私たちが生きるうえで、どうしても付き合っていかなければいけない「感情」。感情とはなんなのか? そして、どう向き合っていけばいいのでしょうか? <心理学的視点=Side A>から考える感情についてを臨床心理士のみたらし加奈さんにインタビュー。後編では、「負の感情への向き合い方」について、詳しくお伺いしました。

みたらし加奈 感情ってなんだろう? メンタルケア 臨床心理士 

臨床心理士

みたらし加奈

総合病院の精神科で勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスとしての活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。著書に『マインドトーク あなたと私の心の話』(ハガツサブックス)がある。

“不快さん”に感情の手綱を握らせないために

——前編では、感情の正体が、そもそも「快」/「不快」であると教えていただきました。実はそのどちらかでしかないと考えるととてもシンプルで、感じたまま受け入れればいいんだなとわかった一方で、そこから派生した具体的な感情において、特に大事にすべきもの、もしくは捨ててしまってもいいようなものもあるのでしょうか?

みたらしさん:切り捨ててもいい感情というのはありません。ただ、あえて大事にしてほしいと伝えたい感情があるとすれば、それは「不快」な感情です。「不快」な感情って、何かに蓋をするか、ずっとそこに囚われるか、もしくはそれで嫌になって手放すか…というふうに、何かしらアクションを起こさないといけないものとして扱われがちなんですね。そうすると、「不快」な感情のほうに気を取られてしまって、「快」の感情を置いてけぼりにしてしまったりする。

だから、少し矛盾しているようにも聞こえるかもしれませんが、まずは「不快」な感情を大事にして、それに対して自分が起こしているアクションに自覚的になることで、“不快さん”に自分の感情の手綱を握らせないようにすることが重要です。

「不快」に囚われてしまっているときって、すでに“不快さん”が心の手綱を握ってしまっている状態なんですよね。だから、自分ではどうにもできなくなってしまうし、暗い部屋に閉じ込められているような感覚に陥ってしまったりもする。そうならないために、自分の感情は自分で手綱を握った状態——自覚的にアクションができる状態を保ちながら、「快」の感情も「不快」の感情も大事にしてあげることが大切です。

——“不快さん”に手綱を握られてしまっている状態って、本来ならポジティブな感情が生まれるようなときでも、それが覆い隠されてしまうような感じでしょうか?

みたらしさん:そうです。大好きなドーナツ店のドーナツが手もとにあるんだけれど、別の不快だったことを思い出して、味がわからなくなってしまうとか。すべてがその「不快」に支配されてしまうような感覚です。

——そうならないよう、自覚的に感情の手綱を握るためには、どうすればいいのでしょうか?

みたらしさん:自分の「不快」を言語化してあげることも有用です。ぜひ試してみてほしいのですが、「不快」な感情って、ちゃんと言葉にすることで収まるときがあるんです。

例えば、Aさんとのやり取りの中でモヤモヤしたことがあったとします。このとき、「最近本当Aちゃんと話していると、なんかモヤモヤするんだよね。何なんだろう、この気持ち」と、曖昧にするだけでは、そのモヤモヤが倍増するだけです。でもそこで、「Aちゃんがこの前こう言ってたけれど、でも私からすると、それはこう視点が違ってた。なのにAちゃんの言葉には押し付けが含まれていたから少し窮屈に感じちゃって、寂しい気持ちになった」と、できるだけ具体的に、詳細に言葉にすることで、モヤモヤを頭のなかでまとめることができます。ただモヤモヤしている、なんとなくムカついている、という簡易な言葉に自分の感情をまとめてしまうのではなく、そのなかに含まれる一次感情や二次感情、「快」や「不快」といった細かい部分を言語化してみると、案外モヤモヤは小さくなったりするんです。

このとき、ポイントは自分や相手を責めすぎずに言語化してあげること。ただ「現状」を言語化してみてください。その上で、その感情をもち続けるか否かを選択する。感情のことって、なぜか流れに身を任せなきゃいけないって思いがちなんですが、案外システマティックだったりするんです。

みたらし加奈 感情 臨床心理士 メンタルケア 鏡に背を向けたポートレート

いつでも逃げ込める安全基地をつくっておく

——自分が今どんな感情を抱いているのかを明確にすることでスッキリするのかなと考えていましたが、その根源となっている「快」「不快」をクリアにするほうがスッキリすることもあるんですね。

みたらしさん:おっしゃる通りです。モヤモヤの木があるとしたら、みんな枝葉のほうを見て緑が生い茂って元気だなとか、枯れてしまっていて元気ないなと判断してしまいがちです。でも本当は、根っこの部分を見てみないとその木の状態や、今必要な栄養素はわかりません。根本を治してあげたほうが、回復も早いですよね。

現代は情報社会で、いつどこで自分の感情を揺り動かされるのかわかりません。だからこそ、より自分の感情には敏感になっておく必要があると思うんです。同時に、自分の心地よい場所、自分が安全だと思える「安全基地」をつくっておいて、イヤなことがあったときに逃げ込める場にしておくことも大切です。

——ここでなら何を言っても嫌われないとか、不快なことが起こる確率が低いと思えるようなコミュニティ、場ということですよね?

みたらしさん:そうですね。ただ、信じていた場所がそうでなくなることも往々にして起こり得ます。そうなるとショックも大きいので、できるだけ複数の安全基地を持っておくことをおすすめしたいですね。

みたらし加奈 臨床心理士 感情

感情を無視し続けると体にSOSのサインが現れる

——みたらしさんは、たくさんのクライエントさんの感情と向き合い続けているからこそ、ご自身の感情には鈍感になってしまうことはありますか? また、感情に鈍感になってしまうことでデメリットはあるのでしょうか?

みたらしさん:私自身もそうですが、自分のストレス反応に鈍感なままでいることで、最終的に体に反応が出てしまうケースもあります。心に出にくいことで、体に出やすくなることもあるんです。頭痛や肩こり、腹痛、腰痛、喘息といった身近な症状も、実はストレスサインということもあります

この体のサインも無視し続けてしまうと、最終的にうつになったり、入院が必要な状態になってしまったりすることもあるので、まずは感情を放置しないようにしてほしいなと思います。

——少なくとも、自分はこれが嫌なんだと自覚するだけでも、その負担は減るものでしょうか?

みたらしさん:感情を自覚した上で、次のステップとしては、アクションをとっていくことも重要です。それは決して、攻めのアクションである必要はありません。例えばストレスに感じている相手と離れたり、会社や学校を休んだり、自分が心地の良い場所や心地の良い状態を維持するために動く必要はあるんじゃないかなと。むしろ自覚するだけではよりしんどくなってしまうこともあります。

でも、ひとりで難しいときは、周囲の人や、私たちのような専門家に頼ってもいいので、頑張りすぎないでほしいですね。

みたらし加奈 感情 臨床心理士 メンタルヘルス 笑顔で話しているポートレート

バランスを取るために、大きい赤ちゃんになることもあります(笑)

——みたらしさん自身は、どう乗り越えているのでしょうか?

みたらしさん:私はどうしても昔から、自分の気持ちよりも他人の気持ちを優先しやすいところがあると思います。たとえ相手がそれを望んでいなかったとしても、自分のエゴでそれをしてしまうんですよね。相手にはこういう背景があるからこの反応は当たり前、だからこちらがこう対応していく、と判断してしまう。それがたまりにたまると爆発してしまう、ということが以前はよくありました。

最近は、家の中では大きな赤ちゃんになろうと思っていて(笑)。そのおかげでバランスが取れるようになってきている気がします。パートナーと暮らす家は、私にとって最大の安全基地なんです。そこでは、とにかく「快」「不快」で反応する。けっこう大きな声で泣きますし、駄々もこねるし、料理を足に落として熱ければ不機嫌になるし(笑)。

もちろん、これは受けとめてくれるパートナーのおかげです。なので、相手がしんどくなりすぎないように、「今、ちょっと無理だからコントロールが効かないかもしれない」と伝えて、大きい赤ちゃんをさせてもらっています。

——みたらしさんでもそうなんだ! と思うと、安心します(笑)。

みたらしさん:もう、赤ちゃんモードのときはすごいですよ。

「今、無理だな」と思ったときは、お風呂に入らなくてもいいし、部屋も汚いままでもいい。コンビニでご飯を済ませたり、明日も仕事なのにと思いながら夜中までNetflixを観ちゃったっていいんです。無意識にやっていたらただの不規則な生活ですが、意識的にちゃんとしなきゃと思うことをやめるのは、時々必要なんじゃないかなと思います。もちろん、そんな時こそすべてを整えたほうがストレスも減る、という人もいると思うので、これはあくまで一例ですが。

——これも、自分の「快」/「不快」を理解して、どうしたら心地よい状態になるのか、感情をニュートラルに戻すことができるのかを知っているからこそできることですね。

みたらしさん:本当に、日々の些細なことでもいいと思うんですよ。冷房でちょっと肌寒いなと思いながらも、周囲の人のことを考えてそのままにしてしまうことってありますよね。でもその「不快」を無視せずに、「温度を上げてもいいですか」と周囲に聞いて調整するとか、上着をはおるとか、自分のためのアクションを積み重ねていくことが重要なんだと思います。「不快」から一気に「快」に振り切ろうとする必要はありません。ニュートラルに戻すだけいい。

そのために、小さなものでも自分の感情を無視しないように過ごしてほしいなと思います

みたらし加奈 感情 診療心理士 植物をバックにした横顔のポートレート

みたらしさんインタビュー前編、<sideB>の毛内拡先生インタビューはこちら!

取材・文/千吉良美樹 撮影/斎藤大嗣 企画・編集/木村美紀(yoi)