【失言】には「パンがないならケーキを──」のように時代を超えて呆れられるセリフだけでなく、「褒めたつもり」「気遣ったつもり」が裏目に出て相手に不快感を与えてしまうものがあります。現代人がモヤモヤする失言の数々を調査・分析している「失言研究所」所長の吉田麻衣子さんに、今「失言」が注目されている背景や、対処法を伺いました。

お話を伺ったのは......
吉田麻衣子さん

失言研究所所長

吉田麻衣子さん

宮城県出身。 おしゃべり好きな蟹座のB型。
そのとき追いかけているテーマが趣味になりがちな、移り気系編集者。

<失言研究所とは?>
話し方や伝え方に関する数々のベストセラー書籍を手がけてきた、ライターや編集者ら“言葉のプロ"の研究員によって構成。 これまでに300人以上に取材をし、どんなシチュエーションで失言が生まれ、それがどのように人をモヤッとさせるのかを徹底的にリサーチ。「言い換えるならどんな言葉が適切か」までを考え、コミュニケーションのブラッシュアップに余念がない。 日常に潜む失言を誰かが見つけてくるたびに議論が止まらなくなり、会議が長引きがちなのが課題。研究員は随時募集中。 

悪口でもマウントでもない「失言」って?

失言 定義 意味

──「失言」って、どんな言葉を指すんでしょうか?

吉田さん:失言研究所では、「言わなくていいことを、うっかり言ってしまうこと」=「失言」としています。例えば、落ち込んでいる友人を励ますつもりで「よくあることだよ!」と言ったら、「自分の悩みは大したことないってこと?」と、さらに落ち込ませてしまい、逆効果になってしまった......など、会話を盛り上げようとしたり、相手を褒めようとしたり、謙遜しようとしたり、自分ではよかれと思って発したのに相手をモヤモヤさせてしまう言葉を指しています。

──古今東西、政治家や著名人による「失言」は枚挙にいとまがないですが、“現代ならでは”の「失言」ともいえるでしょうか。 

吉田さん:「ハラスメント」という言葉が広く知られるようになった2000年代以降は、「明らかな意地悪発言」や「傷つけるための嫌味」を堂々と発する人はかなり減ったと思います。一方で私たちが調査している「そんなつもりじゃなかったのに」という類の失言は、日常会話の中に今なおたくさん潜んでいるんです。

「失言」が注目される理由は?

失言 注目 理由

──書籍のテーマとして「失言」に着目されたきっかけはなんですか?

吉田さん:弊社のSNSも運用してくれている広報担当者がこぼした「有名無名問わず『失言』で炎上する人がたくさんいるのに、『失言』に特化した本ってないですよね」というひとことから、本の企画が生まれました。

書店に行くと「上手な話し方」や「語彙力の高め方」をテーマにした書籍はすでにたくさんあり、つねに読者の関心が高いテーマであることがうかがえます。でも、高度な会話術や語彙力を身につけても、実際のコミュニケーションの中で失言を繰り返していたら、よい人間関係を築くことはきっと難しいままですよね。 
社内で議論を重ねるうちに、話し方や語彙力を磨いても日常会話でつまずきを感じている人はいるんじゃないか、その原因こそ「失言」なんじゃないか、という仮説にたどり着きました。

──「失言」に注目されているのはどんな方が多いでしょうか?

吉田さん:『失言図鑑』の発売前は、読者の大半は、言葉遣いや心配りという題材的に感度が高い女性になるかなと考えていたんですが、結果的には男女半々、20〜50代と幅広い年代の方に手に取っていただいています。
実際、
失言」の話って性別や世代を超えて盛り上がるんです。取材中も「私は〇〇って言われてイラッとしたことあります!」と鬱憤を発散し合ったり、反対に「〇〇って言ったら雰囲気悪くしちゃって......」と自分たちの反省会みたいになったり、色々な方向へ話が広がりました。

なぜ人は「失言」してしまうのか?

失言 原因 流行ってる

イラスト/まつむらあきひろ(『よかれと思って言ったのに 実は人をモヤッとさせる 失言図鑑』より抜粋)

──吉田さんご自身が印象に残っている「失言」の実体験はありますか?

吉田さん:あるとき、私が人気スニーカーブランドの靴をはいていたら、知人が「それ流行ってるよね〜」と言ってきたんです。おそらく「自分もそれ知ってるよ!」という意味で、悪気はないとわかっているんですが、私は「流行にのったんだね」と嫌味を言われたような気持ちになってしまって。
服装に関しては、ほかにも「今日はドレッシーだね、どこか行くの?」というひとことにモヤっとしたことがあります。これも多分相手は褒めたつもりなんだと思いますが、「普段はもっとみすぼらしいよ」と言っているようにも聞こえる......。

──そういう「失言」はどうして生まれてしまうんでしょうか? 

吉田さん:
取材で集めた失言は、その原因を4つのタイプに分類することができました。

①よかれと思って言ったはずが、裏目に出た言葉
・励ますつもりの「よくあるよね」→「私の悩みは大したことないってこと?」と受け取られる 
・心配して様子をたずねたときの「大丈夫?」→「私が頼りないってこと?」と相手のやる気を削ぐ

②決めつけの言葉
・「女の子を育てるのはラクそう」→「女の子のほうが手がかからない」という決めつけ
・「アルバイトのままでいるなんてもったいなくない?」→「正社員のほうが上」という価値観の押しつけ

③配慮に欠ける言葉 
・「行けたら行きます」→無責任に返事を先のばしにして、幹事の人を困らせる
・「バタバタしていて」→「忙しい私にとってあなたの優先順位は低い」という宣告

④最近違和感を覚える人が増えた言葉
「イケメン/美人」「男性/女性らしい」→どれも相手の個性やジェンダーを外見などでひとくくりにする表現 

「失言」を避ける方法はある?

失言 うっかり 予防

──「失言」を予防する方法はありますか?

吉田さん:まずは「決めつけをしない」と心得ておけば、重大な失言を犯してしまうリスクはなくなると思います。あとは、コミュニケーションの中で、特別気の利いたことを言おうとしなくていいと思うんです。「今日はいい天気ですね」なんて話しかけたらつまんないヤツだと思われるんじゃないか......などと気にせず、何気ない会話を重ねることで、相手に「あなたと仲良くしたい」という姿勢を示し、理解してもらうことこそが重要です。

──確かに。......って、そういえば「確かに」も連発してはいけない失言のひとつとして図鑑に載っていましたよね......!

吉田さん:私も言っちゃうことあります! 便利なあいづちですが、使いすぎると“とりあえず頷いてるだけ”という感じが出てしまうんですよね。わかっていてもポロッと「失言」しちゃうことは誰にでもあるんです。でも、そのとき自分で気づいて「なんか今変なこと言っちゃってゴメン!」と咄嗟にフォローできれば、きっと悪意のないことが伝わって、相手をモヤモヤさせずに済むと思います。

人と人が話すって本当に面倒なことで、話しても通じ合えるかどうかはわからないけれど、失言を避けて、黙っていることが正解ではありません。たくさん話すうちに、仮に会話の中でモヤモヤが生じたとしても「あ、今の失言だよ〜」と気軽に指摘し合えるくらいの関係性を築けていたら素敵ですよね。

構成・取材・文/月島華子