カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載ではアメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に新しい世界が広がる内容をお届けします。


第12回は、将来に対して極度に悲観的な思想を持つ「Doomer(ドゥーマー)」について。未来をネガティブに感じ、「何をやっても無駄」と希望を失う前に私たちは何ができるでしょうか? ダニエルさんと考えていきます。

竹田ダニエル Z世代 連載 悲観的 Doomer(ドゥーマー)

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.12 “Doomer”——

SNSと絶望感のつながり。極度に悲観的な思想を持つDoomerとは?

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Photo by Daniel Takeda

ダニエルさん深刻な環境問題や戦争、暴走する人工知能といったさまざまな社会問題について極度に悲観的な思想を抱く人のことを「Doomer(ドゥーマー)」と言います。これから派生して、地球規模の問題に対して絶望や諦めの感情を抱く思想が「Doomerism(ドゥーマリズム)」と表現されることも。Doomとはもともと「破滅の運命にある」という意味があるのですが、erをつけることによって、第二次世界大戦後に生まれたBoomer(世代)との対比としても使われています。

Boomerは雇用と教育の機会に恵まれ、一般的に社会や未来に対して楽観的な姿勢を持つ人が多いといわれていますが、彼らが20代、30代だった頃は、きっと未来にはテクノロジーの進化によって生活がよりよくなっているはずだ、という希望を抱きやすかった。

一方のDoomerはそうではないんですよね。環境問題や核戦争、暴走する人工知能など地球規模の問題が積み重なって、人類は破滅の道を進んでいると感じている。実際にテクノロジーによって過去の人たちが想像していたような、楽園的な「テクノユートピア」が待ち受けているとは想像しづらい。DoomerismはZ世代だけが抱いている価値観ではありませんが、社会問題から直接的に影響を受ける世代だからこそ、Doomerismが広まりやすいのかなと思います。

さらに、インターネットやスマホなどのテクノロジーが当たり前に存在する世の中で育った彼らにとって、テクノロジーや環境破壊やメンタルヘルスの悪化の原因でもあることをよく実感している。格差の拡大や賃金の低迷と物価の上昇などにより、将来に対する不安と救われようのなさに押しつぶされそうになっている人も多い。

——ダニエルさんのまわりにもDoomerはいますか?

ダニエルさん:Doomerはもともとオンラインコミュニティから生まれた言葉で、「世界を諦めた人たち」の意味合いで派生しました。Doomerismと価値観自体はリアルなばで議論されることはあっても、公的に自分のことを「Doomer」と自称する人はあまりいないかもしれません。

掲示板に「Doomer community」があり、そこで不安を吐き出す人が多い印象です。というのも、リアルな場では自分の不安や絶望感を口に出しにくいから。自分の言葉を素直に吐き出せる空間があるのはいいことですが、閉じられたネットの言論空間では、エコチェンバー(似たような価値観の人たちが共感し合うことで、特定の意見や思想が増幅する現象)になりやすく、思想が過激化しやすい。自分の絶望を肯定してもらえるのは気持ち的にはラクになれるかもしれないけれど、過剰に強調される部分もあるところもあります。

——Doomer的思想が広がる理由はなんだと思いますか?

ダニエルさん:それがコーピング(ストレスに対処する方法)のひとつになっているという考え方もあります。どうしたら社会がよくなるかと考えて一生懸命行動しても、その希望がつぶされ続けると、ポジティブな未来を描くことに意味を見出せなくなる。もうお終いだと絶望に打ちひしがれていたほうがまだラクだということなのかもしれません。

社会問題に関心が高い人ほどDoomerismに陥りやすいわけ

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Photo by Daniel Takeda

——社会問題に熱心な人ほどDoomerismに陥りやすいのでしょうか?

ダニエルさん:もともと社会問題に関心がない人よりも、問題意識を持って社会課題に取り組んでいる人のほうがDoomerismに陥りやすい印象があります。例えば、プラスチック製品を使わないようにしたり、マイバッグやマイボトルを持ち歩いてゼロウェイスト生活を心がけたりしても、効果がないどころか世界の状況はさらに悪化していることを知ったら。もう何を頑張ればいいのか、どこにすがったらいいのかわからなくなりますよね。

例えばプラスチックは、登場した当初「魔法の物質」ともてはやされていたけれど、今では地球温暖化や資源枯渇、海洋汚染に影響を与えるだけでなく、マイクロプラスチックによる健康への影響も証明され始めています。

また最近は、CO2排出削減に効果的だとして代替肉が注目を集めていますが、原料に使用する大豆の増産が森林破壊を進める要因になるという指摘も。他にも、EV車はガソリン車より排気ガスを減らせる点で環境にいいといわれていますが、EV車に使われるリチウムイオン電池を廃棄する際に環境を汚染するし、バッテリーに使用されるコバルトの採掘には様々な人道的問題が付随する。

つまり、どんな選択をしても人間が消費を続ける限りは結局は環境を破壊してしまうということです。そういう事実を目の当たりにすれば、絶望を感じてしまうのもおかしくないですよね。また、地球規模の問題に対して、一人の消費行動でなんとかできるレベルではないこともDoomerismが広がる一因なのかもしれません。

もはや中毒…? ネガティブな情報摂取をやめるには

——Doomerから派生して、「Doom scrolling(ドゥームスクローリング)」という言葉もあるんですよね。

ダニエルさん:Doom Scrolling はXやInstagram、TikTokなどにアップされている暗いニュースやネットのネガティブな書き込みにひきつけられて、延々とスマホをスクロールし続けてしまう現象のことで、結果的に不安や恐怖の感情が掻き立てられ、入眠障害や鬱症状を引き起こす危険があるといわれています。

人間は何か不安なことがあると、本能的に情報を集めてしまう習性があるといわれていますが、何時間もSNSを眺めて暗い気分になったところで、実は何も得られないですよね。しかしスクロールをしている間は何かしらの「コントロール力」が自分の手元にあるような実感も得られるので、皮肉なことに不安の対処法としてついやってしまいがちです。

——自分にも思い当たるところがあります。情報は集めても、情報に振り回されてはいけない気がします。

ダニエルさん:そうですね。あと「Doom Spending(ドゥームスペンディング)」という言葉もあるんです。これは「絶望」と「支出」を足した言葉で、目の前の欲しいものにお金を使う消費行動のことです。

——どうしてそのような消費行動をとってしまうのでしょうか?

ダニエルさん:家族を持ち、家を買うことを諦め、実家で暮らすZ世代たちが貯金なしでも高級品を買う現象ですが、「景気は最悪だし、地球温暖化も悪化していて、世界中で政治的・社会的不安も絶えない。すぐに満たされることにお金を使うほうが楽」という考えからきています。インフレや資産価格の高騰などからくる経済的なストレスは無視できず、特にアメリカの若い世代は自分たちの手の届かないところにまで不動産価格が上がっていて、ローンを組んでも家は買えないし、賃金も上がらない。働きに出る前にすでに奨学金などで多額の負債を抱えていることも「Doom Spending」を引き起こす要因と考えられています。

将来に対して暗い気持ちになる中で、一時的にでも万能感を得ようと、ハイブランドのバッグや洋服を買い漁ったり旅行に行きまくって自暴自棄とも思える消費に走ってしまう。アメリカでは高い消費意欲がクレジットカードなどによる借金に下支えされていることも問題ですが、借金依存から抜け出すのはかなり困難ですし、リスクの上に成り立つ消費は持続可能ではないです。

Doom SpendingについてXに投稿したら、「これ、自分だわ」という日本人の方からのリプもたくさんあり、アメリカだけの問題ではないんだなと実感しました。

絶望に飲み込まれず、できることはあると信じて

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Photo by Daniel Takeda

ダニエルさん:政治に関してDoomerになりやすい人も多いです。アメリカの前大統領選を例にとると、当時はZ世代がイニシアチブを取って、バイデンに投票しようと呼びかけていました。その結果バイデンが政権を勝ち取りましたが、彼が政策の柱とした学生ローンの返済免除や医療費の引き下げに対する動きは鈍く、高金利や家賃の高騰化など若者への逆風が相次いで吹いています。

経済と債務の不満だけでなく、パレスチナ・ガザ地区への攻撃が続き、イスラエルへ武器を提供していることもバイデン支持率の急激な低下の一因です。かといって、対抗馬であるトランプも支持したくない。共和党にも民主党にもどちらが政権を取っても絶望でしかなく、政治に虚無感を抱いている人は多いです。

——そう言われると日本では昔から政治に対してDoomerである人が多い気がします。ただ、アメリカでは政治的な絶望を抱いていても、大学を中心にガザ侵攻に対する抗議活動が行われるなど、関心を失っていない印象がありますが実際はどうでしょうか?

ダニエルさん:そうですね。今アメリカ各地の大学ではガザ侵攻に対する抗議活動が活発化しています。アメリカの大学は多額の寄付金によって成り立っていますが、集めたお金がイスラエル支援や軍事産業でビジネスをしている企業に流れている。つまり自分たちのお金が間接的にガザ侵攻に加担しているため、大学の指導者らにイスラエル関連の企業や組織への投資をやめるよう要求しているんです。ただ、大学の一部はこの抗議活動が規則に違反しているとして、警察に介入要請を出し、抗議参加者を不法侵入などの疑いで逮捕しています。

こうした運動が、ガザ侵攻に与える影響はごくわずかに過ぎないかもしれません。でも、声を上げ続けることは戦争で利益を得ている人々がいることをつまびらかにし、無関心な人々に対して認識を高めることに役立っていると思います。まるでジェノサイドなんて起きていないと信じて日々を過ごしている人に目を覚ましてほしい、無視し続けることはあなたも暴力に加担していることと同じ、というメッセージになっている。

悲観主義は前進するエネルギーを奪い、問題解決を妨げます。ですが、だからといって盲目的楽観主義になる必要もありません。一人一人にできることはあります。「できることがある」と信じて行動を起こせば、個人の行動がやがて集団を刺激する。もし絶望に飲み込まれそうになったら、悲惨なニュースを追うよりも前向きなニュースに目を向けること。そうした心がけも大事だと思います。

画像デザイン/坪本瑞希 構成・取材・文/浦本真梨子 企画/種谷美波(yoi)