現代社会につながるさまざまな問題に切り込んだ、NHK連続テレビ小説『虎に翼』。大きな反響を呼んだこの物語を生み出した、脚本家の吉田恵里香さんにお話を伺いました。吉田さんが朝ドラに挑戦するうえで心がけたこととは?

虎に翼 脚本家 吉田恵里香 インタビュー

吉田恵里香
吉田恵里香

脚本家、小説家。日本大学芸術学部卒業。ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』、映画『ヒロイン失格』など多くの作品の脚本を担当する。ドラマ『恋せぬふたり』で向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。脚本を手がけたNHK連続テレビ小説『虎に翼』は大きな話題に。

NHK連続テレビ小説『虎に翼』
2024年4月〜9月放送。日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。伊藤沙莉演じる猪爪寅子とその仲間たちが、困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた情熱あふれる姿を描く。

間口の広いドラマだからこそフェミニズムをテーマにしたかった

虎に翼 吉田恵里香 インタビュー

——『虎に翼』ではフェミニズムや家事に従事する人の葛藤、そして同性婚といったテーマについて描いていらっしゃいました。連続テレビ小説(以下、朝ドラ)という枠の中で社会的なテーマに切り込むことに対して、プレッシャーなどは感じましたか。

吉田さん:朝ドラは半年間継続して観てもらうことが前提なので、その期間飽きずに観てもらえるだろうかという点にはプレッシャーは感じていました。エンターテインメントとしての「面白さ」をキープできるのだろうか、と。

フェミニズムや家父長制の問題などはここ数年、自分の作品の中で触れ続けてきたテーマではあったので、さまざまな方が視聴する間口の広い朝ドラでは積極的に描きたいと、依頼をいただいたときから考えていました。

とはいえ私が今興味を持っているテーマを押し付けるのではなく、エンターテインメントとのバランスはとても大切にしています。自分が「これはバランスがとれていて面白いぞ!」と思っていても、ほかの人からしたら「うーん」と感じることもあるので、プロデューサーさんや、まわりのスタッフの方々に相談しながら進めていました。

あくまでもドラマなので、エンタメ要素が薄くなってはいけないと、肝に銘じていました。それと同時にエンタメに落とし込みすぎてはいけない問題もあり、つねにバランスに悩み続けた作品でした。

——朝ドラは一回の放送が15分と短く、一般的なドラマとはかなり違いますよね。朝ドラだからこそ、気をつけたことなどはありますか。

吉田さん:過去に朝ドラの脚本を手がけた先輩脚本家の方々に「役者さんの芝居を生かすためにバッサリとセリフがカットされることもあるよ」と聞いていたので、伏線はひとつに絞らないように心がけていました。話の中にいくつも伏線を入れて、そのうちのひとつやふたつなくなってしまっても話が通じるようにしようと。アドバイスをもらえたのは大きかったです。

虎に翼 脚本家 吉田恵里香 インタビュー ポートレート

家族という言葉が持つ意味は人それぞれ

——『虎に翼』は、家族とは血縁関係がある人たちのことだけを指すわけではない、と提示してくれた物語でもありました。吉田さんご自身の家族観をお伺いしたいです。

吉田さん:私自身は家族と仲がよいほうだと感じていて、初期の作品では家族の絆みたいなことをわりと多く取り上げていました。でも、さまざまな経験を重ねていく中で、「家族」とひと言でいっても色々な面があり、家族に居心地のよさを感じている人もいれば、家族に縛られて息苦しさを感じてしまっている人もいることがわかるようになりました。

家族はひとつの関係を指す言葉であって、それ以上でも、それ以下でもないですよね。また、いまだに世の中にある“結婚している人のほうが上”、みたいな価値観もしんどいと常々感じていて。『虎に翼』では、家族や結婚ってみんなが思っているほど素晴らしいものではないよ、ということも示したいと思っていました。

社会的な問題に興味を持っている方々に観てもらえると予想される作品で、従来の家族観や結婚にはびこる問題を取り上げても、あまり広がっていかない。昔ながらの家族観を持っている人に多く観てもらえる朝ドラでこそ、家父長制の問題を問いたかったんです。

過去の朝ドラ作品にも血のつながりのない家族が多く登場します。『ブギウギ』や『おちょやん』もそう。『スカーレット』、『カーネーション』などでは、我が道を行く強い主人公が描かれました。過去の名作で描いてきたものを参考にし、さらに切り込んでみようと考えました。

虎に翼 脚本家 吉田恵里香 インタビュー フェミニズム

『虎に翼』を偉人伝にしないために

——寅子(『虎に翼』の主人公。女性で初めて弁護士になった三淵嘉子さんがモデル)は、実家はお金持ちで、家族の理解もある。そして本人自身がとても優秀。生きづらさを感じている人が多い現代に、いわゆるスーパーウーマン的な存在の主人公を描くために気をつけたことはありますか。

吉田さん:偉人伝的な物語には絶対にしたくなかったんです。でも、あの時代に女性が大学に通って弁護士を目指すためには、家族の大きなサポートが必要だったのも事実。貧困や、理解がなくモラハラな夫、そして国籍の問題など、寅ちゃん(主人公・寅子)が背負えない部分は、女子部のみんなにそれぞれ背負ってもらう構成にしました。

寅ちゃんも女子部のみんなも、努力は重ねているけれど、特別なわけではなくって時代が特別にしてしまったんだ、という事実を描くことに意味があったんだと思います。そしてこんなに優秀な人たちでさえ、男女差別の大きな壁にぶち当たってしまうということもしっかり描きたいポイントでした。

寅ちゃんが「偉人」に見えないように、人間としての欠点を色々と盛り込んだつもりです。役者さんに負担をかけてしまうことにもつながってしまうのですが、寅ちゃんを演じた伊藤沙莉さんに「寅ちゃんが間違えるところが好き」と言ってもらえたので、「たまに間違えることもある主人公」という方向性を信じて進めることができました。

——女子部のメンバーとのシスターフッドを描いたことで、さらに寅ちゃんたちを応援したくなった視聴者も多いと思います。吉田さんは女子部のメンバーで特に思い入れのある人物はいますか。

吉田さん:特別に心を寄せている人はいないんですが、自分がオリジナル作品を作ろうとすると、よね(山田よね)みたいな人物を描きたくなってしまう。でも、よねを主人公に半年も続く物語を紡ぐのは厳しそうなんですよね。

彼女の魅力は自分の信念を曲げないところで、そこがアイデンティティでもあるんですが、半年あるとそこを曲げないと話が続かない。曲げないままいくとなると脇役にどんどん重みをもたせるしかなくなってしまう気がします。普通の連ドラの枠だったら、よねみたいな女性を主人公にしてみたいです。 

撮影/SAKAI DE JUN 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子