僕がメイクプロダクトを作るワケは、他の人のメイクを見たときに感じた “違和感”から
日々僕が感じている思いが、このブランドにたどり着かせたのだと思います。
日本でヘア&メイクアップアーティストとして人気と信頼を得ながらも、35歳でなんのコネもなく単身でN.Y.に渡り、世界を舞台に活躍。そうかと思えば、日本で化粧品をプロデュースしたあとにWEBメディア「UNMIX LOVE」の運営を始め、2021年には自身がプロデュースする化粧品ブランド『UNMIX』をスタート。留まることを知らず、アクティブに動きつづける吉川さんを突き動かしているもの、そして、その原動力はなんなのでしょうか?
「恋愛もそうだと思うのですが、自分の“気になる”とか“好き”とかいう気持ちから何かが始まるように、僕の仕事も、“自分が感じる思い”から始まります。日々のでき事から浮かんでくるアイデアやひらめきを、自分自身の存在を確かめるように外に出してきました。それは、コマーシャルフォトにせよ雑誌の1カットにせよ同じです。
でも、あるとき気づいたんです。僕のまわりのファッション業界人も含め、一般の人が自分で行うメイクアップは、僕が作るものと全然違うってことに。もちろん、プロと素人ですから違うのは当然、と思うでしょ。僕が感じた“違和感”はそこではないんです。
この“違和感”の正体がなんだかわからぬまま、僕はN.Y.でメイクアップアーティストを続けていました。そんな頃、一緒に仕事をするエディターやスタイリストから、『撮影後に出席するパーティ用にメイクをしてほしい』とお願いされるようになったんです。
僕は当時から、メイクすることでその人の個性をなくしてしまうのではなく、その人のよさを引き出しつつ、いろんなムードを表現するメイクを心がけていました。でも、それはモデル、女優という表現のプロを相手にやってきたこと。間近で僕のメイクを見ていた彼らから自分にもやってほしいと言われ、普通の人もそれを求めているんだと知って驚いたのを覚えています。
アメリカのファッション業界では、パーティがしょっちゅう開催されていました。ハイファッション系のパーティともなれば服が主役となるため、頑張ったメイクではなく、その人と服を際立たせるようにしなければいけなく、だからといって、メイクを無難に仕上げても素敵には見えない。このバランスって本当に難しいですよね。
“洋服を見せること”のプロであるモデルさんであればクリエイトしやすいのですが、一般の人にメイクすることに、実は大きなプレッシャーも感じていました。ところが、僕がその人の個性を消さない、それでいて衣装に合うパーティメイクをどうにかやり遂げると、とても喜んでくれたんです。僕はいつもと同じようにその人らしさが透けて見えるようなメイクをしただけだったのに。その事実に僕自身が驚いたのと同時に、僕が一般の人のメイクに感じていた“違和感”の答えがここにあった、と思ったんです」
その人らしさを消してしまうメイクこそ、僕が長年感じていた“違和感”の正体でした
UNMIXのビジュアルのモデルさんの多くは一般の人々。それぞれの個性的な魅力を感じていきたい。
装うメイクではなく、自分の長所を引き出した自分らしいメイク。まさに今、『UNMIX』が提案しつづけている、吉川さんの原点とも言える答えがここにあったのです。
「その答えが僕のなかで見えはじめた頃に、来日の機会がありました。そのとき街で目にした多くの人のメイクに、さらに驚愕してしまったんです。自分が大切にしているフィロソフィーと、一般の人のメイクとの接点があまりにもなさすぎて…。
失礼を承知で言いますが、当時の女性たちの多くは同じような髪型、眉の形、メイクをしていて、まるで同じ顔に見えたんです。もちろん、それが2000年台初頭の日本のトレンドだったことは理解しています。ただ僕には、その人らしさはまったく感じさせない、まさに顔の上に、別の顔のメイクアップを乗っけているだけのように見えてしまった。
そのとき、『もしかしたら僕が今までやってきたメイクテクニックや考えが皆さんに必要なのでは? 僕が役に立つのでは?』という思いが湧いてきたんです。これが僕の人生のターニングポイント。僕がメイクで大事にしてきた“自分らしさを引き出す”という考えに沿ったメイクプロダクツを、世の中に紹介していこうと決心しました。
というのも、それまでも僕が撮影時に使っていたメイクアップ製品は、ほぼオリジナルだったんです。それまでの化粧品にはなかった、生き生きとした人肌そっくりに仕上げることを目標に、水分と油分を調整しながらいろいろなものを手でこねて作っていました。結果的にそれは、僕にとっては使いやすく失敗しにくいものになったので、一般の人でも、この“新しい考えに基づいたメイクの仕上がり”さえ理解してもらえたら使いこなせるはずという確信はありました。でもそれを受け入れてもらうことがどんなに大変かというのは、始めてから改めて感じましたけどね」
プロダクトを出すだけでは伝わらない。“なぜ?”“どうして?”を丁寧に説明することを大切にしています
デジタル化してもう使わなくなってしまった僕のポートフォリオの中には、今でも当時の僕の作品が詰まっています。
吉川さんが理想とする肌を作るために、そしてその人らしさを引き出すために、吉川さん自らが以前からオリジナルでメイクプロダクトを作っていたとは驚きです。
「僕が考える化粧品を作れるところを何年も探し、ようやく巡り合えたのがカネボウ化粧品でした。当時の担当者は、僕の斬新なメイクデザインが詰まったポートフォリオを見ても、そこには目もくれず、『吉川さんが作る肌が好きだし、この肌を作れるファンデーションを作ってほしい』と言ってくれて。そうして2008年に誕生したのが『CHICCA(キッカ)』(2020年で終了)です」
『CHICCA』といえば、素肌のようなツヤ肌を作り出すソリッドファンデーションや、素の唇の色が透ける“5分の2”発色のリップスティックなど、吉川さんがブランドクリエイターを務めたあいだに発売されたプロダクトは伝説的な人気を誇り、今も美容業界で語り継がれるほど。
「今でこそ当たり前の“ツヤ肌”も、十数年前にCHICCAでソリッドファンデーションを発売した当初は“ツヤ肌”の概念がなく、『ツヤって何? テカリとどう違うの?』なんて言われた時代で、スタートは大変でした。それで学んだのは、『きちんと説明をする』ということでした。
僕が作るプロダクトは特にそうなんだと思いますが、『ファンデーションがどうしてこんなに硬いのか?』『どうしてこんなに色がつかないのか?』といったことにはすべて理由があって、説明しない限り、誰にもその理由がわからないんです。だから丁寧に説明をする。これは『UNMIX』のプロダクトでも同じですね。
とはいえ、自分自身も時代とともに前に進んでいるので、『CHICCA』と同じアプローチのままでいいとは思っていません。『UNMIX』でベースメイクを出すとしたら、ファンデーションという概念そのものを変えたっていいかもしれない。もしかしたら、僕も思いつかないような感覚で使ってもらったっていいし、逆にこれまで通り使ってきれいになってもいい。もっと広い意味で化粧品を楽しんでもらえるようなものを作っていけたらいいな、と思っています」
吉川さんが作るプロダクトには相当のこだわりがあることは、吉川ファンであれば誰もが知っていることかもしれません。でも、そんなプロダクトが生まれる背景を伺うと、さらに『UNMIX』のプロダクトに愛しさが増すとともに、次に登場するプロダクトが待ち遠しくなります。
取材・文/藤井優美(dis-moi) 撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)