ネットから生まれ、心に不調や問題のある人を指して使われるようになった「メンヘラ」という言葉。そこに含まれる、精神的に弱い人を差別するような意味合いについて、改めて考えてみようというこの企画。後編では、「メンヘラかも…」と思ったときに自分やまわりができること、メンタルヘルスの問題を抱えながらも心地よく生きていくためにできることなどを、前編に引き続き、「Blossom The Project」の中川・ホフマン・愛さんと、精神科医の藤野智哉先生に伺いました!
精神科医・産業医・公認心理師
秋田大学医学部卒業。幼少期に罹患した川崎病が原因で、心臓に冠動脈瘤という障害が残り、現在も治療を続ける。精神鑑定などの司法精神医学分野にも興味を持ち、現在は精神神経科勤務のかたわら、医療刑務所の医師としても勤務。SNSやメディアを通じ、障害とともに生きることで学んできた考え方と精神科医としての知見を発信。著書に『「自分に生まれてよかった」と思えるようになる本 心が軽くなる26のルール』(幻冬舎)『自分を幸せにする「いい加減」の処方せん』(ワニブックス)、『精神科医が教える 生きるのがラクになる脱力レッスン』(三笠書房)など、最新刊に『「誰かのため」に生きすぎない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
「Blossom The Project」代表
日本生まれの南アフリカと日本のミックス。アメリカ、フィリピン、アラブ首長国連邦での生活経験がある。ニューヨーク大学で政治学を専攻。現在、弁護士を目指してロースクールに通う。自身もメンタルヘルスで悩みを抱えていた経験や、グローバルな知見をいかして、2020年4月、メンタルヘルスを中心としたさまざまな社会課題を日・英で発信するインディペンデントメディア「Blossom The Project」を設立。メンタルヘルスやセルフケアの重要性をわかりやすく伝える発信に多くの若者が共感を寄せている。
自分が「メンヘラかもしれない」と思ったり、周囲の人が心配になったらどうすればいい?
――うつ病や精神疾患になる前の段階で、自分のメンタルの不調に気づくサインはあるのでしょうか?
藤野 メンタルの不調を知らせるサインの例として、“今までできていたことができなくなる”ということがあります。例えば、歯を磨いたり、毎日髪の毛を洗ったりするのがしんどくなる、郵便物を開けられなくなる、シーツを替えるのが面倒になる…など。眠れない、食べられない、お腹や頭が痛いといった、体に症状が出て日常に大きな影響が出てしまっている場合は、すでに病院にかかったほうがいい段階だと言えます。
中川 実は、2年ほど前に再びうつ病の症状がひどくなってしまって。私はいじめを受けていたことで、中高生時代は、まわりを見返そうと寝ずにひたすら勉強していました。「いい大学入って、いい仕事に就けば、みんなを見返せる」と思い込んでいたんです。その後、大学に進学してからも、そうした気持ちで勉強に励んだり、「Blossom The Project」の活動に必死になったりしていたら、あるときプッツリ心の糸が切れてしまって。こうなる前に気づけたらよかったなと思います。
藤野 そうなってしまう前に、自分の変化に気づくことが理想ですが、そのためには日頃から自分自身に目を向けておく必要がありますね。でも、多くの人はそれが習慣化されていない。だから僕はセルフラブが大切だとよく伝えるようにしています。
●まずは、セルフラブを大切に
――セルフラブがわからない、という人も多いと思うのですが、具体的にどうやって自分を愛せばいいのでしょうか?
藤野 まずは、自分をよく知ること。人を好きになるとき、相手のことをよく知りたいと思いますよね。そんなふうに自分に対して向き合ってみるんです。そして、自分はどんなことで幸せを感じるのか、どんなときにしんどくなるのか、ひとつひとつ知っていくことが大切です。
中川 そうすると、自分の嫌な面や認めたくない面も知ることになりますよね。私は当時、とにかく他人から認められることでしか、自分を安心させることができませんでした。だから、まわりから好かれるためには必死だけれど、自分のことは大嫌いだったんです。
藤野 勉強ができるとか、仕事ができるとか、「何かができる自分」ならば愛せる、というふうにしてしまうと、中川さんのように頑張って頑張って、最後には燃え尽きてしまうことがあります。そうではなく、あれもできない、これもできないけれど、「そんな自分でいいんだ」と、ありのままの自分を受け入れることこそが、本当のセルフラブ=自己受容だと思うんです。
――中川さんは、具体的にどのように自分と向き合ってきたのでしょうか?
中川 2年前、「もうこんなつらい経験はしたくない」と思ったんです。それが初めて本当に自分と向き合うきっかけになりました。「そもそも私って、誰?」「私は何が好きなの?」「目標は何だろう?」とひたすら考え、今自分が感じていることをジャーナルに書いたりもしました。自分の感情を自分なりに追跡してみるような感じです。そんななかで気づいたのが、今まで必死に勉強してきたことも、弁護士の道を目指したことも、全部まわりに認められるためだったのだということ。そこに自分の意志はなかったんです。
藤野 結局、他の人のつくった幸せを追いかけても、それはキリがないし手に入っても自身の幸せではないですよね。SNSで、キラキラした自分の姿を載せなければ、幸せになれないのでしょうか。自分に向き合ってみると、いらないものも見えてきます。それを手放していけば、本当に必要なものだけが残るはずです。
中川 自分にとっての目標や幸せをはっきりさせるというのは、セルフラブにおいてとても大切なことですね。これまではまわりを見返すために勉強をしていましたが、今は、まったく理由が違います。さまざまな社会問題やそれによって苦しむ人のために、根本にある法律の面から変えていきたい。だから弁護士になりたいし、「Blossom The Project」の活動も頑張りたい。それが私のやりたいことだとはっきりわかったんです。
●身近な人が「メンヘラかもしれない」と思ったら
――中川さんは、うつ病と診断される前に、自分のメンタルの不調についてまわりの人に相談するようなことはありましたか?
中川 当時は、「弱く見られてしまうんじゃないか」という恐怖があって、なかなか人に話すことはできませんでした。だから、友人たちとも自然と距離をおくようになってしまって。
でも、それが変わったのは、うつ病と診断されたことを思い切って友人に打ち明けてから。それこそ「メンヘラ」だと言われてしまうんじゃないかとか、いろいろ考えたのですがそれは私の勝手な思い込みでした。みんなものすごく支えてくれたんです。
藤野 普段から信頼できる人を自分の中でピックアップしておくのは、メンタルケアのひとつとしてすごくいいと思います。いざしんどくなってしまうと、誰を頼っていいのかわからなくなってしまうこともあるので。
中川 「人に助けを求めるなんて恥ずかしい」という風潮もありますが、自分の弱さやつらさを人に打ち明けるというのは、むしろすごく勇気のいること。まったく恥ずべきことではないですよね。私も友人の反応を前にして、もっと早く話してもよかったんだと後悔しました。今では友人とメンタルについて話すこともあれば、「今しんどいから話聞いて!」と頼ることもあります。
藤野 誰だって、大切な人がしんどそうなときは「相談してくれよ」「頼ってくれよ」と思うのではないでしょうか。それと同じように、きっと自分のまわりの人もそう思っているはずです。「自分もまた誰かにとって大切な人である」ということを忘れてほしくないですね。
――友人や恋人、家族など、身近な人がメンタルに問題を抱えている場合、どういった対応をするのがいいでしょうか?
藤野 「メンヘラ」といわれる言動や行動の背景には、「境界性パーソナリティ障害」が隠れている場合もあります。その症状のひとつとして、他人を振り回してしまうことも珍しくありません。身近な人が精神的に不安定な状態のとき、あまり親身になりすぎてしまうと、逆に症状が悪化してしまうことも考えられます。その人を守るためには、なんでもやろうとしすぎないことが大切です。
また、あえて距離感を保つことも重要です。特に「0か100か思考」をしてしまうような人は、「この人は信用できる!」となると、急に距離感を詰め、何か自分の意志にそぐわない対応をされると、一気に相手をこき下ろすというような行動をとる場合もあります。恋人であれ、家族であれ、まずは他人であることを忘れずにつき合うようにしてほしいですね。僕の場合、Twitterにメンタルの悩みに関しての相談が届くことも多いのですが、しっかりと距離を保つように意識しています。
中川 私も「Blossom The Project」を始めてしばらくはInstagramのDMをオープンにしていたので、いろんな相談が届きました。でも、私は精神科医でもカウンセラーでもないので、個人的に相談にのるようなことは避け、メンタルヘルスのサポート機関の情報をシェアするようにしていました。私たちがどういう立場でありたいかということは、はっきり示すよう気をつけています。
どのようにセルフメンタルケアすればいい? 二人からのメッセージ
――中川さんは、日頃からどのようなセルフケアをされているのでしょうか?
中川 今、私が生活のなかで重視しているのが、まさにセルフケアです。普段はロースクールに通いながら昼間はアルバイトをする生活を送っているのですが、完全にオンとオフを分け、朝はサーフィン、夕方はホットヨガ、週末や休みの日にはハイキングと、休むときはとことん休むように心がけています。こうしてセルフケアを習慣にしたおかげか、最近、ずっと飲み続けていた抗うつ剤もやめることができました。
●セルフケアの武器はたくさんあるほどいい
藤野 中川さんのように、セルフケアの武器は山ほど持っておくことが大事です。しんどくなってしまったとき、ひとつの方法が効かなくても、たくさん試したうちのどれかが効いてくる可能性があります。さまざまなケア方法について、日頃から情報に触れ、知識を蓄えておくと、いざというとき役立つと思いますよ。
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中川 一人で過ごす時間もセルフラブのために大事だなと感じます。平日は一日中仕事、オフの日は友人や家族と過ごして…という生活を送っていると、実は、一人の時間があまりないことに気づきます。そうするといつの間にか自分自身と距離ができてしまうような気がします。私の場合、そこから不安が生まれてくることが多いので、意識的に一人で過ごす時間を持つようにしています。
――最後に、現在「自分はメンヘラかも…」と感じている人や、つらさや苦しさを抱えている人へ、お二人からメッセージをお願いします。
中川 これは、本当にしんどかったときの自分に向けてでもあるのですが、「一人で抱える必要はないんだよ」と伝えたいですね。まわりに助けを求めることは、決して弱さではなく、逆に「今の自分を変えたい」という強さなのだと思います。例えばカウンセリングや精神科で相談してみるのもいいし、そのハードルが高ければ、信頼できる人にちょっとずつ打ち明けてみるのでもいいと思います。自分の弱さを見せる強さを大切にしてほしいです。
藤野 この社会に生きていると、何かたいそうなことをしなきゃいけない、何者かにならなくちゃいけない、と思い込んでしまう人も多いと思うのですが、僕らはみんな完璧ではないし、スーパーマンでもありません。今の自分のありのままを許して、受け入れてあげることが、人生を生きやすくするためのひとつのコツなんですよね。何気ない日常が続いていったとしても、いつか振り返ってみれば人生は勝手に積み重なっているもの。100年後は必ずみんな死んでしまうわけで、何か頑張ったから必ず天国に行けるとか、そういうことでもないじゃないですか。もちろん何かやりたいことをガシガシやってもいいし、ただぼーっとゆるく生きたっていい。どっちを選ぶのも同等な権利なんです。だから、 “どうせ大丈夫”と思って気楽に生きてみるのがいいのではないでしょうか。
中川 私たちは資本主義社会のなかで、誰がいちばん成功しているのか、誰がいちばんトップの企業で働いているのか、いつだって競争にさらされています。特に日本は、「苦労は買ってでもしろ」などと我慢を称賛する風潮もあり、私自身いい大学入って、いい会社で働いて、…というプレッシャーのなかで生きてきました。でも、そうじゃない。単に生きていることが、十分にすごいことなんですよね。今、本当に人生が楽しくて。サーフィンして、アルバイトしているだけの毎日だけど、「そんなに頑張らなくていいんだよ」と自分で自分に言えるようになって、本当によかったなと思っています。
取材・文/秦レンナ イラスト/Rei Kuriyagawa