マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所 」。これまで様々な漫画家さんにご登場いただいた連載をまとめてご紹介します。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

2023.10.04 待望のドラマ化! 『天狗の台所』が生まれたワケを田中 相さんに訊いてみた

マンガ 漫画 天狗の台所 田中相 ドラマ化

●『天狗の台所』あらすじ●
自分が天狗の末裔だと知らされたアメリカ育ちのオンは、天狗一族のしきたりで14歳の1年間、日本で兄の基(もとい)と暮らすことに。無類の食いしん坊でもある基が、自分で収穫した作物から作る料理はおいしいものばかり。不思議な犬のむぎを加えた二人と一匹の生活を、四季とともに描く。 

――『天狗の台所』は、コロナ禍中に考えたお話だと伺っています。


はい。実は全然違う案で準備をしていたのですが、コロナ禍になって、そのお話を描ける気がしなくなってしまったんですね。前作『LIMBO THE KING』を読んでくださった方はわかるかもしれませんが、もともと私はサスペンスとかスリラーが好きなんです。でも、コロナ禍と体調不良が重なって、人が死んでしまったりする作品を全然見られなくなってしまったんですよ。

――しんどい時期に受け取れる物語が変わるのは、すごくわかります。


その頃から、農村の日常とか料理を映した動画をYouTubeとかでたくさん見るようになって、「こういうマンガを描けたらいいな」と思ったんです。ハラハラするというよりは、落ち着けるもの。寝る前に読んで、穏やかな気持ちで眠れるマンガを描きたいと考えはじめたのが、『天狗の台所』のはじまりです。 

マンガ 漫画 天狗の台所 田中相 ドラマ化 2

©️田中 相/講談社

――第1話、オンと基さんがキャラメルクルミを作って外で食べるシーンで一気に引き込まれました。作って食べることと、季節。このふたつに注目したのはどうしてですか。


とても美しいと思うんです、季節の移ろいとか料理って。スマホのカメラロールの中身は、その人が美しいと感じるものだと聞いたことがあるんですが、私の場合は食べ物と景色と友人、あとは推しとか(笑)。そういう美しいものを、描いて残しておきたいって思うのかもしれません。私は恋愛ものに興味があまり向かわないので、「描くに値するもの」と考えると、季節や自然や動物がまず挙がります。1話のクルミは、描くのが難しかったです! 

――物静かで料理上手な基さんと、NY育ちで陽気なオン。天狗の兄弟のキャラクターはどうやって生まれたんですか?


私はプロット(物語の構想)を文章で作るんですが、『天狗の台所』は連載前に何度も練り直しました。最初は天狗の話ですらなかったんですよ。私、『魔女の宅急便』が大好きなんです。映画の冒頭に出てくるキキのお母さんの家が素敵だなとずっと思っていて、そこから「魔女みたいな男の人ってなんだろう?」と考えて山伏から天狗にたどり着きました。 

マンガ 漫画 天狗の台所 田中相 ドラマ化 3

©️田中 相/講談社

――3巻では、オンと基が温泉で手作りのアイスクリームを食べるシーンにも癒されました。 


ああ、このシーン…このマンガは1冊ごとに季節が巡っていくんです。1巻が秋、2巻が冬で、3巻では春を描いています。桜も咲いていて、むぎもかわいいし、気持ちのいいシーンになりました。 

――14歳の1年間だけという約束ではじまった同居なので、最新刊では少し切なさもにじみますね。


このお風呂の回には今後にもかかわる大事なシーンがあるので、ぜひ楽しみにしていてください。 

――はい! そして、この秋からは『天狗の台所』がドラマ化されます。 


脚本をしっかり読ませていただきました。細かい要望も聞いてくださり、どうしても原作と同じにできない部分はあるんですが、作品を大事にしてくださっているので後はおまかせしています。先日初めて予告編を見せていただいたんですけど、すごくきれいでびっくりしました。私も楽しみにしています。 

――最後に、yoiの読者へメッセージをいただけますか。 


1巻が出たときに、ある読者の方が「天狗の台所、寝る前に心を穏やかにして寝たいから、しまわず手もとに置いておきたい」ってSNSに書いてくださっているのを発見して。その画面をキャプチャーして保存したくらいうれしかったです。社会全体も変化しているし、みんなが大変な時代。私も考えなくてはいけないこと、心配ごと、実践したいことで潰れそうになります。でも、少し息抜きしたいときに、もしこのマンガが助けになれたらうれしいです。

『氷の城壁』はどうやってはじまった? 阿賀沢紅茶さんに訊いてみた!

マンガ 漫画 氷の城壁 阿賀沢紅茶 LINEマンガ 

●『氷の城壁』あらすじ●
人と接するのが苦手で、周囲との間に壁を作っている小雪。高校では他人と深くかかわらず過ごしていたが、なぜかぐいぐい距離を詰めてくるミナトと出会い──。孤高の女子・小雪、クラスの人気者・美姫、距離ナシ男子・ミナト、のんびり優しい陽太。凸凹な4人のもどかしい青春混線ストーリー。

──『氷の城壁』は、スマホなどでスクロールして読む「縦スクロール」や「ウェブトゥーン」と呼ばれる形式で描かれたマンガです。口コミで人気が出て大ヒット作となりましたが、そもそものアイデアはどのようなものでしたか?


はじめは趣味で描いていたのでうろ覚えなんですけど、お話よりも、違うタイプの子たちが一緒にいるときに生まれるバランスみたいなものが頭にあったと思います。小雪と美姫みたいに性格も価値観も全然違う子同士が仲良かったり、合わない子と対峙したときにどういうふうになるかな?と。

マンガ 漫画 氷の城壁 阿賀沢紅茶 LINEマンガ 2

©︎阿賀沢紅茶/集英社

──メインの4人はどのように生まれたんですか?


つり目でクールな雰囲気の女の子が好きなので、まず小雪を描いて。次に正反対の女の子を考えました。男の子は、おっとりした子と、ちょっとずる賢さもあるような子。そうやって凸凹な4人の関係性から描きはじめたのが、『氷の城壁』でした。

──タイトル通り、物語が進むにつれて、それぞれが持つ心の壁が見えてきます。


実はタイトルの動機は、投稿したアプリの作品募集のテーマが「冬の恋愛マンガ」だったからなんですよ。どうにかして冬っぽさを出そうとして「タイトルに氷を入れとくか」とか「主人公の女の子は冬っぽい名前にしよう」とか、よこしまな気持ちでつけました(笑)。

──最初は趣味で描いていたとおっしゃっていましたね。


自分がマンガ家になるなんて考えたこともなかったんです。マンガを投稿できるアプリがあって、「誰かが見てくれたらいいな」と『氷の城壁』を描きはじめました。そのアプリが終了してしまったので「LINE マンガ インディーズ」に移ったら、投稿作を編集者に読んでもらえるという集英社とのコラボ企画があったんです。軽い気持ちで応募したら、特別賞をいただきました。

マンガ 漫画 氷の城壁 阿賀沢紅茶 LINEマンガ 3

©︎阿賀沢紅茶/集英社

──繊細でリアルな心理描写は『氷の城壁』の魅力のひとつ。心に残るシーンはありますか?


序盤はまだ読者の反応がわからない状態で描いているので、「派手な出来事がまったく起きないけれど、本当に伝わるのかしら」と思いながら描きためていました。25話で、小雪が言葉に詰まって、のどのあたりがぎゅーっとなって泣きそうになるシーンがあります。この話を世に出して「わかる!」って反応をいただいたときに、「描けてたんだな」とほっとしました。

──縦スクロールのウェブトゥーンと横組みのマンガは、描かれていてどんなふうに違いますか?


縦スクロールにはページや長さの制約がないので、思い浮かんだ順に並べるだけでいいんですよ。『氷の城壁』はモノローグが多いんですけど、縦スクだと文字を少し離すだけでテンポが作れる。そこは描きやすいし、読みやすいんじゃないでしょうか。

マンガ 漫画 氷の城壁 阿賀沢紅茶 LINEマンガ 4

©︎阿賀沢紅茶/集英社

──ウェブトゥーンならではの表現で、小雪が自分をカエルにたとえるシーンも忘れられません。スクロールしていくとカエルが水槽から外に出て、世界が明るくなる。


感情的には重いけど絵柄的にはふざけていて、私も好きです。シリアスな状況でも絵に笑いどころがあるとほっとしますよね。ミナトの飼っているポメラニアンのポン太も、いるだけで画面が緩くかわいくなるので重宝しました(笑)。──それでは最後に、yoi読者にメッセージをいただけますか。
20代から30代にかけてって、人生の分岐が多い時期だと思うんです。就活があったり、結婚する人がいたり、「もうそんなに出世してるのか」みたいな人も現れたり。学生のときは横並びだったのに、それぞれが違う人生を歩みだす。だからこそ、もう本当に人と比べることなく、みんなそれぞれ健やかに生きていきましょうねって思います。

『ふきよせレジデンス』で谷口菜津子さんが描きたかった“希望”

マンガ 漫画 ふきよせレジデンス 谷口菜津子 

●『ふきよせレジデンス』あらすじ●
夢破れ、人間関係をリセットした配達員・陸。親からの結婚の圧を感じながらも一人暮らしを満喫する会社員ミミ。両親を事故で亡くし、叔父さんに引き取られた女子高生の紺…。みんなの癒やしは、ちょっと変わったコンビニ店員のきらり。これは、「夢」と向き合い「日々」を思案する、あるアパートの住人たちの物語。

──あたたかい読後感の『ふきよせレジデンス』。でも執筆のきっかけは、谷口さんご自身のしんどい経験だったそうですね。


コロナ禍は大きかったですね。私は結婚しているんですが、当時は別居婚だったので、どうしても一人で過ごす時間が多くなって。しかも家族が病気になったり、悩みを抱えていた友人と連絡が取れなくなっちゃったり…。いろんな一人暮らしについて考えていたときに、編集さんから「アパートの話はいかがですか」と提案していただきました。

マンガ 漫画 ふきよせレジデンス 谷口菜津子 2

©︎谷口菜津子/KADOKAWA

──単行本のあとがきでは、マンションでのトラブルについても書かれていましたね。


当時住んでいたマンションで、下の階の人から生活音がうるさいと天井をたたかれるようになってしまったんです。息を殺して暮らしながら、だんだんモンスターが下にいるような気持ちになってきて。管理会社に問い合わせたら、「高齢の女性が一人で暮らしている」「直接話さないでください」と。でもペットボトルのふたを落として下からどーんと天井をたたかれたときに耐えきれなくなって、「どうしたらいいか話し合わせてほしい」と言いにいったんです。

──直接、話をしに。…ドキドキします。


当たり前なんですけど、人の声がしたことにはっとしました。か細い声で「私はこの家を購入しているから引っ越しはできないし、いい人じゃないから我慢もできない」と仰って。「この方にも人生があって、今ここで暮らすしかないんだ」とか「自分の未来かもしれない」と考えていたら、枯葉が風に舞って、一カ所に寄せ集まる情景が浮かびました。今の話だとネガティブに聞こえるかもしれませんが、それをポジティブに描きたくて。

──タイトルはそこからなんですね。「ふきよせ」といえばおいしいものを集めたお菓子も思い出します。


和菓子の「ふきよせ」には、枯れ葉とか秋の美しいモチーフをかたどったものが詰め合わされていて素敵ですよね。『ふきよせレジデンス』も、マンションだけど、ひとつの大きな家みたいなんです。住人たちのそれぞれに色々あるけど、集まるといいかんじの。

マンガ 漫画 ふきよせレジデンス 谷口菜津子 3

©︎谷口菜津子/KADOKAWA

──ご近所さんの距離感で。マンガでは、「きらり」という少し変わったコンビニの店員さんが、それぞれ悩みを抱えるマンションの住人たちを緩やかにつないでいきます。


コンビニって、近所の人たちにとって絶対あってほしい大切な場所ですよね。不思議なことは起きないけれど、魔法のように気持ちが明るくなる話を描きたくて、きらりを魔法少女のように変身するキャラクターにしました。すっぴんのときは魔女っぽいけど、コンビニに立つときはメイクでギャルになる。家族を亡くしたきらりや女子高生の紺というキャラクターの中に、私自身がたくさん考えたことも落とし込みました。

──ご自身で特に思い入れのあるシーンはどこですか?


やっぱり一番最後、見開きのページが続くところでしょうか。全然詳しくないのですが、BTSの「DYNAMITE」のミュージックビデオを見て最高だなって思ったんです。それぞれのキャラクター紹介から始まって、日常パートを経て花火が上がったりして盛り上がり、最終的にまた日常にかえっていく。物語としてもすばらしい構成に感動して、あんなふうにキャッチーにしたいと思って何度も聴きました。

マンガ 漫画 ふきよせレジデンス 谷口菜津子 4

©︎谷口菜津子/KADOKAWA

──何気ない日常を描いているようで、たくさんの祈りのような思いが込められた作品だから、何度も手にとってしまうんですね。最後に読者へのメッセージをいただけますか。


20代後半から30代って、「終わりがある」って気づき始める年齢な気がするんです。体も精神も変化してきて、新しい価値観についていくのがだんだん億劫になったり。それでもできるだけ丁寧にいろんな人の気持ちをすくいとれるように生きていくほうが、最終的には自分自身の幸せにもつながるんじゃないかなって私は感じていて。同世代の方々とは、そういうことも一緒に考えながら生きていけたらうれしいです。

日高ショーコさんが『日に流れて橋に行く』から見つめる、明治と今の重なり

マンガ 漫画 日高ショーコ 日に流れて橋に行く 

●『日に流れて橋に行く』あらすじ●
時は明治末。老舗呉服屋「三つ星」の三男・虎三郎は、本場のデパートメント経営を学ぶため留学。帰国すると、失踪した兄の代わりに急遽さびれた三つ星の当主になることに。イギリスで出会った謎の実業家・鷹頭や、三つ星初の女性店員・時子らとともに店の再建に挑む。日本橋からのスタートアップ!百貨店誕生の物語。

──明治末から物語が始まる『日に流れて橋に行く』。日高ショーコさんには、同じく明治時代の家令と子爵の恋を描いた傑作BL『憂鬱な朝』もあります。もう一度この時代を描こうと思ったのは、どうしてだったんですか?


『憂鬱な朝』はBLなので、主従関係のラブストーリーという枠組を最初に決めて「主従が恋に落ちるなら明治時代かな」と時代を設定したんですね。あとから歴史を調べはじめたら、もう面白くて。明治って、少し前まで江戸時代。明治維新で西洋化したけれど、人々の頭の中はまだ封建制度のままなんですよね。そのギャップに興味が湧いて、「次の連載を」と言われたときに自然とこのテーマが出ました。

──舞台は老舗呉服店から百貨店へと変化していく「三つ星」です。


日本初のデパートといわれる三越には、高橋義雄、日比翁助といった天才的な実業家たちがいて、流行を発信していたんです。そんな史実を知って男二人のストーリーを考え始めましたが、先が読めないほうが面白いので架空のお店とキャラクターを創りました。明治末にはたくさん呉服店がありましたが、その後15年ほどで一気に減っていきます。そのスピード感も今の時代と合っているんじゃないかな。

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©︎日高ショーコ/集英社

──時代ものではありますが、お仕事マンガとしてどこか現代の自分に引き寄せながら読んでいます。


疫病やインフレがあったりして、時代背景に今と通じるところがあるんですよね。主人公の虎三郎は三男で家を継ぐ予定じゃなかったから、東京でも留学先のイギリスでも、いろんなところをぶらぶらして世の中の変化を見ています。朝から晩までまじめに働いていたら気づかない時代の流れを、虎三郎は感じていた。だから革新的なことができるんですね。

マンガ 漫画 日高ショーコ 日に流れて橋に行く 3

©︎日高ショーコ/集英社

──1911年には帝国劇場もでき、エポックな年ですね。


そう思います。今後女性の権利についても描きたいと思っているんですが、平塚らいてうを中心に結社された青踏社が出てきたのも1911年なんですよ。

──時子ら女性たちの活躍が見どころでもあるので楽しみです。


時子は結構難しいんですけどね。自分の意思で三つ星に来たわけではなく、運よく居合わせて気づいたらそこにいた子なので。今はストレスフルな時代だから、マンガの中までつらいと読むのが大変。だから、うまくいかないことがあってもあまり堪えないタイプにしました。でも、失敗したときにまわりに支えてもらえるぐらい真摯に仕事をしているところは、ちゃんと描きたいなと思っています。

マンガ 漫画 日高ショーコ 日に流れて橋に行く 4

©︎日高ショーコ/集英社

──「日高ショーコ」さんはユニットで、原作と作画のお二人でマンガを描かれていますが、お二人にも悩んだ経験がありますか?


「yoi」でもさまざまな考え方を紹介されていますが、「クォーターライフクライシス」(※20代後半から30代半ばの人生について思い悩む時期)という言葉がありますよね。結婚か、仕事か、そもそもこの仕事でいいのか。女性には出産の適齢期もあり、産むならパートナーの同意も取らなきゃいけない。人生のタスクが山積みの時期で、私たちもたくさん悩みました。結局一番「好き」だと思うこと、続けたいと思うことを追求しようと思って、30代も半ばになってから完全にマンガの道を選びました。気づいたらラクになっていて、そこからは光の速さです(笑)。

──そもそもユニットはどのように組まれたんですか?


同人誌からのスカウトでデビューしたんですが、最初は基本的に一人で描いて、オチやセリフの相談をしていたんです。そのうち連載が始まって「もっと話作りに入ってきてもらえると助かるから、二人で描きませんか」と。片方は会社員もしていたんですが、体を壊したことをきっかけにマンガの仕事に専念しました。『憂鬱な朝』の連載中に初めて担当編集さんに「実は二人でマンガを創っていて、お話を考えている人がいます」と言ったんですよ。――『日に流れて橋に行く』にも好きな仕事の楽しさが詰まっています。最後に少しだけ今後の見どころを教えてください。


もうすぐ明治が終わり、大正時代に入ります。明治44年から大正にかけては安定した時期で、人々の消費活動が発展します。不穏な世界情勢もありつつ、新しい時代が始まるワクワク感は大きかったはず。歴史を調べると「へえ、面白いな」って思うことがたくさんあります。そこをできるだけ描きたいですし、読者の方にも面白がっていただけたらうれしいです。

『胚培養士ミズイロ』でおかざき真里さんが選んだ、「不妊治療」というテーマ

マンガ 漫画 胚培養士ミズイロ おかざき真里 不妊治療 

●『胚培養士ミズイロ』あらすじ●
自らの手で精子と卵子を受精させる胚培養士(はいばいようし)。アースクリニックで働く天才胚培養士・水沢歩は、“男性不妊”、“高齢出産”など、不妊治療にまつわるさまざまな問題に直面しながらも、子どもを欲する人々の強い想いに応えていく。

──「14人にひとり。日本では体外受精で産まれている。」『胚培養士ミズイロ』の冒頭で語られているとおり、現代の日本では不妊治療が身近な医療となっています。今作でこのテーマを選んだきっかけはどのようなものでしたか?


最澄と空海を描いた前作『阿・吽』が終わりにさしかかった頃から、次は何を描こうかと考えていました。そんなときに担当になった編集者が理系出身で、大学の授業で知った「胚培養士」の企画をずっと温めていたんですね。私自身、妊娠・出産をしたときに夫婦間の温度差をすごく感じたんです。男女で子どもの頃から体感してきたものがあまりに違うので、夫とすり合わせる段階から大変でした。このテーマなら私も実感をもって描けるし、世の中に出す意義があると思って、お引き受けしました。

──監修の生殖医療専門医・石川智基さんによると、胚培養士は不妊治療の「縁の下の力持ち」。主人公が医師ではなく、胚培養士というところも新鮮ですね。
受精のプロセスを担う胚培養士さんの存在は、私もこの企画で初めて知りました。医師を描くマンガはたくさんありますが、医療現場のブラックボックスのような部分は誰も描かれていないので、描きがいがあります。作品を描くにあたって、まず患者さんたちに取材をさせていただいて、それからレディースクリニックや産婦人科の不妊治療部門、大学病院などにそれぞれの特徴や業務フローなどのお話を聞きに行きました。多くの場合、胚培養士さんは培養室の中だけで仕事をされていますが、この作品のモデルにさせていただいたクリニックでは患者さんにさまざまな説明をする立場なんです。

マンガ 漫画 胚培養士ミズイロ おかざき真里 不妊治療 2

©︎おかざき真里/小学館

──第一話、最後のモノローグは「世界で最も低い成功率の国で。」。日本の不妊治療は、そんなに成功率が低いのかと衝撃を受けました。


調べた事実をそのまま描くと、それだけでマンガとして成立します。すぐそばで起きているのに、まったく知らなかった事実がある。そのうえで、毎回のお話で何をクライマックスにもってくるかというと、それはもう患者さんの感情です。患者さんの数だけあるいろんな思いを、できるだけ掘り下げていきたいです。

──思いが画面からあふれ出すシーンの迫力に、毎回圧倒されます。


取材していくと、結局本人および夫婦の“納得”についてすごく考えさせられるんです。それは誰にもジャッジできるものじゃないし、その人たちが思う幸せの形は何だろうってところに行き着いていく。

──俳優のミチルさんのエピソードでは、仕事と不妊治療をめぐる葛藤に「わかる」と膝を打ちました。


仕事との兼ね合いは本当に大変ですよね。やっぱり上司や同僚にある程度の理解がないと難しい。4巻に収録されるお話では、ちらっと会社の上司を描きました。子作りというプライベートな話を他人につまびらかにする必要はないと思います。ただ、不妊治療のスケジュールに関しては、本人さえも先がわからないという事実を、多くの人に知っていただけるといいかなと思いますね。どんな仕事をされているかによっても状況が変わるので、今後もいろんな職業の患者さんを取り上げていくつもりです。

マンガ 漫画 胚培養士ミズイロ おかざき真里 不妊治療 3

©︎おかざき真里/小学館

──無精子症などの男性不妊についても物語の初期から描かれています。


青年誌での連載ですし、やっぱり男性にも身近に感じてもらいたくて。不妊の原因の半数は男性側にもあるので、これからも繰り返し描くことになると思います。

マンガ 漫画 胚培養士ミズイロ おかざき真里 不妊治療 4

©︎おかざき真里/小学館

──胚培養士は命を扱う仕事ですが、描きながら難しさを感じることはありますか?


倫理観も正しさも、刻一刻と変わっていくので、どうすれば心に刺さったり、あるいはアウトだと思われなかったりするだろう、とすごく考えます。私と同世代で体外受精をされた方にお話を伺ったら、当時はご夫婦で「周囲には秘密にしよう」と決めていたそうなんですね。体外受精で生まれた赤ちゃんが「試験管ベビー」とセンセーショナルに報道されていた時代でした。でも時の流れとともに社会の空気は大きく変わりましたよね。そういう変化を見ていると、古くなっても伝わるように描けないだろうかとはずっと考えていますね。難しいですけれど。

──yoiの読者には、仕事や妊娠・出産など、今まさにライフプランと向き合う世代の方も多いのですが、メッセージをいただけますか?


20代から30代ってまだ本当に過渡期だし、選択肢がたくさんあるからこそ悩むことが多いですよね。『胚培養士ミズイロ』で描いていることにもつながりますが、結局は自分が納得することしか選べないし、それが一番後悔には結びつかないんじゃないかと思うんです。

だからまずは、自分で自分を信用してあげることが大切なんじゃないでしょうか。「あのときは全力だった」って思えれば、きっとどんな結果でも納得できるはずだから。そのかたわらにエンターテイメントが、気持ちとして寄り添えればうれしいです。

磯谷友紀さんが『東大の三姉妹』に込めた、頑張る女の子たちへのエール

マンガ 漫画 磯谷友紀 東大の三姉妹 

●『東大の三姉妹』あらすじ●
坂咲家は4人きょうだい。東大出身・外資金融系企業に勤める長女・世利子(よりこ)、同じく東大出身・テレビ局でドラマのプロデューサーを務める次女・比成子(ひなこ)、現役東大生でカビの研究をしている三女・実地子(みちこ)、そして末っ子長男・一理(いちり)。高学歴女子の一筋縄ではいかない恋と仕事を、精鋭な感性で描く、4きょうだいの物語。

──『東大の三姉妹』の主人公となる世利子、比成子、実地子の三姉妹は、全員東大卒/東大在学中。そもそも、東大に進学する女性たちに磯谷さんが注目されたのはどうしてだったんですか。


以前から高学歴の女性に興味があって、きっかけのひとつは高校で進学校に通ったことでした。私自身はついていくのが大変だったのですが、まわりには成績優秀な子がたくさんいて、卒業後も彼女たちから高学歴ならではのいろんな苦労話を聞いていました。

私は漫画家になる前、小さな出版社に勤めていたのですが、東大卒の女性のインタビューに同行したことがあったんですね。その方が自分の優秀すぎないところを何度も強調してお話されていたことが、ずっと心にひっかかっていました。

マンガ 漫画 磯谷友紀 東大の三姉妹 2

©︎磯谷友紀/小学館

──本来、成績優秀というのも素敵なことのはずですよね。


日本には謙遜の文化があって、褒められて自信を持つべきところが長所になるどころか隠すべきものになったりしますよね。自分だけ浮いてしまうことへの恐れがあったり、謙遜しないと傲慢に見られることもある。社会学者・上野千鶴子さんの東京大学入学式の祝辞が話題になったときにも、何度も読み返しました。

──1巻の帯には「努力した女の子にだけ見える世界がある」と書かれています。勉強だけでなく仕事や人間関係など日々を頑張る女の子たちが抱えている複雑な思いが、これからどんどん描かれていくのかなと楽しみにしています。


帯は、担当編集さんが考えてくださったんです。まさに帯そのままの世界を目指している作品なので、うれしかったです。『東大の三姉妹』というタイトルにするとき、「東大の話か。だったら私は関係ない」と多くの方に思われてしまうんじゃないかと少し迷ったんですね。でも東大っていうのはあくまで一例。三姉妹が抱えているもやもやした気持ちは、色んな方にわかってもらえるんじゃないかなと思っています。頑張る女の子たちが普通に認められる社会になってほしいので、作品の中にはエールも込めていきたいです。

マンガ 漫画 磯谷友紀 東大の三姉妹 3

©︎磯谷友紀/小学館

──『東大の三姉妹』を描くうえで、磯谷さんが一番大事にされていることを教えていただけますか?


『東大の三姉妹』だけじゃないかもしれないんですけど…、人が何か行動を起こすときって、ひとつの感情でそこに至るわけじゃなくて、背後にいろんな感情がありますよね。私はそういう部分が大切だと思っています。キャラとしては矛盾が出てきちゃうこともあるんですけど、やっぱりみんな、二面性はありますよね。二面性どころか多面性かも。私はそこを大事に描きたいです。

──その複雑怪奇さこそが人間の魅力ですね。


そうなんです。『東大の三姉妹』でいうと、三姉妹の弟の一理の軸がブレブレなところとか、私は結構共感します(笑)。できるお姉ちゃんたちと一緒に暮らしたくないって一話では言ってるんですけど、やっぱり大好きだから。

──ちなみに1巻で、ご自身の中で心に残っているシーンはどこですか?


まわりから「こういう人、いるー!」とすごく反響をもらって、自分でも面白かったのは、比成ちゃんの彼氏のバーテンダーが出てくるシーンですね(笑)。彼の中には比成ちゃんに対する嫉妬心もあって、新しい文学作品について「読んだ?」とプレッシャーをかけたり、「ものを知らないんだよ」とマウントを仕掛けてくる。彼女は「持っている」から多少傷つけてもいいという対象にされてしまっているというか。

マンガ 漫画 磯谷友紀 東大の三姉妹 4

©︎磯谷友紀/小学館

──言語化しづらい違和感が高解像度で描かれたシーンですよね。プレッシャーといえば、三姉妹のお母さんの存在も気になります。


私は母をわりと早くに亡くしているんですが、やっぱり存在としてはすごく大きくて。いまだに母の死以前/以後みたいに物事をとらえてしまうんです。仲は悪くなかったんですけど、今生きていたらきっとすごくモメただろうなと思っていて、そんな想像をしながら三姉妹のお母さんを描いています。設定としてはお母さんも東大を出ていて、強い人です。世利ちゃんとの確執にもつながるんですけど、できない人の気持ちがよくわからない人なのかも。今のところまったく存在感のないお父さんについても、いずれ描くつもりです。

『気になってる人が男じゃなかった』新井すみこさんの大人気作品がSNSから広がった理由

マンガ 漫画 気になってる人が男じゃなかった 新井すみこ 

●『気になってる人が男じゃなかった』あらすじ●
CDショップで働いているミステリアスな「おにーさん」が気になってしょうがない女子高生・大沢あや。しかし「おにーさん」の正体は、話したこともない、クラスメイトの目立たない女子・古賀みつきだった──。SNSで大きな注目を集めた、女同士の「愛情」を巡る物語。

──「みつき」と「あや」、女の子二人のストーリーというアイデアはどんなところから生まれましたか?


女の子同士の話が描きたいとずっと思っていました。ギャップのある正反対の世界から来た二人がつながる、みたいなお話も好きで、そこから考えたのかな。私は絵を描くのが大好きで、もともとはセリフなしの2ページマンガみたいなものを時々SNSにあげていたんですね。セリフがないと海外の人に広まりやすかったり、日本語がわからなくても楽しんでもらえるかなと思って。その中のひとつが『気になってる人が男じゃなかった』の元ネタになっています。

マンガ 漫画 気になってる人が男じゃなかった 新井すみこ 2

©︎新井すみこ

──『気になってる人が男じゃなかった』がX(旧Twitter)で発表されると大反響を呼び、現在、新井さんのXのフォロワーは100万人を超えています。SNSで発表されたのは、今おっしゃった海外への伝わりやすさなども理由ですか?


まさかこんなことになるとは思っていなかったので、あまり深く考えていませんでした(笑)。SNSで海外の人たちともつながれたことは、すごくうれしかったですね。海外で暮らしていた時期もあるので、まったく違う環境で過ごしたことが今の私を作り上げた感覚があります。多分、世界的にも女性同士の物語の数は、男女あるいは男性同士のラブストーリーと比べると多くはないので、それもSNSには向いていたのかもしれません。

──女の子二人の関係を描きたいと思われたのはどうしてだったんですか?


女性同士の関係ってすごくインテンス(親密)なものだなって思うんです。めちゃくちゃ仲良くなった時のあの感じ……おそろいの服を着たり、同じ音楽を聞いたり、それこそ何時間も特にしゃべらずに一緒にいたりとか。恋愛とも違う、ずっとそこにある愛情というか。恋愛は別れたら終わりじゃないか?という偏見が私の中にちょっとあって、それを超越したものを描きたいんですね。関係性の肩書きがなくても一緒にいられたら、それが愛なんじゃないかって思ったりもするんです。ごめんなさい、わかりにくいんですけど。

マンガ 漫画 気になってる人が男じゃなかった 新井すみこ 3

©︎新井すみこ

──学校でも二人が友達になるところは、印象的なシーンですね。


私はアメリカのTVドラマ「glee」(※マイノリティが集まった高校の合唱部を中心に描くミュージック・コメディ・ドラマ)が大好きで、あの作品を観て育ったんです。なんでも持っていそうに見えるキラキラした人も、実は人に言えない感情を抱えていたりするストーリーに感動したので、自分でも描きたくて。あやにはそういう要素が入っていますね。あやは、外見はフェミニンですがしゃんとしてるんです。他の人のことになると「は?」と立ち向かっていくような、気骨のある女の子ですね。

──2巻ではそれぞれの個性がより見えてきました。


みつきは学校では自分を隠しているけど、でもみつきが必死で隠している彼女らしさって、本当はすごく魅力的なんですよね。あやと話すことで、学校でも本当の自分がどんどん引き出されていくところは描いていて楽しいです。

マンガ 漫画 気になってる人が男じゃなかった 新井すみこ 4

©︎新井すみこ

──音楽もこのマンガの大切な要素です。黄緑と黒という、マンガでは珍しい2色でカラーリングされていて、最初に読んだときにロックだなって思いました。


実は黄緑を選んだのは、第一話をSNSに投稿する15分前だったんです(笑)。バズるとも思っていなかったし、ロックな感じ、ちょっと危険な色がいいなと思って、気まぐれで入れたんですよね。そのラスト・ミニット・デシジョン(ラスト1分の決断)がよかったのかもしれません。

──NIRVANAをはじめ、たくさんの音楽が作中でかかりますが、新井さん自身の音楽遍歴は?


小さい頃はBECKのアルバム『グエロ』が世界一好きで、父の仕事場でかけてダンスしていたのを覚えています。あそこからロック好きが始まりましたね。NIRVANAは音楽も格別なんですけど、フロントマンだったカート・コバーンのフェミニズムやジェンダーの境界を押し広げていたところにも共感します。私はひとりっ子だったので一人の時間も長かったですし、言葉の通じない場所に引っ越したりもしたので、沈黙を音楽に埋めてもらいながら色んな想像力を養ってもらった気がします。──公式プレイリストもありますが、実際に音楽をかけながら読むのも楽しいです。


自分で選んでいるのでちょっと恥ずかしさもあるんですが(笑)、うれしいです。誰にも言ってなかったんですが、公式プレイリストは、みつきとあやがそれぞれ選んだ曲ができるだけ交互に入るように順番を考えているんですよ。もちろん、音楽のフローが一番優先されていますけどね。