽しかったものがあって。あれも「NEO恋バナ」じゃないかと思うんですよ。「好みのタイプって、拡張子でいうとどんな人?」ってやつですね。
Cさん:話した気がするけど、テーマがめちゃくちゃすぎる(笑)。
Aさん:私はjpgの人を好きになるのは難しくて。見えているものが全てで、なんなら拡大すると荒っぽかったりするじゃないですか。せめてtiffとか、印刷に耐えられるくらいの解像度がないと…。
Cさん:あ〜。当時の私はai(Adobeイラストレーター)ファイルだった気がします。レイヤーが統合されてない状態のもの。非表示のレイヤーがいっぱいあって、それを見せてくれたとき嬉しい、みたいな(笑)。今はもうgifがいいですけどね。軽くて色数少ないほうがわかりやすくて楽。
清田さん:なるほど…それで言うと自分はExcelファイルが苦手なタイプかも!
Cさん:でも、「付き合いたい拡張子なんかないよ!」っていう人が圧倒的多数な気がします(笑)。「『スラムダンク』のキャラなら誰と付き合いたい?」とかでもいいと思うんですよ。何かに置き換えて話せれば。
疲れすぎて“虚無”ってない? ショート動画を見続けちゃう夜に寄り添うセラピー本を紹介する連載開始!
ライター藤本:本の新連載をお願いできるということで、とても楽しみです。まずは作戦会議をさせてください!
清田さん:「素晴らしい本をバンバン紹介するぞー!」と張り切ってはいるのですが、ひとつ大きな懸念もありまして…。というのも、自分としてはこれまで本によって学んだり救われたりした経験がたくさんあるし、最近では仕事を通して素敵な本やマンガに出合う機会も多く、やっぱり本っていいものだよなと、信仰心にも近い気持ちを持っているんですね。でも正直、「今の時代、本ってどれだけ読まれているのかな…」という思いもあって。
ライター藤本:というと?
清田さん:本って、長いし、安くもないし、買う時点では何が書いてあるかもわからないから、それなりにハードルが高いわけじゃないですか。いわゆる「コスパ」も「タイパ」も見通しにくく、そんなエネルギーを要するようなものを、わざわざ選ぶ人がどれだけいるんだろう、と。
今の時代、毎日やるべきことも、チェックすべき情報も、SNSやコミュニケーションツールもいっぱいある。みんな仕事や生活で疲れている上に、細切れの時間を生きているわけですよね。そういうときってSNSを延々と見ちゃったり、スマホゲームを惰性でやり続けちゃったりしませんか?
「自分、何やってんだろ」と思いながら、どんどん時間が溶けていって、「また無駄な時間を過ごしてしまった…」とうんざり、みたいな。僕自身も毎日そんな感じですし。
エディター種谷:あぁ、わかります。
清田さん:『桃山商事』のPodcast番組『恋愛よももやまばなし』では以前、こういった瞬間を“虚無”と名付けて特集したことがあって。「虚無ってるときに何してますか?」というテーマでメンバーやリスナーから体験談を募ったら、すごく面白かったんですよ。「延々といい感じの枝毛を探してます」なんて声があったり(笑)。
エディター種谷:自分が虚無ってるときのことを考えると、私の場合、「他の人は今この間に、もっと高尚でおしゃれなカルチャーに触れたりしているんじゃ…」という謎の焦りを感じることがあるんです。おしゃれな人やカルチャー通の人など、一見素敵な生活を送っていそうな人にも、虚無ってあるんですかね?
清田さん:どうなんですかね…でもやっぱり、素敵ライフを送っている人にだってあると思うんですよね。虚無ってその人の資質というより、社会の仕組みによって生み出されているものだと思うので。今は、ちょっとスマホを開いたら、短くてわかりやすくてテンポのいい動画が、どんどん上がってきますよね。
まるでハイライト集のように、ベストアルバムのように、味の濃いところだけをコンパクトに凝縮したものが、ジャンクな感情を巧みに刺激してくる。これはもう、道を歩けばコンビニがあるのと同様、現代のインフラでありシステムであるとすら言えるかもしれない。そんな虚無から逃れることは、誰にとっても難しい気がします(笑)。
虚無の時間は不可欠で、ゼロにすることはできない。となると、その時間を適度に抑えることが大事になってくるのではないか…。お酒だって、おいしく感じられるうちは“いいお酒”だけれど、ダラダラ飲んでしまうと“悪いお酒”になってしまうじゃないですか。
虚無も、少しならストレス解消になるけれど、1時間、2時間と続けてしまうと、罪悪感が生まれてしまう。だから…例えば、15分くらい虚無ったら、その後、45分くらい読書してみるっていうのはどうでしょう?
ライター藤本:虚無ありきの読書のすすめ、ということですね。
清田さん:「虚無からは逃れられないよね。必要なものだよね。でも、いったん虚無ってみて、生産性の圧力から適度に解放されたあとに、ちょっと本でも読んでみるのはいかがですか?」そんなふうに提案できたらいいかもしれませんよね。
リアリティ番組の感想であらわになった、友達との価値観の違い。モヤモヤにこたえる本は?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
恋愛リアリティショーの感想を女友達と話していたときに、友人が女性を下に見ているような発言をしたことにモヤモヤ…。何気ない一言だったと思いますが、価値観が合うと信頼していただけに、恋愛観やジェンダー観の違いを感じて落ち込み、TikTokを見続けて虚無っています。
清田さん:『桃山商事』ではかつて、旧Podcast番組『二軍ラジオ』の中で「恋愛観にも“右派”と“左派”があるかもね」という話をしたことがあって、このお悩みもそれに当てはまるかもしれません。“右派”は、例えば、既存の常識や規範を重んじ、性別による役割や風習も違和感なく受け入れているような、どちらかというと保守的なタイプ。それに対して“左派”は、そういったものに疑いを持ち、個々の違いを重視するリベラルなタイプ。割合で言えば“右派”が多数派で、モヤるとしたら“左派”が“右派”にという方向が多い気がします。
エディター種谷:この場合、“左派”の仲間だと思っていた友達が、“右派”っぽい発言をしたから戸惑ってしまったのかな。でも、逆に自分がモヤられているというケースもありそう…。
清田さん:確かに…。矛盾とか差別的な発言とか、相手にモヤると「どうして?」と思ってしまうけれど、そもそも人って常に整合性があるわけでもないですもんね。親友だろうが恋人だろうが、どんな関係においても食い違いやすれ違いは絶対にある。価値観の左右に限らず、そのことは前提として意識しておいたほうがいいかもしれませんね。
『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』
キム・ジヘ・著/大月書店
セラピー本① “無意識の偏見”に気がつき、“学ぶ”というコマンドを知れる本
清田さん:そのうえで、このお悩みへのおすすめ本を挙げるなら…。まず、“モヤモヤ”というのはおそらく、違和感の正体がハッキリ言語化されていない「解像度の低い状態」だと思うんですが、それをクリアにするために役立つのが、『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』です。
差別や排除をするつもりはなくても、言葉ひとつに無意識の偏見が埋め込まれていたかも…というのって、誰にでもありうることですよね。
そういう、言動の背景に存在する無自覚な偏見意識について、考えるきっかけをくれるのがこの本。人は誰でも間違うことがあるけれど、他者にそれを指摘されると、とっさに言い訳をしてしまったり、過剰に自罰的になったり他罰的になったりして、苦しくなってしまいがち。そんなとき、この著者のように“学ぶ”というコマンドを心得ておくと、一度立ち止まって対処することができる。それは、自分自身の助けにもなると思うんですよね。
『人間関係のモヤモヤは3日で片付く
ー忘れられない嫌なヤツも、毎日顔を合わせる夫もー』
田房永子・著/竹書房
セラピー本② 自分の気持ちの“解像度”を高めてくれるコミックエッセイ
清田さん:1冊目が、違和感を覚えた原因や背景を考えて、他者や社会に対して解像度を高める本だとしたら、2冊目は、「私はどこに引っかかったんだろう?」と、自分の感情に対して解像度を高める本。『人間関係のモヤモヤは3日で片付く ー忘れられない嫌なヤツも、毎日顔を合わせる夫もー』です。
今回のお悩みの場合、例えば「信じていた人が、こんなことを言うなんて」とショックを受けたのかもしれないし、“女性”という属性を見下されたことで、自分自身も間接的にバカにされたような気がしたのかもしれない。そこはもう少し具体的に聞いてみないとわかりませんが、そういうモヤモヤの元を見つめることで、自分自身を理解していくのに、とても有効な1冊だと思います。
「言っても大丈夫」と思える相手や、「今後も一緒にいるためには伝えておかないと」と感じる関係性なら、一歩踏み込んだほうがいい場合もありますもんね。その場合は、田房さんの著書にもあるように、「そういうことを言うべきではない!」と社会的な視点で話すのではなく、「私はこう思ったけれど、あなたはどうしてそう思うの?」とあくまで主語を自分にして聞いてみるといいのかも。賛同はできないけれど、なぜそう言ったのかは理解できた、という状態までコミュニケーションできたら、モヤモヤも少し晴れるんじゃないかと思います。
『女子マンガに答えがある 「らしさ」をはみ出すヒロインたち 』
トミヤマユキコ・著/中央公論新社
セラピー本③ 人に対して、大らかで肯定的な気持ちになれる1冊
清田さん:この本が面白いのは、たとえネガティブにみなされそうな登場人物でも決して否定的に見ない点。例えば物語の中で‟いやな女”とされているキャラクターについても、その考えが生まれる社会的あるいは心理的な背景を解説した上で、‟いやな女のいない世界なんてつまらない”とクリエイティブに肯定していく。自分を切り離すことなく、同じ社会構造の中で葛藤しながら生きている者同士、同じ行動は取らなくてもそこに至る背景については理解できる…と想像力を駆使しながら共感していく著者の姿勢がかっこいいんですよ。
そうですよね。トミヤマさんはよく「みんなどっこい生きている」という言葉を使われるんですが、この社会の中で「みんなバタバタしながらなんとかやっているんだな」「少しくらい考え方が違っても当然だよな」と思えたら、相手を“戦友”みたいに感じられて、大らかで肯定的な気分になれるんじゃないかなって思います。
”全方位配慮型”すぎてすべてが面倒になる私。自分を肯定できるようになる本、ありますか?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
恋人が欲しいという気持ちはあるのですが、「うまくいかなかったらどうしよう」「アプローチしたら相手に迷惑かな?」などと考えすぎて、恋愛に踏み出せません。いろいろ考えているうちに面倒になって、結局一人で夜な夜なショート動画を見て虚無っています。
清田さん:まず前提として、このお悩みは「考えすぎ」とか「気にしすぎ」で片づけられる問題ではなく、それだけ全方位に気を遣わざるを得ない圧力がかかっている可能性がある…という視点を持つことが大事じゃないかと思います。かつて恋愛が始まる形と言えば、学校、サークル、バイト先、職場など、恋愛目的ではない場で出会った人と、関係を築いていく中で好意が芽生えて…という形が王道だと考えられていたように思いますが、もしそこで気まずくなったら、居場所を失ってしまうリスクもある。
ただでさえ、勉強、仕事、人間関係のマネジメント…と、やるべきことがいっぱいあるから、自分のテンションやコンディションを乱したくない。さらに友人とも対等でいたいから、紹介してもらったりして借りをつくりたくない。努力して「平穏」や「安定」をキープしているという部分があるんだと思います。それもあって、しがらみのないアプリでの出会いが増えているのかも。
『まじめな会社員』冬野梅子・著/講談社
セラピー本① 考えすぎ、配慮しまくり、の自分を肯定できるマンガ
清田さん:そこで…と、早速おすすめの本を紹介します。1冊目『まじめな会社員』は、まさに考えすぎてがんじがらめになっている女性の葛藤を描いたマンガです。あみ子の失敗や挫折を“自己責任”と見る人も少なからずいるとは思うのですが、これを読むと、まじめにならざるを得ない構造の圧力も切実に伝わってきて、必ずしもあみ子がすべて悪いわけじゃない、ということがわかるはず。あみ子と同じようにたくさん考えがちな人も、痛みを共有しつつ「自分を責めすぎなくていいのかも」という気持ちになれるのではないかと思います。
それに、これまでの作品であれば、あみ子はいわゆる“モブキャラ”として描かれがちなタイプだと思うんですが、そんな彼女が物語を引っかき回し、読む人の心をおおいにざわつかせている(笑)。それによって、こんなにも面白く現代的な作品になっているわけですよね。普段、配慮しまくっている人にも、「自分にも自分なりの個性があって、ユニークなストーリーを生むことだってあるんだ」という気持ちになってもらえたら、と思います。
『みんなの「わがまま」入門』富永京子・著/左右社
セラピー本② 上手に「わがまま」を言うエクササイズができる本
清田さん:そこで…2冊目の‟セラピー本”として選んでみたのが、『みんなの「わがまま」入門』。この社会には同調圧力的なものが強く働いているためか、自分の要求や願望を表明することは、和を乱したり、集団に迷惑をかけたりする、わがままな行為だと見なされてしまいますよね。でも、本当にそうだろうか…と、「わがまま」という言葉を括弧でくくってとらえ直していくのが、この本なんです。「わがまま」とされている、「自分はこうしたい」「これはイヤだ」という思いは、大事にしていいし、人に伝えたっていい。「わがまま」は、社会を変える第一歩にだってなり得るんだ、ということを教えてくれる1冊です。
著者の富永京子さんは社会運動の研究をしている方なんです。社会運動というと難しそうに聞こえるけれど、実は、それは家庭や学校で起きていることの延長線上にあるもの。例えば、日常の中で現状を変えたいときに家族や友達にちょっとした希望を伝える、みたいなことは、誰しもやっていることですよね。その感覚で社会ともつながっていけばいいのかも、と感じさせてくれるのも、この本のいいところだなって感じます。
自分に“うっとり”してもいい! 人と比べて落ち込むことをバカバカしいと思えるためのセラピー本をご紹介
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
つい、人と自分を比べてしまうのが悩みです。無意識のうちに「結婚している」「お金がある」「見た目がいい」など、世の中で“よい”とされている物差しを判断基準に人をジャッジしている自分がいて。考えているうちに虚無ってしまい、延々とスマホゲームで現実逃避しています。
清田さん:社会の“こうあるべき”というのはいわゆる「規範」と呼ばれるものだと思いますが、それって誰が決めてるんだという問題がまずあると思うんですよね。人と自分を比べてしまうのも、ある意味では仕方ないことだと思うんですよ。むしろ個人的には、「比べて何が悪いの?ガンガン比べちゃえ!」って思うくらいで。我々は、人と比べてジャッジすることからは逃れられない。だったら、バカバカしいと思えるくらいまでやってみて、自分の気分が上がる要素だけはちゃっかりいただく——。それくらいの感覚でいれば、ちょっと気が軽くなってくると思うんですよね(笑)。
『美容は自尊心の筋トレ』長田杏奈・著/ele-king books
セラピー本① 自分の好きなところを、より好きになるヒントを見つけられる本
清田さん:その上で、今回おすすめしたい本の1冊目は、こちら。『美容は自尊心の筋トレ』です。著者は、雑誌やWebで美容記事を書いている、ライターの長田さん。この本には、長田さんの「美醜の判断基準は人それぞれ、自分の好きな自分になれればいい。そのために、美容という“自尊心の筋トレ”を楽しんで!」というメッセージが込められています。自分は美容に疎く、具体的なケア方法やグッズに関しては初めて知ることも少なくありませんでしたが、そんな初心者でも読みやすく、さっき言った“一人うっとり”できるところを発見し、そこをより好きになるためのヒントがたくさん詰まっている本ではないかと思うんです。
長田さんは美容ライターとして、既存の「美」の価値観を再生産してきたのではないかという反省を語られていましたが、仕事をする中でモヤッと感じつつも抑えつけてきた違和感みたいなものがベースにあって、ある種の責任感も持たれているのだろうと感じます。そういった覚悟も伝わってくるからこそ、これだけ力強いメッセージになっているんじゃないかと思います。
『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』kemio・著/KADOKAWA
セラピー本② 直感的でクリエイティブな言葉が体に響くエッセイ
清田さん:続いて2冊目に紹介するのも、言葉の力を感じられる本。YouTubeなどで活躍する動画クリエイター・kemioさんのエッセイ『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』です。
『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』なんて言葉、どうやっても思いつきませんよね。「どう?見て!いいでしょ⁉」って、死ぬまで自分のランウェイを歩くイメージというか。モデルも自分、観客も自分、でも別にOK。それを全身で体現しているkemioさんの言葉は、直感的でクリエィティブ。「やなこと全部、スワイプして消すよ」とか、言葉の意味を頭で考える前に、体に響いてきて、めちゃくちゃ気持ちいいですよね。きっと、言葉を選ぶことなく体から出てきたものをそのまま形にしているんだろうな。「こんなの書けない!すげー!」のひと言です。
人と自分を比べてしまうのも、社会の“こうあるべき”という価値観を内面化してしまうのも、避けがたいことだと受け止めてあげる。そして、長田さんの本を読んで“一人うっとり”の力を磨いてみる。そうすると、社会の圧力も自分のショックも、だんだん軽くなっていくかもしれない。そして、ガチガチに凝り固まった状態からいい感じにほぐれてきたところで、kemioさんのエッセイを読みながら「もうよくない?シュッ!」って、悩みをスワイプして吹っ飛ばす。そんなふうに、段階的に読んでみるのはどうでしょうか。
上司や同僚と価値観が合わない…。自分らしい働き方を考えるための2冊!
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
会社の人たちと、仕事に対する価値観が合いません。上司が夜遅くても構わずLINEで連絡してきたり、先輩がやることもないのに会社に残って喋っていたりして、退社しづらい雰囲気で…。帰り道や寝る前に、虚無って意味もなくSNSを見続けてしまいます。自分らしく働くためには、どうすればいいでしょうか?
清田さん:ひとつの案として、親しい同僚や優しい先輩といった、信頼できる人に話をして、少しずつ仲間を増やしていくのはどうでしょうか。あるいは、問題の相手に小さな仕返しをしていくとか。例えば、夜遅くに来たLINEに対し、「体調が悪くて寝込んでいたので、連絡が遅くなってすみません…」などと、罪悪感を抱かせるような返信をしてみたり(笑)。「業務時間外に連絡をするというのは、こういうことだぞ」というのをあの手この手で伝えて、悪い習慣を改めてもらえるようにもっていく。
この相談者さんは何も間違ったことをしていないのに、理不尽な環境や風潮に自分を合わせようとして無理が生じているわけですよね。まずは、そのストレスを適度に軽減しつつ、改善のための土壌づくりをしていくことが第一歩になるかもしれません。
鈴木涼美『おじさんメモリアル』(扶桑社)
セラピー本① 芸術的な悪口を楽しんで、悪意を解放できるエッセイ
清田さん:そこで、今回は1冊目に『おじさんメモリアル』をおすすめします!
これは、パンツを売る女子高生、社内不倫の相手、高級クラブの愛人…など、様々な経験を持つ作家の鈴木涼美さんが、これまでに出会った“おじさん”たちについて書いたエッセイ。言わばおじさんたちの悪口が書かれているんですが、その観察眼が最高なんです。おじさんという生き物の、鬱陶しさやしょうもなさ、さらにはその奥底にある哀しさまでをも冷酷に見抜いている。
「芸術的な悪口って、こんなに面白いんだ!」って、惚れ惚れしてしまうほど。涼美さんほどの表現をするのはハードルが高すぎるとしても、ムカつく相手を自分なりに意地悪な目で観察し、少しでも溜飲を下げていくのは大いにありだと思います。真面目に取り合う必要はなしということで、今回のようなお悩みを持つ方にとっても、悪意を解放する方法を学ぶきっかけになるんじゃないかなと思った次第です。
中島岳志『「リベラル保守」宣言』(新潮文庫刊)
セラピー本② 自分の価値観と向き合うヒントをくれる本
清田さん:感情面のガス抜きができたら、次は理性面にアプローチということで、2冊目におすすめしたいのが『「リベラル保守」宣言』です。
一見、今回の相談とは縁遠そうな内容ですが、お悩みの中に“価値観”という言葉が出てきたので選んでみました。そもそも“価値観”って何を意味しているのか、“自分らしく”ってどういうことなのか。そういった漠然とした考えを言語化するのに役立つのが、この本。例えば、既存の体制やシステムを維持しようとするのが保守派で、それを変えて進歩していこうとするのがリベラル派だとするなら、「会社の人たちは保守派で自分はリベラル派なのかな」というように、簡単な区分けをしてみるのもひとつ。違いがクリアになることで、「だからこんなに違和感があるんだ!」って気づけるかもしれませんよね。
パートナーを性的に好きかどうかわからない…。こんな自分は酷い人間? 恋愛の悩みに寄り添う本を紹介
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
結婚を考えているパートナーがいます。彼のことは人としてすごく好きですが、見た目がすごくタイプというわけではなく、性的な関係を持つことにやや抵抗があります。“性的に好き”かどうかわからないのに、結婚してもいいのでしょうか…。こんなことを考えているなんて酷い人間だと思われそうで、誰にも相談できず、虚無って深夜にひたすらYouTubeなどを眺めています。
清田さん:「酷い人間」とありますが、自己責任というより社会問題、くらいにとらえてもいいんじゃないかと個人的には思います。性的に好きじゃないけれど結婚することも、性的に好きな相手と結婚したけれどセックスレスになることも、いくらでもあり得ることじゃないですか。言ってしまえば、どんな形の結婚だってOKなはず。
ただ、もちろん相手との合意形成は必要で、この相談者さんの場合もそこは考えた方がいいと思うんですよね。直接そう伝えるかは別として、「あなたに対して愛情は持っているけれど、性的な関係を結ぶことには積極的になれない。ただ、パートナーとしては最高だと思っているので、私としては結婚という選択をしたい。あなたはどう思いますか?」という話をする必要はあるはず。…って、もちろん難しいことだとは思うのですが。
今すぐ簡単にできることではないからこそ、対話に進むための段階的なステップが必要だと思うんです。
渡辺ペコ『1122』(講談社)
セラピー本① 問題の複雑さを教えてくれる漫画
清田さん:そこで、1冊目におすすめしたいのが、渡辺ペコさんの漫画『1122(いいふうふ)』。これは、結婚後セックスレスになり、公認不倫というスタイルを導き出した夫婦の物語。
自分の気持ちも相手の気持ちも、その時々で変わっていく。そうやってどんどん変化していく人間模様を丁寧に描いているのが、この作品の魅力だと思います。この相談者さんの悩みも、引き延ばして考えればセックスレスの問題に関わってくる可能性があるので、一度読んでみると「まだ想像しきれていない、考えるべき点がたくさんあるんだな…」ということに気づけるかも。
非常に複雑な問題だから、シンプルに答えを出すのは難しい。これは決して脅しではなく、あくまで前向きな意味でオススメしているのですが、まずは問題の複雑さを受け止めるのが第一歩なんじゃないかと思います。
メレ山メレ子『こいわずらわしい』(亜紀書房)
セラピー本② 悩みを細かく分解するヒントをくれるコラム集
清田さん:問題の複雑さを実感できたら、次におすすめしたいのは、恋愛コラム集『こいわずらわしい』です。
この本の著者であるメレ山メレ子さん(現在は「沙東すず」に改名)は、昆虫や植物が好きで、その分野のフィールドワークをしているエッセイスト。そんなメレ山さんが恋愛の本を出されると聞いたときは意外に感じたんですが、読んでみると、恋愛という現象の中で発生するさまざまな物事が、まるで昆虫採集のように標本化されていて。ちょっとした心の機微みたいなものが、いろいろな虫や草に例えられつつ、素晴らしい観察眼と描写力で言語化されているのがめちゃくちゃ面白いんです!
今回、この本を選んだ理由は、複雑な悩みを細かく分解するヒントになるんじゃないかな、と思ったから。今、相談者さんは「性的に好きかどうかわからない」「結婚してもいいのでしょうか」と、問題を大きくとらえていると思うんですね。でも、例えば「性的に好き」という言葉で表現している感情も、「こういうところにドキッとする」とか「こういう場面では安心できる」とか、いろいろな要素に因数分解できるはず。そうやって解像度を高めていくことで、「性的に好き」という大きな塊のように捉えていたものが、実は小さな感情や感覚の集合体だったんだ、ということを体感できる気がするんです。
「現状に不満はないが、新しいことをやってみたい」って“平和ボケ”ですか…?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
20代後半、今の仕事や人間関係に大きな不満はないのですが、心のどこかで「もっと違うことに挑戦してみたい」と思っている自分がいます。友達に相談したところ、「特に嫌なこともないのにそれを投げ出したいなんて、平和ボケしているとしか思えない」と言われました。この気持ちは甘えで、今の状態が最適解なのでしょうか…? モヤモヤして虚無ってしまい、深夜にネットサーフィンをする日々を送っています。
清田さん:こういう状態って、頭で考えているのではなく、身体が反応しているような感じだと思うんですよね。頭で考えるときは、取り扱える範囲の、ある意味で限定された情報をもとに判断を下していく感じだと思うんですが、身体反応という形で現れたものって、もっと膨大な、それこそこれまでの人生経験が詰め込まれたデータベースがその判断材料になっている、というか。
例えば、新しい人と出会ったときに、相手の雰囲気や話し方などから、なんとなく「この人とは合わなそう…」と感じることってあるじゃないですか。あれも、言語化なんて到底できないほどの自分のビッグデータに身体が反応しているんだと思うんです。そうやって膨大な情報を元に下された判断を、我々は「勘」や「直感」と呼んでいるのではないか…。これが案外当たるのはビッグデータに基づいたものだからで、まだ言語化こそされていないけれど、十分な根拠に基づく判断なのではないかな、と。
スズキナオ『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)
セラピー本① 習慣やルーティンからあえて抜け出してみる「冒険」のための一冊
清田さん:そんなふうに考えて、今回は“ジャーニー”、つまり“冒険”をテーマに本を選んでみました。1冊目は、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』。
普段の習慣やルーティンって、実は自分の行動や思考をかなり規定していると思うんですよね。そこから半歩外に出てみるだけで、前方の30度くらいしか見えていなかった景色が、後方まで360度広がっていたことに気づけるよ、と教えてくれる本だと感じていて。
この本を、“小さなジャーニー”への手引きとして手に取ってもらいたいなって。すぐに真似できそうなこともいっぱい書いてあるから、それを読んで憧れをためることで、「自分にもできるかも!」と“冒険”への気持ちを高められると思います。
花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出文庫)
セラピー本② 出会い系サイトを通して「人生の問題」に向き合う私小説
清田さん:2冊目におすすめしたい“冒険の書”は、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』です。この本は、『ヴィレッジヴァンガード』などで書店員として働いた経験を持ち、現在は店主として書店『蟹ブックス』を営む、花田菜々子さんの自伝的物語。仕事も結婚生活も行き詰まり、人生のどん底まっただ中、という時期に、出会い系サイトに登録し、初対面の人に本をすすめる企画を思いついて実行していく、という“冒険”の模様を綴った作品なんです。
自分がワクワクすることがとにかく大事。いきなり「自分にしかないものとは何か?」みたいに考えても答えは出ないと思うので、まずは「最近、私は何を楽しいと思ったか?」「何を心地いいと思ったか?」「逆に何が嫌だったのか?」と観察してみるといいかもしれない。
面白そう、ワクワクする、というように心が反応する瞬間は、偶然やってくる。それをとらえていけば、またビッグデータが蓄積されて(笑)、よりいっそう自分自身に詳しくなっていくと思います。そういう中で、自分のテーマみたいなものに出会えたら最高ですよね。