似合う、似合わない、好き、嫌い…。トレンドは自分の感性を育んでいくためのプロセス

モダンアートのような道端。

ただの道端がモダンアートに見えることもある。美のメッセージはすべて主観かも…。

ファッションにしても、ヘア&メイクにしても、はたまたライフスタイルや食にしても、好き・嫌いをジャッジする間もないほど、次から次へと新たなトレンドが生まれている現代。それはもう、息つく暇もないほどのスピード感! すべてを取り入れる必要がないのはわかっているけれど、やっぱり気になるのが正直なところ。つねにトレンドの最先端に身を置いてきた吉川さんに、トレンドとどうつき合ったらいいのか伺ってみました。

「トレンド情報…。うーん、皆さんにもちょっと『トレンドは誰がつくっているのか?』ということを考えてみてほしいな。ファッションしかり、食しかり、そこにトレンド=流行りが生まれれば、“購入”による経済効果が生まれます。つまり、トレンドをつくれば、それをビジネスにすることができるんです。でも、そのトレンドがあることで、新しいことにチャレンジしたり、新たな自分を発見する楽しみを感じることができます。だから僕はトレンドを否定する気持ちはありません。そんなトレンドに対しては、前回お話しした“情報”と同じ感覚――あくまでも自分が考え、取捨選択するためのスタート地点ぐらいの気持ちでいたほうがいいと思います。

実際、素敵だと思ったことを取り入れてみたときに、それをしている自分に対してどういう感想を持つか。トレンドを取り入れればOK、ではなく、似合う/似合わない、楽しい/楽しくない、好き/好きではない、などなど、自分がどう思うかが大事です。トレンドをまんま取り入れたことに満足するのではなく、自分の感性を育んでいくためのプロセスとして、トレンドとつき合うのがいいんじゃないかな。

トレンドに対して構えてしまうのは、その情報を信じ、それが絶対だと妄信してしまいがちだから。その沼に入ると“自分とは何か?”が見えなくなってしまいそう。これって“キレイ”という価値観に対してもそうですよね。最高に輝いている人を見ると、その人のライフスタイルが100%成功例に見えてしまうけれど、毎日ずっとそうであるとも限らないし、10年後もそのままなわけがありません。つまり、トレンドセッターの生き方や価値観を信じていても、しょせん、時間の経過とともにそれは変わってしまうものだと思うんです」

自分とトレンドの中間点を見つけられれば、きっと振り回されることはないはず

建材のプリントと落書きの風景

“建材のプリントと落書きの風景”を美しいと思って写真を撮ってしまった。

“イマドキでないもの”を身につけていることや“知らない”ことは恥ずかしい、とつい思いがちですが、新しいこと自体に必ずしも価値があるというわけではない…という意識は、つねに持っておきたいもの。ところで、新しいメイクや女性像を提案するなど、トレンドを発信する側の吉川さんは、つねにアンテナを張り巡らせ、トレンドを意識していますか?

「僕はトレンドを生み出す現場にいたけれど、『トレンドを生み出そう』という気負いは正直ありませんでしたね。それよりも、自分が自由に感じたことをスタイルにしたら、世の中もそうなっていた、と感じることがとても多かったんです。

現在、僕は坊主頭なのですが、もともと自分自身の見た目にコンプレックスがあったこともあり、いろいろなヘアスタイルでカバーしようとしていました。あるとき、たまたますごくカッコいいヘアスタイルに仕上げてもらい、『自分でもカッコよくなれた!』と思えたことがあったんです。でもそれと同時に、このカッコよさを手に入れるには、この先もずっと同じヘアスタイリストさんにお願いしつづけないとならないんだと思ったら気持ちが引いちゃったんです。大げさに言えば、なりたい自分の権限をそのスタイリストが握っている、という状況に。

それで思いきって坊主頭にしちゃったのですが、当時、大人の坊主頭は本当に珍しかったんです。でも今は、わりと当たり前に見られるようになりましたよね。それは、坊主頭がおしゃれなものとして人々にインスピレーションを与えてきたからだと思うんです。NYも東京もそうですが、変わっている人は目につくし、そこからトレンドが生まれることもあると思います。

もちろん仕事現場でもトレンドの感覚は持っていますが、自分にとってそこはあまり重要ではないな、という思いがずっとありました。トレンドに携わっているからこそ、トレンドに溺れずつき合ってこられたのかもしれません。ただ、自分のメッセージが社会的に認められたとき、自分の発信がトレンドになるという経験はあります。まさに『UNMIX』からの発信がそうですが、だからといって『UNMIX』が提案することだけに縛られてほしくないし、その人流に自由に遊んでもらえればいいと思っています。

1つのプロダクトに触れたことをきっかけに、ちょっと気持ちを広げられつつも、その先どう思うか、それは人それぞれに任せたいんです。要は自分とのバランス。自分とトレンドとの中間を探すとでも言えばいいのかな。そうすれば、トレンドに縛られず、振り回されずにいられるんじゃないかなと思います」

自分の好みとは関係なく、「流行りだから」「とりあえずやっておかないと」ということだけで受け入れがちなトレンド。だけど、やみくもに次々と取り入れて流すだけではなく、自分がどう感じるのかを振り返ることで、この先の“自分”づくりの糧になりそうです。

吉川康雄

メイクアップアーティスト

吉川康雄

1983年にメイクアップアーティストとして活動開始。 1995年に渡米。2008年から19年まで「CHICCA(キッカ)」のブランドクリエイターを務める。現在は、ニューヨークを拠点に、ファッション、広告、コレクション、セレブリティのポートレートなど、トップメイクアップアーティストとして活躍中。自身が運営するウェブメディア「unmixlove(アンミックスラブ)」で美容情報を発信する中、2021年春に「UNMIX」を立ち上げる。

取材・文/藤井優美(dis-moi)  撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)

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