「発達障害」と呼ばれる脳の特性は、あらゆる人のなかにさまざまな形で存在し、私たちは誰もがそのグラデーションのなかに生きています。その特性を知ることは自分や誰かを知ることであり、困りごとの解消はもちろん、より生きやすいカラフルな社会へとつながっていくはず。そこで、発達障害の定義や「大人の発達障害」が注目される理由などについて、昭和大学発達障害医療研究所 所長の太田晴久先生に伺いました。

太田晴久

昭和大学発達障害医療研究所 所長

太田晴久

精神保健指定医、日本精神神経学会 指導医・専門医。2002年に昭和大学医学部卒業後、昭和大学附属病院、昭和大学附属烏山病院 成人発達障害専門外来などで勤務。2012年から自閉症専門施設のUC Davis MIND Instituteに留学し、脳画像研究に従事。2014年から昭和大学附属烏山病院、発達障害医療研究所にて勤務し、現在は昭和大学発達障害医療研究所 所長(准教授)。特に思春期以降の成人を中心とする発達障害の診療や研究に取り組んでいる。著書に『大人の発達障害 仕事・生活の困ったによりそう本』(西東社)など。

「発達障害」という脳の特性は、誰もが生まれ持っているもの

――ここ数年、「大人の発達障害」という言葉をよく見聞きするようになりました。そもそも「発達障害」とは、どういう状況を指すのでしょうか?

太田先生 生まれつき持っている脳の性質や働き方などによって、言語や行動、情緒などにまつわる困りごとがある場合に「発達障害」と診断されることがあります。ただ、「障害」という名前はついていますが、本来、人の脳の発達はさまざまで、発達障害が「ある人」と「ない人」にはっきり二分されているわけではありません。私にも、皆さんにも脳の特性があり、私たちはそのグラデーションのなかにいます。



また、この特性は生まれながらのものなので、「大人の発達障害」といっても、大人になってから突然発症するわけではありません。多くの場合、それぞれの特性は子どもの頃から現れています。

――大人になってから気づくということは、子どもの頃は特に困りごとがなかったということでしょうか?

太田先生 知的障害を伴わず、生活や学業に大きな影響がないかぎり、コミュニケーションが苦手、忘れ物が多いなど、発達障害にまつわる特性があったとしても、高校時代までは本人のキャラクターとして解釈され、診断に結びつかないこともあります。



ところが、大学生になると履修単位を自分で管理する、レポートで自分の考えを書くなど、自主性が求められるようになります。さらに、就職活動でも面接や実習など、今までとは違うコミュニケーションの場が増えるので、発達障害の特性として苦手なことや困難なことに直面しやすく、つまずきを経験する方が多いのだと思います。大人になってから発達障害と診断される方の場合、自分が発達障害であることを受け入れられずに落ち込んだり、診断を否定してしまったりするケースも少なくありません。

――そういった方には、どんなお話をされるのでしょうか。

太田先生 先ほどもお話しした通り、発達障害は誰しもが当たり前に持つ特性が強いか弱いかというだけで、珍しいものではないことをお伝えします。特性があっても、幸せに暮らしていれば受診する必要はありません。



ただもし特性があることでつらい思いをしていたり、困りごとがあったりする場合は、受診して診断を受けることで対処していきましょうとお伝えします。困りごとがなくなれば、通院や服薬の必要もなくなります。脳の特性は続くとしても、「発達障害」は一生続くレッテルではありません。通院を卒業し、また困りごとが出てきたら受診する方も多いですね。

――今は困りごとを感じていない人も含めて、誰もが理解しておくべき前提ですね。

太田先生 発達障害は「性格の問題」や「努力不足」ではないということも知っておく必要があると思います。うまくいかなかったり、時に驚かされる言動があったりしても、それは悪気があるのでなく、むしろ本人も困っていると知るだけでも、受け止め方は違ってくるのではないでしょうか。

発達障害は「ASD(自閉スペクトラム症)」「ADHD(注意欠如・多動症)」「LD/SLD(学習障害/限局性学習症)」の3タイプ

――発達障害にはいくつかの種類があると聞いたのですが、どんなタイプがあるのでしょうか?

太田先生 大きく分けると「ASD(自閉スペクトラム症)」「ADHD(注意欠如・多動症)」「LD/SLD(学習障害/限局性学習症)」の3タイプがあります。どれかひとつのタイプに限定されるというわけではなく、それぞれ重なり合うことも多くあります。

①ASD(自閉スペクトラム症)

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おもな特性は、コミュニケーションが苦手、こだわりが強い、のふたつ。人と目を合わせるのが苦手、曖昧な指示を理解できないなどの特性から対人関係に支障をきたすこともある。興味や関心の対象が限定的になりやすいため、「融通がきかない」と誤解されることもあるが、特定のことに深い知識を持つなどの長所も多い。かつて「アスペルガー症候群」「自閉症」などと呼ばれた特性も含まれる。感覚過敏を伴うケースも。

〈長所〉
・単調な作業もいやがらずにやり抜く
・きまじめにものごとに取り組む
・記憶力がよい
・博識
・関心のあることには集中力を発揮
・ものごとを筋道立てて考えるなど論理的な思考ができる
・うそがつけず正直で正義感が強い
・まじめでルールを守る
・数学や音楽、美術などに才能を発揮する人もいる

〈起こりやすい困りごと〉
・冗談を真に受けてしまう
・他人の感情が理解できない
・曖昧な指示や言外の意味を理解することができない
・うそがつけない
・経験していないことが想像できない
・状況(空気)を的確に読めない
・突然の状況変化についていけず、臨機応変に対応できない
・自分で決めることが苦手

②ADHD(注意欠如・多動症)

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おもな特性は、注意しつづけることができず作業にミスを生じやすい(不注意)、落ち着きがない・待つことができない(多動性・衝動性)など。複数の特性を併せ持つことが多く、特性の濃淡は人それぞれだが、大人になると不注意が目立つケースも多いといわれる。仕事や生活で困難が生じるほどに忘れ物や計算ミスの程度が激しく、気をつけていても何度も間違えてしまうため、周囲から「やる気がない」と誤解されてしまうことも。

〈長所〉
・先入観や決まった流れに縛られない
・創造的・直感的
・発想力が豊かで、新たな思いつきやひらめき、アイデアが豊富
・柔軟に対処できてフットワークが軽い
・切り替えが速く、新しい場面に適応しやすい
・コミュニケーションに積極的
・協調性・社交性・感受性がある。ユーモアがある
・明るく楽しくおしゃべりできる
・人の気持ちがわかる。面倒見がいい
・頭の回転が速く、反応が素早い。躊躇せず意見を言える

〈起こりやすい困りごと〉
・細かい作業が苦手で数字のミスが多い
・物をなくしたり、約束を忘れたりすることが多い
・短時間なら集中できるが、長時間になると気が散りやすい
・順序立てて取り組むことが難しい
・時間の感覚をつかむのが苦手で見通しが立てづらいため、スケジュール管理が苦手
・相手の話を待てずにさえぎる。おしゃべり・早口・大げさ
・仕事を過剰に引き受ける
・感情の起伏が激しく、すぐカッとなりやすい

③LD/SLD(学習障害/限局性学習症)

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知的発達の遅れはなく、本人も努力しているのに、読む・書く・計算するといった特定分野の学習行為に著しく時間がかかる。文字が読めなかったり、間違えたりする「読字障害」、文字を書くことや、筋道を立てて文章を作るのが難しい「書字障害」、数の大小が理解できない、簡単な計算がすぐにできないなど算数についての困難を抱える「算数障害」の3タイプに大別される。ASDやADHDと重なる人が多い。

〈起こりやすい困りごと〉
・読んだり書いたりするのがすごく苦手(どちらかひとつが苦手なことも)
・日本語よりも英語のほうが構造としてわかりづらいこともある
・文字がすごく汚くなってしまう
・計算がすごく苦手

「発達障害」に伴いやすいその他の特性

太田先生 また、発達障害の方は、下のような特性を伴いやすいといわれます。

●感覚過敏
音や光に過敏で、コピー機の音や蛍光灯の光に耐えられないケースもある。嗅覚過敏、味覚過敏がある人や、雨の日に具合が悪くなる人もいる。
●視覚・空間認知の障害
ホワイトボードの文字をうまくノートに写せなかったり、鏡文字を書いたりする。物の位置関係の把握ができず、ぶつかることがある。
●睡眠障害
不眠だけでなく過眠も多い。疲労に気づきにくく、仕事中でも集中力が切れたり飽きたりすると眠気に襲われる。昼夜が逆転しやすい。
●発達性協調運動障害(DCD)
手先が不器用だったり、運動神経が鈍かったりする (特に球技が苦手)。手と足の動きがバラバラになり、歩き方がぎくしゃくすることもある。

特性による悩みはあれど、コミュニケーションが苦手なわけでも能力的に劣っているわけでもない

――ちなみに、発達障害に性差はあるのでしょうか?

太田先生 特徴の違いはあると思います。もともと女性は多動性や衝動性が目立ちにくいうえ、発達障害の診断基準は男性をイメージしてつくられているため、女性のほうが見過ごされやすいといわれます。現場の感覚としても、女性はコミュニケーションやこだわり、表情などの特性がわかりづらい傾向があります。わかりづらいという意味では軽症といえるのかもしれませんが、そのぶん診断が遅れるという弊害もあります。

――診断が遅れれば、自分の特性に気づけないまま悩む時間も増えてしまいますよね。

太田先生 そうですね。女性の特徴については今後さらに洗練されていくべき分野だと思います。特に女性は、不安障害など他の精神的な不調が伴いやすいという報告もありますし、発達障害を含む社会の生きづらさからうつ病などの精神疾患にかかりやすいともいわれるので、仕事や生活で困りごとがある方は、気軽に受診をしていただけたらと思います。成人で発達障害を疑う場合は、精神科あるいは心療内科をおすすめします。ただ、発達障害の診療に対応していない医療機関もあるので、事前に対応可能かどうか確認しておくと安心です。

――困りごとの中でも、特に多い悩みはどんなものがあるのでしょうか。

太田先生 対人関係の悩みを抱えているケースが多く、その背景にあるのが「コミュニケーション能力」を過度に重視する現代社会の構造です。社会には多様な人がいていいし、コミュニケーションが苦手でも劣っているわけではありません。けれど、コミュニケーション能力を評価の基準にする社会の風潮や「コミュ障」という言葉に傷つき、自信をなくして自分の価値を否定してしまう人も少なくありません。

――生まれ持った特性から起きる悩みを「コミュニケーション能力」という側面だけで判断されてしまうのはつらいですよね…。

太田先生 本人が努力してもうまくいかないことが多い状況で、「なぜできないのか」と言われるのは、車椅子の人が「ひとりで階段を上がれ」と言われるのと同じくらい、本人にとって酷なものです。その一方で、特性に合った環境であれば能力を発揮しやすくなるので、長所を見ながら本人に合った環境を工夫することで困りごとを乗り越えられることもあります。

――自分に合った環境を選択したり、対策を取ったりするためにも、まずは自分が持つ特性や特徴を知ることが大切ということでしょうか。

太田先生 その通りです。特性の存在を否定する必要はありませんし、発達障害だから何もできないというわけではありません。「できないこと」ばかりではなく、「できるところ」にも注目して、そこを生かせる環境を探したり、社会参加を考えたりしていくことが大切だと思います。また、困りごとや悩みを誰かに相談することが苦手という人も多いのですが、困ったときはSOSを出すこともとても重要です。

――相談するのが苦手な理由はなんでしょうか。

太田先生 ケースバイケースなので一概には言えませんが、相談できない理由のひとつは「他者に相談する」という発想になりにくい特性があること。もうひとつは、これまで誰かに相談してプラスになった経験よりも、それによって怒られた・否定されたというネガティブな経験から相談しにくくなっている場合があります。

――例えば、まわりの人が困りごとを一緒に解決しようと思ったとき、本人に負担をかけずに対話するコツはありますか?

太田先生 本人がこれまで否定されることが多かったかもしれないという背景を意識しながら話を聞いていくことが大事です。なかにはよかれと思って「頑張れよ」「それじゃ乗り切れないよ」という声かけをする方もいますが、根性論では何も解決しませんし、本人もそういった精神論的なコミュニケーションを非常に苦手とします。感情的にならないよう努めながら、フラットかつ論理的・具体的に伝えるように意識してみるのがいいでしょう。

イラスト/hakowasa 取材・文/国分美由紀 編集/種谷美波(yoi)