小説家・柚木麻子さんの新著『あいにくあんたのためじゃない』にまつわるインタビュー後編では、SNSで募集した読者からのお悩みに、柚木さんが回答。自己否定的な感情との向き合い方や、当たり前に女性に家事を押し付ける男性に対するモヤモヤの解消法など、柚木さんらしい発想力と視点で解決策を提案してくれました。

柚木麻子 あいにくあんたのためじゃない 作家 インタビュー

あいにくあんたのためじゃない 柚木麻子

あいにくあんたのためじゃない/柚木麻子(新潮社)

柚木麻子

作家

柚木麻子

1981年生まれ、東京都出身。2008年、『フォーゲットミー、ノットブルー』で第88回オール讀物新人賞を受賞。同作を含む初の単行本『終点のあの子』が2010年に刊行される。『伊藤くん A to E』(2013年)、『本屋さんのダイアナ』(2014年)で2年連続、直木三十五賞の候補入りを果たし、2015年に『ナイルパーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を受賞。執筆業の傍ら、2023年にpodcast『Y2K 新書』をDIVAのゆっきゅんさん&振付師の竹中夏海さんとともにスタート。現在、シーズン2が配信中。

解決できない悩みも、場所や相手が変われば消えるかも

読者のお悩み…
仕事や友人関係、恋愛関係でも、何かあるとつい「自分が〜〜したから」「自分が〜〜しなかったから」と自己嫌悪に陥ってしまいます。柚木さんは、自己否定的な感情と、どのように向き合っていますか? どうしたら、自分のことを好きになれますでしょうか。


柚木さん
 前編でも少し触れたとおり、私は自分の作品について「女は怖い」と言われてしまうことに、ずっと悩んできました。それを解消してくれたのが、海外での評価。イギリスをはじめヨーロッパ諸国では、女同士がフィクションの中で完璧に仲良くなくても、そんなにマイナスには捉えられない。さらに、フェミニズムが怖いものではなく、クールなものに捉えられていることに原因があるかもしれません。それで、たちまち悩みが解消されたんです。

この経験で私が学んだのは、場所が変われば悩みは消える可能性がある、ということ。もちろん誰もがすぐに移住できるわけではないし、海外へ行けば別の問題に直面することもあるでしょう。ただ、我々が経験している苦労は、別の場所ではなくなるかもしれないっていう視点は、持っていいと思うんです。それによって「今、自己否定してしまうのは自分のせいではなくて、環境のせいなのかも!」と思えると、ちょっとラクになるんじゃないかな。

「環境のせいかもしれない、だけどすぐには今いる場所を変えられない…。どうしたらいいんだ!」 そう感じた人は、pecoさんのエッセイ『My Life』を読んでみてください。私はこれまでもpecoさんの優れた発言に常々、そして心底感動してきたんですよ。きっと、長期にわたる留学経験があるとか、社会学を大学でしっかり学んできたのだろう…と想像していたんです。でも実は、彼女の意見や知識のソースはすべてSNSだったそうなんです。

SNSのコメント欄なんて、この世でいちばん醜い場所だと思っていたけれど、pecoさんのフィルターを通せば、素晴らしい学びがいっぱい落ちていた。しかもお友達はぺえさんやSHELLYさんという、悪しき習慣が蔓延る芸能界において、素晴らしい人たち。

peco 自叙伝 My Life

My Life/peco(祥伝社)

柚木さん つまり何が言いたいかというと、構造そのものは変えられなくても、情報や手を取り合う人は選べますよね。そうやって日常で自分にとってベストな選択をし続けることで、気づいたらラクになりはじめたということはあるのではないでしょうか?

それから、すぐに実行できることはタンパク質の摂取! これは竹中夏海の教えですが、落ち込んだりメンタルが弱っているときってタンパク質が足りていないことが多いそう。ゆで卵とかを意識的に摂取しつつ、自己否定を自分のせいにしないこと。そこから始めてみてはいかがでしょうか。

博愛的な印象をまとえば、「思わせぶり」が個性に変わる

読者のお悩み…
自分には、友達と恋愛感情の境目がなく、いわゆる「思わせぶり」な態度をとってしまって相手を傷つけてしまったことがあり、これから社会的に近い人から遠いところまで、いろんな人に迷惑をかけそうで怖いです。どうすれば相手を傷つけずに、自分が好きなように生きることができるのでしょうか。


柚木さん この方は、優しい上に魅力もある人。友情と恋愛の境目がないってところ、グローバルな感じでいいと思う。聞く限りはすべて長所なので、自分を変える必要はまったくありません。ただ、「優しいが故に人を傷つけるくらいならば自分が変わりたい」と思っているのであれば、アクティビストになるのはひとつの手かと!

イメージとしてはローラさんが最適かな。きっと誰にでも優しくて、みんなが好きになっちゃう魅力に溢れていると思うけど、ローラさんに「思わせぶりな態度を取られた!」と傷つく人って、そういないと思うんですよ。それはなぜかというと、慈善活動やSDGsへの取り組みを発信することで、博愛的な雰囲気をまとっているから。

動物愛護でも、女性の権利でも、環境保護でも、なんでもいい。ちっちゃい主張って、誰にでもあるじゃないですか? それにまつわるデモに参加してみたり、スローガンがプリントされたTシャツを着たり、「私、ペットボトルは使わないんだ」と宣言するだけでもいいです。「この人は地球を愛しているんだ」と全員に思わせることで、友情と恋愛の境目がないことも、素敵な個性になる気がします。

「自分が動けばどうにかなる」という思考は危険です

読者のお悩み…
親戚の集まりで、女性陣だけ家事を手伝わされて、男性陣は座っていることにモヤモヤしました。こういう時、柚木さんならどうしますか? 


柚木さん これは、レボリューションを起こすしかないと思いますね。私ならば、絶対に働かない。そして、「私は、おばあちゃんやおばさんたちと一緒に飲みたい!」と宣言してドッカリ座ってテコでも動かない。そして「こっちに来て一緒に飲もう! 私は、みんなと一緒に飲みに来たんだ!」と、女性陣が座るまで呼びかけ続けます。

あえて「男性陣が座り、女性陣が働く風習はおかしい」とは直接的には言わず、ただただ「自分は女性陣と飲みたい」とだけ主張することがポイントですね。男性陣に「料理はどうするんだ?」と言われたら、「自分でやればいいじゃないですか?」とだけ返します。

一部の親戚からは嫌われて、もう二度と集まりに呼ばれないかもしれません。でも、“決して動かなかった人”として親戚の子どもたちの記憶に刻まれ、熱く「一緒に飲みたい」と言われたおばあちゃんやおばさんには愛が伝わる。30年後まで親戚一同の胸に残り続ける、伝説的な瞬間となるでしょう。

こういうことって会社や夫婦、家族間でもあると思うんですけど、抵抗を示すことって大事だと思うんです。自分が動けばどうにかなるし、とやってしまえば、一生やり続けることになりますから。「女性が動かないと、こんなに物事って止まってしまうんだ!」と気づける人もいるでしょうし、少なくとも下の世代にとっては悪い影響はひとつも及ぼしません。すべてを捨てる覚悟で挑む価値があると、私は思います。

どんどん自己開示して、自分にベストな人を探して

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——yoiを読んでくださっている読者の方もきっと、作品に出てくる主人公たちのように、さまざまな葛藤を抱えながらも、なんとか折り合いをつけて人生を歩んでいるのではないかと想像します。「“あんたのため”じゃなく、自分の人生を生きたい!」と思っている読者に、メッセージをいただけますでしょうか。

柚木さん 生きていると、「あいにく、あんたのためじゃないのに」って思う瞬間がいっぱいあると思うんです。勝手に決めつけられて、ラベルを貼られたりね。「自分が悪いのかな?」「されない人もいるのに、なぜ自分だけ?」と悩んでしまう前に、一旦、抑圧してくる側をじっくり研究してみてください。その人は、なぜ、あなたを抑圧しようとしているのでしょう?

前編でもお話ししたとおり、敵の心理を理解すると、全体の解像度が爆上がりすることがあります。だいたいの場合、人に対して決めつけたり抑圧したりする人っていうのは、焦っているんですよ。現代でうまく生きられず、不安でいっぱいなのね。彼らは自分を守るために、無限の可能性がある、あなたを抑圧しようとするんです。

抑圧された状態から自分を取り戻すための戦いって、すごく大事な一方で、大変な作業でもある。だから、そうする必要がない環境もあることは覚えていてほしいです。自分にとってベストな人や情報を選び、新しい環境に身を置くことで、自分をよく解釈してくれる人が増える。そうすると自然に自己肯定感も上がり、生きやすくなります。

私が今、その境地にたどり着けたのは、まわりの人の助けが大きいですね。私は社会学や人権問題、ジェンダーをきちんと学ぶことなく生きてきてしまって、これまでたくさんの人を踏んできたと思います。猛反省する中で、知らないこと、知りたいことを正直に伝えてきた結果、詳しい人がどんどん情報をくれた。意識や知識がアップデートされると、人を選ぶスキルも上がり、自分にベストな人がまわりに増えていったんです。

自分の人生を生きたいと思っているのならば、思い切って自己開示してみてください。自分では欠点だと思うことでも意外と人の役に立つことがあるし、好きなことならば同志が現れるかもしれない。自分をさらけ出したうえで、つながった人と助け合っていけば、きっと自分の人生を生きられるはずですよ。

撮影/Kaname Sato 取材・文/中西彩乃 構成/種谷美波(yoi)