仕事の報告や相談がスムーズにいかない、雑談の場で何を話していいか分からない、チームで作業するのが苦手…そんなふうに感じたことはありませんか? 昭和大学発達障害医療研究所の太田晴久先生によると、発達障害の特性が強い人にとって、コミュニケーションは悩みの種になりやすいのだそう。そこで、コミュニケーションにまつわる困りごとの傾向と対策を、太田先生に教えていただきました。

【大人の発達障害かも?と思ったら】職場のコミュニケーション6つの困りごと編:雑談や報連相が苦手…対策&周囲ができること(医師監修)

太田晴久

昭和大学発達障害医療研究所 所長

太田晴久

精神保健指定医、日本精神神経学会 指導医・専門医。2002年に昭和大学医学部卒業後、昭和大学附属病院、昭和大学附属烏山病院 成人発達障害専門外来などで勤務。2012年から自閉症専門施設のUC Davis MIND Instituteに留学し、脳画像研究に従事。2014年から昭和大学附属烏山病院、発達障害医療研究所にて勤務し、現在は昭和大学発達障害医療研究所 所長(准教授)。特に思春期以降の成人を中心とする発達障害の診療や研究に取り組んでいる。著書に『大人の発達障害 仕事・生活の困ったによりそう本』(西東社)など。

太田先生 コミュニケーションには「話す」だけではなく「聞く」役割も必要です。そもそも無理に雑談をする必要はありませんし、雑談できなくても自分を責める必要はありません。「職場の人とコミュニケーションするのが当然」という圧力自体が不自然です。

ただ、現実問題としてコミュニケーションがうまくいかないことで、生きづらさを感じてしまうこともあると思います。その場合はできる範囲で、仕事のためのスキルとしてコミュニケーションのコツを身につけてみましょう。

大人の発達障害の困りごと①報告・連絡・相談をするのが苦手

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明確なルールがないと行動できない特性が強い場合、あらかじめ日時が決まっていないと報告をするのを忘れてしまいます。また、情報を整理して伝えるのが苦手な場合は、報告すること自体がストレスになってタイミングを逃してしまうことも。「報連相(報告・連絡・相談)」は、上司のためではなく、自分の不安を解消したり、無駄な作業を減らしたりできる大切なやりとりであり、上司や同僚とのコミュニケーションにもなるので、「仕事が円滑に進む手助けになる」「ミスをしてもすぐに報告すれば被害は小さくて済む」とポジティブに考えましょう。

〈自分でできる対策〉
●誰に・何を・いつ報告するか決める
まずは、「誰に」「何を」「いつ」報告するのかルールを決めましょう。報告や連絡は、要点を簡潔に伝えることが重要です。頭の中だけで情報を整理するのが苦手な人は、1枚のシートに「用件」「結論」「理由」「対策(または相談)」の項目を入れたフォーマットを作り、一度文字にして書き込むと、客観的に整理しやすくなって自分で解決できる場合もあります。

・「誰に」
基本的には直属の上司だが、それ以外にも伝えるべき人がいるかどうか、最初に確認しておく。チームで仕事をしているときは、チームリーダーやメンバーにも伝える。
・「何を」
担当の仕事について、何がどこまで進んでいるかの報告や、共有すべき情報の連絡をする。 必要に応じて相談したいことがあれば伝える。
・「いつ」
「報告は毎週金曜の午前10時」など、上司と曜日や頻度を決めて定期的に行う。ただし、仕事でミスやトラブルなどの問題が生じた場合は、すぐに報告・相談する。

●声をかけるときは相手の状況をみる
報告や相談をしようとしたら「あとにして」「今?」などと冷たい対応をされて、声をかけるのが怖くなってしまった人もいるかもしれません。相手が気難しい人だっただけかもしれませんが、もしかしたらタイミングが適切ではなかった可能性もあるので、声をかけるときは下のポイントを意識しながら声をかけてみましょう。

①相手がひとりのときに声をかける
ひとりでデスクに向かっているときなどを選ぶ。計算作業中、他の人と話している、急ぎ足で移動しているなど、忙しそうなときは避ける。
②まず名前を呼びかける
いきなり要件を言うのではなく、「○○さん」と相手の名前を呼び、「ちょっと今お時間いいですか」と声をかける。緊急の場合は「○○の件で、急ぎご相談したいのですが」と伝える。
③「いいよ」と言われてから用件を話す
「あとにして」と言われたら、「わかりました。何時頃でしたらよろしいでしょうか?」と確認する。

〈周囲ができること〉
●叱責せず、具体的に指示をする
問題の報告にきた相手に冷たい態度をとると「報連相」への苦手意識が生まれてしまいます。具体的に指示をして立て直しを図り、「早めに報告や相談をすると問題がこじれない」という空気や経験をつくりましょう。定期的な報告のためのミーティングは、本人の様子を見ながら時間や報告の回数を加減して。

大人の発達障害の困りごと②感情がすぐ表情に出やすい傾向がある

対人関係の困りごとにつながりやすい特性のひとつが「感情」の問題。ADHD(注意欠如・多動症)の傾向が強い人は、怒りのような強い感情を抑えるのが苦手という特性があります。そのため、わいてきた怒りをそのまま相手にぶつけてしまい、関係が悪化しやすくなったり、後悔や自己嫌悪にさいなまれることも。また、物事をネガティブに受け取る特性があると、相手から軽く指摘されたことでも重く受け止めてムッとしてしまう可能性があります。日常的に仕事量の見直しや体調管理を心がけ、ストレスをためないようにすることが大切です。

〈自分でできる対策〉
●爆発する前にクールダウン
イライラや怒りなどの負の感情をすぐに消すことはできません。無理に抑えつけようとするとストレスがたまり、我慢を重ねた結果、大爆発を招く可能性もあります。けれど、怒りを爆発させないように対応していくことは可能です。もし強い感情が爆発しそうになったら、相手に「失礼します」などひと言かけてから、その場を離れて頭を冷やすのが効果的です。他にも、次のような方法があります。

・ゆっくり深呼吸を繰り返す
・「私は大丈夫」など、自分を落ち着かせる言葉を声に出して繰り返す
・水などを飲む
・洗面所で顔を洗う
・何かをぎゅっと握る

●「感情」から離れて「事実」だけを見る
発達障害の特性が強い人は、「失敗した」と感じたり、叱られたり責められたりした経験を多く重ねています。そうした経験は自己否定を強め、相手の言動をネガティブにとらえやすくなってしまうことも。相手のちょっとした言動を、「自分への攻撃」ととらえるために怒りが生じやすいのです。自動的に浮かぶ感情をいったん脇に置いて、事実だけを見ると、怒りの爆発の抑制につながります。

例えば…数字のミスを注意されたとき
(ネガティブ思考の場合)
「仕事ができないと思われた」「バカにされている」と勘違いしたり、「こんなこともできない自分はダメな人間だ」と落ち込んだりする。
(事実だけをみた場合)
・ミスを教えてくれた
・数字の間違いを修正してほしいと言われているだけ
・間違えたまま進めていたら大変だった。助かった

〈周囲ができること〉
●落ち着ける環境を整え、声をかける。
特性上、本人が自分の感情に気づきにくい場合があるので、イライラした表情や態度が見られるときは「大丈夫?」などと声をかけましょう。早めに休息を取ってもらうようにするなどの工夫で落ち着きを取り戻しやすくなります。

大人の発達障害の困りごと③なぜか相手を怒らせてしまうことがある

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ADHDの傾向が強い場合、衝動性の高さから相手の言葉をさえぎって話し始めたり、余計なひと言を言ってしまったりすることがあります。ASD(自閉スペクトラム症)の傾向が強い場合は、見たまま・感じたままを言葉にしてしまうことが多いようです。断定的できつい言い方になってしまったり、目を合わせずに話すといった傾向もあります。反射的に発言するのではなく、最後まで相手の発言を聞くように心がけたり、言葉を口に出すまでに少し時間をおいたりしてみましょう。

〈自分でできる対策〉
●口に出す前に少し時間をつくる
失言で後悔してしまう…という人は、勢いに任せて発言する前に、頭の中で3秒ほど数えたり、深呼吸をしたりしてみてください。「感情に任せて言いたいことを言ったらどうなるか」を考える時間が少しでもあると、衝動性の高さからくる失言は減らせます。考える時間をつくるために、頭に浮かんだことを文字に書き出してみるのもおすすめ。文章にして読み返すことで客観的になれるので、違う言い回しを冷静に考えることができます。

●周囲の助けを借りて理解する
表情や声のトーンから相手の気持ちを察するのが苦手な人は、論理的には正しい受け答えでも、相手の感情を無視した発言をしてしまうことがあります。人づき合いが上手な人の受け答えを観察して真似してみたり、相手をよく知る第三者(同僚など)に相談してみると、具体的なアドバイスをもらえることもあります。

〈周囲ができること〉
●過剰に空気を読むことを求めない
本人に悪気はなく、相手を侮辱するつもりもまったくありません。「こんなふうに言ってみたらどう?」とアドバイスする、「意見が異なるときも、『そうですよね』『なるほど』など、まず相手を肯定してみるのはどう?」と発言の仕方を一緒に考えてみるなど、そのつど具体的に伝えましょう。

大人の発達障害の困りごと④雑談で何を話せばいいのかわからない

発達障害の傾向が強い人のなかに、「雑談が苦手」という人はたくさんいます。大勢の人が雑談する場所に行くと頭が痛くなったり、疲れやすくなったりする人もいます。その理由のひとつは、ワーキングメモリ(言われたことや思い浮かんだことを一時的にとどめておく記憶の働き)が弱いので、複数の人が一斉に話すと聞き取れなくなったり覚えきれなくなったりするためです。また、自分が興味のある話なら雑談できるのに、興味のない話になると途端に黙ってしまう人もいます。相手が何を言いたいのか、どういう考えかを察することが苦手な場合、すぐに適切な言葉を返すのが難しいからです。必須ではありませんが、もし必要性を感じているのであれば、無理のない範囲で雑談に参加するスキルを身につけてもいいかもしれません。

〈自分でできる対策〉
●できる範囲で会話に参加してみる
雑談は、相手の話を聞く→頭の中で理解をする→自分の意見を考える→発言するという一連の動作を瞬時に行う高いスキルが必要です。複数のことを同時にするのが苦手な人は、笑顔でうなずいたり、目を見ながら相づちをうったりしながら「相手の話を聞く」ことに徹しましょう。隣の人と1対1で会話するなど、自分が聞き取れる範囲で会話をするのもひとつの手です。

●身近な話題を出したり相手のいいところを伝える
雑談の場で何を話せばいいのかわからず、困ってしまうことも多々あります。例えば、「今日は暑いですね」「午後から雨が降るそうですよ」など、天気は無難に使える話題のひとつ。また、毎朝ニュースなどを見て時事ネタをいくつか用意しておくと、いざというときに助かります。ただし、宗教や政治の話は意見が対立する危険性があるので避けましょう。相手の持ち物や服のいいところを伝えてみるのも効果的ですが、容姿について言及するのはハラスメントにつながる可能性があるので要注意。

〈周囲ができること〉
●無理に意見を引き出さない
自分の意見を言わないからといって、コミュニケーションがとりたくないとは限りません。笑顔で話を聞いているなら、無理に意見を引き出さずに笑顔で返せばOK。もしも雑談の輪から抜けられずに困っているようなら、その場の雰囲気を壊さず自然に雑談から外れられるよう、「●●の準備があるんじゃない?」「確認したいことがあるんだけれど」などと助け舟を出しましょう。

大人の発達障害の困りごと⑤チームプレーでの仕事が苦手

周囲の様子に目が向きにくく、不注意や衝動性の特性があると、「上司や同僚の気持ちが見えない」「どこまでが自分の仕事かわからない」といった困りごとが生まれやすくなります。そのため、プロジェクトを複数人で進めるなどのチームプレーが求められる場では「協調性がない」ととられがち。ルールを明文化する、周囲を観察する、まわりの意見を聞いたり相談したりするなどのアクションを意識してみましょう。

〈自分でできる対策〉
●"暗黙のルール"を明文化する
チームプレーがスムーズにいかない原因のひとつは、いわゆる“暗黙のルール”を読み取るのが苦手だからかもしれません。まずはチームのメンバーが担当する仕事や共有する仕事を確認し、役割を把握しましょう。そして、ウォーターサーバーのタンク交換やコピー用紙の補給、配送業者から荷物を受け取るといった、担当業務以外にみんなでやるべき雑用について、仕事仲間に内容やタイミングを確認し、メモにまとめるといつでも確認できます。

●周囲の行動を観察する
チームで仕事をする場合、お互いに気遣うことでコミュニケーションが深まり、仕事が回りやすくなります。ただ、状況の理解に時間がかかる場合は相手を気遣うタイミングを失ってしまうこともあるでしょう。まずは周囲の人がしていることを観察しましょう。そのうちに状況理解が少しずつ早くなっていきます。

①まずは相手の行動を観察する
重そうな荷物を持っている、残業をしているなど、普段から周囲の人の行動を観察して、状況を理解する訓練をする。
②事実をそのまま伝える
すぐに適切な気遣いの言葉が出ないときは、「重そうですね」「今日は残業なんですね」など、まずは見たままの事実を言葉にする。それだけでも相手は「自分のことを気にかけてくれた」と感じる。
③自分に置き換えて対応する
自分が相手の立場だったら、どんな対応をしてほしいか考える。「持ちましょうか」「手伝うことはありますか」など、自分が過去に言われてうれしかった言葉を伝えてもOK。

〈周囲ができること〉
●チーム内での役割を具体的に伝える
言外に求められていることを察するのが苦手そうな場合は、「●●をやってくれる?」と具体的に指示したり、「あなたの仕事はこれとこれ」と役割を明確に伝えるよう心がけて。

大人の発達障害の困りごと⑥仕事や誘いをなかなか断れない

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目に見えないものを認識しづらい特性があると、相手の要求が自分にとって不利益になるかどうかの見通しをつけられず、すぐに判断できないことがあります。そこに衝動性が加わると、ついOKしてしまうこともあるでしょう。相手に嫌な顔をされるのが怖くて断れない、ということもあります。その結果、次々に仕事を引き受けすぎてプライベートな時間を削る、無理をして体調を壊す、大勢での飲み会が苦手なのに断りきれず、つらい時間を過ごす…といった困りごとにつながります。まずは返事を保留して、状況を見直す時間をつくりましょう。

〈自分でできる対策〉
●返事はいったん保留して、仕事量を見直す
優先順位をつけるのが難しい人は、「何とかなるかな」と次々に仕事を受けてしまいがち。日頃から自分の仕事量や優先順位を把握しておくと、「できる/できない」の判断がしやすくなりますが、それが難しい場合は保留の返事をして、次の3ステップで対応しましょう。

①まずは保留の返事をする
「できるかどうか考えさせてください。夕方までにお返事します」「社に戻って部長に確認してから、本日中にご連絡いたします」など、丁寧に伝えて返事を待ってもらう。
②自分の仕事量を見直す
今抱えている自分の仕事量を具体的に把握する。時間の感覚が弱い場合は、ひとつの作業にどれくらいかかるか時間をはかり、総時間の目安をつかむ。
③難しい場合は相手に説明をして断る
「今の仕事が終わるのが来週末なので、急ぎの仕事を受けられません」「検討しましたが納期に間に合いそうになく、ご迷惑をおかけすると思いますので」など、具体的な状況を伝えて断る。

●疲れているときは無理せず断る
断れないのは、「相手に嫌われたくない」という思いがあるからかもしれません。けれど、つらい思いを我慢して心身を壊しては本末転倒。特に疲れているときは、誘いを断ることが結果としてお互いのためになります。断るときのコツは、最初に誘ってくれたことに対するお礼を伝えること。断る理由は「残念ですが先約がありまして」など簡単な言葉でOK。また、社内での雑談がつらいときは、「お手洗いに行ってきます」「ちょっと急ぎの仕事があるので」など、その場を上手に離れるための言葉を活用しましょう。

〈周囲ができること〉
●無理強いせず、態度や行動から察したりフォローしたりする
ASDの特性が強い場合、感情が表情に出にくいことがあります。心はつらいのに淡々として見えるため、周囲は「仕事を頼んでも平気だろう」と間違った判断をするかもしれません。 頭痛を訴えたり、作業スピードが落ちていたりするときは、「何かつらいことはない?」と本人に聞いてみましょう。

【大人の発達障害かも? と思ったら】仕事の進め方6つの困りごと編:自分でできる対策&周囲がサポートできること(医師監修)

太田先生 発達障害の特徴は非常に多彩なので、方程式のようにすべての人に必ず当てはまるかというとそうではありません。例えば、「仕事が終わらない」という困りごとでも、ASD(自閉スペクトラム症)の人は細かいことにこだわって進まない、ADHD(注意欠如・多動症)の人は他のことに気を取られてしまって進まない、というケースが多く見られます。また、ASDとADHDは併存することが多いので、「私はADHDだからこの方法しかダメ」と決めつけず、いろいろな解決策の中から自分に合った方法を見つけることが大切です。

大人の発達障害の困りごと①ケアレスミスをしてしまう

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ケアレスミスは誰にでも起こりうるもの。ただ、発達障害の特性が強い場合は取引先との予定を忘れる、成田空港に行くつもりが羽田空港に行ってしまうなど、大ごとになる可能性が。というのも、発達障害の特性が強い人は、口頭で言われたことや思い浮かんだことを一時的にとどめておく記憶の働き(ワーキングメモリ)がもともと弱い=情報の受け皿が少ないのだそう。そのため、新しい情報が入ってくると優先順位がわからなくなり、混乱した結果、新しい情報はそのまま抜け落ちていく、または新しい情報が入った分それまで入っていた情報が抜け落ちることに。「自分は忘れてしまう」という前提での予防策が効果的です。

〈自分でできる対策〉
●メモ帳やスマホなどに記録して、情報の受け皿を増やす
ワーキングメモリの弱さをカバーするポイントは、「情報の受け皿を外に作ること」。忘れてはいけない情報は、自分の脳だけで記憶しようとせず、メモ帳やスマホに記録。自分では必要性を感じない仕事でも、職場でやるべきことのひとつととらえて記録を。

●間違えることを前提に確認する時間を取る
毎日、その日の予定や翌日の予定を確認する習慣を身につけましょう。PCの画面上だと見落としやすいので、できればプリントアウトして確認を。メモやスケジュールを声に出して読みながら、読み飛ばさないように指さし確認をすると安心。記憶違いに気づくきっかけにもなります。

〈周囲ができること〉
●指示を終えるまでは次の指示を出さない(話しかけない)
同時にいくつもの情報を処理する、記憶を保持するといったことが苦手な人がいます。例えば、車の運転中に「次の信号を左折」と指示されたあと、信号までのあいだに別の話題になると、曲がることを忘れてしまいます。本人は最初の指示に集中しているので、それが完了するまでは次の指示を出さないように心がけて。

●ダブルチェックの時間を取る
どれだけ本人が気をつけていても、間違いに気づかなかったり、抜け落ちたりすることはあるもの。一度ミスをして叱られると、「間違えてはいけない」というプレッシャーから、さらにミスが増えて悪循環になる可能性も。本人だけに責任を負わせるのではなく、あらかじめダブルチェックができるスケジュールを組みましょう。

大人の発達障害の困りごと②優先順位が判断しにくい

仕事を進めるときは、自分の作業以外にも報告や連絡、業務に関する事務的な手続きなど、複数の作業が必要になるもの。それらを効率的に進めるには段取りが必要ですが、具体的な行動のイメージが浮かばない、優先順位を判断しにくいといった特性が影響して、うまく段取りを組むことが苦手です。何から手をつければいいのかわからず、考えているうちにやる気が失せてしまうこともよくあります。自分がやるべきことをリストに書き出し、見直す習慣をつけましょう。

〈自分でできる対策〉
●ToDoリストでやるべきことを見える化する

自分がやるべきことや予定を整理し、ひと目でわかる形にすることで、仕事を計画的・効率的に進めやすくなります。作り方の流れは3段階で、「年間」「月間」「週間」「1日」に分けて作るとより便利です。その際、休日や休み時間はカウントしないように注意。
①やるべきことを箇条書きにする
②締め切りの順に並び変える(締め切りの日時も書いておく)
③作業が終わったら線を引いて消していく
1日ごとの予定は、前日の仕事終わりか、出社して仕事を始める前に書き出して、作業の順番を決めます。探し物やうっかりミスなどのトラブルが生じることを前提に、予定を詰め込みすぎないことも大切。

●ToDoリストを持ち歩き、つねに見直す
リストを作っただけで満足しないことも大切なポイント。肌身離さず持ち歩き、こまめに見返す習慣をつけましょう。重要なことは「線で囲む」「色を変える」「マーカーを引く」などして目立たせて。終わった仕事は線で消したりマークを変えたりすると、達成感が得られるうえに残りの作業量もひと目でわかります。もし計画通りに進められなかったとしても、できなかったことは翌日の予定に入れておけばOK。完璧を求めるよりも、リストをクリアしていく達成感を楽しむのがおすすめ。

〈周囲ができること〉
●段取りの整理を手伝う、本人が作ったスケジュールをチェックする
ToDoリストを考えるとき、「AをするためにはBをすることが必要だよね」など、仕事の流れを整理しながら一緒に予定表を作ったり、本人が作成したスケジュールをチェックしたりしてみてください。メンター (助言者) となってくれる人の存在は大きな助けとなり、 本人が力を発揮しやすくなります。

大人の発達障害の困りごと③完璧を求めるあまり締め切りに遅れてしまうことがある

目の前のことに集中しすぎてしまうため、全体像や流れを把握するのを忘れがち。もともと時間を把握する感覚が弱いことに加えてこだわりの強さが発揮されると、「締め切りを守ること」よりも、「理想通りにつくること」の優先順位が高くなり、納得できるまでやり直す傾向があります。時間をかけているはずなのに、作業がまったく進まないとしたら、もっと効率的なやり方を考えてみましょう。

〈自分でできる対策〉
●締め切りが第一。100%より70%くらいを目指す
仕事の仕上がりが100%かどうかは、最終的に上司や会社が判断するもの。時間をかけた分だけクオリティが上がるとも限りません。ここは考え方を変えて、自分では「70%くらいかな」と思っていても、まずは締め切りに間に合うように提出することを最優先にしましょう。もし「細かい部分にとらわれはじめているかも」と気づいたら、いったん作業をやめて頭を休めてみるのもおすすめです。

●上司には作業前にポイントを確認し、迷ったらすぐに相談
ひとりで考え出すと、どうしても視野が狭くなって偏りが生じやすくなります。作業の前に上司と話して「大切にするべきポイントはどこか」を確認しておくと、途中で迷うことが少なくなり、仕事の効率化につながります。例えば、「来週までに企画書をお願い」と言われた場合、「何曜日の何時までに提出か」「A4サイズ1枚に収めたほうがよいのか」「上司以外にも見せるのか」など、できるだけ細かく確認しておくと安心です。

〈周囲ができること〉
●書類の目的や背景、締め切りや書類形式などを具体的に伝える
書類作成を頼む場合、「なぜその書類が必要なのか」「どう使うのか」といった書類の目的や背景をしっかりと伝えると、要点の理解もスムーズです。「こだわるべき部分」と「こだわらなくていい部分」は明確に提示しましょう。また、全体像を見るのが苦手なので、仕事の進行に問題がないか様子を見て確認を。

大人の発達障害の困りごと④会議や打ち合わせは、戸惑うことが多くて疲れてしまう

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配られた資料を読みながら、複数の人の話を聞き、それぞれの意見やホワイトボードなどに板書される内容を記録し、さらに自分の意見も発言する――。もともと並行作業が苦手な人にとって、会議や打ち合わせはつらい場です。同じくプレゼンも苦手という人は多いはず。多動の傾向が強い人の場合は、会議中に同じ姿勢を保ってじっとしていることも苦痛になります。デジタル機器を使う、事前に伝えるべきことをメモしておくなど、会議の場での負担をできるだけ減らせる工夫を取り入れてみましょう。

〈自分でできる対策〉
●カメラやレコーダーなどのデジタル機器を活用する
ホワイトボードの板書はスマホで撮影し、議事録はレコーダーで録音するなど、デジタル機器を活用することで、「書く」作業の負担が減って「聞く」ことに集中できます。ただし、勝手に板書を撮影したり、会議を録音したりするのを不快に思う人もいるので、事前に「記録として撮影(録音・録画)させてください」と断りを入れるのを忘れずに。その場で資料を読み、すぐに意見を出すのが難しい場合は、できるだけ会議前に資料を配ってもらえるようお願いしてみましょう。

●伝えるべきことや意見はメモしておく
不注意や衝動性の特徴が強いと、打ち合わせなどの場で違うことを考えはじめたり、話し出したりして本題からずれてしまうことがあります。そこで、伝えるべき内容はあらかじめメモにまとめておき、見返しながら話すようにするのがおすすめ。プレゼンをする場合も、言いたいことをすべて書き出したうえで、スライド1枚につき約1分で話せるように要点をまとめてみましょう。

●人に見えないところで体を動かす
独り言を言ったり、ペン回しをしたり、体を動かしたりするほうが会議に集中できる人もいます。ですが、本人が集中できても逆に周囲の人の気が散る可能性もあるので、机の下で静かに足を動かしたり、柔らかいボールなどをポケットに入れておいてこっそり握ったりして、心を落ち着けましょう。感覚過敏で外からの光や雑音が気になる場合は、「まぶしくてホワイトボードが見えないので」「外の音が気になるので」など、理由を伝えてからカーテンや窓を閉めましょう。

〈周囲ができること〉
●資料を事前に配る、少人数で集まるなど効率化を考える
発達障害の特性が強い人にとって、会議の場は特に負担が大きいことを理解しましょう。「当たり前」とされてきたことを一度見直し、できるだけ少人数で集まる、事前に資料を配る、出た意見はホワイトボードやプロジェクターで映し出すなどの工夫を取り入れてみると結果的に無駄が省かれ、参加者すべてのメリットにつながります。

大人の発達障害の困りごと⑤時間に遅れてしまいがち

時間の管理が苦手な人は、「準備にかかる時間」が具体的に予測できず、気がついたら出発時間を過ぎていた…ということが頻繁に起こります。出発までにすべきことを頭の中でリストアップし、逆算して準備を進めるといった作業が難しく、「今やるべきこと」がわからなくなるからです。対策の基本は、待ち合わせより早めにスケジュールを設定すること。また、時計はデジタル時計よりも、針の動きから時間を目でとらえやすく、残り時間がわかりやすいアナログ時計のほうがおすすめです。

〈自分でできる対策〉
●スケジュールを30分〜1時間早めて設定しておく
集合時間や開始時間などのスケジュールを、予定の30分〜1時間前に設定しましょう。あるいは、待ち合わせ場所の近くでランチをとる、書店に寄るなど、もしできなかったとしても問題ない程度の簡単な用事を入れておけば、早めに出発できます。普段から「今何時か」を推測する時間当てゲームを習慣にするのもおすすめです。

●待ち合わせ場所や交通手段、所要時間などはスケジュールアプリに登録
不注意の特性が強い人は、電車の移動時間は調べても、駅に着いてから現地まで歩く時間を計算に入れていないことがあります。駅に着いてからコンビニやトイレに寄る可能性なども考えたうえで予定を組みましょう。

大人の発達障害の困りごと⑥同時に複数のことを進めるのが苦手

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過集中や不注意の特性が強い人は、いろいろなところに注意を配ることが難しく、マルチタスクが苦手な傾向があります。マルチタスクをこなすには、複数のことを並行して考えるのではなく、ひとつの仕事を短時間で次々に処理するのがポイントです。もともとワーキングメモリが弱い人は、仕事の切り替えを頭の中だけで行うのは難しいので、さまざまなツールを利用しましょう。

〈自分でできる対策〉
●仕事別に書類を分け、仮想デスクトップを活用する
まず大切なのが、仕事別に書類を分けておくこと。今やっている仕事に必要なものだけを机に広げて作業し、もし他の人から別の仕事について聞かれたら、その書類が入ったファイルを出して見ながら対応し、終わったらすぐに戻しましょう。

●依頼は紙やメールでもらう
同時に複数のことができない特性が強いと、「話を聞きながらメモを取る」ことが難しいことも。情報を取りこぼさないように、指示・依頼は紙やメールでもらうようにしましょう。もし口頭や電話で依頼や指示を受けなければならないときは、「手元にメモがないので録音させてください」と相手の許可を得て通話録音アプリを使ったり、音声入力機能を活用したりして記録を残しておきましょう。

〈周囲ができること〉
●仕事の指示は1件ずつ、順番や締め切りを決めて紙に書いて指示
指示を出すときは、一度にいくつものことを伝えるのではなく、順番や締め切りを決めてから1件ずつ伝えましょう。口頭よりも紙に書いたほうが、伝え漏れが少なくなります。

【大人の発達障害とは?】ケアレスミスが多い、空気が読めない、雑談が苦手….。日々の“困りごと”は脳の特性が理由かも?(医師監修)

「発達障害」という脳の特性は、誰もが生まれ持っているもの

――ここ数年、「大人の発達障害」という言葉をよく見聞きするようになりました。そもそも「発達障害」とは、どういう状況を指すのでしょうか?

太田先生 生まれつき持っている脳の性質や働き方などによって、言語や行動、情緒などにまつわる困りごとがある場合に「発達障害」と診断されることがあります。ただ、「障害」という名前はついていますが、本来、人の脳の発達はさまざまで、発達障害が「ある人」と「ない人」にはっきり二分されているわけではありません。私にも、皆さんにも脳の特性があり、私たちはそのグラデーションのなかにいます。

――大人になってから気づくということは、子どもの頃は特に困りごとがなかったということでしょうか?


太田先生 知的障害を伴わず、生活や学業に大きな影響がないかぎり、コミュニケーションが苦手、忘れ物が多いなど、発達障害にまつわる特性があったとしても、高校時代までは本人のキャラクターとして解釈され、診断に結びつかないこともあります。

ところが、大学生になると履修単位を自分で管理する、レポートで自分の考えを書くなど、自主性が求められるようになります。さらに、就職活動でも面接や実習など、今までとは違うコミュニケーションの場が増えるので、発達障害の特性として苦手なことや困難なことに直面しやすく、つまずきを経験する方が多いのだと思います。大人になってから発達障害と診断される方の場合、自分が発達障害であることを受け入れられずに落ち込んだり、診断を否定してしまったりするケースも少なくありません。

――そういった方には、どんなお話をされるのでしょうか。

太田先生 先ほどもお話しした通り、発達障害は誰しもが当たり前に持つ特性が強いか弱いかというだけで、珍しいものではないことをお伝えします。特性があっても、幸せに暮らしていれば受診する必要はありません。

ただ、もし特性があることでつらい思いをしていたり、困りごとがあったりする場合は、受診して診断を受けることで対処していきましょうとお伝えします。困りごとがなくなれば、通院や服薬の必要もなくなります。脳の特性は続くとしても、「発達障害」は一生続くレッテルではありません。通院を卒業し、また困りごとが出てきたら受診する方も多いですね。

――今は困りごとを感じていない人も含めて、誰もが理解しておくべき前提ですね。

太田先生 発達障害は「性格の問題」や「努力不足」ではないということも知っておく必要があると思います。うまくいかなかったり、時に驚かされる言動があったりしても、それは悪気があるのでなく、むしろ本人も困っていると知るだけでも、受け止め方は違ってくるのではないでしょうか。

発達障害は「ASD(自閉スペクトラム症)」「ADHD(注意欠如・多動症)」「LD/SLD(学習障害/限局性学習症)」の3タイプ

――発達障害にはいくつかの種類があると聞いたのですが、どんなタイプがあるのでしょうか?

太田先生 大きく分けると「ASD(自閉スペクトラム症)」「ADHD(注意欠如・多動症)」「LD/SLD(学習障害/限局性学習症)」の3タイプがあります。どれかひとつのタイプに限定されるというわけではなく、それぞれ重なり合うことも多くあります。

①ASD(自閉スペクトラム症)

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おもな特性は、コミュニケーションが苦手、こだわりが強い、のふたつ。人と目を合わせるのが苦手、曖昧な指示を理解できないなどの特性から対人関係に支障をきたすこともある。興味や関心の対象が限定的になりやすいため、「融通がきかない」と誤解されることもあるが、特定のことに深い知識を持つなどの長所も多い。かつて「アスペルガー症候群」「自閉症」などと呼ばれた特性も含まれる。感覚過敏を伴うケースも。

〈長所〉
・単調な作業もいやがらずにやり抜く
・きまじめにものごとに取り組む
・記憶力がよい
・博識
・関心のあることには集中力を発揮
・ものごとを筋道立てて考えるなど論理的な思考ができる
・うそがつけず正直で正義感が強い
・まじめでルールを守る
・数学や音楽、美術などに才能を発揮する人もいる

〈起こりやすい困りごと〉
・冗談を真に受けてしまう
・他人の感情が理解できない
・曖昧な指示や言外の意味を理解することができない
・うそがつけない
・経験していないことが想像できない
・状況(空気)を的確に読めない
・突然の状況変化についていけず、臨機応変に対応できない
・自分で決めることが苦手

②ADHD(注意欠如・多動症)

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おもな特性は、注意しつづけることができず作業にミスを生じやすい(不注意)、落ち着きがない・待つことができない(多動性・衝動性)など。複数の特性を併せ持つことが多く、特性の濃淡は人それぞれだが、大人になると不注意が目立つケースも多いといわれる。仕事や生活で困難が生じるほどに忘れ物や計算ミスの程度が激しく、気をつけていても何度も間違えてしまうため、周囲から「やる気がない」と誤解されてしまうことも。

〈長所〉
・先入観や決まった流れに縛られない
・創造的・直感的
・発想力が豊かで、新たな思いつきやひらめき、アイデアが豊富
・柔軟に対処できてフットワークが軽い
・切り替えが速く、新しい場面に適応しやすい
・コミュニケーションに積極的
・協調性・社交性・感受性がある。ユーモアがある
・明るく楽しくおしゃべりできる
・人の気持ちがわかる。面倒見がいい
・頭の回転が速く、反応が素早い。躊躇せず意見を言える

〈起こりやすい困りごと〉
・細かい作業が苦手で数字のミスが多い
・物をなくしたり、約束を忘れたりすることが多い
・短時間なら集中できるが、長時間になると気が散りやすい
・順序立てて取り組むことが難しい
・時間の感覚をつかむのが苦手で見通しが立てづらいため、スケジュール管理が苦手
・相手の話を待てずにさえぎる。おしゃべり・早口・大げさ
・仕事を過剰に引き受ける
・感情の起伏が激しく、すぐカッとなりやすい

③LD/SLD(学習障害/限局性学習症)

大人 発達障害 LD SLD 隔週障害 限局性学習症 特徴 長所 短所 女性

知的発達の遅れはなく、本人も努力しているのに、読む・書く・計算するといった特定分野の学習行為に著しく時間がかかる。文字が読めなかったり、間違えたりする「読字障害」、文字を書くことや、筋道を立てて文章を作るのが難しい「書字障害」、数の大小が理解できない、簡単な計算がすぐにできないなど算数についての困難を抱える「算数障害」の3タイプに大別される。ASDやADHDと重なる人が多い。

〈起こりやすい困りごと〉
・読んだり書いたりするのがすごく苦手(どちらかひとつが苦手なことも)
・日本語よりも英語のほうが構造としてわかりづらいこともある
・文字がすごく汚くなってしまう
・計算がすごく苦手

「発達障害」に伴いやすいその他の特性

太田先生 また、発達障害の方は、下のような特性を伴いやすいといわれます。

●感覚過敏
音や光に過敏で、コピー機の音や蛍光灯の光に耐えられないケースもある。嗅覚過敏、味覚過敏がある人や、雨の日に具合が悪くなる人もいる。
●視覚・空間認知の障害
ホワイトボードの文字をうまくノートに写せなかったり、鏡文字を書いたりする。物の位置関係の把握ができず、ぶつかることがある。
●睡眠障害
不眠だけでなく過眠も多い。疲労に気づきにくく、仕事中でも集中力が切れたり飽きたりすると眠気に襲われる。昼夜が逆転しやすい。
●発達性協調運動障害(DCD)
手先が不器用だったり、運動神経が鈍かったりする (特に球技が苦手)。手と足の動きがバラバラになり、歩き方がぎくしゃくすることもある。

特性による悩みはあれど、コミュニケーションが苦手なわけでも能力的に劣っているわけでもない

――ちなみに、発達障害に性差はあるのでしょうか?

太田先生 特徴の違いはあると思います。もともと女性は多動性や衝動性が目立ちにくいうえ、発達障害の診断基準は男性をイメージしてつくられているため、女性のほうが見過ごされやすいといわれます。現場の感覚としても、女性はコミュニケーションやこだわり、表情などの特性がわかりづらい傾向があります。わかりづらいという意味では軽症といえるのかもしれませんが、そのぶん診断が遅れるという弊害もあります。

――診断が遅れれば、自分の特性に気づけないまま悩む時間も増えてしまいますよね。

太田先生 そうですね。女性の特徴については今後さらに洗練されていくべき分野だと思います。特に女性は、不安障害など他の精神的な不調が伴いやすいという報告もありますし、発達障害を含む社会の生きづらさからうつ病などの精神疾患にかかりやすいともいわれるので、仕事や生活で困りごとがある方は、気軽に受診をしていただけたらと思います。成人で発達障害を疑う場合は、精神科あるいは心療内科をおすすめします。ただ、発達障害の診療に対応していない医療機関もあるので、事前に対応可能かどうか確認しておくと安心です。

――困りごとの中でも、特に多い悩みはどんなものがあるのでしょうか。

太田先生 対人関係の悩みを抱えているケースが多く、その背景にあるのが「コミュニケーション能力」を過度に重視する現代社会の構造です。社会には多様な人がいていいし、コミュニケーションが苦手でも劣っているわけではありません。けれど、コミュニケーション能力を評価の基準にする社会の風潮や「コミュ障」という言葉に傷つき、自信をなくして自分の価値を否定してしまう人も少なくありません。

――生まれ持った特性から起きる悩みを「コミュニケーション能力」という側面だけで判断されてしまうのはつらいですよね…。

太田先生 本人が努力してもうまくいかないことが多い状況で、「なぜできないのか」と言われるのは、車椅子の人が「ひとりで階段を上がれ」と言われるのと同じくらい、本人にとって酷なものです。その一方で、特性に合った環境であれば能力を発揮しやすくなるので、長所を見ながら本人に合った環境を工夫することで困りごとを乗り越えられることもあります。

――自分に合った環境を選択したり、対策を取ったりするためにも、まずは自分が持つ特性や特徴を知ることが大切ということでしょうか。

太田先生 その通りです。特性の存在を否定する必要はありませんし、発達障害だから何もできないというわけではありません。「できないこと」ばかりではなく、「できるところ」にも注目して、そこを生かせる環境を探したり、社会参加を考えたりしていくことが大切だと思います。また、困りごとや悩みを誰かに相談することが苦手という人も多いのですが、困ったときはSOSを出すこともとても重要です。

――相談するのが苦手な理由はなんでしょうか。

太田先生 ケースバイケースなので一概には言えませんが、相談できない理由のひとつは「他者に相談する」という発想になりにくい特性があること。もうひとつは、これまで誰かに相談してプラスになった経験よりも、それによって怒られた・否定されたというネガティブな経験から相談しにくくなっている場合があります。

――例えば、まわりの人が困りごとを一緒に解決しようと思ったとき、本人に負担をかけずに対話するコツはありますか?

太田先生 本人がこれまで否定されることが多かったかもしれないという背景を意識しながら話を聞いていくことが大事です。なかにはよかれと思って「頑張れよ」「それじゃ乗り切れないよ」という声かけをする方もいますが、根性論では何も解決しませんし、本人もそういった精神論的なコミュニケーションを非常に苦手とします。感情的にならないよう努めながら、フラットかつ論理的・具体的に伝えるように意識してみるのがいいでしょう。