対談前編では、性教育YouTuberとしても活動し、yoiでも「SAY(性)HELLO!」を連載中の助産師・シオリーヌさんが抱える最近のお悩み事について、伺ってきました。当事者の中でもさまざまな「苦しみのグラデーション」がある話題——誰かにとってはつらいときに支えになる話題でも、誰かにとってはとてもしんどくなってしまような話題——について、どう発信していくべきなのか。同じく表に立って発信を行うみたらしさんは、その難しさに共感を示しつつ、専門家のかかわりの重要性について提示してきました。対談後編では、発信をしていくなかで「いち個人」としての自身の守り方について、話は展開していきました。
「シオリーヌとして発信することで、個人の感情を置いてけぼりにしていない? 」——みたらしさん
みたらしさん ここまで話を聞いてきて感じているのは、発信をするなかで蓄積されてきた心の負担は決して小さくない、ということ。妊娠して、詩織ちゃんはつわりも大変だったと思うし。そんなときにコメントや反応を見てしまって、1日中そのことで頭を支配されてしまうこともあると思う。
詩織ちゃんは、妊活に関する発信をする前からずっと発信を続けているから、個人の感情って置いてけぼりにならない? 「シオリーヌ」という、人格を取っ払って考えてみるとどう思う?
シオリーヌさん 伝え方が難しいんだけれど、「妊活してます」って言えること自体が特権だってことを自覚すべきっていう指摘をいただくことがあって。同性カップルで相手の子どもを望むことができなかったり、経済的な問題で治療を受けることができなかったり、妊活をしたくてもできない人がいる、と。
特権性を自覚することが大事だと考えているからこそ、さまざまな社会問題に対してきちんと勉強して、積極的にアクションを起こしていこうと意識してきたし、妊活をするかしないか「選べる」ことが普通だと思っちゃいけないなという気持ちも持ってる。
ただ、「シオリーヌ」というより一個人の私として考えると、日常生活のすべてに引け目を感じないといけないってことになってしまうのかなと、悶々と考えてしまうことはある。
みたらしさん 私は、「みたらし加奈」として発信しすぎると、いち個人の自分が感じたピュアな気持ちを吸い取られてしまう気がして、「表の自分」と「本当の自分」との間に距離を置くようにしてる。もちろん、そこを完全に断絶させることもできないけど、発信者だって自分の心を守ることは大切だなと思ってる。詩織ちゃんは、どうしてるの?
シオリーヌさん 私も「シオリーヌ」は発信者としての人格で、いち個人の自分とは切り離しているつもり。これはフォロワーの皆さんにはお伝えしていることだけど、だから現実の私と、配信されている動画の中の私とではタイムラグを作るようにしてるんだ。今出ている動画に対してつらい反応があったとしても、動画の中の私は過去の自分なので、現実世界の本体にはできるだけ直接刺さらないように済んでいる部分もあると思う。
みたらしさん 表で発信している人たちは意識している人も多いと思うけど、発信している世界と現実世界にタイムラグを作るというのは、大事だよね。「表の自分」と「本当の自分」の距離が発信内容的にも時間軸的にも縮まってしまうと、誹謗中傷がダイレクトに「本体」に刺さりやすくなると思うから。
たとえ無意識であったとしても、自身のつらさを他者にぶつけることで緩和しようとしている人には、もっと気軽にケアを受けられる環境ができていってほしいと思うし、発信している人たちも意識的に自分を守っていってほしいな。
いつもと変わらずに、ただ話を聞いてくれるだけでいい。 ——シオリーヌさん
みたらしさん 最後に、これは友人として、私から聞いてもいいかな? もしこれから周囲で不妊治療に臨む人たちがいたとき、友達や同僚としてできることって、なんだと思う?
シオリーヌさん 私だったら、しんどいときとか、報われないなって落ち込んでいるときに、「ただ話を聞いてくれる」ということがいちばんありがたい。専門職の皆さんのように解決しようとか、何かをジャッジしなきゃとか、それこそナイーブな話題でなんて言ったらいいのかわからないけど大丈夫かなとか、いろいろ考えてしまうかもしれないけど。いつものように話を聞いてくれる人が一人でもいたら、救われることがたくさんあると思う。
もちろん、不妊治療について話をしたくない人もいると思うので、あくまで「話をしたいな」と思う人がフラットに話をすることができて、耳をかたむけてくれる人が増えて、職場でも話ができるような雰囲気ができていくといいな。その人が必要としている心理的サポートが普通に受けられる世の中になってほしい。
みたらしさん これからも、いつでもなんでも、話を聞くからね!
インフルエンサーとして表に立って発信を続けるなかで、「表の自分」の人格を一人歩きさせればさせるほど、「いち個人としての自分」の感情に鈍感になってしまう。一方で両者の距離が縮まれば縮まるほど、本体である自分に影響を及ぼしやすくなる——SNSなどを通して、誰もが表に出やすくなった今、発信をする側も受け取る側も、「自分の心を守る」ことを意識し続ける必要があるのかもしれません。
臨床心理士
総合病院の精神科で勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスとしての活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。著書に『マインドトーク あなたと私の心の話』(Hagazussa Books)がある。
撮影/花村克彦 取材・文/千吉良美樹 企画・編集/高戸映里奈(yoi)