コミカルな語り口と鋭い着眼点で、30歳前後女性の「あるある!」を発信し、SNSで大人気のコラムニスト・ジェラシーくるみさんの連載<ジェラシーくるみの「わたしをひらく」>。「お昼はしがない会社員、夜はコラムニスト(ご本人Twitter(X)より)」という肩書きの彼女は、いったいどんな人? そして、今思っていることって? 人気連載をまとめて一気にご紹介します!
【ジェラシーくるみ】“30歳”な私たちの現在地。新連載スタート記念インタビュー!
エディターK:くるみさんがyoiの公式ツイッターに、著書『そろそろいい歳というけれど』のご紹介をDMしてくださったのがきっかけで本連載が実現! 『そろそろいい歳というけれど』の“いい歳”とは30歳の区切り。30歳前後で起こりがちな人生の変化や悩みがちな問題について、痛快な語り口で書かれたエッセイに、現在31歳の私は共感しすぎて一気読みしてしまいました。
ジェラシーくるみ:同世代ですね!
エディターK:『そろそろいい歳というけれど』では30歳という年齢が大きなテーマになっていて、その周辺でのモヤモヤが書かれていますが、くるみさんご自身は30歳という年齢をどうとらえているのでしょうか?
ジェラシーくるみ:30歳という年齢の区切りはずっと前から意識はしていたのですが、ようやく実感がついてきたという感じです。「結婚する人が増えていくよ」とか、「友達と話が合わなくなっていくよ」「転職する人が増えるよ」とか、噂には聞いていたけれど、自分の身のまわりでも実際にそれを感じるようになって、30歳という年齢が近づいている実感がわいてきました。
ただ、私はいろんなコミュニティに属していて感じたことなのですが、自分がどんな環境にいるかで、その実感のレベルってだいぶ変わってくるんですよね。例えば、仕事がかなり忙しく、まわりも若い同僚が多いという人はあまり年齢の区切りみたいなものを感じづらいようなのですが、都市圏以外に住んでいて、まわりにはすでに結婚して子育てをしている人が多いという環境だと、30歳という年齢に結婚や出産のプレッシャーがかかってくる。同じ年齢でもこんなにとらえ方が違うんだ、というのは面白いですね。
ジェラシーくるみ:私は一人っ子で両親が共働きだったこともあり、すごくおばあちゃんっ子だったんですよね。中学の後半から勉強を頑張りはじめたのですが、祖母に「女の子はそんなに勉強頑張らなくていいのよ」とか「女の子だから浪人はちょっと…」と言われることがありました。東京大学に進学したのですが、受験勉強で疲れている私を見て「女の子なんだし無理して東大なんか目指さなくてもいいのよ」と慰められたこともありました。それに対しての違和感はありましたね。その反面、受験に受かったときはとても喜んでくれましたし、中学の職業体験なんかのときは「丸の内でバリバリ働くOLさんかっこいいわよね」と祖母が言っていたこともあって。ああ、親以上の上の世代の人たちは、「三歩下がって歩く良妻」と「男性と同じように社会で活躍する女性」の間で強いゆらぎがあるんだなーと思いましたね。
エディターK:旧来のジェンダー観へのモヤモヤを感じることはありますよね。でも、最近はかつての価値観とはだいぶ変わってきていて、「女性だから」「30歳だから」という理由で人生の選択肢が狭められることも減ってきましたよね。それと同時に、選択肢が多様化しているからこその悩みが増えてきているのではないか…と個人的に思います。
ジェラシーくるみ:それはそうだと思いますね。これが正解! というものがないから、自分で考えなきゃいけない。私はよく人生をカードゲームに例えるのですが(笑)、自分らしいカードデッキってどんなデッキだろう? と。仕事のカードに、子どものカード、パートナーのカード、趣味のカード、資格のカード…。全部仕事のカードでそろえて強くなるのか、バランスよく組むのか。
たぶん、私たちってすごく「自分らしさ」とか「あなたにしかできないこと」を大切にしなさいと言われてきた世代なんですよね。だから、手もとにあるカードが私らしいものなのかがすごく気になってしまう。
エディターK:たしかに「自分らしさ」ってめちゃめちゃ言われてきた世代かも! でも、それと同時に、旧来の価値観的な「女性らしさ」みたいなものにもまだ若干焦らされている世代でもある。ちょうど狭間なんですよね。キツくないですか? 私たちの世代(笑)。
ジェラシーくるみ:キツいです(笑)。私たちより下の、20代前半くらいの世代はどう思っているんだろう、と気になったことがあって、聞いてみたんですよね。そうしたら、下の世代はあまり感じていなかったんですよ。“自分らしさの呪縛”みたいなものは。なんというか、その時々で“らしさ”が変わるというか…。
エディターK:その時々で“らしさ”が変わるとは…!?
ジェラシーくるみ:“自分らしさ”を着脱可能なものととらえているというか。たとえば、私たちよりさらに上の世代だと、女性が会社で出世するためには、若い頃からずっと仕事に向き合って、努力し続けないと会社で生き残れない…みたいな価値観がちょっとあると思うのですが、下の世代的には、「昇進したい」と思うのも「資格を取りたい」と思うのも、「“そのときの気分”ですよね」って言ってたんです。
「昇進したい」と思っているときは仕事に対してのモチベーションが上がっているときだけど、それが下がることもある。でも、その代わり別のものへのモチベが上がっているから、その“モチベの波”に乗ればいい。気分の波は数年単位で変わるもの。それに乗って生きていっても、死ぬわけじゃないし、キャリアだってなんとかなる。そういうふうに、ラクにとらえているんだなと。
エディターK:なるほど〜! なんか、「決めなきゃいけない」みたいな真面目さが自分のなかにあったことに気づきました(笑)。多様化した選択肢のなかから、“自分らしい”ものを「選ばなきゃいけない」と思い込んでいたけれど、そうじゃないんですね。自分自身が多様化してもいい…アハ体験です!
女友達はライフステージの変化で疎遠になるって本当?
「女友達はライフステージの変化で疎遠になる」。
聞きなじみのある言葉だ。
人生がパートナーの有無・子どもの有無・仕事の有無で枝分かれしていくため、同じステータスの友人だけで集まるようになるというのだ。
私はそんな言説を耳にするたびに、それはまやかしの友情だと反発心を抱いていた。
違う職についても、違うライフステージに移っても、関係性は変わらないと信じて疑わなかった。
関係の様相が少し変わったのは、20代後半になり、結婚した友人たちが新たな暮らしのベースを作り始めたときだった。
共働きで与信のあるうちに家買っちゃった、と郊外に一軒家を購入した人。
夫婦ともにお小遣い制になり、友人との飲み会の頻度を抑えるようになった人。
ライフスタイルの違いよりも厄介で決定的なのは、会っているときの違和感だ。
とりわけ、「母」になった友人との会合で感じることが増えてきた。
グループ内に母になった友人がいると、会う時間帯や場所が変わってくる。
だが、共通言語をいっときの間見失ったとしても、相手が大切な存在であることには変わりはないはずだ。
思い出してほしい。元はと言えば、たまたま席が前後になっただけ、たまたま配属先が一緒だっただけ、たまたま行きつけのお店が一緒だっただけ、の他人だった。
そこからお互い開示するうちに共通点で盛り上がり、相違点を面白がり、共感したり意見交換したりして親しくなっていったのだ。
私は、たとえ友人との間に共有できるテーマや言葉が見つからなくとも、昔から見てきた彼女が変わりゆく環境にどう適応し、苦難をどう乗り越えるのか、どんなことに心を動かされるのかについては興味がある。
縁とは不思議なもので、大切な人とは見えないどこかでつながり続けているという。
多感なアラサーの人間関係においては、「環境も価値観も、関係の親密性さえも移ろい変わりゆくけれど縁は切らずにゆるやかに繋がっていましょう」くらいの気分が合っているのかもしれない。
旧友たちとは、昔と変わらないことを喜ぶよりも、互いに変わったことを称え合い、寿げる関係でいたい。
「セルフプレジャーの話は、会話のプライベートゾーンと呼んでもいいかもしれない」
今年の3月3日、株式会社TENGAが運営する女性向けセルフプレジャーアイテムブランドの「iroha(イロハ)」は、10周年を迎えた。 衝撃的だったのは、その10周年記念アンバサダーに水原希子さんが起用され、読売新聞の朝刊一面に「iroha」のブランド広告が掲載されたことだ。
irohaを愛用して7年目になる私としては、今回の10周年のブランド広告掲載は非常に心強く、気分の上がるニュースだった。
セルフプレジャー初心者の友人の誕生日にirohaを贈ったこともある。
「ねえ、びっくりした。自分でするのって気持ちいいんだね」と、後日熱のこもった感想をいただいた。
プレジャーアイテムは、挿入型・当てる振動型・吸引型などのタイプから、形状、素材、感触までさまざまな軸で好みが分かれる。最近では、スマホ連動で音声や動画とリンクさせながら楽しめるハイテクなものも出ている。
そして素材(おかず)にいたっては、本当によりどりみどりだ。映像や漫画だけでなく、官能小説や体験談の“テキスト”をつまみに楽しむ人もいる。
生々しすぎるので詳細は割愛するが、友人たちが最近開けた性の扉の話は非常に興味深い。その日の夜は、私も新たな性の扉を恐る恐るノックしてみたりする。
セルフプレジャーをする理由や目的も百人百様。
それは、一人の夜にむくむくと湧きあがった性欲の解消に限らない。ストレス発散として、入眠の儀式として、セックスライフの高みを目指す鍛錬として、ただの日課として……。
自分の体をなぞり、反応に向き合うことは、自身の興味、悦び、嫌悪の輪郭を掴んでいく旅の一歩だ。
友人の知恵や、自分のセルフプレジャー経験を通じて、自分の好きなこと、興味がわくこと、受け入れがたいことを新たに知るのは面白い。意外な部位が性感帯に変わったりもする。
とはいえ私は、すべての人がセルフプレジャーに踏み込み、開けっぴろげに話す未来を望んでいるわけではない。このテーマは、自分の心身に関わる極めてパーソナルな問題で、人によっては不快に思ったり、過去の何かしらの嫌な経験が思い起こされたりするだろう。
相手のプライベートゾーン(水着で隠れる部分と口)に許可なく触ってはいけないのと同様に、セルフプレジャーのテーマを出すときには相手が親しい友人であれ、恋人であれ、相手が不快に感じていないか十分に注視することが求められる。
“会話のプライベートゾーン”と呼んでもいいかもしれない。
そして、セルフプレジャーカテゴリは美容カテゴリと同じように、他人のおすすめが必ずしも自分に合うとは限らない。友人と交換した情報をもとに、部屋で一人こっそりと一喜一憂しながら自分の肌や趣味に合うものを選りすぐっていく——。
試行錯誤して自分自身に手間をかけていく過程そのものが、自分の心とからだをほぐし、癒し、解放させることにつながるのだろう。
「身内贔屓があるなら他人マイナスもある。自分をジャッジしてしまう夜に思うこと」
「セルフラブ」が、どうにも難しい。
よく「セルフラブ」と並列して語られる「セルフケア」はもう少し親しみやすい気がする。
セルフケアは、自分の情緒や身体の様子に耳を傾け、心身ともにヘルシーに過ごせるよう自ら働きかけることだと解釈している。
セルフケアが「実践」だとすると、セルフラブは「状態」だ。
私にとって、この「状態」に身を置くことが非常に難儀なのだ。
「セルフラブ」とは、ヘルシーな自己肯定感や自尊心をもち、自己効力感に満ちていて、ありのままの自分を愛している状態を指す。
各メディアの「セルフラブ」特集には、ありのままの自分を愛そう、他人と比較するのをやめよう、コンプレックスを魅力に変えよう、と難易度高めなワードが並べられている。
ボディポジティブ、ボディニュートラル……様々な言葉を自分の中にインプットしたとて、それは他者を傷つける無神経さや差別的な言動の抑制にはなるけれど、自身へのジャッジのブレーキにはならない。なんだか乾いた気持ちになる。
最近、ヨーロッパ在住でアーティスト活動をしている女性と酒食をともにする場面があった。
彼女とは共通の友人を通して知り合い、メッセージのやり取りをしているうちに、日本に一時帰国している間にぜひ一杯やろう!という運びになったのだ。
お酒も進んだあたりで、彼女はふと、私の送ったとあるメッセージ内容に言及した。
「メッセージで普段どこで飲むのか聞いたとき『十番・広尾・六本木などのいけすかないエリアで飲むことが多いです!』って書いてたよね。
どうして “いけすかない”ってわざわざ書いたの?」
痛いところをつかれた……というか恥部を見られた気持ちになった。
アガヤガヤギラギラした六本木周辺でいつも飲んでいることが後ろめたかったのだ。
それを説明すると彼女は納得した様子だった。
「やっぱり他の人から嫌なことを言われた経験があったんだ。“いけすかないエリア”って言ったのは、それに対する保険なのかなと思ってたよ」
他人に不快な印象を与えないよう、自分が傷つかずに済むよう、自分の内側にある「他人のまなざし」のフィルターを何重にも通してからでないと、何かを発信できない。
ええいままよ、といわんばかりの勢いに乗って、私は自分の肯定感の低さや、自他ともにジャッジしてしまう悪癖、他人から言われて胸に引っかかっている言葉などをつらつら述べた。
「なるほど、自分の中に審査員みたいな他人がたくさんいるんだ」
「心の中に何人も審査員がいるのって、ライターとしてはいいことかもね」
たしかに長年にわたる自意識迷子のお陰で、心のひだは増え、感情の振れ幅も大きくなった。
毎日のように他者と自分を比べ、自分のことを好いたり嫌ったりし続ければ、このこじれた自意識も資産と言っていいだろう。
セルフラブの日もあればセルフヘイトの日もある。
多分私は、セルフラブモードよりセルフヘイトモードの時間のほうが長い。
人生の7割強を占めるセルフヘイトモードの私は、鏡を見ては落ち込み、寝落ちしては悪態をつき、他人と比べてばかりでとてもダサい。
未だありのままの自分を愛することは叶わないが、脳内でわめき立てる無数の審査員たちが自分の分身である、と認めることくらいはできそうだ。
自分の中の「嫌い」を観察して、自己保身の衣を剥ぎ取ろう
人を嫌いになる、という少し胸がざわつく現象はいくつかに大別できる。
1 生理的に嫌い
2 はっきり嫌い
3 うっすら嫌い
1は人間関係の初期、第一印象の段階で湧き出てくる感情で、それは“苦手”に限りなく近い。
相手の話し方や雰囲気、コミュニケーションや距離のとり方に強い違和感を覚え、生理的な嫌悪感が湧き出てくる場合だ。たとえ相手に悪意がなくても、私たちは「生理的に嫌い」な人とは自然に距離をとり、積極的に関わらないようにする。
2と3は、相手との人間関係をある程度築いてからじわじわ滲み出てくる感情だろう。
3の「うっすら嫌い」が現れたとき、私はその気持ちを見逃さないように、つぶさに見つめるように心がけている。虫眼鏡をぐっと握り締め、感情のひだを拡大して覗き直すようにしている。自分の中の「うっすら嫌い」を観察し続けると、分厚い衣で覆われていた不都合な本音が見えてくる。
自分に薄暗い感情を抱かせる人は、かつての「なりたかった自分」「なれなかった自分」の一部と重なることが非常に多いのだ。
天真爛漫さや鈍感さ、コミュニティ内での声の大きさなど、自分に持ち得ない性質を持っている相手のことを妬ましく感じている私が、たしかにいる。
それに気づいたとて、相手へのネガティブな感情が流れ去るわけではない。
だが「あの人、なんか嫌い」という単純な気持ちを解体してわざわざ複雑なものにしていく作業は間違いなく自己理解を深め、自分の核に近づく練習になる。
そう考えてみると「嫌い」という感情は、決して後ろ向きなものでも無価値なものでもなく、自身をフラットに見つめ直す機会ともとらえられるだろう。
「嫌い」をあらゆる角度から触り探っていくことは、それまで布で覆っていた、ちっぽけでしょうもない私を受け容れる時間にも、自分の奥底に根ざした特性や長所を認める好機にもなる。
本当に母にならなくていい?妊活手前で足踏みしている私の本音とタイムリミット
「楽しいよ、こいつが毎日ちっちゃなハプニング起こすからね」
父になった友人は、4カ月の赤ちゃんを膝の上で抱っこしながら器用にパンにバターをつけて口に運んだ。
「ぶっちゃけ親業どうよ」の質問に対しての回答。
楽しい、という意外にもシンプルな第一声は私の心の中のオセロを一枚ひっくり返した
ここ数年、私の脳内では子どもを持つ・持たないのオセロが繰り広げられている。
もちろん妊娠を望んだとて、実際に妊娠・出産できるのかはまだわからないが、妊活を始めるさらにその一歩手前の段階で、私はずっと足踏みをしているのだ。
ものを知れば知るほど、「子どもがほしいかも」「産むのも育てるのも怖すぎる」の波は絶えず押し寄せ、引いてはまた寄せる。
「子どもがほしい」モードのときは、友人のストーリーにあがる赤子の写真が眩しく見えて、妊活する時期や必要なお金を計算し始め、不安になったり安心したりする。
産まぬ我が子の皮算用。
「妊娠も出産も育児も全てが恐ろしい」モードのときは、Twitter(X)トレンドに定期的に上がる育児の愚痴や夫・姑・社会への呪詛を読みながら、ぶるぶる震える杞憂の夜を数日過ごす羽目になる。
その時々の気分によってオセロが一枚ひっくり返ると、その列の全ての石が真っ白もしくは真っ黒になり、将来への不安や自分への問いかけがエンドレスに湧き上がって、その色に脳内が占拠される。
先日行われた子持ち夫婦二組とのランチ会は賑やかで、小さい子と接するのが得意ではない私の目にも、友人の血を継いだ子どもたちは可愛く映った。
4カ月になる男の子は表情豊かで、次々に運ばれてくるお皿を見ては目をまん丸にする。
おもちゃのガラガラを鳴らすと、一本の歯も生えていない口を半月型にして笑った。
1歳になる男の子は、スマホに流した子犬のリール動画に夢中になった。
「ワンワンだよ」とお母さんが教えると、むっちりした指で画面を指差す。
両頬と右目の下にふんわりエクボを覗かせてにこにこ笑うその姿に、ハートをぐっと掴まれた。
また一枚、オセロがひっくり返った。
「産んだ人にしかわからない喜びがあるのよ」
出産について聞いたとき、いつも私と熱い喧嘩や冷戦をしてばかりの母から言われたことがある。
中学生の頃だったか。
その言葉は大きな杭となり今も私の胸の端っこに突き刺さったままだ。
それから私は「手放しに愛することのできる存在」を作ってみたいと思ったのか、あやふやな人生計画ゲームの中に「子を産む」のイベントマスが常に鎮座していた。
“子どもがほしい”側の人間だった私だが、社会に出て色々な現実を知るうちに「子を産む」のマスはいつの間にかカパッと外れてしまい、行き場を無くした。
誰もが自分の子を手放しに愛せるわけではないこと、愛という綺麗事では片付けられないほどに育児は過酷だということ、特に子どもが小さいうちは日常生活にあらゆる制限がかかること、親となる人間は子どもにまつわる全てのリスクと責任を引き受けなければいけないこと。
よくなるとは思えないこの日本に、この世界に、命を産み落としてしまっていいものか、子どもは健康に生まれてくるのか、私は子どもを幸せにできるのか、私とパートナーは幸せでいられるのか。
そして想像の外側にある、あらゆるリスク、事故、暴力、経済、災害、政情、気候変動……。
その一方で、「産まない」選択肢の先の空白にも思いを寄せざるを得ない。
子を産んで育てることでしか味わえない感情とは?
産まない選択をすることで、何か人生で大きなものを取り逃がす羽目になるのでは?いや、果たしてそんなものはあるのだろうか。
誰も答を持たない問いが、無限の球となって心の内壁に衝突しては跳ね返り、脳内で100人が一斉にスカッシュをしているかのようにバシバシ、キュッキュッと音が鳴る。
莫大な不安や疑問があるからこそ、我が子の存在が“日々を頑張るモチベーション”になるという意見もあるだろう。でも私は、日々を頑張って過ごしたいわけではない。
これは社会に出てみて初めてわかった自分の特性だが、私はできるだけ低燃費で、誰にもペースを乱されず、好奇心の向くままに自由に生きていきたい人間らしい。
産む・産まない、どちらの航路の先を見ても雲は薄暗く、わからないことばかりである。
ただ、わからないだらけの船旅の中で一つだけたしかなことがある。
私の身体のタイムリミットだ。
毎月股から血は流れ、一生のうち有限の生理チケットを一枚失う。
腹痛と気だるさの向こう側で、お前は産む性なのだ!と子宮が声高に叫ぶのが聞こえる。
ああ、私が生まれる前から、私のお腹の中には卵のもとが大量にあって、700万個のそれは私が胎齢6カ月の時点から減り続けていて……そう考えるだけで、ウッと腰を折り曲げたくなる。
妊娠可能な時期も、健康な子どもを産める確率も、毎秒減り続けているというどうしようもない恐ろしさ。
どれだけ頭で考えてみても、結局は生物学的な摂理という暴力的なものに呑み込まれて、うっかり全てのオセロがひっくり返りそうになる。
オセロの白黒は、今ちょうど半々くらいだ。
妊活しようと腹を決めたとしても、そのタイミングで子を授かれるのか、無事に産めるのか、不妊治療に進んだ後に自分が耐えられるのか。
確かなものは何もない。
確からしい情報を一つでもつかもうと思い、私は都のプレコンセプションケアのゼミに申し込んだ。
AMH検査、経膣超音波検査、精液一般検査。
私たち夫婦の妊孕力についての材料が出揃えば、いつかオセロの一戦目に決着がつくかもしれない。
命の誕生だけは「なかったこと」にできないから、まだ取り返しのつきそうな今、できることを全てやるのみである。
なりたい自分に、ならなくてもいい。「昔に描いた“理想の私”に、今の私を消費されたくない」
お風呂上がりに毎日やろうと決めた筋トレを2日連続でサボった。
理由は特にないけれど、なんとなくサボってしまった。
ふう、今日も自分との約束を守れなかった。
私はどうも“継続”とか“コツコツ”が苦手で、大人になった今でも計画通りに物事を進めることができない。
泣きながら親に自由研究を手伝ってもらい、朝顔の観察日記を妄想と嘘で埋め尽くした8月31日の自分と何ら変わらない。
今も昔も部屋の机はタスクの付箋だらけで、床にはいつ書いたかわからない付箋がサインペンの黒をにじませながら落ちている始末。
“コツコツ”が得意な友人に聞いたことがある。
彼は部活も勉強も仕事も、コツコツ頑張って着実に成果を残すタイプの人間だ。
「努力を続けた先に何があるのか、考えて虚しくなることない?」
「そんなのは頑張り続けた人にしかわからない。
でも俺は、死に際で『もっと頑張ればよかった』って思いながら死にたくない」
そうか、死に際で後悔するのはたしかに嫌だ。
でも果たして私は、あのとき頑張れなかった、と人生を悔やむだろうか。
マイペースに過ごせたいい人生だった、とニヤニヤしながら逝くかもしれないじゃないか。
昔の自分が今の自分を見たら何て言うだろう、とよく考える。
花丸はつけないかな。
おつかれ、くらいは言うかもしれない。
「もっと上に行けるはず」と憤怒するのか、「まあこんなもんか」と納得するのか。
花丸の人生とそれなりの人生、その2つに序列はあるのか。
少なくとも今の私は、仕事もプライベートもバリバリ猛進して幸せな人生!と昔に思い描いていた粗い理想像とはほど遠い。
30歳までには、とぼんやり考えていた転職も独立も海外居住もしていない。
大きな窓がついた3LDKの家にも住んでいない。
すまん、私は仕事を好きになれるタイプの人間じゃなかったわ、と告げたら昔の私はどんな風に顔を歪めるだろうか。
怠惰極まる私でも、ここ最近、二週間ほど公私ともに忙しい時期があった。
夜遅くまで仕事をして、休日も寝るか考え事をするかで精一杯。ご飯はもっぱらコンビニサラダとレトルトカレー。
床にあぐらをかいてラー油とニンニク入りの卵ご飯をかきこんだ夜。
疲労を感じているのになかなか寝付けず、ベッドの上で大型犬のショート動画を永遠にスワイプし続けた。
その多忙キャンペーンの時期が終わり、久しぶりにドラッグストアで買い出しでもしようと思って家を出た日曜午後のこと。
扉を開けた瞬間に、私の全身はもったりした湿っぽい空気に包まれ、まぶしい緑の匂いが鼻腔から脳に突き刺さり声が出た。
空気の濃さにくらくらしながら外階段の隙間から空を見上げ、私の体の外で季節がちゃんと進んでいたことに驚いた。
心にゆとりができるとこれほど感覚が研ぎ澄まされるのか、と小さな感動を覚えると同時に、多忙という大敵に私の全感覚が奪われてしまっていた事実にも気づき、恐ろしくなった。
そういえば、心を亡くすと書いて「忙」。なるほど、漢字の成り立ちも馬鹿にできないものだ。
なりたい理想の自分になるためには、やりたくないこともやらなきゃいけなくて、でも私は「やりたくないこと」を続けるのが無理な性格のようだ。
多少のやりたくないことを、「必要だから」と心に麻酔をかけて耐えられる人がいる。
息をするように、コツコツ頑張り続けられる人もいる。
嫌でしょうがないのに不条理な状況で踏ん張るしかない人もいるだろう。
ただ、私の麻酔期間は3日程度が限界で、仕事でもプライベートでも「今やりたくない」ことを続けていると肉体感覚と心を亡くしてしまうみたい。
あーあ体力気力に満ちあふれた、もっとキャパの広い人間だったらなあ。
四則演算を入力しないと鳴り止まないアラームアプリの警告音ではなく、やわらかな日光を浴びてすっきり目覚められたかも。無惨な姿になった惣菜の食べ残しではなく、白湯と一緒にカットフルーツをごろごろ入れたヨーグルトを食べていたかも。
剥がれかけた付箋だらけの机ではなく、一輪挿しを飾った机で仕事していたかも。
スキマ時間で不貞寝をする女ではなく、ジムにさくっと行って背筋を鍛える女性だったかも。
でも、現実の私は理想の私と違いすぎるわけで、私は現実の私と一緒に生きていくしかないのだなあ、と思うばかり。
そう考えてみると、見直すべきは「今いる自分」ではなく、過去に設定した存在しない「理想の自分」のほうではないだろうかと思えてくる。
高い目標から逆算して小さなtodoに一つひとつチェックを入れていく人生こそが賢く、後悔せずに済む唯一の生き方だと思ってきたが、どうやら間違っていたようだ。
“なりたい自分”と“今ありたい自分”が大きく乖離しているならば、毎日、毎時間毎分、どちらの自分に従うべきかを心に決めて、行動や思考をチューニングし続けるほうがよっぽど賢い。
理想だとか、充実だとか、幸せだとか。
そういう煽動的な言葉に惑わされず、しばらくの間は快・不快という正直な体の反応にしたがって生きていきたいのだ。
コツコツ頑張って自分をアップデートしたり、人生に劇的な変化を求めて努力をしたり、そんなご立派なことよりも、私には大事なことがある。
日々のトラブルやタスクに流され失いかけた「感覚」をこの手に取り戻すこと。
やる気が地に落ちて自分のエネルギーが底見えしたら、ああ今日は生きるだけの一日だ、と自分をいたわること。
先週末の私も、ひどいものだった。昼過ぎに起き、予約していたキックボクシングの枠をキャンセルし、ポップコーンを袋から直食いしながらドラマを五時間ほど見て、夕陽を足の裏で受け止めながら惰眠を貪る。家にあった雑多な野菜と豚バラを茹でたり炒めたりして、名もなき料理を量産し、ラップで包まれたいびつな形のご飯をチンしてカロリーを体に取り込む。
それでも生きているのだから、豚の脂の甘みを楽しめるのだから、十分だ。
なりたかった自分との距離は相変わらず遠いけれど、好都合なことに「それでもいいや」と認められるようになってきた。逃げでも甘えでもいいから、そうやって折り合いをつけていく技術が今後は必要なのだろう。
年を重ねることは、自分との付き合いが長くなるということで、それは理想の自分とあるがままのしょうもない自分との歴戦を間近で眺めることでもある。
別に自分との約束を破る日があってもいいし、そんな日が続いてもいい。
ゆるやかに自分を裏切り続けると、自分を信じられなくなり、むしゃくしゃしてくるのだが、本当に信じられないのは今の自分ではなく勝手に約束をしやがった過去の自分のほう。
今の私だけが現実で、本物だ。
昔に描いた“理想の私”に、今の私を消費されたくない、という気さえしてくる。
私は死に際で何を思うだろう。
前日に炒めた豚バラの甘みを思い出すのかもしれない。