10代後半~30代で発症することの多い炎症性腸疾患(IBD*)、潰瘍性大腸炎とクローン病。長く付き合う病気のため、継続した治療が大切です。症状を抑えて、仕事も日常生活もこれまで通り続けるための方法をIBDの日本の第一人者、小林拓先生に取材しました。
*IBD=Inflammatory Bowel Disease

小林 拓(こばやしたく)先生

北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センターセンター長・北里大学医学部消化器内科准教授

小林 拓(こばやしたく)先生

名古屋大学医学部、大学院医学系研究科卒業。医学博士。慶應義塾大学消化器内科助教、ノースカロライナ大学Postdoctoral Research Associate、北里大学北里研究所病院消化器内科部長ほかを経て現職。日本炎症性腸疾患学会専門医・指導医。日本消化器病学会専門医・指導医ほか。炎症性腸疾患の専門家。

参考資料/「炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020(改訂第2版)」日本消化器病学会

大腸内視鏡で診断できます

炎症性腸疾患 IBD 大腸内視鏡検査

増田美加(以下、増田):潰瘍性大腸炎は、下痢と血便、便意切迫感が特徴。クローン病は、下痢と腹痛をはじめとして多彩な症状が起こるのが特徴です。⇒詳しい症状はVol.89参照 これらの症状が続いていたら、早めに消化器内科や大腸内視鏡検査のできるクリニックを受診することが大切と前回伺いました。病院ではどのような検査をするのでしょうか?

小林拓先生(以下、小林先生):腹痛や下痢などの症状を長期間放置すると、病変が進行してしまう可能性がありますので、早めに受診していただきたいです。進行というのはがんなどと異なり、IBDの場合では消化管が狭くなって通りにくくなったり(狭窄)、他の臓器につながったり(瘻孔)たりすることを指し、腸閉塞などで手術が必要になってしまう人もいます。

大腸内視鏡検査をすることで、多くの場合には診断できますが、場合によっては、CTや超音波、MRIを行うこともあります。今は大腸内視鏡の技術が高いので、安心して受けることができます。

若い女性ほど便のことは相談しにくく、ハードルが高いのはよくわかります。でも早期に発見できれば手術や入院をしなくてすみます。勇気をもって受診してください。

良く効く治療薬の種類が増えています

増田:どのような治療をするのでしょうか?

小林先生:治療は進歩していて、入院や手術が必要なケースは減少しています。現在、潰瘍性大腸炎やクローン病を完全に治す内科的な治療はまだないのですが、腸の炎症を抑える有効な薬の選択肢が増えています。治療の目標は、腸管の炎症を鎮め炎症のない状態を維持することです。飲み薬のほか注射薬など多くの種類があり、患者さんの状態によって使い分けられます。

重症の場合や薬物療法が効かない場合には手術が必要になります。手術は、狭く通りにくくなっている腸管を広げる内視鏡的手術や、病変部位の切除などが行われます。潰瘍性大腸炎に対しては必要であれば大腸の全体を切除する手術が標準です。

また、クローン病には、栄養療法・食事療法を薬物療法と合わせて、もしくは単独で行うこともあります。栄養状態の改善だけでなく、食事からの刺激を取り除くことで腸管を安静に保ち、腹痛や下痢などの症状の改善と腸管の炎症を抑える目的で行われています。

炎症性腸疾患 IBD 薬 種類

小林先生:2002年頃に開発された生物学的製剤は、点滴だけでした。2010年代後半から加速度的に新たな薬剤が出て来ています。


ですから、20年前に発症した方のこれまでの20年と、今発症した方のこれからの20年は圧倒的に違います。そういう意味で、過去の患者さんの闘病記を見て悲観しないでもらいたいと思います。そのくらい治療は進化しています。結婚、妊娠・出産も可能です。今後、さらに薬はよくなるでしょう。

増田:薬の副作用はどうなのでしょうか?

小林先生:ステロイドは副作用が多かったのですが、新しい生物学的製剤は、病態の理解にもとづいてピンポイントで抑える作用を持っているために比較的安全に使えるものが増えました。

また、薬の選択肢も多いので、合わなければ次の薬に変えられます。治療スケジュールなど使いやすいものを医師と相談して選んで使うこともできます。適切なタイミングで適切に使えば恐れるような薬ではありません。剤形も、1日1~2回の飲み薬、週1回の自己注射、数週間ごとの点滴、数カ月に1回の注射など種類も豊富です。

どの薬も大きな差はなく、安全性への懸念も心配するものではないので、ライフスタイルに合ったものを選んで、継続して長く治療することが大事です。

【IBDに対する薬剤開発の歴史と変遷】

炎症性腸疾患 IBD 薬剤 歴史

小林拓先生よりご提供

2020年前後からさまざまな新しい薬が開発され、今後も病気を良い方向に導くための治療薬がいくつも発売される予定です。

病気を良い状態に持っていくことを目標にします

増田:治療すれば、症状のない状態に戻れますか?

小林先生:多くの方で可能ですが、病気にも個性がありますので、人によって経過はいろいろです。重い方もいれば、ずっと軽いままの人もいます。多くは、病気が見つかったときには活動性のある状態で見つかりますが、治療を行うことで病気の勢いは抑えられ、おとなしくなります。その抑えられた良い状態を維持(寛解)していくことが目標になります。

この寛解の状態に持っていくまでに、数週間の方もいれば数年かかる方もいます。症状が落ち着いている状態(寛解)だけでなく時には症状の悪化している状態(再燃)を経験するかもしれませんが、病気は慢性の経過をたどります。寛解を長く維持するためには、継続的な治療と定期的な通院がとても重要です。

ですから、良くなったからと自己判断で薬を減らしたりやめたりしないで、続けていくこと、治療とつきあう姿勢が大切です。できれば「病気になったのはしかたがない。病気に邪魔されることをどうやったら最小限にできるのかを考えよう。大きな邪魔をされないようにしよう」と考えていただけたら、と思います。

【クローン病と潰瘍性大腸炎の病状の経過のイメージ】

クローン病 潰瘍性大腸炎 症状 経過

難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班(鈴木斑) クローン病の皆さんへ 知っておきたい治療に必要な基礎知識 第4版 
難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班(鈴木斑) 潰瘍性大腸炎の皆さんへ 知っておきたい治療に必要な基礎知識 第4版 

日常生活でできないことは? 腸活で予防できる?

増田:日常生活で気をつけること、できないことはありますか?

小林先生「この病気になったからと言ってできないことはない!」と申し上げたいです。病気が良い状態(寛解)を維持できれば、過度な食事制限は必要ありません。むしろ、病気をきっかけに健康的な食事や生活にすることが、生活習慣病を予防したり健康寿命を延ばすことにつながるとポジティブに考えていただけたら、と思います。

増田:腸活が流行っていて、酵素や乳酸菌サプリメントなどが数多く販売されていますが、炎症性腸疾患(IBD)などの予防や治療に役立ちますか?


小林先生:腸内細菌の研究は、現在たくさんの研究が行われていて、腸内細菌と何らかの関係はあるだろう、ということは間違いないとは思います。

例えば和食や海藻などの水溶性食物繊維は、おそらく腸の免疫の病気にはいいだろうという推測はされています。しかし、特定の食物や酵素・乳酸菌ほかのサプリメントなどで、病気予防や病気改善につながるという医学的検証には至っていません。すでに、医学的検証が済んでいて、エビデンスのある治療を中心に考えてほしいと思います。

もちろんバランスのとれた食生活は、健康にとって大事ですので実践してください。あくまで、補助的に健康に気を使って腸活をするのはいいと思います。

食事、お酒、たばこ、妊娠・出産、仕事、運動で知っておいていただきたい項目をまとめました。

【日常生活で患者さんが気をつけていること】

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難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班(鈴木斑)クローン病の皆さんへ、知っておきたい治療に必要な基礎知識 第4版
難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班(鈴木斑)潰瘍性大腸炎の皆さんへ知っておきたい治療に必要な基礎知識 第4版

職場や家庭の周りの人ができること

増田:患者さんご本人だけでなく、周囲が知っておくべきこと、できることはありますか?

小林先生難病という言葉で、仕事や社会生活で活躍できないというレッテルを貼らないでほしいです。治療で良い状態(寛解)が維持できれば、通院する時間と治療以外には、病気になる前と変わりがないことを知っていただきたい。社会的活躍もできるし、仕事上で能力を十分発揮することが可能な時代になりました。病気だからと仕事を制限するよりも、活躍できるようにするためにどうすればいいかを考えてほしいと思います。

炎症性腸疾患(IBD)は、若い年齢で発症する人が多い病気なので、長期にわたって治療を継続することになります。もちろん病状の変化によっては、仕事上で合理的配慮が必要なときはありますが、ロングスパンでみれば必ず活躍することが可能です。職場、家庭、あらゆる場面で、その人の能力や才能を発揮できるように、社会全体でサポートしてほしいです。

増田美加

女性医療ジャーナリスト

増田美加

35年にわたり、女性の医療、ヘルスケアを取材。エビデンスに基づいた健康情報&患者視点に立った医療情報について執筆、講演を行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』『もう我慢しない! おしもの悩み 40代からの女の選択』ほか

イラスト/大内郁美 取材・文/増田美加 企画・編集/福井小夜子(yoi)