「母乳バンク」って?
早産や、体重1,500g未満で生まれた小さな赤ちゃんは、お腹の外の世界で生活するためのさまざまな機能が未熟で、病気にかかるリスクを抱えています。母乳は、早産や小さく生まれた赤ちゃんにとって、単に栄養として大切なだけでなく、感染症や腸の病気から身を守ったり、成長を助けるために必要なもの。いわば、赤ちゃんが生きていくためには“薬”のように大切なものです。母乳は人工乳(粉ミルク)よりも、腸の一部が壊死してしまう壊死性腸炎などの病気にかかる確率を、約3分の1に低下させる効果があるといわれています。
でも、お母さんの体調が悪い、十分な量の母乳が出ない、出ても母乳を使用できないというケースも。そんなときのために、母乳が出るお母さんたちからいただいたドナーミルクを提供する「母乳バンク」が存在しています。
(※ドナーミルクの使用可否は医師の判断に基づきます)
日本の母乳バンクの現状は…
母乳バンクは現在、世界で50カ国以上、600カ所を超えて開設されています。日本では、2013年、昭和大学江東豊洲病院に初めて設立されました(現在は新型コロナの影響で閉鎖中)。2020年9月には、国内で2拠点目となる「日本橋 母乳バンク」を、大手ベビー用品メーカーの『ピジョン』の本社内に開設。年間1,600〜2,000リットルの母乳を低温殺菌処理し、約600〜1,000人の赤ちゃんに提供できるドナーミルクを扱っています。
しかし、ドナーミルク提供の対象となる、体重1,500g未満で生まれた小さな赤ちゃんは年間約7,000人(※厚生労働省 人口動態調査 2018年)。ドナーミルクを必要とする赤ちゃんの想定人数は、年間で約3,000人〜5,000人と考えられています。圧倒的に施設が不足しており、母乳バンクの普及が期待されています。
ピジョン社は、専門的なケアが必要な赤ちゃんと家族を支える「ちいさな産声サポートプロジェクト」をスタート。そのひとつとして、日本母乳バンク協会の活動に賛同し、2020年9月、「日本橋 母乳バンク」の開設を全面サポートしました。
2021年7月には「母乳バンクへの理解度に関する意識調査」をプレママ258名、ママ258名に実施。「ドナーミルク提供の仕組みや必要性を知っているか?」との質問に、「知らなかった」と回答した人は50%。昨年度の同時期に調査した結果の61%に比べると認知度は上昇していますが、より多くの方に、より深く正しく理解してもらいたいと同社は考えています。
また、「ご自身の赤ちゃんが医師からドナーミルクが必要と判断された場合、どう思うか?」の質問には、「利用するのはやや抵抗がある」と回答した人が45.2%、「かなり抵抗がある」が12.4%と、利用することに抵抗感がある方は多いよう。その理由としては、「自分以外の母乳を与えることに抵抗がある」「ドナーミルクに安全上の不安がある」といった意見が多いそうです。
赤ちゃんにドナーミルクが届くまで
ドナーとなるお母さんは、WEBからの申し込み後、紹介された検査施設で受診。衛生を徹底した搾乳方法や母乳の保管方法など注意事項を学んでもらったうえで搾乳をお願いし、搾乳後に母乳バンクに発送してもらいます。ドナーミルクの提供や送料はすべて無償。ドナーとなるお母さんの検査、ドナー提供時の提携病院への交通費などは実費です。
母乳バンクに届けられた母乳は、細菌培養検査をしたあと、62.5℃に加熱。30分間その温度を維持する「低温殺菌処理」が施され、さらにもう一度細菌培養検査を行い、無菌状態をチェック。その後、厳重に保管されます。
低温殺菌機で作業している様子。
医療用冷凍庫に保管された、検査結果待ちのドナーミルクたち。
検査結果にパスした母乳は、厳重に保管されます。
各病院の医師の要請に応じて、必要な赤ちゃんのもとへ発送されます。
母乳バンクを正しく理解してベストな選択を
2021年9月29日(水)に開催された、「日本橋 母乳バンク」の開設1周年を記念したオンラインの報告会イベントでは、ドナーミルクを使用した子ども・めいちゃんと父親、担当医も出席。使用当時の心境などを伺いました。
めいちゃんは、妊娠中に母親にがんが見つかり、そのため帝王切開をして528gで誕生。担当医によると、めいちゃんは生まれてすぐに母親の母乳を口に含むことができたものの、母親の体調が悪化したため、ドナーミルクを与えることになったそうです。母親は出産から6日目に亡くなりました。
めいちゃんは、誕生後16日目に点滴で栄養をとるのを卒業し、27日目には自力で呼吸できるように。そして180日目には体重が4100gになって退院できました。1歳5カ月になる現在は、大きな病気をすることなく元気に育っているということです。担当医は「病気や感染症のリスクを下げられるので、母乳を使用することは大きなメリットがあると思う」と話していました。
ドナーミルクを利用した、めいちゃんと父親。
また、「日本母乳バンク協会」代表理事の水野克己先生は、「母乳バンクについては徐々に知られるようになってきたが、まだまだだと思う。早産児のお母さんの母乳が与えられないとき、赤ちゃんが元気に育っていくためにドナーミルクという選択肢があることをもっと周知していきたい」と語ります。
これから出産を考えている人や現在妊娠している人、育児中で母乳に困っている人、また逆に、母乳がたくさん出ている人。多くの人が「母乳バンク」の存在を知り、助けられる命を守れるようになることを祈ります。詳しく知りたい方は、ぜひ下記のリンクをチェックしてみて!
取材・文/宮平なつき イラスト/森 千章 写真提供/ピジョン