連載『Stories of A to Z』Story15の後編。前回に続き、『PDnavi』の代表を務める認定遺伝カウンセラーの西山深雪さんに「出生前検査」についてさらに詳しく伺っていきます。

Story15 子どもは欲しいけれど、高齢出産による影響が気になるOさん

今月の相談相手は……
西山深雪さん

認定遺伝カウンセラー®

西山深雪さん

京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻博士後期課程修了。博士(社会健康医学)。外資系検査会社にて出生前診断技術を学んだのち、2013年から、国内最大の出生前検査の提供施設である国立成育医療研究センターで、年間1000人以上の妊婦に対し出生前検査の遺伝カウンセリングを実施し、研究活動にも従事。2022年に出生前検査サポート&コンサルティング事業会社である『PDnavi』を設立し、オンラインによる相談サービス「出生前検査ホットライン」を開始。2男1女の子育て中。著書に『出生前診断』(筑摩書房)など。

出生前検査は“命の選別”ではなく、これからを考えて決めていく機会

「出生前検査」の種類って? 迷ったときはどうすれば? 「Stories of A to Z」Story 15【後編】_1

Oさん 出生前検査は希望者が受けられるということでしたが、検査を受けている人はどのくらいいるのでしょうか?

西山さん 2018年に発表された論文※を見ると、2016年の推定値が7.2%なので、10%程度ではないかといわれています。前編でもお話しした通り、出生前検査でわかる染色体疾患は、先天性疾患の4分の1(25%)で、残りの4分の3(75%)の病気はわかりません。つまり、生まれてきてから診断される病気のほうが多いということです。この4分の1の染色体疾患について、どの程度確実に知っておきたいかが出生前検査を受けるかどうか判断する目安になると思います。 
※「日本における出生前遺伝学的検査の動向1998-2016」

Oさん すべての病気がわかるわけではないなら、受けるかどうか迷う人も多いでしょうね。

西山さん そこは皆さんとても悩まれるところで、私はよくこんなお話をします。赤ちゃんに染色体疾患があるかどうかは、精子と卵子が受精した時点で決まっています。そのため、ご夫婦が赤ちゃんに染色体疾患があるかどうかを知りたいタイミングを考えることが大切です。妊娠中に知りたければ出生前検査を受けるという選択になりますし、生まれてから知りたければ出生前検査を受ける必要はありません。

もう少し具体的に考えてみます。例えば、出生前検査を受けない選択をして、出産後に赤ちゃんに染色体疾患があるとわかったとき「やっぱり出生前検査を受けておけばよかった」と後悔するか、妊娠中に出生前検査を受けて染色体疾患があるとわかったとき「出生前検査を受けなければ心安らかに妊婦生活を過ごせた」と後悔するか、どう考えますか? と。

このようにご夫婦にとって、出生前検査を受けないで後悔する場合と、検査を受けて後悔する場合を想像して天秤にかけてみると、検査を受けるかどうかを決めやすくなるかもしれません。

Oさん 私が出生前検査をしたい理由を考えてみると、「安心したい」という思いがありましたが、病気がわかった場合も具体的に想像しなくてはならないということですね。

西山さん 赤ちゃんが健康であってほしいというのは誰しも共通する願いだと思います。ただ、出生前検査は赤ちゃんの病気の有無を調べる検査なので、病気があった場合のことをあらかじめ考えておく必要があります。そのためにも、出生前検査を受ける目的も含めて、パートナーと事前に十分話し合ったうえで決めることが大切です。

また、出生前検査を受けることにうしろめたさを感じる方もいらっしゃいますが、出生前検査は決して命の選別ではありません。妊娠中から赤ちゃんの状態を知ることは、ご夫婦やご家族がこれからどのように過ごしていくかを考え、決定する機会を持つことにつながります。妊娠中から先天性疾患に関する理解を深め、必要な治療や支援などの情報を得ることで、事前に準備することもできます。

「非確定的検査」と「確定的検査」でわかること

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Oさん 出生前検査は赤ちゃんのためだけじゃなく、私たちのための検査でもあるんですね。ただ、軽く調べただけでも出生前検査の種類が多くてびっくりしました。

西山さん カウンセリングでも、ほとんどの方に「どの検査を受ければいいんですか?」と相談されます。選択肢は一人一人の状況によって異なるので、ここでは出生前検査の種類についてご説明しますね。検査は大きくふたつにわかれます。
①染色体疾患の可能性を評価(スクリーニング)する「非確定的検査(非侵襲的検査)」
②染色体疾患の有無を診断する「確定的検査(侵襲的検査)」

非確定的検査は「非侵襲的検査」といって超音波検査や採血による検査なので流産のリスクがほぼありません。一方で「侵襲的検査」と呼ばれる確定的検査は、妊婦さんの絨毛や羊水を採取するためお腹に針を刺す必要があるので、流産の可能性もゼロではありません。現在の技術では、流産の可能性がなく、すべての染色体疾患の有無がわかる検査はまだありません。流産の可能性、調べられる疾患の種類や割合、費用など、ご自身やご夫婦が何を優先するのかによって選択肢は変わってくると思います。

●非確定的検査(非侵襲的検査)
・おもに染色体疾患の可能性がわかる検査。
・確定的検査を行うかどうか判断をするためのスクリーニング検査であり、結果が陽性でも必ずしも染色体の病気があるというわけではない。
・結果が陽性で診断を確定させたい場合には、確定的検査を受ける必要がある。

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※1 赤ちゃんが染色体異常をもつ場合、検査結果が陽性になる確率(ここでは21トリソミーの検査感度)。
※2 あくまで目安であり、医療機関によって異なります。

赤ちゃんの状態を観察する「胎児超音波検査」も非確定的検査に含まれますが、調べられることが少し異なります。

●胎児超音波検査
・通常の妊婦健診での超音波検査より時間をかけて調べる検査。専門的な訓練を受けた医師や検査技師が行う。
・胎児の脳や臓器、顔や手足などを観察し、特徴がないかを調べる。病気によっては確定的検査にもなり得るが、脳や臓器などの病気のすべてを発見することはできない。また、染色体疾患についても確実にはわからないものが多くある。

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※3 医療機関によって異なります。

●確定的検査(侵襲的検査)
・胎児の染色体疾患の有無を診断するための検査。
・非確定的検査の結果が陽性の場合や、胎児超音波検査の結果などから胎児に病気がある可能性が高い場合に実施。
・染色体疾患と診断しても、症状の重さの程度まではわからない。

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出典:妊娠中の検査に関する情報サイト

こうした出生前検査の精度にもいろいろな指標があります。上の表にある「検査感度」は、例えば21トリソミー(ダウン症候群)の赤ちゃんが100人いた場合、そのうちの何人を見つけられるかというものです。また、超音波検査以外の非確定的検査は結果が「陰性」の場合、その的中率(実際にダウン症候群ではない割合)は99.9%なので安心される方も多いのですが、コンバインド検査と母体血清マーカー検査における「陽性」の的中率は5%未満なので、陽性と判定されても95%の赤ちゃんはダウン症候群ではない可能性があるということになります。同じ非確定的検査でも、最も技術の新しいNIPTの陽性的中率は80〜90%といわれています。

Oさん 的中率がそんなに違うんですね。NIPTはどこで受けられるんですか?

西山さん 前編でお話しした全国の認証施設で受けられます。NIPTは認証施設以外でも実施されていますが、トラブルなども出てきているので、認証施設で専門医のもと受けることをおすすめします。

オンラインカウンセリングも選択肢のひとつ

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西山さん 実はNIPTに限らず出生前検査は、病院の設備環境や体制などにより受けられる検査の種類もカウンセリングの状況も異なり、通っている病院によって妊婦さんが選べる選択肢に格差があるのが現状です。けれど、それは当事者になって初めて直面する問題なので、ほとんど知られていません。

Oさん どの病院でも同じ出生前検査を受けられるわけじゃないんですか? 今のお話を聞かなかったら、きっと認証施設かどうかなんて気にせずに選んでいたと思います。

西山さん 私自身、そういう状況に直面された妊婦さんたちにお会いするなかで、限られた場所での対面カウンセリングの限界を感じるようになり、2022年に『PDnavi』を立ち上げて遠隔健康医療相談サービス「出生前検査ホットライン」を始めました。オンラインであれば、どの地域でどの病院にかかっている人でも、誰に相談していいかわからない人でも利用できるメリットがあるからです。

Oさん オンラインで受けられるのはすごくうれしいです。これはパートナーと一緒に受けたほうがいいですか?

西山さん そうですね。妊娠・出産は大切な人生のイベントなので、後悔なく納得して決断ができるようにパートナーと受けられることをおすすめしています。もちろん、カウンセリング中に結論を出す必要はありません。カウンセリング後に改めて、検査を受けるかどうか、受けるとしたらどの検査を受けるかをお二人で話し合って決めたうえで病院を受診される方も多いですね。

Oさん まずは彼といろいろ話してみて、そのうえでカウンセリングも検討しようと思います。

西山さん 人によっては、私たちのような第三者があいだに入ることで、話しやすくなることもありますから、ぜひ選択肢のひとつに入れていただけたらうれしいです。実際に利用された方の声も一部ご紹介します。

●血液検査、超音波スクリーニング、羊水検査、クアトロテスト…ネットで調べるとさまざまな名前が出てきましたが、自分の年齢や状況で、どこまで何をやったら安心して赤ちゃんを産むことができるかわかりませんでした。補助金を受けられるのか、保険適用されるのかなどもわからず、途方に暮れている時にPDnaviに出合いました。遺伝カウンセラーの方が一から丁寧に教えてくれたことで、安心して妊娠継続することができています。

●妻が妊娠し、子どもに病気が見つかるかもしれないという不安と、命の選別はしたくないという葛藤にさいなまれました。カウンセリングでいただいた正確なデータをもとに夫婦で議論し、お互いの意見をすり合わせられたことで、納得する選択ができたと思います。何より「命の選別」ではないとわかりました。

●近所の産婦人科で出産しましたが、出生前検査について聞かれることもなく出産にいたってしまいました。その後、PDnaviの取り組みを知り、出生前検査の本当の価値は「親が子を迎える心の準備に時間をかけられること」だと理解しました。検査を受ける判断も、予期せぬ結果も、当事者だけでは受けとめきれない。だから専門家のガイドが必要です。

そしてもうひとつ知っておいていただきたいのが、出生前検査で判明できる染色体疾患のひとつ、ダウン症候群についてです。高齢出産や出生前検査が語られるとき、「ダウン症」という言葉のイメージだけが一人歩きしているように感じます。ダウン症候群を心配される方に「まわりにダウン症候群の方はいますか?」と聞くと、ほとんどの方が「いない」と答えます。

医学の進歩によってダウン症候群のある方の平均寿命は約60歳といわれますし、学校で障害のないお子さんと一緒に学んだり、一般企業で働く方もいらっしゃいます。ダウン症候群の方の生活ぶりがわかるサイトや動画もあるので、ぜひそういった情報もパートナーと共有してみてください。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)