女性の体とライフステージにまつわる課題をテクノロジーで解決する「フェムテック」の、日本におけるパイオニア『fermata』。それまで言語化されてすらいなかった体のタブーやモヤモヤに向き合い続けて5年で見えてきた風景を、COO(最高執行責任者)の近藤佳奈さんに伺いました。

近藤佳奈

fermata COO

近藤佳奈

神戸大学卒。ピクシブ株式会社で新規事業立ち上げ、企画営業、サービスディレクションを担当後、2015年から株式会社ディー・エヌ・エーへ。動画配信サービス「SHOWROOM」チームにDeNAグループからのスピンオフを経て約4年半在籍。マネージャーとしてビジネスおよびプロダクト開発を担当した。2019年12月、fermataに参画、COOをつとめる。

『fermata(フェルマータ)』との出会い

fermata フェムテック femtech Femtech Fes!

2023年11/30〜12/4、経済産業省ロビーでの展示の様子

——医師である親の背中を見て育ち、「将来はお医者さんになりたい」と夢見ていた近藤さん。しかし、共感性が高い性格のため他人の痛みを自分ごとのように感じてしまったり、血を見るのがどうしても耐えられずに挫折。IT系の企業を渡り歩きながらも、「いつかは健康に関わる仕事がしたい」と願っていました。

そんななか、健康課題をテクノロジーで解決する「ヘルステック」の存在を知り、自分の関心と経験を生かすチャンスだとリサーチを開始。ところが、2018年頃の「ヘルステック」は、介護や認知症など高齢者を対象としたものがほとんどだったそう。

近藤さん「調べるうちに、私は女性のヘルステックをやりたいんだとわかってきて。でもその 時点では、“女性ヘルステック“で検索してもピンと来る情報がヒットしなかったんです。仕方なく、英語で検索してみると、“Femtech”という言葉があることがわかった。このキーワードについて日本語で書かれた記事は当時たった一本だけ。そのブログを書いた人に感想を伝えたところ、ちょうどその分野でこれから起業しようとしている人たちがいると教えてもらい、すぐに会いに行きました」

——それが『fermata』、そして共同創設者の杉本亜美奈さん(現CEO)と中村寛子さん(元CCO、現在は退任)との出会いだったんだそう。チームに加わり、まずは当時滞在していたインドのスタートアップをリサーチすることに。

「女性のためのヘルステックが日本にあれば」

fermata フェムテック femtech Femtech Fes! 尿もれ ケーゲルベル

2023年、日本で初めて尿漏れ対策の骨盤底筋訓練器具として医療機器化した『ケーゲルベル』

近藤さん「インドでは、国土が広く病院がない村が多いので遠隔医療が発達していて。健康診断設備を搭載した車が出かけていって、その車経由でオンラインで医師の診断を受けられたりもする、といった話も聞きました。コロナ禍前のことなので、今はもっと色々変わっていそうです。

フェムテックって、国の土地柄や文化、宗教、社会制度によってニーズがまったく違うんです。『日本でフェテックを盛り上げて、今すぐ他の国にも横展開します!』なんて単純な話ではない。女性の体や命、特に生殖や妊娠・出産に関わる話は、歴史的に、宗教や国家戦略、さらには軍事戦略にまでつながってきたテーマなので、一筋縄では行きません」

——日本ならではの潜在的なニーズを見つめ、数あるフェムテックプロダクトの中からピックアップしたのは、吸水・防水性のある布地を重ね合わせた吸水ショーツ。その理由はいくつかあったそう。

近藤さん「まず、日本ではタンポンの使用率が先進国の中でも圧倒的に低く、腟内に入れて使うプロダクトに抵抗感がある人が多いと予想しました。次に、いちばん身近で不快を感じる人が多いのが生理なので、必要とする人口が多いことに注目しました。さらに、日本の法律上まだルールがないプロダクトは、『なんのために使うものなのか』がはっきりと言えないというハードルがある。

例えば、お腹に貼ると電気信号で生理痛が緩和されるデバイスが欧米で販売されていますが、日本ではまだ生理痛を緩和するものだと説明できません。その点、吸水ショーツは、法的には雑貨扱いなのですが、ユーザーにとってどういう用途に使うのかわかりやすい。衣類なので、いろんな企業が参画しやすいのも魅力でした」

輸入当初から半額以下になった吸水ショーツ

femtech 吸水ショーツ fermata フェムテック

2019年頃から日本で発売され始めた吸水ショーツ

——2019年にはスタートアップ企業も含むさまざまなメーカーから吸水ショーツが発売され、「フェムテック」というキーワードと共にメディアをにぎわせました。これらが¥5000前後の価格だったのに対し、2021年にUNIQLOが発売した吸水ショーツは¥1990と破格で話題に。この動きを近藤さんはどう見ていたのでしょうか。

近藤さん「当初の予想より早く広まって、感動しました。小さな企業が生き残れないというハレーションはありましたが、誰もが吸水ショーツを手に入れやすくなるという点では一気にいい状態になりました。適切な製品を適切なタイミングで多くの人に届けるためには、

①Affordability(手に取りやすい価格)
②Accessibility(購入しやすい場所で売られている等)
③Acceptability(消費者が商品を受け入れられること〈リテラシー等〉)
④Availability(その商品が販売可能であること)

という4つのAが必要だと言われています。競合他社があることは、手に取りやすい価格が実現するための絶対条件。

また、日本は大企業が動かないと国も人も動かない傾向があるので、スタートアップに投資が集まればいいという単純な話ではありません。例えば、吸水ショーツは、まだ制度上生理用品として認められていないのですが、国との議論も大きな企業が参入してからはスピードアップしました。ただし、企業が盛り上がるだけでなく、ユーザーの“こういう製品がないのはおかしいよね”、“手に入る価格じゃないと”という意識が高まることも大切です」

日本でフェムテックの導入が遅れる3つの理由

——海外では手に入りやすいフェムテックプロダクトが、日本には入って来づらいという声もあります。日本のフェムテックは遅れているのでしょうか?

近藤さん「日本とそれ以外の国は文化も背景も違うので単純比較はできません。ただ、フェムテック市場を成長するうえで見つめなければいけないポイントは大きく分けて3つあります。

まずは、『基礎研究の遅れ』です。女性の体に関する研究には研究費が投下されにくく、これは日本だけではなく、世界的な課題です。昨年2023年11月に、アメリカホワイトハウスのジェンダー平等政策評議会が、女性の健康課題に関する研究に、特別予算をつける発表をしました。(参考資料フェムテック先進国のアメリカですら研究費が十分に投下されておらず、『女性の健康課題に関する研究が遅れてきた』ということが表れています。

次に、『企業のものづくりの傾向』です。スタートアップが多く生まれている国では、スピード感と革新的なアイデアのあるモノづくりがなされます。しかし企業としての体力がなく、せっかく生まれたプロダクトが数年も経たずに市場から消えてしまうということも。一方、日本では、研究開発の部門を持っているのは大手企業であることが多い。信頼性が高く、流通が安定するというメリットはありますが、事業化までに長い時間がかかりますし、どうしても事業アイデアが保守的になりやすいという側面があります。

そして、一概に遅れとまとめることはできませんが、『法律や制度面の違い』も影響します。例えばアメリカには、全国民をカバーする公的な医療保険制度がないため、自宅でできる女性ホルモンなどの簡易検査キットが人気です。一方日本では、国民皆保険があるので、検査をしたければ病院に行く人がほとんど。欧米で人気で日本に輸入できるからといって、社会制度にフィットしてなければ売れないのです」

フェムテックが体へのリテラシーを高める助けに

——日本でもフェムテック市場が盛り上がり始めると、医師から「フェムテックが必要な医療を遠ざけるのではないか」と懸念されたり、テックとはいえないスピリチュアル関連商品が「フェムテック」ムーブメントに便乗する実情が批判される場面も出てきました。

近藤さん「フェムテックには高度な医療の領域にかかるものもありますが、位置付けとしては民間療法と医療の間にあり、消費者が直接享受できるものも多いです。日本は国民皆保険制度のおかげで、ほとんどの人が病院にかかることができるのはいいのですが、その影響で予防医療という概念はいまいち消費者一人一人に根付いていません。一方、自費で高額な医療費を支払わなければいけない国では、医療の手前の予防への意識やニーズが高いので、フェムテックが受け入れられやすい素地があるのかもしれません。

でも、せっかくフェムテックを取り入れるなら、『医療を遠ざける』というより、むしろ取り入れることで自分の体に対するリテラシーや感覚を高め、必要なときに正しく医療にかかる意識を高めるものであってほしい。例えば、月経カップを使うと自分の経血の量がどれぐらいか把握できるから、経血の量に異変があったら婦人科にかかるきっかけになりますよね」

自分の意見や視点で現実を変えられるという「自己効力感」

——「あなたのタブーがワクワクに変わる日まで」をヴィジョンに掲げ、フェムテック専門ストアやイベントを運営し、企業へのコンサルティングも多く手がけてきた『fermata』。最近では、東京大学医学部付属病院との共同臨床研究や、省庁と連携をしたりと、その活動は多岐に及んでいます。

近藤さん「立ち上げ当初は、“自分たちがやらなきゃ“という使命感でひたすら走っていました。『女性のためのヘルステックをアジアや日本に広げたい』という思いがあったので、サボったりはできない。ストレスフルでヒリヒリした日々ではありました。

そんな中で“フェムテック”という船の乗員が増えたことにより、「自分たちだけじゃなくて、まわりの人達と力を合わせればいいんだ」とわかってきました。同時に、周囲の方からのご期待の重さと、fermata自身のブランディングにギャップを感じ始めました。そこで、5年目を迎えるにあたり『fermata』が何のために存在してるか、もう一度突き詰めて再考することにしました。

発表はまだこれからなのですが、フェムテックを通してみんなが自分の意見や視点で現実を変えられるという『自己効力感』を届けられるようなクリエイティブやメッセージを新しく掲げられたらと思っています」

取材・文/長田杏奈 構成/種谷美波(yoi)