文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表の清田隆之さんによるBOOK連載。毎回、yoi読者の悩みに合わせた“セラピー本”を紹介していただきます。忙しい日々の中、私たちには頭を真っ白にして“虚無”る時間も必要。でも、一度、虚無った後には、ちょっと読書を楽しんでみませんか? 今抱えている、モヤモヤやイライラも、ちょっと軽くなるかもしれません!
文筆家
1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)、『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』(双葉文庫)など。
『桃山商事・清田のBOOKセラピー』担当エディター&ライターは…
エディター種谷:1993年生まれ。活字を読む気力があるときは本、疲れているときはマンガを手に取ることが多い。趣味はラジオやPodcastを聴くこと。
ライター藤本:1979年生まれ。小説&マンガ好きだが、育児で読書の時間が激減。テレビドラマを見るのが癒しの時間。
結婚を考えているパートナーのことを、性的に好きかどうかわかりません…。
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
結婚を考えているパートナーがいます。彼のことは人としてすごく好きですが、見た目がすごくタイプというわけではなく、性的な関係を持つことにやや抵抗があります。“性的に好き”かどうかわからないのに、結婚してもいいのでしょうか…。こんなことを考えているなんて酷い人間だと思われそうで、誰にも相談できず、虚無って深夜にひたすらYouTubeなどを眺めています。
エディター種谷:今回の相談は、「パートナーを性的に好きかどうかわからない」というもの。この相談者さんだけではなく、これまでに何度か同じようなお悩みの声をいただいたことがあります。
清田さん:なるほど…。自分は昨夜、テレビ史に残る放送事故をまとめたショート動画を延々眺めて虚無っておりました。「人としてすごく好き」というのは、おそらく頼りになるとか価値観が合うとか、いくつかの要素を元にパートナーのことを「一緒に暮らしていく相手として良い」と感じてるっていうことですよね。その中でただ1点、性的に好きかどうかわからないという問題があり、このまま結婚していいのだろうか…という葛藤に苦しんでいる。
ライター藤本:まわりに相談しにくい問題なのもあって、より悩みが深くなってしまっているのかもしれませんね。
清田さん:恋愛感情がないと結婚しちゃいけないのではないか…。そのような考えには、いわゆる“ロマンティックラブ・イデオロギー”と呼ばれる価値観が影響しているように感じます。
“ロマンティックラブ・イデオロギー”というのは、「恋愛によって結びついた男女が結婚し、出産、子育てを通して愛を育みつつ、共に年をとっていく」という、社会学上の概念。19世紀以降に欧米社会から広がり、現代ではかなり解体されつつあるようですが、それでも今なお「恋愛・結婚・出産が三位一体となった生活が望ましい」という家族観は蔓延している。だから、「1つでも欠けていたら正式なパートナーシップとは言えないんじゃないか」という疑問を持ってしまうのは、ある意味で仕方ないことだとも思うんです。
ライター藤本:つまり、自分を責めて思い詰める必要はない、ということでしょうか。
清田さん:「酷い人間」とありますが、自己責任というより社会問題、くらいにとらえてもいいんじゃないかと個人的には思います。性的に好きじゃないけれど結婚することも、性的に好きな相手と結婚したけれどセックスレスになることも、いくらでもあり得ることじゃないですか。言ってしまえば、どんな形の結婚だってOKなはず。
ただ、もちろん相手との合意形成は必要で、この相談者さんの場合もそこは考えた方がいいと思うんですよね。直接そう伝えるかは別として、「あなたに対して愛情は持っているけれど、性的な関係を結ぶことには積極的になれない。ただ、パートナーとしては最高だと思っているので、私としては結婚という選択をしたい。あなたはどう思いますか?」という話をする必要はあるはず。…って、もちろん難しいことだとは思うのですが。
エディター種谷:勇気がいるかもしれないけれど、まずは話してみないとわからないですもんね。相手も自分に対して何か思っていることがあるかもしれないし。
清田さん:そこを曖昧にしたままだと、結婚しても別れても、モヤモヤが残ってしまうような気がするんですよね。逆に話し合ってみて落としどころが見つかれば、「壁にぶつかっても道を探れる二人なんだ」という自信になるかもしれないし、たとえ別れることになっても「いつかはこうなる運命だったんだ」と納得できるかもしれない。ただ、合意形成を目指すとなると、タフなやりとりは避けられない。今すぐ簡単にできることではないからこそ、対話に進むための段階的なステップが必要だと思うんです。
セラピー本① 問題の複雑さを教えてくれる漫画
清田さん:そこで、1冊目におすすめしたいのが、渡辺ペコさんの漫画『1122(いいふうふ)』。
渡辺ペコ『1122』(講談社)
清田さん:これは、結婚後セックスレスになり、公認不倫というスタイルを導き出した夫婦の物語。主人公・いちこと、その夫・おとやんは、お互いに対して性的欲求はなくなってしまったけれど、生活を共に営むパートナーとしてはいい関係。そこで「性的な部分は外注してよし、ただし相手の存在を匂わせない気遣いはすること」というルールを作り出すんですが…。
エディター種谷:この夫婦が、悪い人間だったり平気で嘘をつけるような関係だったりしたら、ある意味ラクだったのかも。そうではなくお互いに愛情や信頼があるからこそ、読んでいてもどかしい気持ちになったり、切なくなったりしっぱなしでした。
清田さん:この二人の場合は、個人の恋愛感情や性的欲求と、パートナーシップをどう両立させるかを考えて、公認不倫にたどりつくわけだけれど、蓋を開けてみると、いろいろな問題が出てくるんですよね。ルールとしては公平なんだけど、性的欲求を満たそうという場合、リスク、相手の見つけ方、お金での解決のしやすさ、周囲からの視線など、そこにはさまざまな面でジェンダー格差が存在していたり…。あとは、夫婦の間では問題なくても、お互いの相手が絡んでくることによって生まれてくる感情についてはどうしたらいいのか、といった問題もあったりで。
ライター藤本:当たり前のことだけれど、相手にも相手の事情や人間関係がありますもんね。
清田さん:さらに、自分の気持ちも相手の気持ちも、その時々で変わっていく。そうやってどんどん変化していく人間模様を丁寧に描いているのが、この作品の魅力だと思います。この相談者さんの悩みも、引き延ばして考えればセックスレスの問題に関わってくる可能性があるので、一度読んでみると「まだ想像しきれていない、考えるべき点がたくさんあるんだな…」ということに気づけるかも。
非常に複雑な問題だから、シンプルに答えを出すのは難しい。これは決して脅しではなく、あくまで前向きな意味でオススメしているのですが、まずは問題の複雑さを受け止めるのが第一歩なんじゃないかと思います。
セラピー本② 悩みを細かく分解するヒントをくれるコラム集
清田さん:問題の複雑さを実感できたら、次におすすめしたいのは、恋愛コラム集『こいわずらわしい』です。
メレ山メレ子『こいわずらわしい』(亜紀書房)
清田さん:この本の著者であるメレ山メレ子さん(現在は「沙東すず」に改名)は、昆虫や植物が好きで、その分野のフィールドワークをしているエッセイスト。そんなメレ山さんが恋愛の本を出されると聞いたときは意外に感じたんですが、読んでみると、恋愛という現象の中で発生するさまざまな物事が、まるで昆虫採集のように標本化されていて。ちょっとした心の機微みたいなものが、いろいろな虫や草に例えられつつ、素晴らしい観察眼と描写力で言語化されているのがめちゃくちゃ面白いんです!
エディター種谷:恋愛というものを客観的に観察して、かみ砕いて説明している感じですよね。
清田さん:「恋バナ収集ユニット」を標榜する桃山商事の活動とも通じる部分を勝手に感じ、わくわくしながら読みました。今回、この本を選んだ理由は、複雑な悩みを細かく分解するヒントになるんじゃないかな、と思ったから。今、相談者さんは「性的に好きかどうかわからない」「結婚してもいいのでしょうか」と、問題を大きくとらえていると思うんですね。でも、例えば「性的に好き」という言葉で表現している感情も、「こういうところにドキッとする」とか「こういう場面では安心できる」とか、いろいろな要素に因数分解できるはず。そうやって解像度を高めていくことで、「性的に好き」という大きな塊のように捉えていたものが、実は小さな感情や感覚の集合体だったんだ、ということを体感できる気がするんです。
ライター藤本:そうやって細かく考えていくと、もしかしたら性的に近い感じで好きなポイントが見つかることも…?
清田さん:自分は、セックスも、行為そのものだけを指すわけではないと思っていて。生殖が遺伝子の混ぜ合わせを目的としているように、お互いの感情や思考、習慣や価値観など、何かを混ぜ合わせる行為はある種のセックスと言えるんじゃないか…。だとしたら、肉体的な関係でなくても、例えばおしゃべりからコラボレーションが生まれているなら、それはひとつの結びつきと言えるかもしれない。個人的には、それが性的なものであってもなくても、直感的に「好き!」と感じる部分があればいい関係は十分に築けると思いたい派なのですが…なんだか理屈っぽいですかね(笑)。
ライター藤本:でも、今悩んでいる理由を深掘りしてみることで、何か見えてくるものはありそうですよね。
清田さん:そのときに、あまり真剣に考えすぎると「相手の気持ちを踏みにじっている私は極悪非道」なんて苦しくなってしまいかねない。だから、「こういう葛藤を抱えている自分、おもろ…!」くらいの距離感で眺めていくのはどうでしょうか。そういうプロセスを踏みつつ、最終的には、話し合いによって合意形成を目指していけたらいいなって思います。
今回は、最終的な目的地・話し合いの場に進むために、ちょっと背中を押してもらえる2冊をご紹介いただきました。一人で抱え込んでしまいそうになったら、ページを開いてみてはいかがでしょうか?
取材・文/藤本幸授美 イラスト/藤原琴美 画像デザイン/坪本瑞希 企画・構成/種谷美波(yoi)