『ジャクソンひとり』で昨年第59回文藝賞を受賞し、同作で第168回芥川賞候補にもなった作家の安堂ホセさん。同世代のライター、竹田ダニエルさんと互いの仕事観や生き方について語り合いました。

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌「群像」での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』(講談社)を刊行。今年9月には、『#Z世代的価値観』(講談社)も発売。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

安堂ホセ

作家

安堂ホセ

1994年東京生まれ。『ジャクソンひとり』(河出書房新社)で第59回文藝賞を受賞し、作家デビュー。同作で第168回芥川賞候補に。最新作は、2作目となる『迷彩色の男』(河出書房新社)。

ライターの成功って、「自分がやりたいことを納得した形でできること」(ダニエルさん)

安堂ホセ 竹田ダニエル #Z世代的価値観 迷彩色の男 対談 仕事 メンタルヘルス

ーー前編では、お二人の仕事との向き合い方について伺いましたが、それぞれにとって「仕事の成功」とは何でしょうか?

ホセさん:「作家の成功」っていろいろあると思います。それこそ執筆業だけで食べていくのが今までは成功とされていたけど、今は瞬間的に本が売れた作家でも、その先ずっと続けられるかわからないし、そもそも本を出せるかどうかが出版社次第なところもあるので、別の収入源を確保しようとする人は少なくないんじゃないかな。

ダニエルさん:「作家の成功」は賞も関係している気がする。でも、受賞できるかどうかって曖昧な評価基準でしかないとも思うんだよね。

ホセさん:そうだね。ごく少数の権威ある人の判断が、新人の作家の運命を決める場合があるよね。自分の場合はデビュー作がすぐに本になったり恵まれている方だと思うし、今のところ賞レースも楽しめてはいるけど、それは出版社が支えてくれているという信頼があってこその余裕でしかない。賞に向けて小説を書いているわけではないのに、やっぱり賞に選ばれないと自分が消えてしまうような焦りは、多くの新人が抱いていると思う。

作家は本が単行本にならないと、印税収入を得られない。どんなにいい作品を書いても、たとえ人気がある作家でも、文芸誌に作品は掲載されても、賞の候補にならないと本にならないこともある。だから、自分たちは作家として成功できるかどうかの土台にも乗れないように感じることもあるんだよね。授賞式とかのパーティにいくと、どれだけ華やかな場でも必ず誰かが涙ぐんでいる。「自分はもっとできる」と「どうしたらいいかわからない」っていう気持ちを抱えているんだと思います。

正直、「どんな作家になりたい」とか、「作家一本でやる覚悟」とか、そんなことまではとても想像できない。だから自分にとってのモチベーションは、やっぱり読者でしかない。自分が何枚でも書きたいと思える読者に出会って、それを読みたいと思ってくれる読者に出会うっていう、あたりまえのサイクルに集中するしかないのかな。

ダニエルさん:私は第一言語ではない日本語で文章を書くのも不慣れだったときに『群像』からコラムの依頼が来て、そこから書く仕事が増えていったから、教習所に通い始めたばかりの状態でF1のレースに出るという状況がずっと続いている感じ(笑)。書き始めた頃には想像もしていなかったことができてうれしい反面、ライターや作家はたくさんいるから、書き続けないとすぐに忘れられるんだろうなという焦りはある。

そう考えると、ライターの成功って、「自分がやりたいことを納得した形でできること」かなと思うんだよね。正直、何かを書き続けていると批判されたり、ネガティブな意見がきたり、つらいこともある。でも、書き続けていれば、想像もしていなかったことができるようになっているんじゃないかなと感じるんだよね。

ーーなるほど…。ちなみに先ほどホセさんから、「モチベーション」の話が出ましたが、お二人にとっての書くモチベーションは何でしょうか?

ダニエルさん:私は、社会で抑圧されているマイノリティの人たちが、私の記事を読んで新しい価値観を知ることによって、不安や苦しさを言語化できて、「心が軽くなった」とか「この考え方は役に立つな」と思ってもらえること。自分も誰かが書いた本や記事を読んで、視点が変わったり、前向きになることがあったから、そういったことが自分にもできたらと思う。壮大な話に聞こえるかもしれないけど。それと、「今の自分にしか書けないこと」を逃してしまうのがもったいなくて、半ば強迫観念を感じながらアウトプットを続けている面もあると思います。

ホセさん:わかるよ。自分もマイノリティの人への気持ちが書くモチベーションになってる。それはつらい思いをしている人を助けてあげたいというよりも、まわりの人たちが元気でいてくれることで自分が救われるから。編集者や賞の選考委員、読者の中にマイノリティの人がいればいるほどうれしいよね。そして、一人でも元気でいてくれて、存在が見え合うようになってほしい。

ダニエルさん:そうだね。あと、私は自分の信じていることを続けることで、価値観の合ういろんな人に出会えることも一つの成功かもしれない。もし、自分の価値観に合わないことをやっていたら、出会えるはずだった人に出会うチャンスを失うという意味では、リスクがあるよね。

作家って “成功“に対してそっけない態度をとることが美徳とされている感じがある(ホセさん)

安堂ホセ 芥川賞 迷彩色の男

ホセさん:ダニエルは例えば、たくさんお金を稼いで大きな家に住んで、もう働かなくてもいい状態になったとき、「このまま何もせず死んでいくだけでいいだろうか?」と感じると思う?

ダニエルさん:そう思う。ホセは?

ホセさん:思っちゃう気がする。これは本当に矛盾しているんだけど、楽に心地よく生きているだけでは、どうしても自分を認められないみたいな刷り込みもあるんだよね。これは子どもの頃からそうで、1日が終わることに漠然とした焦燥感があった。小説を書く前から何かを作るのが好きだったのもそれに起因していると思う。

ダニエルさん:そういえば、ホセが小説を書くようになった経緯を聞いてみたいな。

ホセさん:今話したような、漠然とした「何かしたい」っていうのがひとつ。あとは成長して、自分が何かの当事者であるという解像度があがってきて、自分のための創作を読んでみたい気持ちが合わさったタイミングで、小説を書こうと思ったんだと思う。

ダニエルさん:作家としてデビューして、賞レースに参加することについてはどう思ってる?

ホセさん:賞のノミネートをきっかけに知ってもらう機会が増えるし、もともと小説の選評を読むのが好きだったから、自分が評価の対象になることはすごく光栄。だけど、例えば選考委員の人のなかにブラックルーツの人なんていないし、基準をそこに合わせて書くことは不可能かな。

ダニエルさん:そうだよね。アカデミー賞とかグラミー賞が曖昧な審査基準で成り立っているのと近いのかも。

ホセさん:でも一般的に作家って “成功“に対してそっけない態度をとることが美徳とされている雰囲気があるんだよね。関係者から「受賞してもしなくても、賞にはあまり関心がないぐらいに振舞うほうが印象がいいですよ」と言われたこともあるし。けど、そんな余裕もないのが実際のところじゃないですかね。

とはいえ結局こういうのって競争を加熱させることでもあるし、これで本当にいいんだろうかとも思う。誰かの評価を素直に喜ぶまでには、みんな葛藤があるよね。

ダニエルさん:でも、いい作品を作ったら認められたいし、賞が欲しいと思うのは自然なことだと思うな。私も本を出すんだったら一位を獲りたい。

ホセさん:それは作品を認めてもらうことによって、賞とか売り上げといった評価の根拠を変えていきたいっていうことでもあるよね。

小説を書いている行為そのもので、癒される(ホセさん)

ダニエルさん:ホセの場合は意図しなくても、ブラックミックスでクィアという記号を背負わされていると感じることはない?

ホセさん:感じるけど、ケースが少ないからそれは仕方がないのかなと思う。例えばどんな作品を書いても、“マイノリティもの”っていうジャンルとしかみれない人もいる。『ジャクソンひとり』の作品版みたいな現象というか(笑)。最近はそういった反応は無視していくしかなくて、自分の中で個別の作品を育てていくしかないなと感じるよ。ダニエルは?

ダニエルさん:やっぱり「Z世代」という記号を背負わされているとは感じる。自分の原稿では、アメリカでマイノリティとして生きる私の実感と、現地でリサーチしたことをまとめて書いているんだけど、読んだ人から「私が知ってることと違うから共感できない。竹田ダニエルはZ世代を括って適当なことを書いてる」と批判されて。でもその人の経験や価値観と私は違うから、それを言われるのはつらいかな。

ーーお二人はそのような状況下で、つらい気持ちになったり、どうしても落ち込んでしまったとき、どういうメンタルケアをされていますか?

ホセさん:適度に休みを取るようにしています。

ダニエルさん:小説を書いているときのメンタルケアはどう?

ホセさん:書いている行為そのもので、癒されるんだよね。それはきっと人の評価を気にしないでアウトプットできる状態に安心感を覚えるからだと思う。ダニエルはメンタルケアどうしてる?

ダニエルさん私は一緒に仕事をする人と信頼関係を築けることがいちばんのメンタルケアになるかな。アーティストもそうだけど、人と対話することで癒されることが多いから。あとは自分の限度を知って、ちゃんと食べる、ちゃんと寝る。

ホセさん:それは大事だよね。

ひとつの環境の中にいると「これしかない」と思ってしまうけれど、本当はいろんな選択肢がある(ダニエルさん)

竹田ダニエル セルフケア 安堂ホセ メンタルケア アドバイス

ーーここまでお二人の仕事について、メンタルケアについて伺いましたが、yoiの読者は20後半〜30代が多く、仕事が人生のほとんどを占めていると感じる人も多いです。同時に、自分は本当にこれがしたいのか?仕事をしながら結婚や子どもはいつ産んだらいいのか?と悩んでるという声も届きます。仕事の向き合い方に迷っている読者にお二人ならどんな言葉をかけますか?

ホセさん:定期的に健康診断を受けたり、人間ドックには行った方がいいと思います(笑)。若い頃は忙し過ぎて健康診断に行けないってあるあるだと思うんだけど、今思えば、それは働きすぎているサインの一つだということ。なんなら「美容メンテ」みたいなノリの延長ですらいいと思う。

例えば歯医者に行ったあとって、数日間だけでも歯への意識が高まるじゃないですか(笑)。そういうことの連続で体を維持することって意外と大事な気がする。定期的に検査には行った方がいいと思う。そろそろ笑い話で済まなくなってくる年齢だから。

ダニエルさん:わかる。あと、日本の場合は仕事と人生が密接に結びついていて、仕事の出来不出来が人格にもつながっていると感じている人が多い気がする。だから、仕事だけが人生じゃないということを忘れずにいること。恋人にフラれたからってあなたに価値がないわけではないのと一緒。

働きやすい環境や働く相手とは相性があって、人間関係や今の働き方がつらくなったらそこから離れる方法を考えてみる。ひとつの環境の中にいると「これしかない」と思ってしまうけれど、本当はいろんな選択肢があるから。

そして、人間は流動するものだということも頭に入れておくこと。社会の価値観は変わっていくし、人の考えだって変わる。「あの人と話が合わなくなったな」と思っても、それは互いに流動しているからで自然なこと。意見の合わない人と向き合い続けるよりも、未来に目を向けるといいのかなって思います。

迷彩色の男/安堂ホセ(河出書房出版社)

迷彩色の男/安堂ホセ(河出書房出版社)

#Z世代的価値観/竹田ダニエル(講談社)

#Z世代的価値観/竹田ダニエル(講談社)

取材・文/浦本真梨子 構成/種谷美波(yoi) 写真/平松市聖(安堂さんプロフィール写真) 記事内写真/getty images(Laura Stolfi,Sol Vazquez Cantero,29viet01su)