セルフラブは自分だけでなく、自分と接する人々との間で起こることだと思う

咲き誇る花

花びらは自身を守るためでもあり虫を惹き寄せるためでもある。

常日頃から、生きにくさを感じる人たちにとって「ありのままでいいんだよ。自分を大切にして」というメッセージを含んだ“セルフラブ”は、大きな気づきとなり、生きるうえでの道しるべになっています。これは「あなた自身を愛するためのプロダクト」として2021年にスタートした「UNMIX」を介して、吉川さんが伝えているメッセージに通じるものがありますね。

「セルフラブの大切さはどんどん広まっていますが、それと相反することもある“他人との関わり方の大切さ”も気づいてほしい。セルフラブだけだと片手落ちなんじゃないかなと僕は思います。例えば、僕と家族の関係でのセルフラブを考えてみると、僕にとって家族はとても大切な存在。だから、家族のために一生懸命働く。すると、忙しくなってあまり家にいられなくなってしまいます。自分では“家族のため=自分の幸せ”という正当な理由があったつもりでも、家族から見たら『(僕は)いつもいないよね』となってしまい、あるとき、誰も全然ハッピーじゃなかったということがわかりました。

よくある話かもしれないけど、自分の家族への愛情から始まり、みんながハッピーになるためにやっているのに、家族にとってはハッピーではない。『家族のためにやってあげている』と言いつつも、きっとどこかで自分のためになっちゃっていたんですよね。この気持ちが小さければさほど問題にはならないけれども、大きくなるほどひずみも大きくなって、みんな居心地が悪くなってしまう…。今では、あのときは『お互いのセルフラブがぶつかっていたんだな』と思います。

一番大切なのは、他人のセルフラブに気づくことにあるんじゃないでしょうか。自分を大切にする、というのはもちろんセルフラブのベースだけれども、相手が自分のためにやってくれたことを受け止め、たとえそれが本意でなかったとしても、お互いのセルフラブを認めていったら、どこかで“あっ、そうか”とお互いが気づけるようになる。セルフラブは、社会の中では、自分だけでなく、自分と接する人々の間で相互的に起こることだと思うんです」

エゴを通すための言い訳が“セルフラブ”になってはいけない

植木鉢の中で咲く花

花は植木鉢を狭いと感じるのか、守られていると感じるのか?

たしかに、「これが自分だから」とばかりに我を押し通すと、人間関係においてすれ違いが生じてしまうことも…? “セルフラブ”と“わがまま”は違うはずですが、それが混同されがちなこともある今、改めて、吉川さんが考える、人間関係のなかでの“セルフラブ”についてお伺いしました。

「自分のエゴを通すための言い訳が“セルフラブ”になっていることもあるのかな…。僕も日本でブランドクリエイターを10年ほどやっていましたが、ずいぶん甘やかしてくれたのでつい調子に乗って、自分でも偉い気分になっちゃって。自己主張が過ぎて、まわりにもいろいろストレスを与えていたことがあったかも…(苦笑)。

まわりから愛情を込めて甘やかされるのとは違い、自分にOKを出すために、それをまわりにもOKさせちゃおうとしたら、それは『悪いところまで含めて自分のありのままだから』と開き直っている状態なのかもしれません。

例えば、ずけずけとした物言いをしてしまったり、違う意見を否定したり…。それによって相手が不快に感じたとしても『私は私のために言いたいことは言うし、やりたくないことはやらない』という態度が続けば、まわりの人は嫌悪感を持ちますよね。そうやって自分にだけ優しいセルフラブをまわりに放っていたら、まわりからも同様に勝手なセルフラブが放たれてしまうんです。

社会で生きていると人から傷つけられることがいっぱいあり、そこから自分を守るためのセルフラブは必要だとは思います。しかし、その価値観は自分という個性に向けたものですから、他人に押しつけた瞬間、それは攻撃となってしまい、自分にも他人のそれが返って来てしまう。だって、まわりの人たちも自分を守らなければいけないわけですから。

これってジェンダーや人種など、あらゆるダイバーシティにおいて差別が起こる構造と似ていて、例えばメルティングポット(人種のるつぼ)なんていわれるニューヨークも決してきれいに溶けて混ざってなんていません。同じ文化で育った人たちが集まった多種多様なグループが、狭いエリアのなかにひしめいているというふうに僕は感じています。

そのなかで、自分の価値観だけで違うグループの人たちを見ていると、理解できないし気に入らないことばかりですが、いろいろな文化と価値観があるんだと思えたら、興味が湧いてきます。

誰もが自分を正当化しようとして、自分をYESとしたいはず。でも、それと違うすべてがNOになってしまったら、それは他人をリスペクトしないエゴになってしまうんじゃないかな」

相手のセルフラブも尊重し、自分も相手も幸せになれる、そんなセルフラブを目指せたらいいですね

ブロックの隙間に咲く花

風によって種が運ばれ、咲く場所を選ばない。そんな花をセメント工場で見つけた。雪の中で咲いているように見えた。

一人称で語られることが多いセルフラブは、自分がベースの考え方になりがちなことも。でも、人は一人で生きているわけではなく、当然、相手もセルフラブを持っているからぶつかってしまう、というのは納得です。

「あらゆるものが白とか黒とかでスパッと論じられないから、セルフラブをひと口で言うのはやっぱり難しい。自分のセルフラブは自分だけのもの。だからこそ相手には相手のセルフラブがある。違うものをただ否定したら、それは争いにしかなりません。自分と違うものを否定するのは暴力と同じ。もちろん、苦手な人は絶対にいるし、そういう人が集まった場所もあると思う。あまりに考えが違っていたら、無理に受け入れるのではなく、ちょうどよくいられる距離を保てばいい、というのが僕の考え。だからこそ、誰とでも近しくなれるわけではなく、何か大切なことに共感できるということが、愛情のスタートになるのかなと思います。

ただ、一緒にいる人や家族などは、近くにいるぶんさまざまな違いも感じるし、ミクロの違いが大きな意味を持つこともある。そんな相手だからこそ、違いを認め合うことがより大切。それを理解したうえで、自分の幸せを大切にするし、相手の幸せも大切にする。このバランスを考えるようにしないとですね。セルフラブの考え方は自分だけで終わってはいけません。相手のセルフラブの存在にも気づいて尊重していくことが大切だと、僕自身も実感してきました。

日本には、自分のことは後回しで相手に合わせ、個を主張しないのがよいという世間の風潮もありましたが、今の時代は徐々に自分らしさを追求できるようになりました。これ自体は全然間違っていないと思うんです。『自分らしさを大切にして、自分にOKを出し、自分らしく生きる時間を楽しむ』――。これが本当の意味でのセルフラブ。ここに加えて、人は一人では生きていけず、社会の中で生きている。だから自分だけで完結してはいけない、自分本位にならない、という視点を持つといいのかもしれませんね」

セルフラブは自分だけのことでなく、相手のセルフラブを認めてこそ成り立つ。そんな見方ができれば、もっと居心地のいい生き方が見つけられそうです。

吉川康雄

メイクアップアーティスト

吉川康雄

1983年にメイクアップアーティストとして活動開始。 1995年に渡米。2008年から19年まで「CHICCA(キッカ)」のブランドクリエイターを務める。現在は、ニューヨークを拠点に、ファッション、広告、コレクション、セレブリティのポートレートなど、トップメイクアップアーティストとして活躍中。自身が運営するウェブメディア「unmixlove(アンミックスラブ)」で美容情報を発信する中、2021年春に「UNMIX」を立ち上げる。

取材・文/藤井優美(dis-moi)  撮影/Mikako Koyama 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)

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