カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載『New"Word", New"World"』では、アメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に、新しい世界が広がる内容をお届けします。

第6回のトピックは、アメリカのZ世代を中心とした経済事情について。若者の経済不安は高額な学生ローンやクレジットカード文化と深く関わり、その結果友情や恋愛関係の築き方にも影響を与えているそうです。 

竹田ダニエル 連載 アメリカ Z世代 経済格差

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』(講談社BOOK倶楽部)での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.6 “DELULU”——

サンフランシスコでは、年収1000万円でも低所得? アメリカにおける経済格差の実態

竹田ダニエル サンフランシスコ 経済格差 

ダニエルさん:以前、デーティングや反コミットメントカルチャーの話をしましたが、今回は経済格差が、外出習慣や友情関係にどう関わっているのかを話せたらと思います。

――以前「恋愛と性」について扱った回ではでは、多くのZ世代が将来の不安や先の見えなさから、人とのコミットメントを避ける傾向にあるというお話をされていましたね。

ダニエルさん:はい。人との関係をコミットしにくい背景の一つには、経済格差があると感じています。今のアメリカはインフレが加速していて、とにかく物価が高い。以前であればボーリング場やカフェなど若者が気軽に集まれた場所でさえも、どんどん料金が高騰し、仲を深めづらくなっています。ガソリン代もすごく高いので、「家を出るだけで30ドル(約5000円)かかる」というリアルなジョークもよく使われているほど。

――アメリカではお金をかけずに人と会うことは難しいのでしょうか?

ダニエルさん:日本の都市部であれば、安全に移動できる公共の交通機関が発達しているので、数百円でいろんなところに出かけられますし、安い居酒屋チェーンやお酒が飲めるファミレスなど、飲食店の選択肢もそれなりにあると思います。でもアメリカの場合は、大学を卒業するとほとんどの人が車が必要な郊外に暮らしますし、都市部であったとしても治安の問題で公共交通機関を使いたがらない人も多い。チップも安くなく、気軽に行ける飲食店も多くないため、“外で人と会う=お金がかかる”というイメージが強いです。

――アメリカは、物価の上昇に伴い給料も上がっていて、好景気に沸いているイメージがありました。

ダニエルさん
:ごく一部の人は景気がいいと感じているかもしれませんが、たとえ有名テック企業であっても大量解雇や競争の激化によって、いい大学を出たとしても「安定した職」はほぼ存在しません。Z世代の多くは雇用が不安定で経済的なストレスを強く感じています。

また、収入の格差もどんどん大きくなっています。たとえば、サンフランシスコにおける「中流階級」の収入はおよそ1200万円で、1000万円程度の給料であれば低所得という印象です。一方で、アメリカ全体でいえば、年収数百万円稼ぐのもやっと、いくつも仕事を掛け持ちしている、という人も大勢いる。格差は広がっているのに、高所得者層に合わせて生活費が上がっているから、生きづらさを感じている人が増えています。

若者を苦しめる高額な学生ローン

竹田ダニエル アメリカ 経済格差

――ダニエルさんは現在大学院に通われていますが、周りの学生を見ていても、格差を感じることはありますか?

ダニエルさん:ありますね。学生の場合、そもそも将来がほぼ親の経済力にかかっているとも言えます。私立大学に10億円の寄付ができる家庭もあれば、奨学金をもらいながら通っている人もいたり。大学にもよりますが、同じキャンパスの中で出会っても、大きな差があって、経済感覚の差は埋めるのは難しいのかなと思います。

――日本の学生はアルバイトをしている人も多いですが、アメリカではあまり一般的ではないのでしょうか?

ダニエルさん:私は大学院に通いながら、自分で授業を持ってインストラクターとして働いたり、研究者のポジションとしてある程度のお給料はもらっていますが、誰でもそのポジションが確約されているわけではないですし、バイトをしたくても課題が多く働く時間がない人も多いです。

同じトップ大学であっても、日本とは違いアメリカは「大学に入ってからが大変」なので、遊ぶためのお金を稼ぐ手段としてのバイトは一般的ではありません。バイトをしたとしても、学費を返済したり、必要最低限の生活費を賄うために仕方なくやる人がほとんどだと思います。

加えて、私がこれこそ問題だと思っているのは、学生ローンが高すぎること。奨学金をもらいながら通う人も多いですが、例えばカリフォルニア大学バークレー校であれば、公立大学でも生活費や授業料を入れて年間600万円はかかります。

カレッジボードの統計によると、2020-2021年度には、公立および私立の4年制大学に通う学士号取得者の54%が学生ローンを抱え、平均29,100ドル(約430万円)の学生ローンを抱えて卒業したといわれています。※連邦政府の学生ローン債務は、借り手一人当たり平均37,338ドル(約564万円)。民間の学生ローン債務は、借り手一人当たり平均54,921ドル(約830万円)。

特にベイエリアでは家賃も生活費も高いので、南カリフォルニアに住みながら、授業に出席するために格安航空LCCで通っている大学院生が話題になりましたが、バークレー校では学生の10%がホームレスであると言われているほど、家賃の高騰や格差は問題になっています。

――アメリカは学費が高いとは聞いたことがありましたが、そこまでの状況とは…。

ダニエルさんそれだけでなく、アメリカのクレジットカード文化も経済状況を悪化させている原因の一つです。Z世代の平均借金は50万円、アメリカ全体では平均120万円と言われているにもかかわらず、クレジットカードがないとアパートが借りられなかったり、現金で買い物をするよりも、クレジットカードを使って返済できることを証明できた方がクレジットスコアが高いと評価されたりと、クレジットカード文化が借金をしてしまう心理を後押しします。

そもそも、NYなどの都市部では、1軒の内覧長蛇ができるほど人が殺到したり、住居の供給が足りていない現状も。その競争を打破するためにも、クレジットスコアが大事な要素になります。借金全体の話をするならば住宅ローンなどを含めて、アメリカ人の平均借金は1500万円前後です。

これが、最初に話した「人間関係が経済事情によって左右される」というところにつながります。生きていくために考えなければいけないことが多すぎて、多くの人にとっては、そもそも友達と頻繁に出かけたり、安定した恋愛関係を維持している場合じゃないんです。一方で、高い家賃を回避するために安易にすぐに同棲を始めるも多く、サバイバルのためのデーティングの形もよく見かけます。

経済格差が変えた、恋愛の価値観

竹田ダニエル サンフランシスコ 恋愛観

――確かにそんな状況では、気軽に友達と遊んだり、デートに行くことも難しそうですね。

ダニエルさん:こうした経済的な事情によって、以前取り上げた“Stay At Home Girl Friend=SAHGF(専業主婦として、家でパートナーの帰りを待つ“彼女”の意味)”と似た感覚で、「ハイパーガミー」=「上昇婚」を狙う女性が増えています。日本ではあまり珍しくないかもしれませんが、アメリカはフェミニズムがある程度浸透しているので、お金のために結婚することは女性を搾取する構造に加担することになると、これまで非難されてきました。

しかし、その認識が一部の女性の中で変わってきていると感じます。高級ホテルのバーで男性から声をかけられるのを待ったり、お金持ちの男性と出会うためにゴルフ場でバイトをしたり…かなり議論されている話題ではありますが、確実に不景気と新たな資本主義の象徴になっている。インフレ・格差加速時代をどうやって生き抜くか。恋愛がサバイバルのようになっているともいえます。

近年は、正式に付き合っているという約束をしない自由な恋愛、「フックアップカルチャー」や「シチュエーションシップ」が一般的になっているのは事実ですが、一方で経済的な原因も相まって、逆に保守的な恋愛観に戻ったり、「自分を一人の人間としてきちんと愛してくれる人と出会いたい」というロマンチストも増えてきている。


そうでもしないと、そもそも「ロマンチックな恋愛」がどんどん薄れてきている現代のアメリカにおいて、あまりに人生と社会が過酷すぎるんです。

その裏付けとして、「Delulu(妄想癖)」という言葉を最近よく見聞きします。"Delulu is the solulu(妄想癖こそが解決策)"というミーム的なフレーズがSNS上で流行るほど、非現実的だと言われようが、前向きでポジティブでいることが精神的なサバイバルにとって大切、という考えが普及していることを実感します。

もともとK-POPファンの間で生まれたスラングですが、わかりやすくいうと、人生を自分に都合のいい解釈をするということです。たとえば、デートした相手に既読スルーされても「きっと一生懸命返事を考えているんだろうな」と妄想して恋愛を理想化したり、「いつか好きな芸能人と結婚する」と幻想を抱く。心の底からそう思っているかは別として、こうすることで自分が傷つかなくていい、人生に対して夢を持ち続ける、という発想なんです。

ただ、“Delulu状態”にあることは、決して悪いことではないと思っていて。今年公開された映画『バービー』で、登場人物たちが女性性を祝福していたように、フェミニンな格好をしていてもフェミニストでありつづけられるように、自分の「愛されたい」という気持ちを否定しないことと、男性と対等な関係でいることは同時に成り立つと思うんです。

自分にとって何が優先なのか、何にお金を使いたいのかを考える

竹田ダニエル 経済格差 Z世代

――なるほど。経済的な背景が、恋愛の価値観や人間関係にも大きく影響しているんですね。そんな状況でも、よりよい人間関係を築いていくには、どうしたらよいと思いますか。

ダニエルさん:経済状況が苦しいからといって「節約してがんばろう」という個人の問題に落とし込んではいけない気がして。そもそも、もっとお金に対してオープンに話せる場があったり、リテラシーをあげる機会が増えるべきだと思います。それが前提にあった上で、自分は何を優先するのか考えることが大切なのではないでしょうか。

お金をかけてでも新しい人と出会う時間を作りたいのか、親しい人とより親密な時間を過ごしたいのか、もしくは一人の時間を充実させたいのか…。自分にとって何が大切かを把握していると、納得できる選択をすることができるのかなと思います。

取材・文/浦本真梨子 企画・構成/種谷美波(yoi) タイトルロゴ写真/Joel da Palma(Getty Images)