健康や美容に欠かせない栄養素としてイメージが定着したタンパク質ですが、朝食で十分な量をとれていますか? 実は朝こそがタンパク質のゴールデンタイム。今話題の時間栄養学を踏まえて、朝のタンパク質の重要性や効果を時間栄養学が専門の古谷彰子さんに伺いました。
理学博士・管理栄養士
愛国学園短期大学准教授。「chronomanage」代表。早稲田大学規範科学総合研究所ナノ・ライフ創新研究機構招聘研究員。「時間」という観点から、医学・栄養学・調理学の領域にアプローチする時間栄養学を専門とし、科学的根拠をもとにした栄養指導や講演活動のほか、企業との商品開発など多岐にわたり活躍。
いつ食べるかが超重要。時間栄養学はなぜ心と体に効くのか
──筋肉や臓器、皮膚、髪、爪など、体のあらゆる組織をつくるための材料であるタンパク質。最近では、高タンパク質食品や飲料が続々と登場し、その重要性が浸透していることがうかがえます。
古谷彰子さん(以下、古谷):そうですね。ただ、皆さんタンパク質の摂取というと昼や夜に偏りやすく、朝食で十分なタンパク質をとれている人は少ないと思います。
時間栄養学を踏まえると、タンパク質摂取のゴールデンタイムは実は朝。朝食でタンパク質を含む食品をしっかり食べることで、体づくりはもちろん、自律神経調整、睡眠の質の改善といったさまざまな恩恵を得ることができるんですよ。
──“朝”という時間帯が重要なのですね。時間栄養学について詳しく教えていただけますか?
古谷:時間栄養学は、「何をどのくらい」だけではなく、「いつ」食べるかということを考慮に入れる栄養学で、栄養素によって体内時計を整えたり、体内時計に合わせて栄養素を摂ることでより効率的に代謝や合成を進めることができます。
──体内時計はどんな働きをしているのでしょうか?
古谷:体内時計は、脳や内臓、皮膚、血液など全身のあらゆる細胞・器官に備わっている地球の自転に合わせた約24時間周期のリズムのこと。体内時計のおかげで、睡眠、覚醒、体温、エネルギー代謝、ホルモン分泌といった生理現象を制御することができています。
私たちが、朝になると目が覚め、日中は活動し、夜になると眠くなるというリズムで生活できるのは、体内時計が自律神経やホルモン分泌を約24時間周期で調整してくれているからなんですよ。
ただ、体内時計の周期は24時間ぴったりではなく少し長いので、何もしなければ体内時計はどんどん後ろにズレていき、外部環境と体内時計のリズムが合わなくなります。すると、さまざまな生理現象に乱れが生じ、心身の不調につながっていくのです。
それを防ぐためには、外部環境と同期するように体内時計を毎朝リセットする必要があります。そこで重要になるのが朝の「太陽光」「食事」「運動」。
体内時計には、脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)にある「中枢時計」、それ以外の場所に存在する「末梢時計」があります。
中枢時計は太陽光を目で感知することによって朝を認識し、リセットがかかると同時に、バラバラに動いていた全身の末梢時計にも「朝だよ」と司令を出してリセットのスイッチを押します。そうして、体内時計の足並みをそろえてから、一日の体のリズムを新たにスタートさせます。
一方、食事や運動は中枢時計を介さず末梢時計を直接リセットすることができます。太陽光を浴びられなかったとしても、毎朝決まった時間に朝食をとったり、運動することで末梢時計はリセットできることが明らかになっています。
時間栄養学ではよりリセット効果の高い食材を朝に食べることで、効率的に体内時計を整え、心身を健康に導くことを目指しています。
体内時計を整える“朝”タンパク質のすごい効果
──タンパク質を朝、摂取することで得られる効果は、体内時計のリセットと関係しているのでしょうか?
古谷:そうです。まず、体内時計のリセットのスイッチの一つとなるのが「インスリン」というホルモンで、これは糖質摂取による血糖値上昇で分泌されます。加えて、タンパク質をとると、同じく体内時計のリセット作用がある「インスリン様成長因子」というホルモンが分泌されるため、糖質+タンパク質というセットで朝にとるのが時間栄養学的にはとても重要なのです。
体内時計がリセットされてから約12時間後〜に分泌される「メラトニン」というホルモンが良質な睡眠へと導くため、朝食でしっかり糖質とタンパク質をとることは睡眠の質向上に直結します。
逆に、夜は血糖値を上げ、体内時計のリセットスイッチを押す食品や飲料は極力控えたい。実際、夜に糖質の多いものを摂取すると、夜間の中途覚醒の回数が増えることがわかっています。糖質を多く含むプロテインドリンクを飲む場合は朝がおすすめです。
また、朝のタンパク質摂取には、昼食と夕食の血糖値上昇を抑える「セカンドミール効果」もあり、血糖値が安定することで、満足感につながり、昼食や夕食の量が減る傾向があります。
※古谷先生が2023年に発表した論文では、高タンパク質朝食と通常の朝食を比較した際、高タンパク質朝食では、有意にセカンドミール効果が見られたほか(下のグラフを参照)、20代女性を対象に、タンパク質40gの朝食と通常の朝食を比較した場合も同様の結果になることが確認されています。
AUCは、血糖値増加量の面積を表す指標で、大きいほど血糖値が大きく上昇したことを表し、食品の血糖値上昇を比較する際に用いられる。
Xiao & Furutani et al. (2023) Nutrients, Effect of a High Protein Diet at Breakfast on Postprandial Glucose Level at Dinner Time in Healthy Adults を参考に作図。
つまり、朝に十分なタンパク質をとることは体内時計をリセットするだけではなく、夜の体内時計のスイッチングを予防し、一日を通して体内時計を整えるのに役立つんです。
また、体内時計のリズムに合わせて栄養をとるのも時間栄養学において重要なポイント。朝のほうが筋合成が盛んなため、同じ量のタンパク質を食べても、朝のほうが効果的に筋肉を増やすことができます。体づくりをしたい人は特に、朝に十分なタンパク質をとることを意識するといいでしょう。
意外に簡単。自分に必要なタンパク質量を確保するコツ
──実際、どのくらいのタンパク質をとればいいのでしょうか?
古谷:活動量、性別、年代によって必要なタンパク質量は変わります。日本人の食事摂取基準2020年度版では、活動量Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに分かれていて、デスクワークなど一般的な仕事をしている方は大体Ⅱに当てはまり、20代、30代の女性だと、推奨量の中間値である90gを一日の摂取量の目安にしたらいいと思います。
「「日本人の食事摂取基準」(2020年版)」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586557.pdf)を加工して作成。
3等分だと一食30gで、最初は一食30gを目指し、理想は朝:昼:夜=40g:30g:20g。体内時計リセットのスイッチングをしやすい条件は絶食後の朝食なんです。なので夜は軽めになるよう、食事全体のバランスは朝:昼:夜=4:3:2が理想で、それに合わせたバランスでタンパク質もとれればベスト。
──タンパク質を一食で30gとるのは結構大変なイメージがあります。
古谷:主菜だけでとろうとすると大変そうに感じてしまうのですが、例えばご飯150gで3.8g、6枚切りの食パン1枚で5〜6g、牛乳と豆乳は200mLで6〜7gのタンパク質が含まれていて、主食を考慮したり、飲料をプラスしたりすることで、意外と30gは簡単に達成できるんですよ。
コツは、ベースの朝食メニューを作り、そこに何かをプラスして、30g以上を目指すこと。植物性タンパク質と動物性タンパク質はできれば半々が理想です。
プロテインドリンクを活用する場合も、肉や魚を食べたときは植物性、大豆製品が多かった場合は動物性などを選ぶといいでしょう。ただ、前述した通り糖質が多くて、血糖値が上がりやすいうえ、飲みすぎは腎臓の負担になるので、食事でとれるならそれに越したことはないでしょう。
ベースの朝食メニューの例と、プラスアルファしたいタンパク質食品の例。タンパク質量は目安で、商品によって含有量は異なります。
いちばんよくないのは、朝食を抜くことなので、朝食を食べる習慣がない人はまずはお茶漬けなどからスタートするのがおすすめ。インスタントでもいいですし、コンビニに売っている鮭の塩焼きをご飯にのせてお茶漬けにすれば、簡単にタンパク質も確保できるのでおすすめです。
コンビニの鮭の塩焼きをご飯にのせてお茶をかけるだけ。お好みで刻みのりや小ネギをトッピングしても◎。サラサラ食べやすく、約19gのタンパク質が確保できる。
タンパク質を含む朝食をとる習慣が身につくと、体内時計が整い、1週間ほどで徐々に朝型にシフトし、朝ごはんを食べられるようになってきます。そうすると、心身ともに調子がよくなることを実感できるはず。まずは、朝に何か少しでも体に入れることから頑張りましょう!
撮影/表萌々花 イラスト/minomi 企画・構成・取材・文/長谷日向子