ペットロスについて考えるたびに心に浮かんでは沈む正直な気持ち、そしてペットロスやグリーフケアにまつわる疑問や悩みの相談について、阿部美奈子先生と鎌田里苗さんに答えていただきました。
獣医師、動物医療グリーフケアアドバイザー
Always代表。「ペットと人のハッピーライフを出会いからエンディングまで」を合言葉に、「待合室診療」というこれまでにない診療スタイルを発掘。自らが構築した「動物医療グリーフケア®」を展開している。ペットロスカウンセリングも行いながら、飼い主とともに連携し、ペットが生きている間に取り入れるグリーフケアの大切さを提唱。「病気」ではなく「病気のペット」を癒す動物医療を目指し、個々に違うペットに対し「〇〇ちゃん主役」のオンリーワン医療を提供している。マレーシア在住。
相談①あの時の判断が正しかったのか、今も答えが出ません
初めて一緒に暮らした猫が15歳で突発性の癌を発症し、2週間ほどで旅立ってしまいました。状況的に打つ手がなかったので、猫にとってストレスになる治療は途中で止めて、苦痛を取り除く最低限の処置だけを行いました。最期の日々を一緒に過ごせたおかげで、ペットロスは半年ほどで落ち着きましたが、6年たった今でも「あの時の判断は正しかったのか」と考えるたび答えが出ず、暗い気持ちになります。
阿部先生 何年たっても気になるのは自然なことです。私はよく「あなたが名前をつけた『○○ちゃん』を、『病気ちゃん』にしないでください」とお話するのですが、特に病気の場合、治療の選択肢があるほど「失いたくない」という気持ちから、目の前の「この子」ではなく、「病気」を主役に考えてしまいがちです。主役を「病気」にしてしまうと、これまでの関わり方や日常生活が変化し、ペットのグリーフにつながります。
「やらなかったこと」と「やったこと」を比較することはできませんが、暗い気持ちになったときは、大切な「この子」にとってのストレスを減らせたかどうかを考えてみてください。この方は、愛猫が治療に抵抗したりストレスを受けたりする姿が見えていたからこそ、目の前の「この子」を主役にしたコミュニケーションや選択ができたのだと思います。それは、「この子のためにできたこと」として認めてあげてほしいなと思います。
相談②ひとりで旅立たせてしまったことを後悔しています
愛猫は23歳まで元気に生きてくれたのですが、最期の数カ月は心臓にトラブルを抱え、たびたび発作に見舞われました。仕事を調整し、できるだけそばにいられる時間を増やしたけれど、私が仕事で外出している間に旅立ってしまいました…。家族や友人は「苦しむ姿を見せたくなかったんだよ」と慰めてくれましたが、ひとり寂しく旅立たせてしまったことへの後悔でいっぱいです。
阿部先生 人間がそばにいない間に亡くなることは珍しいことではありません。グリーフのない日常を過ごせているペットほど、自分のタイミングで旅立つことが多いように思います。この猫ちゃんの場合も、グリーフがなかったからこそ、いつものルーティンとして飼い主を見送り、安全基地の中で自然な最期を迎えられたはず。「寂しく旅立たせてしまった」ではなく、「自分のタイミングで旅立てたんだ」ととらえることも大切です。23年をどう生きてきたか、猫の目から見てみると答えがあると思いますよ。
相談③後悔しないために、今をどう過ごせばいいのでしょうか
7歳のチンチラと暮らしています。素の自分を見守ってくれる存在であり、いい時も悪い時も一緒に過ごしてきた大切な存在なので、いつか訪れるであろう別れの日を思うと今から不安です。自分を責めすぎたり、後悔して心がまいったりしないように、今一緒にいられる時間をどう過ごしたらいいのでしょうか。
阿部先生 最初にお話した通り、ペットにとって普段暮らす場所は「安全基地」でなければなりません。また、ペットは限られたテリトリーで人間と暮らしているので、本来の種としての社会経験が少ない点も野生動物との大きな違いです。人間でいうと心は2〜3歳児の感覚なので、ちいさな子どもがどうしたら安心・安全を感じられるか、その子らしく不調や病気と向き合えるかを考えていきましょう。
そして、ペットは自分の歳を知らずに日々を生きています。けれど、人間はつい「まだ2歳なのに」「もう13歳で高齢だから」と年齢というラベルで何か制限をかけようとしたり、グリーフを持った目で見たりしてしまいがちです。それはペットのグリーフにつながってしまうので気をつけてくださいね。
相談④パートナーになんと声をかければいいのか…
夫は独身の頃からスコティッシュフォールドのきょうだいと暮らしていて、今年で10歳になります。先日、1匹に甲状腺の不調が見つかり通院投薬中です。余命宣告を受けるほどではないようですが、医師から「『治る』ということはない」と告げられ、夫はかなり落ち込んでいます。私はペットと暮らすのが初めてなので、なんと声をかけたらいいのか迷ってしまいます。
阿部先生 スコティッシュフォールドのきょうだいは、パートナーにとって最初の子であり仲間のような存在。「病気」を主役にした話ではなく、きょうだいとの出会いや、2匹とどんなふうに暮らしてきたのか、これまでの思い出をたくさん聞いてみてください。その上で、「出会えてよかったね」「大切な存在だからこそ不安になるよね」と共感しながら、「この子たちが安心できるように暮らしていこう」と、一緒に子どもたちを守る気持ちで声がけをすることが大切です。
そして、グリーフが生まれたときこそ「いつもと同じ日常」を心がけることが、ペットも人もグリーフを増やさないことにつながります。人間が落ち込んでいる姿を見せたり、「病気ちゃん」として見るようになったりすると、家の中の空気が変わり、猫たちの警戒心も上がってしまいます。1匹が通院しているときは、残された子にとっても相棒を喪失した時間。治療中の子だけでなく、お留守番している子も安心できるコミュニケーションや環境づくりを忘れずに。
相談⑤家族間でペットロスの度合いに違いがあるときはどうすれば?
ペットロスから立ち直るまでの時間は人それぞれだと思いますが、家族の中で、すぐ新しい子を迎えたいと思う人と、なかなか踏み出せない人がいた場合、どうやって話を進めていくのがよいでしょうか?
一般社団法人くまお 代表理事
「ヒトもネコもクマなくきもちをほどく研究所(クマ研)」所長。ネコのくまおと出会ったことがきっかけで、これまでの生き方や仕事について一から考え直す機会をもらう。ネコのためにできることはないかと模索している中で「動物医療グリーフケア®︎」に出合い、多くの飼い主に届けたいと感じてネコの飼い主対象のセミナーなどさまざまなイベントを手がけている。
鎌田さん 私の場合は夫からの一言が、愛猫のみうさんに向かっていた心と目を外に向けるきっかけになりましたが、本当にケースバイケースだと思います。「家族が落ち込んでいるから、励ますために新しい子を迎えた」というパターンも聞きますが、無理やり現状を変えようとするのは、その人の悲しみを否定することにつながってしまいます。場合によっては、「家族なのにわかってくれない」と心に蓋をしてしまう可能性も。
たとえ家族でも、悲しみ方や心の持ち方は一人一人違うということを理解するのが大事かなと思います。その上で話し合わないと、前に進むことは難しいのではないでしょうか。家族の中でいちばんペースがゆっくりな人に寄り添い、進み方を合わせるのがいいと思います。
相談⑥愛犬にとってベストな選択を考える際のポイントは?
「この子に合った選択をする」ことが大切なのは理解できますが、それがいちばん難しいことでもあるなと感じます。一緒に暮らす愛犬はまだ若いけれど、晩年に向けて、彼にとってベストな選択を導きだせるよう、考えるべきポイントを知りたいです。
阿部先生 「この子にとって大切なことが失われるのは、どんなときだろう?」と想像してみるとわかりやすいかもしれません。例えば、薬を飲むのを嫌がったときに、飲みやすいタイプの薬に変えられるよう医師に相談してみたり、可能ならば1日お休みしてみたり。グリーフが起きたときは必ず主役を「この子」にして考えることがポイントです。
「この子」のことを誰より知っているのはあなたです。普段から「この子」が得意&好きなこと、苦手&嫌いなことを書き留めておいて、病気などのグリーフが起きたら嫌いなことは減らし、苦手なことは医師と相談しながら違う方法を考える。そして、治療などで嫌な思いをさせたなら、その10倍喜ぶことやご褒美を用意する。そんなふうに今から意識して生活してみてください。
相談⑦多頭飼いで遺された子の悲しみを和らげるにはどうすれば?
2匹の猫と暮らしています。まだまだ先の話ですが…もしどちらかとお別れする日が訪れたとき、遺された子の悲しみを和らげる方法や、飼い主がしてあげられることがあればぜひ知りたいです。
阿部先生 当然ながら「ペットロス」はペットにも起こります。これまで一緒に暮らしてきた誰かが欠けた場合、その関係が密であるほど喪失感は大きくなります。姿を探し求めて歩いたり、亡くなった子が過ごしていた場所にいたり。特に動物にとって「におい」はとても大事なので、遺された子のグリーフを和らげるためにも、亡くなった子が使っていたものは洗わない&片付けないでください。環境を変えないことが一番のグリーフケアにつながります。また、遺された悲しみを持つ者同士でハグしたり触れたりして癒し合うことも大切です。普段から触られている子であれば、飼い主と触れることでも癒されます。言葉を超えたコミュニケーションをじっくり続けていきましょう。
相談⑧ペットロスが怖くて、新しい子を迎えることにためらいがあります
一緒に暮らしていたうさぎを看取り、ひどいペットロスに陥りました。今はようやく落ち着きましたが、また同じ経験をするのが怖くて、新たな子を迎えることをためらってしまいます。でも、うさぎがいない生活はさみしくて、気持ちも晴れません。どうしたら一歩踏み出せるのでしょうか。
阿部先生 ペットロスは悲しいけれど、亡くなった子と出会って「自分にはうさぎとの暮らしが必要だ」と知ったからこそ、心が求めているのだと思います。一歩踏み出す方法を知りたいと思えるのなら、だいぶ回復に近づいている状態。自分から気負って踏み出さずとも、リラックスしながら「きっといいタイミングであの子が連れてきてくれる」と考えておくと、自然に出会えると思います。ペットロスは避けられないグリーフではあるけれど、愛する家族と出会えた幸運を人生のお守りにしてほしいと思います。
特に日本では、自分を責めるような悲しみ方が多い傾向にあります。「迷惑をかけるのでは」「わかってもらえないのでは」という不安から、自分の弱さや悲しみを誰かに話す勇気が出ず、一人で抱えてしまう人が多いようです。ペットと暮らしている人にとって、グリーフは共通の悩みであり経験です。そういった知り合いや友達が一人いるだけでも、お互いに語り合い、ケアし合えるはず。ペットロスを乗り越えていくには、そういった輪を広げていくことも大切です。
相談⑨グリーフケアを実践している病院はどこ?
グリーフケアについて知りたい、学びたいと思ったときはどうすればいいのでしょう? また、阿部先生のように動物医療グリーフケア®︎を実践している病院はどうやって調べればいいですか?
阿部先生 通信講座なら、キャリアカレッジジャパンの「ペット終活アドバイザー資格取得講座」で学ぶことができます。飼い主さんを対象としたオンラインセミナー「動物医療グリーフケア®︎講座」もペピイでスタートしました。そして年に一度、飼い主さんを対象としたフォーラムも開催していますので、私のHPをチェックしていただければと思います。
また、動物医療グリーフケア®︎の認定アドバイザー講座を修了している病院も私のHPでご紹介しています。ホームドクター選びはすごく大事なので、選択肢となる病院はペットが元気なときに予防接種などで行ってみてください。ありのままの気持ちを話しやすいか、ペットの名前を呼びながら診察しているかなど、自分と「この子」の味方になってくれるかどうかを確認しておきましょう。
相談⑩グリーフケアのおすすめ本が知りたい
ペットロスやグリーフケアについて、もう少し自分なりに知りたいと考えています。初心者におすすめの本はありますか?
●阿部先生のおすすめ本はこちら!
『ペットロス いつか来る「その日」のために』伊藤秀倫 ¥990/文春新書
「ペットロスについて書かれたこちらの本は、すべての飼い主さんにとってよい情報になると思います。『動物医療グリーフケア®︎』も紹介されています」(阿部先生)
●鎌田さんのおすすめ本はこちら!
『ねこの看護師 ラディ』文:渕上サトリーノ、絵:上杉忠弘 ¥1,760/講談社
「実話がもとになっている海外の絵本で、「ラディは、ほんとうにいるねこです」という一言から始まります。絵本なので言葉は少ないですが、ラディの行動はまさにグリーフケア。私も猫たちにとってこういう存在になれたらいいなと思った一冊です。」(鎌田さん)
『いのちは のちの いのちへ ―新しい医療のかたち―』稲葉俊郎 ¥1,760/アノニマ・スタジオ
「人間の医療の話ではありますが、どうぶつの命にも通ずる話だなと思ったので選んでみました。『病気』を中心に考える医療ではなく、『いのち』を中心として考えることの大切さが書かれていて、まさに動物医療グリーフケアで美奈子先生がよくお話してくださる『病気ちゃんにしない』につながるお話でした。」(鎌田さん)
イラスト/松尾ミユキ 取材・文/国分美由紀 編集/高井佳子(yoi)