お笑い、お芝居、音楽…表現のフィールドを自由に行き来する藤井隆さんが、12月9日から『KAAT神奈川芸術劇場』でスタートする舞台『ジャズ大名』に出演します。原作は、筒井康隆さんの同名小説。1986年に映画化もされた名作を、演出家・福原充則さんが舞台化します。10月某日、公演に向けて稽古入りしたばかりの藤井さんに、物語の魅力や本作にかける想い、そして藤井さんが仕事をするうえで大切にしている考えについて伺いました。
『ジャズ大名』
江戸末期、千葉雄大さん演じる藩主が、アメリカから漂着した黒人奴隷が奏でる音楽の虜となり、次第に城中を巻き込んでジャムセッションをくり広げていく奇想天外なコメディ。藤井さんは、異国の音楽にめり込む藩主を静止しようとするも、自らもその虜になってしまう家老役を演じます。
コメディアン
ふじい・たかし●1972年3月10日生まれ、大阪府出身。1992年5月に吉本新喜劇入団。2000年3月に『ナンダカンダ』で歌手デビューすると、2014年には自身が主宰する音楽レーベル「SLENDERIE RECORD」を設立。『新婚さんいらっしゃい!』『土曜はダメよ!』をはじめとしたテレビ番組だけでなく、話題のドラマや舞台にも数多く出演している。
ジャズとの出合いから始まるダイナミックな群像劇
――まずは、福原充則さんが演出を手がける『ジャズ大名』への出演が決まったときの率直な気持ちを教えてください。
福原さんにお声かけいただいたことと、その作品が筒井先生の『ジャズ大名』であったこと、そして、旅公演もある今回の舞台のスタート地点が『KAAT神奈川芸術劇場』だったこともすごくうれしかったです。
小説を読む前に映画を観たのですが、スケールが大きくて、セットも立派。いい時代の映画だなと。この物語をどうやって舞台にするのか…。途方もない作業になりそうだけど、楽しそうだなと思いました。
また、台本を読んだとき、この作品は人の感情やどう生きていくかが丁寧に描かれているように感じましたし、以前、福原さんの舞台を観たときにも感じた“愛情深さ”があって素敵だなと思いました。
――稽古が始まったばかりと伺いましたが、実際に福原さんの演出を受けてみていかがですか。
すごくユーモアがある方で、真面目に話を聞いていたら冗談だったとか、冗談のような雰囲気でおっしゃっているから冗談かと思ったら本当のリクエストだったということがあります(笑)。
群像劇でたくさん人が出てくるこの舞台は、ふつふつと沸騰していく物語の熱が魅力。気持ちの沸点って人によって違うじゃないですか? 誰一人として一緒の人はいない。稽古をしていると、「それでいいんだよ」と言ってもらっているような気がします。そして、福原さんは、一人一人の演技に目を光らせてくださっていて、「今なぜそう思いましたか?」とか、「どこから出て来ましたか?」とか、演者に問いかけるんです。その様子を見ていると稽古って楽しいなと思います。
――いいムードで稽古が進んでいるんですね。
『ジャズ大名』は時代劇なので、稽古の際もみんな浴衣を着たり、帯を締めたりするんです。シャツとジャージの上に浴衣を着ている方もいて、思うように体が動かないはずなのに、よくそんなにも軽やかに動けるなと感心します。そんな皆さんの姿は見ていて楽しいです(笑)。
すでに仮セットで大きく動きながら稽古することができていて。ダイナミックに運んでいく物語と相性のいいセットだなとほれぼれしています。
――今回、藤井さんは、千葉雄大さん演じる異国の音楽に魅せられた藩主を止めようとするも、最終的に自らもその沼にハマってしまう家老を演じられます。
まず、今回の出演者の中で、大堀(こういち)さんが最年長で、僕がその次。もうショックです(笑)。しかも、僕は家老役なので、お芝居の中では大堀さんに指示することがあるんです。これまでは身軽な役をやらせていただくことが多かったのに、役でも演者の中でも自分が年長組ということが増えてきて、あれ? 昔はあんなに同世代の仲間や先輩がいたのにな、と感じました。
物語の中の僕は、役柄上、お殿様を戒めないといけないのですが、本読みの段階から千葉雄大さんが、「お仕えしたい!」と思わせてくださる愛情深さをお持ちで、「もうしょうがない。ついていくしかない!」と思うことができました。千葉さんがお殿様でよかったです。
以前、千葉さんとテレビでご一緒したときに、「ずっと見てました」って言ってくださったんです。僕が演じる家老は、千葉さんの役のお父さんの代から支えているという設定なので、千葉さんも僕のことを20年前から知ってくれているというのが、役と重なっていて面白いなと思いました。
「僕は既存の枠にとらわれるタイプだし、それが美しいとさえ思っています」
――今回の舞台は、“ジャズ”がキーワードです。新しいフレーズを探したり、感性に合ったアレンジを探したり…既存の音楽にとらわれず、即興で演奏する“ジャムセッション”は、勝手な印象ですが、藤井さんの生き方に通ずるものがあるように感じました。
逆かもしれないです。自分のことを“ジャズ”のような人間だと思ったことがなくて、むしろ僕はスタンダードでいたいし、そこに対する憧れが強いです。スタンダードになるということは、たくさんの人に認められる何かがそこにはあるということですから。
僕は既存の枠にとらわれるタイプだし、それが美しいとさえ思っています。「同じことをしちゃいけない」という言葉を聞くことがありますが、誰がどんなことをしても意識下では何かを模倣をしてると思っています。今の時代にまったく新しいことをするのは難しいですが、それでも自分が構成から新番組の立ち上げに携わるときは、ある方の「“新”と言えることを探しなさい」という教えを大切にしています。
「ちょっとでも新しく見えることは何だろう?」と考え悩みますが、そこには「既存の枠を取っ払おう」という意識はありません。僕、学生服は着崩さずに、きっちりと着たい派です!
――藤井さんの活動や作品を見ていると、自分の好きを貫かれていて、そこに既存の枠にとらわれない自由さを感じていたので、とても意外でした。
でも、それは僕だけじゃないですよ。例えば、吉本興業で言うと、ほかにも好きなことを突き詰めている人がたくさんいる。だから“好きなことをすること”は、大したことじゃないと思っています。僕がやっていることは何も新しくないし、ベーシックなものだと思うんです。もっと言うと好きでもなければ、得意でもないけれど、仕事だからやりますっていう人は、逆にめちゃくちゃカッコいいなと思っています。
先日、稽古終り19時頃の通勤快速に乗ったんですが、乗客の皆さんがスマートフォンで仕事をしているように見えました。そのときに、仕事をするって本当に美しいことだなと改めて感じたんです。
さっきも話したように世の中には、まわりと同じことをする人を馬鹿にする人がいますが、僕は素晴らしいと思うし、僕も「右向け右」と言われたら「ハイ!」と従いたいです。そのうえで枠から飛び出てしまうならそれは仕方がないし、飛び出すなとも思わないです。
嫌なこと、苦手なことを「うやむや」にしない
――では、藤井さんがお仕事をするうえで心がけていることを教えてください。
たくさんありますが、まずは、「自分の機嫌は、絶対に自分で取ること」。あと、「フレッシュな気持ちでいること」です。
テレビも舞台のお仕事も、毎回フレッシュな気持ちでいることが大切だと思います。それが、若いときは無自覚でできていたけれど、年齢を重ねると慣れが出てきて、自分の得意なことで乗り切ろうとしてしまうことがある。そういうのは格好が悪いなと思うので、いつも謙虚にフレッシュな気持ちでいることが今の自分のテーマです。
――自分の機嫌はどのように取っているのでしょうか。
母親に言われたんですが、僕は子どもの頃から嫌なことがあると、理由をうやむやにしないんです。「なんで嫌なの?」の“なんで”の部分を突き詰めて考えるんです。それをしないと、また同じことで機嫌を悪くしないといけないじゃないですか。寝たら機嫌が直ると思ったことがないです。こういうタイプなので、子どものときは、たとえ先生でも言動が理不尽だと思ったら、「さっきのアレなんですけど!」って言いに行ってました(笑)。
あと、僕は「好き」と「苦手」がはっきりしていて、苦手なことに直面したら、最初の段階で「僕、これは苦手です。これが好きなので、こっちがやりたいです」ときちんと伝えるようにしています。とはいっても、仕事の場合は、「これ苦手だからやりません」と言ってられないこともあるので、そこはベストを尽くすようにします。でも普段の生活であれば、苦手は回避しています。「あ、僕は大丈夫です〜」ってかわして、自分にとってのベリーベストを目指しています。
自分を支えてくれる人に目を向ければ、メンタルヘルスは安定する
――舞台やドラマ、音楽活動など多方面で活躍されている藤井さん。お仕事で、心身ともに相当なエネルギーを消費すると思いますが、どのようにパワーを保っているのでしょうか。心身のメンテナンス方法を教えてください。
もうお察しいただいているかもしれませんが、僕、割とメンタルが強いんです。それは、まず僕のことをいつも尊重してくれた親と家族に感謝しています。あと、今の自分を作ってくれたマネージャーやスタッフ、先輩、仲間、後輩などに本当に恵まれているんです。普段の生活では、「え?」みたいなことが起こるけど、僕、その冴えなかった分を仕事の運で使っていると思うんです。困ったなってときも、そういう人たちに「聞いてください!」と話したら全部クリアになるから。それに、応援してくださっている方から、「ずっと応援していました」「好きです」とか、言葉のご褒美をいただけるので、メンタルヘルスを意識して何かすることがないかもしれません。
――では、これまでの人生を振り返って、急激に気持ちが下がることはあまりなかったのでしょうか。
僕ももちろん落ち込んだことはありますけど、それは人とのお別れからくる悲しみのときが多いです。そのときの乗り越え方は、人それぞれですね。
体のメンテナンスといえば、マッサージはよく行きます。タイ古式マッサージとか、最近は鍼も挑戦するようになったので、そういう時間は大切にしています。
2023年12月9日開幕!『ジャズ大名』公演情報
日時:2023年12月9(土)~2023年12月24(日)
会場:KAAT 神奈川芸術劇場<ホール>
お問い合わせ:チケットかながわ 0570-015-415(10:00~18:00)
公式サイト:https://www.kaat.jp/d/jazz_daimyo
原作:筒井康隆<「エロチック街道」(新潮文庫)所収>
上演台本:福原充則 山西竜矢
演出:福原充則 音楽:関島岳郎 振付:北尾亘
出演:千葉雄大 藤井隆
大鶴佐助 山根和馬 富田望生 大堀こういち
板橋駿谷 北尾亘 永島敬三 福原冠 今國雅彦 佐久間麻由
ダンテ・カーヴァー イサナ モーゼス夢 ほか
【兵庫(神戸)公演】2024年1月7日(日)~8日(月・祝) 神戸文化ホール
【愛知(刈谷)公演】2024年1月13日(土)・14日(日) 刈谷市総合文化センター
【大阪(高槻)公演】2024年1月20日(土)~21日(日) 高槻城公園芸術文化劇場
取材・文/海渡理恵 撮影/Kaname Sato ヘアメイク/竹内美紀代 スタイリスト/奥田ひろ子 構成/種谷美波(yoi) 衣裳協力/ネニュファール(078-381-7083)soerte(03-6427-0203)