マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第7回は、『気になってる人が男じゃなかった』作者の新井すみこさんにお話を聞かせていただきました。
●『気になってる人が男じゃなかった』あらすじ●
CDショップで働いているミステリアスな「おにーさん」が気になってしょうがない女子高生・大沢あや。しかし「おにーさん」の正体は、話したこともない、クラスメイトの目立たない女子・古賀みつきだった──。SNSで大きな注目を集めた、女同士の「愛情」を巡る物語。
恋愛を超越したものを描きたい
──「みつき」と「あや」、女の子二人のストーリーというアイデアはどんなところから生まれましたか?
女の子同士の話が描きたいとずっと思っていました。ギャップのある正反対の世界から来た二人がつながる、みたいなお話も好きで、そこから考えたのかな。私は絵を描くのが大好きで、もともとはセリフなしの2ページマンガみたいなものを時々SNSにあげていたんですね。セリフがないと海外の人に広まりやすかったり、日本語がわからなくても楽しんでもらえるかなと思って。その中のひとつが『気になってる人が男じゃなかった』の元ネタになっています。
©︎新井すみこ
──『気になってる人が男じゃなかった』がX(旧Twitter)で発表されると大反響を呼び、現在、新井さんのXのフォロワーは100万人を超えています。SNSで発表されたのは、今おっしゃった海外への伝わりやすさなども理由ですか?
まさかこんなことになるとは思っていなかったので、あまり深く考えていませんでした(笑)。SNSで海外の人たちともつながれたことは、すごくうれしかったですね。海外で暮らしていた時期もあるので、まったく違う環境で過ごしたことが今の私を作り上げた感覚があります。多分、世界的にも女性同士の物語の数は、男女あるいは男性同士のラブストーリーと比べると多くはないので、それもSNSには向いていたのかもしれません。
──女の子二人の関係を描きたいと思われたのはどうしてだったんですか?
女性同士の関係ってすごくインテンス(親密)なものだなって思うんです。めちゃくちゃ仲良くなった時のあの感じ……おそろいの服を着たり、同じ音楽を聞いたり、それこそ何時間も特にしゃべらずに一緒にいたりとか。恋愛とも違う、ずっとそこにある愛情というか。恋愛は別れたら終わりじゃないか?という偏見が私の中にちょっとあって、それを超越したものを描きたいんですね。関係性の肩書きがなくても一緒にいられたら、それが愛なんじゃないかって思ったりもするんです。ごめんなさい、わかりにくいんですけど。
──私も、〈名前のつけられない関係〉や〈二人だけの関係〉にいつも憧れているので、わかる気がします。
人とわかち合えない孤独な部分や寂しさって、誰しも持っていますよね。特に若い頃は、みんな色々な思いを抱えているから。でも、もしそういう心の柔らかい部分で響き合う存在ができたら、それってもう一生ものなんじゃないかなと思いながら描いています。
©︎新井すみこ/KADOKAWA
自信をもっていることが、自分を救ってくれる
──ミステリアスなお兄さんかと思いきや、かっこいい女の子だったというみつきのキャラクターは、どんなふうに生まれましたか?
完全に自分の好みなんですけど、女性なんだけれどマスキュリンさが見える人が大好きで、みつきのキャラクターはそこから作っていきました。地味な女の子が実はタトゥーを入れていたら?とか。それと、彼女の優しさも描きたかったところです。みつきは、無自覚だけど、当たり前に思いやりがあるんですよね。
©︎新井すみこ/KADOKAWA
──ハンサムでジェントルですよね。セクシュアリティの描き方として、女性であることも含めてその人の存在がそのまま肯定されている感覚が絵からも伝わってきて、ときめきます。
ありがとうございます。みつきのちょっと骨ばった手首のラインとか指、爪の形とかもこだわっているので、うれしいです。1巻の絵は今読み返すと「うわー」ってなっちゃう部分もあるんですけど、あやに「友達になりたい」と伝えるみつきの表情は頑張りましたね。ネームの時点から表情をめちゃくちゃ描き込んで(笑)。絵はちょっと上達したから、最近は割と描いていて自分でもいいなって思うことのほうが多いんですよ。
©︎新井すみこ/KADOKAWA
──学校でも二人が友達になるところは、印象的なシーンですね。
私はアメリカのTVドラマ「glee」(※マイノリティが集まった高校の合唱部を中心に描くミュージック・コメディ・ドラマ)が大好きで、あの作品を観て育ったんです。なんでも持っていそうに見えるキラキラした人も、実は人に言えない感情を抱えていたりするストーリーに感動したので、自分でも描きたくて。あやにはそういう要素が入っていますね。あやは、外見はフェミニンですがしゃんとしてるんです。他の人のことになると「は?」と立ち向かっていくような、気骨のある女の子ですね。
──2巻ではそれぞれの個性がより見えてきました。
みつきは学校では自分を隠しているけど、でもみつきが必死で隠している彼女らしさって、本当はすごく魅力的なんですよね。あやと話すことで、学校でも本当の自分がどんどん引き出されていくところは描いていて楽しいです。
©︎新井すみこ/KADOKAWA
──大好きな人といるときにいちばん自分らしくいられるって、とても素敵なことですね。
自分らしくいられるって、自分に自信を持てるってことですよね。人の目を気にしないことで、自分が大事にしてることや、自分に合った人が近づいてくる。みつきがあやを近づけたみたいに。堂々としていることにいちばん救われるのは、自分なんです。だから自分らしさを大切にしたいし、してほしいなと思いながらマンガを描いています。
音楽が沈黙を埋め、世界をつなぐ
──音楽もこのマンガの大切な要素です。黄緑と黒という、マンガでは珍しい2色でカラーリングされていて、最初に読んだときにロックだなって思いました。
実は黄緑を選んだのは、第一話をSNSに投稿する15分前だったんです(笑)。バズるとも思っていなかったし、ロックな感じ、ちょっと危険な色がいいなと思って、気まぐれで入れたんですよね。そのラスト・ミニット・デシジョン(ラスト1分の決断)がよかったのかもしれません。
──NIRVANAをはじめ、たくさんの音楽が作中でかかりますが、新井さん自身の音楽遍歴は?
小さい頃はBECKのアルバム『グエロ』が世界一好きで、父の仕事場でかけてダンスしていたのを覚えています。あそこからロック好きが始まりましたね。NIRVANAは音楽も格別なんですけど、フロントマンだったカート・コバーンのフェミニズムやジェンダーの境界を押し広げていたところにも共感します。私はひとりっ子だったので一人の時間も長かったですし、言葉の通じない場所に引っ越したりもしたので、沈黙を音楽に埋めてもらいながら色んな想像力を養ってもらった気がします。
©︎新井すみこ/KADOKAWA
──『気になってる人が男じゃなかった』でも、音楽は、まったく違うみつきとあやの世界をつないで、さらに広げてくれます。
そうですね。2巻の最後のシーンは自分でもすごく心に残っています。あやがステージとも受け取れる歩道橋から降りようとするみつきを止めるんですが、友達だなって思うし、愛だなって思うし。みつきの作る音楽に対しても愛がありますよね。
──「この曲は世界を繋ぐんだよ!!」というまっすぐなセリフにもぐっときました。音楽を描く際に心がけていることはありますか?
私の場合は完全に自己満足で好きな音楽を入れているだけで、立派なことは全然言えないんですが、シーンごとにどの曲が合うかはすごく考えます。音楽からできたシーンもたくさんあって、2巻であやとみつきが手をつなぐシーンはThe Shinsを聴いていて思い浮かんだり。
──公式プレイリストもありますが、実際に音楽をかけながら読むのも楽しいです。
自分で選んでいるのでちょっと恥ずかしさもあるんですが(笑)、うれしいです。誰にも言ってなかったんですが、公式プレイリストは、みつきとあやがそれぞれ選んだ曲ができるだけ交互に入るように順番を考えているんですよ。もちろん、音楽のフローが一番優先されていますけどね。
──それを知るとさらに聴き方が変わりますね! 二人のこれからを楽しみにしています。ありがとうございました。
©︎新井すみこ/KADOKAWA
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限定盤¥4180、通常版¥3300/フロンティアワークス
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works
取材・文/横井周子 構成/国分美由紀