生理期間の選択肢のひとつとして、ここ数年で認知度が急上昇している吸水ショーツ。その人気ブランドのひとつであり、さらに、授乳期の母乳漏れを防ぐ吸水ブラを発売し、そのデザイン性の高さでも注目を集めるなど、今のフェムテック業界を牽引する『Rinē(リネ)』を知っていますか? このブランドを立ち上げたのは、ミュージシャンから飲食店ディレクターまでという異色の経歴を持つ信近エリさん。ジャンルの垣根を超えてブランドの立ち上げにチャレンジした背景や、フェムテック市場の今について思うことを、じっくり聞いてみました。

『Rinē(リネ)』立ち上げのきっかけは“凝り性”な性格

『リネ』のパッケージを説明する信近エリさん

『株式会社Neith(ネイト)』代表取締役CEO

信近エリさん

シンガーソングライターとしてアーティスト活動をしながら、飲食店のディレクションや運営などビジネスの実績を積む。多忙を極める自身の体や心と向き合うなかで、「こんな製品があったらいいのに」という発想と徹底したマーケティングリサーチのもと、2020年に自身が代表を務める会社『Neith(ネイト)』を立ち上げ、2021年にフェムテックブランド『Rinē(リネ)』をローンチ。ユーザーの声を真摯に受けとめ、商品の企画や開発に反映させている。

――デザイン性の高い吸水ショーツや、吸水ブラの存在を世の中に広めるきっかけとなったブラレットの発売など、数多くのフェムテックブランドの中でも注目度の高い『リネ』ですが、なぜフェムテックの分野で起業するに至ったんでしょうか?

私自身、生理用品の消費者の一人として、あるとき“はくタイプ(使い捨てショーツタイプ)の生理用ナプキン”の存在を知ったことがきっかけでした。生理用ナプキンといえばパッドタイプが主流でしたが、より経血量が多い人の悩みにこたえるものづくりに共感すると同時に、ふと「これが繰り返し使える布製のショーツだったらいいのに…」と思ったんです。調べてみると、当時すでにニューヨークの『THINX(シンクス)』というブランドが販売していて、「こんな技術があるんだ!」と衝撃を受けました。それがフェムテックとの出合いです。

未知のテクノロジーへの興味が湧き、さらにもともと凝り性な性格なのもあって、すぐさまネットを駆使して世界中のあらゆるブランドから吸水ショーツを取り寄せました。「毎月使うものだからこそ、いちばん気に入った吸水ショーツを愛用したい!」とはき比べていくうちに、「こうしたらもっとよくなるはず」という発想がどんどん浮かんできて。そこで、「自分で作るとしたらどのくらい費用がかかるのか」などのビジネス的な観点から海外のフェムテック市場を調べはじめ、『リネ』の構想を練っていきました。

吸水ブラレットのカラーバリエーション

――信近さんのこだわりの強さは、『リネ』のカラーリングやパッケージのおしゃれさからも感じられますね。

うれしい、ありがとうございます! カラバリを考えるうえでベーシックな黒とベージュはマストだと思っていたんですが、おしゃれなベージュって意外と難しくて…。いろいろなベージュを集めて試作を重ね、最終的に少しピンク味を帯びた納得のいくベージュにたどり着きました。さらに、気持ちが不安定になる生理期間中こそ少しでも気分が上がるように、明るいピンクも作りました。結果、「リネのピンクってすごく可愛い!」とお客さまからも人気です。

パッケージは、マーケティングの観点から“写真を撮って拡散したくなる”デザイン性を意識して作りました。小包装パッケージはもちろん、配送用段ボールもテープレスで完全プラスチックフリーにこだわり、環境にも配慮しています。

『リネ』のパッケージ

友人の声から生まれた「吸水ブラレット」

――日本において、吸水ショーツは少しずつ認知度が高まってきましたが、吸水ブラを展開しているブランドはまだ多いとはいえないですよね。

はい。『リネ』が販売スタートした時点ではまだどこも出していなかったので、開発過程もあらゆることが手探りでした。吸水ショーツは他社製品との比較ができますが、吸水ブラは存在自体が知られていないので、生産にあたって各所にイメージを伝えるのにも苦労しました。私は出産も授乳も未経験なので、実際の使い心地は授乳中の方にサンプルを試してもらうなど、フィードバックを集めるのにも時間をかけましたね。

『リネ』のカラーバリエーション

――授乳に関する悩みの当事者ではない信近さんが、吸水ブラレットを作ったのはなぜでしょう?

吸水ショーツの開発段階で生理用ナプキンを研究していたときに、まず「母乳パッド」という母乳漏れをカバーする使い捨てアイテムの存在を知って。もちろん私は使ったことがないので、出産経験のある友人に「母乳パッドって皆使うものなの?」と聞いてみたんです。そうしたら「授乳中は服まで母乳が滲み出ちゃう人も多いよ。私は肌が弱いからパッドを当てた部分が丸くかぶれたことも」という答えが返ってきて。乳児を育てる時期って、人生でもかなり大変なときだと思うんです。そんなときに母乳が漏れて、使うたびに取り替えて、かぶれることもあって…なんて、すごいストレス。それなら、吸水素材のブラも考えてみよう、と思ったのがスタートです。

――身近な人の声がきっかけだったんですね。今でも経営者である信近さんに、実際の消費者の声が届くことはありますか?

もちろんあります! 『リネ』はとてもミニマルな体制なので、私のインスタグラムアカウントに直接メッセージをいただいたり、メールやブランドサイトのチャットに私から返信することもあります。ご意見をくださった方に、私から「授乳の際、ブラは上げてますか? ずらしてますか?」など質問させていただくことも。実際に製品を使ってくれた方の意見は本当に貴重なので、今後はもっとコミュニケーションを強化させていく予定です。

女性の悩みに社会で向き合うことが、フェムテック市場を成長させる

『Rine』立ち上げの経緯を話す信近エリさん

――消費者と生産者、両方の立場を経験している信近さんから見て、今のフェムテック業界の広がりをどう思いますか?

市場自体が広がって選択肢が増えるのはとてもいいことだと思うのでポジティブに見てはいますが、話題性に対して市場の成長がついていけていないのも事実です。女性の悩みはまだまだ尽きないのに、フェムテックが一過性のブームやトレンドとして終わってはいけない。だからこそ、私たちのようなフェムテックを扱う企業が経済的に成長し、市場を拡大していかなければならない。社会的意義だけでなく、きちんと売り上げを伸ばしていくこともシビアに目指しています。それが女性の悩みに社会全体で向き合うことにもつながると思うので。

そもそも60年も前に生理用ナプキンが発売されて以来、ナプキンも進化はしているものの、それ以外の選択肢にも注目が集まるようになったのはここ数年。こうした遅れの原因は、女性の「こうだったらいいのに」という悩みや疑問にスポットライトを当ててこなかった社会の仕組みにあると思います。起業の支援をしてくださる投資家の方は、まだ男性が圧倒的に多い。女性特有の悩みに着目した商品の必要性を理解してもらうことからハードルが高くなってしまう現状があるんです。

だからこそ、「きっとわかってもらえない」ではなく「どうしたらわかってもらえるか」がコミュニケーションのカギ。私は男性の投資家に吸水ショーツの必要性を説明するとき、「毎日使い捨てコンタクトレンズを着けていると、常にストックを補充しなくてはならない手間も、なくなったらどうしようという心理的不安もあった。でもレーシック手術をしたらそういった手間も不安もなくなった。使い捨て生理用ナプキンではなく吸水ショーツを求めるのは、そんな感覚なんです」と伝えたりします。こうした経験の共有もフェムテック市場の活性化につながるかもしれない。そういう思いで、これからは私自身の起業の経緯やプロセスも積極的に発信していきたいと思っています。

撮影/藤沢由加 取材・文/堀越美香子 企画・編集/高戸映里奈(yoi)