私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に、確かな答えはありません。抱える迷いや不安、そして幸せのかたちも違うからこそ、必要なのは、その選択を応援してくれる専門家の的確なアドバイス。今回は、不妊治療を経験したEさんのストーリー。
Story6 不妊治療を経験したEさん
「私は大丈夫」と思っていたけれど…。Eさんが不妊治療を始めた経緯
「漠然と、結婚して子どもを産み育てるのは“普通のこと”だと思っていたけれど、35歳ぐらいのときに、3歳上の友達が『年齢的にもう子どもはあきらめた』と話すのを聞いて、自分のタイムリミットを意識するようになりました。でも今考えると、心のどこかに『子どもは授かりものだし、私は大丈夫』という思いがあった気がします」(Eさん、以下同)
2018年の夏に39歳で結婚したEさん。30代前半から不妊に悩む友人たちの話を聞いていたこともあり、結婚してすぐに婦人科で簡易的な不妊検査を受けました。大きな問題は見つからなかったものの、医師からは「(卵胞数を示す)AMHの値が少し低いので、早めに妊娠にトライしたほうがいい」というアドバイスがあったそうです。
ほどなくしてパートナーの海外赴任が決まり、Eさんは仕事を辞めて現地へ行くことを決意。「海外にいるあいだに自然に授かれたら」と、生理周期管理アプリで妊娠の確率が高まる排卵時期を確認しながらセックスのタイミングを合わせる「タイミング法」を試していたそう。2019年夏に一時帰国した際、結婚から1年がたったのを機に再度婦人科へ。すると、子宮内膜が異常に厚くなって体内に留まり、放っておくと子宮体がんのリスクにもつながる「子宮内膜増殖症」が発覚。「治療のために、今は妊娠しないほうがいい」と言われ、月1回のペースで帰国&受診して経過観察をすることになりました。
「2019年の12月にようやく妊活再開の許可が出ましたが、『年齢や再発の可能性を考えると、子どもを望む場合は早く体外受精をしたほうがいい』と言われたんです。“帰国したら体外受精をしたほうがいいんだろうな”と思いつつ、赴任期間がまだ1年以上残っていたので、夫とは『タイミング法も再開OK出たし、これで授かれるといいね!』と前向きに話していました。ところが、新型コロナウイルス感染症の影響で私だけ先に帰国することになって…」
2020年2月にEさんが一人で帰国し、パートナーが帰国したのは9月に入ってから。何度かタイミング法にトライしたけれど妊娠には至らず、2020年12月から不妊治療のクリニックへ。
体外受精による妊娠成立後に訪れた「9週目の壁」
2020年12月に、卵管造影検査で精子と卵子が出会う通路である「卵管」が通っているかどうかを確認。「結果は卵管が通っている=自然妊娠が可能な状態でしたが、タイミング法を続けて授からなかったので、年明けに体外受精をすることにしました。ところが生理周期が病院のお正月休みと重なってしまい、2月から始めることに。1カ月見送ることになったので少し焦りました」。そして、2021年の2月からいよいよ不妊治療をスタート。
◇2021年2月 1回目の採卵(高刺激)
通院を始めた頃に比べてAMHの数値が上昇していたこともあり、卵巣を刺激するホルモン注射を毎日打ってたくさん卵を育てることを目的とする「高刺激法」で採卵することに。採卵できた5個のうち、受精した卵子2個を凍結。3月末に1個を子宮に移植したが着床せず。
◇2021年5月 もう1個の卵子を戻す
凍結していた残りの1個を移植するが着床せず。「移植後は、毎日自分で注射を打つんです。お腹やお尻など、少しずつ場所を変えて打っていたけど、青あざになったり痛みがあったりでつらかったです…」
◇2021年6月 2回目の採卵(低刺激)
治療前に二人で決めた予算の上限が目前に迫る。「43歳未満は国の補助金が3回まで出るので、あと2回分あるのにここであきらめるのはもったいない気がして、内服薬中心でてホルモン注射の使用を控える低刺激法で採卵しました」。採卵できた5個のうち1個が受精し、移植したが妊娠にはつながらず。予算を超えたこともあり、いったん治療を休むことに。「休んでみたらものすごい開放感! それほど心も体も追いつめられていたんだと気づきました」
◇2021年8月 3回目の採卵(低刺激)
すでに治療費の上限は超えていたが、残り1回分の助成金が使えることもあり、「費用的にこれで最後」と低刺激法に再トライ。すると9月に入って妊娠が確認され、毎週通院することに。「40代は流産率が高いと聞いていたので、浮かれるより緊張のほうが強かったですね。先生からも『40代は9週までに4割が流産する』と説明され、どう乗りきるかばかり考えていました」
◇2021年10月 流産と診断される
8週目の検診で「胎児の心拍が遅い」と言われ、翌9週目の検査で心拍が確認できず「稽留(けいりゅう)流産」と診断される。「1週間後の受診までにテニスボールぐらいの出血や激しい腹痛があったら連絡を。近くの救急病院でもOK」と言われ不安になるが、とくに異変は起きず、3週間後に手術。
「これまでの不妊治療についてあれこれ考え込んでしまうこともあったけれど、不妊治療や流産を経験した友達がメールやLINEで支えてくれて、精神的にとても助けられました。私の場合、そもそも年齢的に不妊治療に取り組める時間は限られているだろうと思っていたので、焦りはあっても心が折れずに済んだのかもしれません」と話すEさんは、この春から新しい職場で仕事を再開しました。
「医療機関での不妊治療にはひと区切りつけたけど、夫も私も子どもを持つことをあきらめてはいません。タイミング法など、自分たちにできることを今後も続けていこうと話しています。ただ、心残りがあるとすれば、3回目の採卵時に、コロナ禍でずっと入荷していなかった薬を初めて使ったら妊娠成立したこと。もし最初からその薬を使えていたら違う結果だったのかも…と思うことはありますね」
▶︎つづく後編は、Eさんが治療中に感じた疑問や今抱えている思いについて、体外受精コーディネーターの方にじっくりお話をお聞きします。
イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)