「やるべきことがあるのに、何故か動けない」「すぐやれたらラクなのに、いつも後回しにしてしまう」。そんな悩みを抱えていませんか? それは決して、あなたの意志が弱いからでも、怠け者だからでもありません。 今回は『すぐやる脳』の著者であり、脳神経外科医の菅原道仁さんに、“やる気”と脳のしくみの本当の関係、そして焦らず向き合うヒントを伺いました。

菅原道仁

脳神経外科医

菅原道仁

脳神経外科医としてさまざまな病院での診療経験を重ねた後、2015年に「菅原脳神経外科クリニック」を開院。著書『すぐやる脳』『あの人を、脳から消す技術』(ともにサンマーク出版)など、脳科学に基づいたわかりやすい解説が支持を集めている。現場で多くの患者と向き合うなかで、現代人の「やる気が出ない問題」に着目。現在はメディア出演や講演活動でも幅広く活躍している。

「先延ばし」は、脳が生き延びるためのサイン

——やらなくてはいけないとわかっていても、なかなか手がつけられないことはよくあると思うのですが、先延ばししてしまうのは、自分の甘えが原因なのでしょうか?

菅原 いえいえ、そうではありません。まず知ってほしいのは、人間の脳はそもそも“先延ばしするようにできている”ということなんです。

脳の役割は「生き延びること」。そのために、省エネモードで動くよう設計されています。なので、じっとしているほうがカロリーを消費しないから、動くよりも休むことを優先させようとする。

狩猟採集時代の人間は、自然のリズムに合わせて生活していました。体力を温存しながら効率よく狩りをし、日が沈めば眠る。そんなふうに、必要最低限のエネルギーで暮らすことが、生き延びるためにもともと備わっている人間の能力なんですね。

でも現代は、体よりも脳をフル回転させる時代へと変わりました。仕事も人間関係も、考えることだらけ。社会はめまぐるしく進化していますが、人間の脳は進化に何百年もかけてゆっくり変わるもの。そのため、今の社会のスピードに、脳の仕組みがまだ追いついていないのが現実なんです。

やることが多い現代で「やらなきゃ」と思っていても動けない。それはあなたの意志が弱いわけではなく、脳の自然な反応なんです。

すぐやる脳 先延ばし癖 脳神経外科医 菅原道仁 脳の仕組み

——脳って、そんなに怠け者なんですか?

菅原 かなり(笑)。脳は変化が苦手で、ルーティンが大好きなんです。なぜなら、新しいことに取り組むには、たくさんのエネルギーを必要とするから。

大切な仕事を任せても、その内容について深く考えず、「いつも通り、できるだけラクに終わらせよう」とするのが脳の特徴です。新しい挑戦や、ちょっと違うやり方に対しては、「それって面倒だよね?」と避けようとしますし、気を抜けばすぐに休もうとする。

しかも、脳はとても誘惑に弱い。例えば、満腹でもおいしそうなスイーツを見たら「食べたい」と感じてしまうのも、五感を通して刺激された記憶や感情が脳を動かしているから。脳にとって、「今ここにある快楽」はとても強い動機になるんです。

つまり、やるべきことより、やりたいことに流されやすいのが脳の性質。勤勉に見える人でも、優秀と評価される人でも、脳のスペックは同じです。

すぐやる脳 先延ばし癖 脳神経外科医 菅原道仁 誘惑に弱い

すぐやる人と先延ばししてしまう人の違いは、“やる気”ではなく“クセ”の違い

——“すぐやる人”と“先延ばししてしまう人”がいると感じます。どちらの人も、脳の仕組みは同じなのでしょうか?

菅原 脳の構造自体は、みんな同じです。違いがあるのは、「考え方のクセ」なんですよ。

多くの人は、作業に入る前に「今じゃないかも」「ちょっと疲れてるし」と、無意識のうちに“やらない理由”を考えてしまう。

でもそれは、「やる気がない」のではなく、「すぐやらないクセ」がついてしまっているだけなんです。

例えば、「13時からはじめよう」「この漫画を読み終えてからにしよう」と、少し先のキリのいい時間を探し、脳が“先送りの口実”をつくり出す。そうして、行動に移すまでの時間に、自分でブレーキをかけてしまっているんですね。

だからこそ大切なのは、「考える前に、まず手を動かしてみること」。

実は、人間の脳は「行動してから」やる気のスイッチが入るようにできているんです。最初は乗り気じゃなくても、手を動かしはじめると、だんだん集中できてきたり、気づけば楽しくなっていたりする。それが、脳の不思議で、頼もしいところでもあります。

「やる気が起きるまで待とう」と思わずに、やる気を迎えに行くつもりではじめてみる。それだけで、今よりずっとラクに前へ進めるかもしれません。

すぐやる脳 先延ばし癖 脳神経外科医 菅原道仁 やる気 スイッチ

——「マルチタスクが得意」というタイプの人もいらっしゃいますよね。そういう人も、脳の仕組みは同じなんですか?

菅原 確かにそういう方もいますよね。でも実際のところ、本当の意味で“同時進行”ができているわけではないんです。

人間の脳は、ひとつのことに集中しているときには、ほかのことに意識を向けるのが難しいつくりになっています。だから、マルチタスクに見える人も、実際は複数の作業を高速で切り替えているだけなんです。

例えば、料理をしながら洗濯機を回して、合間にメールを返信して……。これは「複数のことを同時にこなしている」ように見えても、一瞬一瞬で脳のスイッチを切り替えている状態です。

でもそれを続けると、脳がオーバーヒートしやすくなり、集中力が落ちたり、疲れやすくなったりしてしまう。

だから、決して「マルチタスク=能力が高い」というわけではないんです。できるだけひとつずつ取り組む「シングルタスク」を意識して、無理のない範囲で進めていくのが、脳にとって優しいやり方です。 

すぐやる脳 先延ばし癖 脳神経外科医 菅原道仁 マルチタスク

「ちゃんとやらなきゃ」と思わなくていい。少しずつで大丈夫

——「先延ばししてしまう自分」に落ち込んでしまうとき、どう向き合えばいいのでしょうか?

菅原 「やらなきゃいけないのに、すぐとりかかれない」。そんな自分に落ち込んでしまう瞬間、きっと誰にでもあると思います。

でも、それは決して、あなたが怠けているからじゃない。脳の仕組みとして、“そうなってしまうのが自然な反応”なので安心してください。

「すぐやれない」「続かない」「気が散ってしまう」。それは性格ではなく、脳の“クセ”のようなもの。

だからこそ「ちゃんとやらなきゃ」と力まずに、「ちょっとだけやってみよう」と思えたとき、きっと心も少し軽くなるはずです。

イラスト/NACCHIN 取材・文・企画・構成/高浦彩加