炎症性腸疾患(IBD)には、おもに潰瘍性大腸炎とクローン病があります。いずれも近年急速に発症者が増加しています。原因不明と言われるこれらの病気。どんな人がかかりやすいの? 症状は? IBDの日本の第一人者、小林拓先生に取材しました。
*IBD=Inflammatory Bowel Disease

小林 拓(こばやしたく)先生

北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センターセンター長・北里大学医学部消化器内科准教授

小林 拓(こばやしたく)先生

名古屋大学医学部、大学院医学系研究科卒業。医学博士。慶應義塾大学消化器内科助教、ノースカロライナ大学Postdoctoral Research Associate、北里大学北里研究所病院消化器内科部長ほかを経て現職。日本炎症性腸疾患学会専門医・指導医。日本消化器病学会専門医・指導医ほか。炎症性腸疾患の専門家。

参考資料/「炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020(改訂第2版)」日本消化器病学会

IBDは若者世代に増えている!

炎症性腸疾患 IBD

増田美加(以下、増田):若い世代に急速に増えている炎症性腸疾患(IBD)とは、どのような病気なのでしょうか?

小林拓先生(以下、小林先生):炎症性腸疾患(IBD)は、消化管(小腸や大腸など)に炎症が起こる病気の中で、原因がわからないものである、クローン病や潰瘍性大腸炎を指します。いずれも国の指定難病となっています。

日本では近年急速に増加しており、IBD患者さんは30万人とも40万人とも言われていて、全人口の300~400人にひとりの割合です。10代後半から30代前半の若い年代で発症する人が多く、この年代に限ってみると割合はもっと高いと考えられます。

本来なら病気にかかりにくく、病院に行く習慣がない若者世代。一人暮らしが多く、周囲に相談しにくい人も多いので、潜在的な患者数はもっと多いでしょう。

【炎症性腸疾患(IBD)とは?】

炎症性腸疾患 IBD クローン病 潰瘍性大腸炎  

*厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業 難治性炎症性腸管障害に関する 調査研究 総括研究報告書(平成28年度) 

増田:潰瘍性大腸炎とクローン病、それぞれの症状や原因を教えてください。 


小林先生:潰瘍性大腸炎とクローン病は、国の指定難病となっています。原因は不明ですが、遺伝的素因、体質、環境要因、腸内細菌、食生活、そのほか現代的生活スタイルが複雑に絡み合って影響していると考えられています。


長期間にわたる治療を必要とする病気ですが、継続的な治療や日常のケアで良い状態を維持することが目指せるようになってきました。これらの病気とわかれば医療費助成なども受けられます。怖がらずに症状をチェックしてみてください。それぞれ異なる病気ですので、ひとつずつ紹介していきます。



【潰瘍性大腸炎】下痢と血便、便意切迫感が特徴 
潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜に炎症が起こり、炎症は出口の直腸から奥に向かって広がっていきます。


●発症年齢


発症年齢には幅があり、10代後半から30代前半、40代・50代で発症する方も。国内の患者数は約22万人以上と推測。


●おもな症状


• 下痢
・血便(粘り気のある赤いゼリー状のものがついたような血便も)
・便意切迫(便意を感じるとすぐにトレイに駆け込みたくなる)
• 腹痛(しくしく痛む)
• 重症の場合、体重減少や発熱、貧血など


【クローン病】初期は下痢と腹痛が特徴
クローン病は、消化管の粘膜に原因不明の炎症や潰瘍が生じる病気です。発生しやすい場所は、小腸から大腸のいずれか、または両方で炎症が起こります。ときには、口、食道、胃、十二指腸など消化管のどこにでも点々と炎症が起こる場合があり、多種多彩な症状が起こる可能性があります。


●発症年齢


20~40代が多く潰瘍性大腸炎よりも若い。国内の患者数は約7万人以上と推察


●おもな症状


• 下痢や腹痛(初期症状で最も多い)
• 血便
• 体重減少
• 発熱(微熱)
•倦怠感 
•肛門の異常(痔のような症状もクローン病に伴って起こることも)など

IBDとIBS、どう違う?

増田:炎症性腸疾患(IBD)と間違えやすい病名で、過敏性腸症候群(IBS)がありますが、この病気は、どこが違うのでしょうか?
*Irritable Bowel Syndrome


小林先生:IBDとIBS、間違えやすいですね。炎症性腸疾患(IBD)が慢性の炎症性の疾患なのに対し、過敏性腸症候群(IBS)は非炎症性疾患、つまり腸内に炎症のない疾患なのです。


過敏性腸症候群(IBS)は、腹痛、便秘、下痢などの症状が特徴で、検査をしても、器質的(注:がんや炎症などの目に見える疾患のこと)病因のない、腸の動きや働きの問題です。下痢と便秘が交互に起こり、排便や排ガスで改善するものの、繰り返す腹痛に悩まされる病気です。


反対に、炎症性腸疾患(IBD)の潰瘍性大腸炎は、持続する症状が特徴であり、基本的に便秘と下痢の症状が交互に起こることはありません。


両方とも生活の質(QOL)を損ねるという意味では同じですが、治療がまったく違うものなので、診察、検査をして正しく診断してもらうことが大切です。症状をお聞かせ頂き、必要に応じて大腸内視鏡検査をすることで、きちんと診断がつきます。最近は痛みも少なく検査できるようになっていますので怖がらずに受けてください。

炎症性腸疾患 IBD 症状 IBS

若い世代に増えている理由は食生活?

増田:潰瘍性大腸炎もクローン病も、原因不明ながらも食生活、腸内環境などとの関連が言われているということは、欧米化した食生活やライフスタイルの影響もあるということでしょうか?

小林先生:そうですね。関係があると言われています。食生活の影響は大きく、先行して欧米に多かったのですがファストフードなどの普及に従って日本国内でも増えている傾向はあります。

増田:10代後半から40代はファストフード世代で、欧米化したライフスタイルになった年代です。どんな症状を感じたら病院に行くべきでしょうか?

小林先生サインは、「繰り返す腹痛と下痢、血便」などの症状です。これらが続いたら、病院を受診してください。消化器内科が専門ですが、近くになければ内科を受診されてもいいと思います。

受診して一度は「大丈夫」と言われても、まだ症状が続いていたらもう一度消化器専門医か大腸内視鏡の受けられる施設に行くことも考えてみてください。

増田:炎症性腸疾患(IBD)とわかったら、日常生活への影響はどの程度でしょうか? 妊娠・出産や仕事への影響はあるのでしょうか?

小林先生:症状があればいろいろな弊害がありますし、昔は、病気を寛解(安定した良い状態)までに持っていくことが難しかったのですが、今は医療の進歩によって多くの方が寛解まで持っていけるようになりました。きちんと治療し寛解を維持していれば、日常生活をほぼ通常通り過ごすことが可能です。

妊娠、出産に関しても寛解を維持できていれば、IBDのない健康な人とほぼ同じと考えて大丈夫です。一部、妊娠に影響のある薬はありますが、限定的ですので、医師に確認してください。

また、炎症性腸疾患(IBD)には、働く世代に患者さんが多くいます。就職から定年までIBDを抱えながら過ごす患者さんも少なくありません。でも、治療を継続できれば、患者さんは病気を抱えながら働き続けることも可能なので、職場の皆さんで治療を継続できる環境を整えていただくことが重要です。社会全体に理解していただきたい病気です。

増田美加

女性医療ジャーナリスト

増田美加

35年にわたり、女性の医療、ヘルスケアを取材。エビデンスに基づいた健康情報&患者視点に立った医療情報について執筆、講演を行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』『もう我慢しない! おしもの悩み 40代からの女の選択』ほか

イラスト/大内郁美 取材・文/増田美加 企画・編集/福井小夜子(yoi)