カリフォルニアに暮らし、さまざまなメディアを通して「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに発信するZ世代のライター、竹田ダニエルさん。そんなダニエルさんによる短期連載『New “Word” New “World”』がスタート。

Z世代的価値観でのトレンドワードを切り口に、「体・心・性」にまつわるさまざまな価値観を知ることで、新しい世界が広がっていくような内容をお届けします! 初回のトピックは、アメリカのZ世代的価値観のなかで広がる「恋愛のかたち」について。パンデミック以降の出会い方や性のとらえ方、多様化するリレーションシップなどについて「Solo-Date(ソロデート)」をキーワードに向き合いました。

竹田ダニエル new word new world  アメリカ セルフケア セルフラブ 誰

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌「群像」での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol1. "Solo-Date" ——

マッチングアプリがもたらした、恩恵と弊害

竹田ダニエル アメリカ 生活 音楽 誰 

Greek Theatreにて、Louis The Childのライブに行った際の様子(Photo by Daniel Takeda)

――今回は、アメリカのZ世代的価値観における「恋愛」や「性」について伺えればと思います。はじめに、パンデミック以降、出会い方や恋愛のとらえ方はどう変わったと感じますか?

ダニエルさん:まず対面での出会いが減り、マッチングアプリで出会うことが当たり前の選択肢になりましたよね。それだけでなく、「出会うまでのプロセス」にも変化があったと感じています。

例えばパンデミック以降、マッチングアプリのプロフィール欄に、趣味や職業だけでなく、「ワクチンを打ったかどうか」などコロナウイルスに対するスタンスや、自分の「政治観」について表明する人がとても増えたと思います。『Hinge(ヒンジ)』というマッチングアプリには、リベラル、保守、中道など、自分が支持する政党を選ぶ項目もあるんですよ。

――政治観まで表明するんですね。日本ではあまり見ない風潮な気がします。

ダニエルさん:その理由として、パンデミックを経験し、「自分はどう生きたいのか」という問いに向き合う人が増えたこと、それに応じて政治への興味・関心がより高まったことが挙げられると思います。恋愛も同じで、自分が何を大切にして生きていきたいのかを明確にし、その価値観が合う人とつながりたいという人が増えたのではないでしょうか。

――アメリカでは以前から、恋人関係になる前の“お試し期間”=「デーティング」という文化が広く浸透しているとおっしゃっていましたが、そこに変化はありましたか?

パンデミックだけの影響かはわからないですが、デーティングがよりライトになった、「カジュアルデーティング」を選択する人が増えたと思いますね。特定の人と“つき合う前のお試し”をする、というよりは、不特定多数の人と同時並行でデートをする、というイメージでしょうか。ここで注目したいのは、カジュアルデーティングの背景に「反コミットメントカルチャー」が深く関係しているということ。

竹田ダニエル デーティング 意味 Dating Casual Dating とは

――反コミットメントカルチャーとは、どんなものなんでしょうか。

ダニエルさん:一人の人と深い関係を築くこと=「コミットメント」を避ける現象です。それは恋愛だけでなく人生全般においても浸透してきていると思います。

その理由のひとつには、「未来への不安」が挙げられます。Z世代は、幼い頃から環境破壊や政治不安などさまざまな問題について、SNSを通して身近に感じてきた世代です。また、パンデミックのように突然社会が変わってしまい、それがいつ終わるかもわからないという不安にも直面している。そうなると、不確定な将来に向けて今の時間を使うよりも、目の前の生活や自分の精神的な安定を維持することのほうが大事になるわけです。

恋愛においても同じような現象が起きています。“どうなるかわからない将来を一人の人と築いていくこと”に賭けるより、“恋愛の楽しいところを誰かと共有して、今を楽しむことに捧げたい”と考える人が増えているということです。

竹田ダニエル アメリカ 生活 誰 大学生 

「ラディカル書籍」を並べた本屋の棚(Photo by Daniel Takeda)

――なるほど…。パンデミックによる社会の変化が、人々の考え方にも影響を及ぼしたんですね。

ダニエルさん:ただ、マッチングアプリは気軽な出会いをもたらしてくれた一方で、他者に対するリスペクトを薄れさせてしまったのではないか、という指摘もあります。誰かとマッチしても深い関係を築こうとせず、ほかの人と会いつづけて比較する。これはあまり誠実な態度ではないですよね。

また、Z世代を中心に浸透している「セルフラブ」「セルフケア」=“自分を大切にする概念”を曲解して、自分に利益をもたらさない人との関係を簡単に切り捨ててしまう傾向もあります。一方的に連絡を絶ち、音信不通になる「ゴースティング」をした/されたという話もよく聞きます。

関係性の多様化で、“つき合う”ことへのハードルが上がっている

竹田ダニエル カリフォルニア セルフケア アメリカ 恋愛事情

ヒッピー文化で有名なTelegraph通りのアート入りゴミ箱(Photo by Daniel Takeda)

――反コミットメントカルチャーが広がるなかで、新しく浸透した恋愛における概念などはありますか?

ダニエルさん最近では、「Situationship(シチュエーションシップ)」という関係にある人が多い気がします。日本でいう「正式につき合っているカップル」は英語で「Exclusive(エクスクルーシヴ)」と呼ばれ、友達や家族にパートナーとして紹介されたり、同棲したりしている間柄です。一方、端から見れば「エクスルーシヴ」のような関係に見えても、双方のあいだで「つき合っている」という確認が取られていない場合は、「シチュエーションシップ」と呼ばれます。この状況の場合、お互いの存在を親や友人に恋人として紹介することはないですし、互いにほかの人とデートしてもOKという暗黙の了解があります。

また、これは新しい概念ではないですが、お互いの合意のもと複数人と同時に親密な関係を築く「ポリアモリー」という恋愛スタイルをとっている人や、交際や結婚をしていてもほかの人とも関係を持つことにお互いに合意している「オープンリレーションシップ」という関係性を選択している人もいます。

実際、私のまわりにもエクスクルーシヴにつき合っている人はかなり少ないです。関係性が多様化したことで、相対的に、恋人になるハードルが上がっていると感じますね。

竹田ダニエル シチュエーションシップ situationship  とは アメリカ 恋愛事情

――「デーティング」と「シチュエーションシップ」は、また別ものということですよね。

ダニエルさんデーティングは本来、“つき合うことを前提としたお試し期間”で、シチュエーションシップは、“つき合うことを前提とせず、恋愛のいいところだけを抽出した関係性”というイメージです。ただ、個人的にはもはやデーティングという概念すら、最近は意味をなさなくなってきていると思っています。

というのも、2015年頃からマッチングアプリ『Tinder』が人気を獲得していくなかで、若者のあいだで一夜限りの体の関係だけを持つ「フックアップカルチャー」が常態化してきた背景があります。このカルチャーの台頭により、つき合うことを前提とした旧来のデーティング文化がくずれ、シチュエーションシップが生まれてきたと考えています。

Z世代には、「自分のジェンダーやセクシュアリティーがまだわからないから、いろんな人とつき合って自分の指向性を探りたい」という人もいるのかなと。だから、たとえひとつの関係がうまくいかなくても、それは失敗ではなく冒険。“失敗”の価値観が薄れてきているのかもしれません。

“シチュエーションシップ”について歌ったSnoh Aalegraの楽曲『Situationship』

私は私とデートする。“ソロデート”とは?

ダニエルさん:一方で、関係性が多様化する流れに伴い、恋愛そのものに疲れてくる人が増えている現状も。誰かとデートしたり付き合ったりするよりも、自分とのデート=「Solo-Date(ソロデート)」を楽しもうというコンセプトが広がりつつあります。

――面白いコンセプトですね…!

ダニエルさん:日本では「ソロ活」という言葉があるように、一人で外食したり、外出するのには抵抗感がない人も多いですが、アメリカはいまだにカップル文化が根強く、大勢の人の中に一人で行くことが苦手な人が多いんですね。エクスクルーシヴな関係でなくても一緒に出かけることが当たり前になっていくと、カップルであるかのような錯覚に陥る。でも、正式な恋人ではないから、相手が自分の誕生日に何もしてくれなかったり友達に紹介してもらえなかったりすると、「自分は愛されていないのではないか」「愛される資格がない人間なんだ」と感じて、自尊心が低くなってしまいます。

そこでそのカウンターとして、誰かに愛されることを重視する幸せの測り方よりも、自分で自分を幸せにしたらいい、という考えが広がりはじめているんです。気になっていたレストランや憧れの国に行くなど、自分の夢を自分でかなえてあげる。そんな「Solo-Date(ソロデート)」が支持されはじめています。

竹田ダニエル カリフォルニア 何者 

カリフォルニア独特の夕暮れの景色(Photo by Daniel Takeda)

例えばうまくいかなかった恋愛を振り返ったとき、「もっと自分が従順であればよかったのかな」とか、「もっと外見を磨いておくべきだった」と考える人もいると思います。でもそれでは、ありのままの自分ではなく“誰かになりすましたバージョンの自分”が愛されているだけであって、持続可能ではないですよね。たとえ誰かと深い関係を築いたとしても、その人と別れるかもしれないし、未来のことはわからない。そう考えると、最後まで自分と一緒にいるのは自分しかいないし、自分との関係性を健康的に維持できなければ意味がない。

“Focus on myself”という言葉も広がってきていますが、結局自分に向き合い、自分であることの自信を培うこと。私たちには今、そういう練習が必要なのかなと思います。

取材・文/浦本真梨子 企画・編集/種谷美波(yoi) タイトルロゴ写真/Joel da Palma(Getty Images)