今年デビュー10周年を迎えたシンガーソングライターの藤原さくらさん。 昨年6月、耳と発声に関わる病気を公表し、音楽活動を一時休むことにした藤原さんは、その期間をどのように過ごし、何を感じていたのか——。 インタビュー前編では、休むことを決めたきっかけや、その期間の過ごし方について伺いました。
シンガーソングライター
1995年生まれ、福岡県出身。シンガーソングライター。2015年3月、ミニアルバム『à la carte』でメジャーデビュー。2016年4月には、ドラマ『ラヴソング』で俳優デビューも果たした。2024年4月にリリースされた5枚目のアルバム『wood mood』は大きな話題を呼び、同作を引っさげた全国ツアーでは、初の東京・NHKホール公演をソールドアウトさせた。また、InterFMのレギュラー番組「HERE COMES THE MOON」(毎週日曜24時~25時)ではDJを務めるなど、多岐にわたる活動を展開している。
体が私を守るために送ってくれたサイン。それは立ち止まって自分を見つめ直すタイミング

——まずは、休むことを決心した理由を教えてください。
藤原さくらさん(以下、藤原さん):コロナ禍が明けた頃、歌唱をしたときに、あくびをすると一時的にパカっと開くはずの耳管が開きっぱなしになる耳管開放症を発症しました。それだけでも大変だったのですが、しばらくして発声障害も併発して……。
それでも整体に通ったり、漢方を飲んだりと、よいと聞いたことはなんでも試して、なんとか仕事を続けていました。やっぱり、それまで積み上げてきたものを途中で手放すのが怖かったし、それに“頑張っている自分”が好きだったから、「休む」っていう考えがまったく浮かばなかったんですよね。
でも、去年アルバム制作やライブの予定を決めているときに、どうしようもなくしんどくなってしまって……。やるべきこと、やりたいことはたくさんあるのに、病気のせいで思うようにできない。そんな自分に「本当はもっとちゃんとやれるはずなのに…」って焦るばかりでした。そんなとき、マネージャーさんやまわりの人たちが「いったん全部お休みしたら?」と言ってくれたんです。
私の夢は、大好きな音楽をずっと続けていくこと。そのためには、まずは心と体を整えないと……周囲の後押しもあり、そう思えるようになって、一度しっかり休むことを決めました。

——キャリアを止めることに対しての“恐怖”や“不安”は、どのように乗り越えたのでしょうか。
藤原さん:いろんな人に意見を聞きましたね。むしろ、聞きすぎて一時期パニックになったくらい! みんな意見が違うから、この人はこう言っていたけど、この人はこう言っていたな……どっちがいいんだろう?って悩むことが結構ありました。でも、たくさんの人との対話を重ねていくうちに、自分の中で「この言葉を信じてみよう」っていう確信を持てる瞬間が出てきて。
そのひとつが、整体の先生にかけてもらった「今体に出ている症状は、体があなたを守ろうとして出してくれている反応だと思ったほうがいいよ」という言葉でした。
それまでは、自分の体が自分に嫌がらせしているみたいな感覚があって、「なんで私の邪魔をするの?」と、まるでもう一人の自分に問い詰める日々を送っていたんです。でも、先生の言葉のおかげで、症状が出たことにも意味があり、それは今の自分の状況を見つめ直す必要があるっていうサインなんだと思考を切り替えられました。

——では、お休み期間中はご自身の状態を見つめ直す作業をされたんですね。
藤原さん:そうですね。それこそ発声障害は、知らず知らずのうちに抱えていたストレスが原因だったんですが、そのストレスの正体がいったい何なのか、私はこれまで自分の心身の声をちゃんと聞いてこなかったからかまったくわからなかったんです。
それで、ストレスの原因を細かくひとつひとつ紐解くことにしました。仕事にもいろんな種類があるじゃないですか? 例えば、音楽の仕事で言うと、大勢の前で歌うのか、それともすごく小さい場所で少人数の前で歌うのか……そのかたちはさまざま。でも、これまでの私は、みんなのため、キャリアのため、音楽が好きだからと、自分に何が向いているのかよく考えずに、なんでもやろうとして、結果的に体調をくずしてしまったんだと思います。
とはいえ、今があるのはいろんな経験したからこそ。決してこれまで頑張ってきたことを否定したいわけではなく、デビュー10周年を目前に音楽をずっと続けていきたいからこそ、自分の体や心の声をちゃんと聞いて、自分にとってよりよい生き方や働き方を見直すときが訪れただけだととらえていますね。

――まわりの方に休養を報告したとき、どのような反応でしたか。
藤原さん:みんな「絶対休んだほうがいい」と言ってくれました。バンドメンバーとは、一緒にやる予定だったライブもあったので、それをキャンセルすることにはなってしまったけど、それでも「ここまでめちゃくちゃ頑張ってきたんだから、今はしっかり休んだほうがいいよ」と背中を押してくれました。
なかには「一緒に休もうかな」と言ってくれる方もいて。時代の雰囲気もあって、休むことが徐々に受け入れられるようになってきたので、「休んで仕事大丈夫?」と心配する人は一人もいなかったです。
ヨーロッパ旅で気づいた、自分の感覚に素直でいること
——お休み中はどのように過ごされていたのでしょうか?
藤原さん:まず家を片づけました! ずっとしたいと思っていた断捨離をしてから、夢だったヨーロッパ旅に出て、イギリス、スペイン、フランス、スイス、ベルギー、オランダ、ドイツを6月中旬〜8月末にかけて巡りました。
いちばん最初に訪れたロンドンでは、大好きなThe Beatlesの聖地巡礼をしたんです。ロンドンから彼らの故郷であるリバプールに向かう電車の中で、彼らの曲を聴きながら田園風景を眺めていたら、もう号泣しちゃって。「私、ここに来てよかった‼︎ 本当に休んでよかった‼︎」と。
あと、ワールドミュージックを聴いて育ったので、そういった曲が生まれたフランスの人たちの暮らしをのぞいたり、フラメンコを習っていたことがあるのでスペインでフラメンコを見たりもしました。ヨーロッパには、自分がずっとやりたかったことが詰まっていて、実際に行って大好きになりましたし、まるで心が浄化されていくような日々でした。
旅先では友達にも会ったりしましたね。まず、上白石萌音ちゃんが舞台『千と千尋の神隠し』のロンドン公演をやっていたので連絡したら、「ぜひおいで!」って言ってくれて。イギリスでは萌音ちゃんの滞在先に泊めさせてもらい、彼女が休みのときに一緒に観光して過ごしたことも。
フランスでは、アブダビでCAをしている友達が来てくれて一緒に遊びました。その子のおばさんがフランスに住んでいて、家に泊めてもらったり、別の友達には車でお城を案内してもらったり……すごく充実した時間を過ごしました。旅の途中で「この場所ではこの人と会おう」と計画していた部分もあれば、一人で自由に回る時間もあって、バランスのいい旅でしたね。

——すごく充実した旅だったんですね。もしかして、事前にしっかりと計画を立てた旅ではなく、現地でフレキシブルに予定を変更しながら過ごしたのでしょうか。
藤原さん:そのとおりです! できるだけ自由に動けるようにしたかったから、ヨーロッパ内を移動する飛行機のチケットは取らずに旅を始めました。でも、6月中旬に旅をスタートして、8月まで続けていたら、だんだんと航空券の値段が変わってきて。
最初は安かったのに、8月になると一気に高騰していて! 南仏に行きたかったんですが、ちょうどヨーロッパのホリデーシーズンで、現地の人たちもみんな南仏を目指していたから、チケットが高すぎてあきらめることに。その代わりに、予定を変更して先にバルセロナへ行っちゃいました。「ここに行くのはやめて、こっちに行こう」と柔軟に旅を進めるのも、すごく楽しかったです。
——そういった旅のしかたは、自分の心に正直にいることのリハビリになりそうですね。
藤原さん:本当にそうですね。感覚を取り戻すことって、本当に大事だなと思うんです。人間の感覚って本来すごくシンプルで、例えば、梅干しを見たら自然と「酸っぱいんだ」って思うように、私たちは本能的に何が心地いいのかを感じ取れるはずなんですよね。
でも、日々忙しかったり、「こうするべきだから」といった義務感ばかりで動いて、自分の気持ちに正直になる時間を持たないと、その感覚がバグっちゃうんじゃないかと思うんです。
だから、適度に「本当に自分がやりたいこと」をやる時間を作るのが大切だと思います。私は今回、それがフレキシブルに旅することだったけど、例えば、日常生活でも「映画を観たいな」と思ったら、その時間をちゃんと作る。そうやってバランスを取りながら、自分の心を大切にしていくことは必要なことですよね。

——SNSにて旅の様子をすごくポジティブに発信されていましたよね。それがとても素敵だなと。
藤原さん:ありがとうございます。お休み期間も私にとって大切なアウトプットの場であるラジオの仕事は続けていたので、ヨーロッパでの体験談をラジオで話したあとに、いつもそれに関連した写真をInstagramにアップしていました。
そうした発信も含めて、休むことの素晴らしさをまわりに伝えていたら、最近は友達も休むようになって。この間も、ずっとバリバリ働いていた女友達が1カ月間仕事を休んで、ジムに通いはじめ、みごとマッチョに変身したんですよ! 「休むことを教えてくれて、ありがとう」って感謝されて、うれしかったです。
そういえば、海外に住む友達に聞いたところ、ヨーロッパでは大人でも1カ月以上休むことが当たり前だそうで。 上司が2〜3週間、海外旅行に行っているから、会社にいないってことが普通にあるみたいなんです。日本もそういったふうに休みを取れるサポート体制が整う流れができるといいなと思います!
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撮影/東京祐 スタイリスト/岡本さなみ ヘア&メイク/筒井リカ 取材・文/海渡理恵 企画・構成/福井小夜子(yoi)