「おとなのためのアイラブみー」収録現場にて。(左から)富永京子先生、岡崎文さん、高戸映里奈、藤江千紘さん

『おとなのためのアイラブみー』収録現場にて。(左から)富永京子先生、岡崎文さん、高戸映里奈、藤江千紘さん

主人公・5歳の“みー”が、「自分を大切にするってどういうこと?」をテーマに、体や心についてさまざまな発見をしていく子ども向けアニメーション番組『アイラブみー』。今年の国際女性デーに、当番組のプロデューサーであるNHKエデュケーショナルの藤江千紘さん、岡崎文さんにインタビューした記事「NHK『アイラブみー』のプロデューサーと考える“自分の愛し方”」がyoiでも反響を呼びました。

さらに今回は、藤江さんと岡崎さんがパーソナリティをつとめるポッドキャスト番組『おとなのためのアイラブみー』にお声がけいただき、yoiとのコラボ配信が実現! yoi peopleのお一人である社会学研究者の富永京子先生とyoiエディターの高戸映里奈が番組にゲスト出演し、全4回の配信に渡って語り合いました。yoiでは、その配信の内容を一部抜粋してお届け。フルバージョンは『Spotify』にて絶賛配信中ですので、ぜひお聴きください! 

●ポッドキャスト番組『おとなのためのアイラブみー』
5歳の主人公・“みー”の心や体にまつわるふとした疑問をアニメーションで描く、子どものためのじぶん探求ファンタジー番組『アイラブみー』を制作するプロデューサー、藤江千紘さんと岡崎文さんによるポッドキャスト。性教育の疑問やこじらせてしまったモヤモヤを専門家にぶつけ、答えを一緒に探っていくトークプログラム。俳優・満島ひかりさんの声で楽しむ「聴くアニメーション アイラブみー」も配信中。毎週火曜日に配信予定。

「わがまま」を言いやすい社会に変わってきている?

富永京子先生

藤江さん 私は2019年に出された富永先生のご著書『みんなのわがまま入門』というタイトルを本屋で見たときに、「みんなのわがまま」という言葉の組み合わせにハッとさせられて読んでみようと思ったんです。その当時と比べて今、「わがまま」という言葉の印象がちょっと変わってきているような気がするんですが、先生はどうでしょうか?

富永先生 私は社会運動の研究者なので、この本でいう「わがまま」という言葉は「権利」に近いと思います。例えば、「こんなに頑張ってるから賃金上げてよ」とか「出産を控えているから産休を取りたい」みたいな、社会的には当然あるべき権利なのにそれが権利だと思えない人がすごく多いんですよね。つい頑張っちゃうし、まわりの人も「賃金が上がらないのはあなたのせい」とか「休みたくても人が足りないんだから我慢しなよ」みたいな言い方をされたりする。そういった「わがまま」と思われるかもしれない主張に対して、「わがまま言ってもいいんだよ」というのが『みんなのわがまま入門』を書いた当初思っていたことでした。

ところが先日、学生から「それってわがままじゃなくて当然のことじゃないですか」と言われたんです。そうした主張としての「わがまま」を言ってよくなった、「わがまま」とすら思わなくなったのは、いい社会の変化なんじゃないかと思います。

岡崎さん 本が出た当時は「確かにそれってわがままだよね」と共感してくれる人が多かったけれど、今の若い世代からしたら「そもそも全然わがままじゃないよね」っていう感覚になってきているってことですか?

富永先生 感覚としてもそうですし、実際にNHK放送文化研究所の「日本人の意識」調査の本を見ても、20代の人の権利への意識が上がっていたりして、意外ともう「わがまま」じゃないんだなと感じました。

人々が集う室内

岡崎さん なぜ変わってきているんでしょうか?

富永先生 コロナ禍の前後から、一人でも声をあげやすくなったということがあると思います。オンライン署名サイトやクラウドファンディングをつのるサイト、いろんなSNSなどでも声をあげやすくなった。例えばジェンダー平等に関する発言や政治や社会の不正や不条理に声をあげれば、ある程度聞き入れてもらえるようになったという成功体験が大きかったのかもしれないです。

岡崎さん 「わがまま」を言うことのハードルも下がったし、声をあげればなんとかなるんじゃないかという成功事例を、見たり聞いたりする経験値が上がってるってことですね。高戸さんはどう思いますか?

高戸 yoiみたいなメディアが立ち上がったのも、SNSの力が大きいと思っています。海外からのMeToo運動の流れもありますが、これまではなかなか口にしづらかった女性特有の健康課題や社会への不満だったり、自分の生きづらさみたいなものをSNSで共有することによって、「自分だけじゃなかったんだ」「こういうこと言っていいんだ」という横のつながりを目に見えて感じるようになった。それが「わがまま」すなわち自分の主張の肯定につながるのかなと思います。

藤江さん 不調とか、生きづらさを言うことも権利なんですね。

岡崎さん 確かに、「生きづらさ」っていうワード、最近よく聞く気がしますよね。

「わがまま」を言うと嫌われる? 孤独になる?

藤江千紘さん

藤江さん 私は「わがまま言って当たり前」というのは確かにそうだなと思いつつ、権利ってどこからどこまでなんだろうってすごく難しいなと日々思っています。

富永先生 「わがまま」をなぜ言えないかって、「わがまま」を自分一人のものだと思ってしまうからですよね。例えば、「賃金を上げてくれ」って本来は皆の望みでもあるんだけど言えなかったり、「産休取りたい」っていうのは出産に関わる人は皆同じように思っているんだけど、自分だけの「わがまま」に感じてしまう。いろんな人々の立場が多様化することで、自分と同じ利害を持っている人がいるかどうかわからないから「わがまま」を言えなくなる。

岡崎さん 子どもの頃から「わがまま言うと人に嫌われるよ、友達いなくなるよ」と言われてきた記憶があるから、“わがまま言うと孤独になる”っていう刷り込みもありますよね。本当は「わがまま」を言うことで、同じような願いを持っている人とつながれる可能性があるのに。

富永先生 反応まで先取りしちゃうんですよね。「こんなこと言ったら嫌われるかな」とか、「人のせいにしてると思われるかな」とか。それって社会運動もかなり近いところがあって、社会運動をいやがる人は「そんなことしたら友達いなくなるでしょ」「バッシングされるでしょ」って言うんです。いざやってみると、いきなり孤独にはならないし、意外と友達増えたり共感してもらえたりもするんだけど、ありもしない世間を内面化してしまうというか。

藤江さん 確かに、あと「わがまま」がすごく個別のものだから、人の前で言いづらいと思っちゃうところがあります。

高戸 私を含めたyoiのエディター3人でいろんなテーマについて話すインスタライブをやったなかで、「生理」をテーマにしたときに、三人三様、PMSの症状や重さは全然違うんです。各個人の問題はそれぞれでも、「生理ってしんどくない?」とか「なんでこうなっちゃうんだろう」っていうところでつながれる。そして、その“違う”っていうことが面白いんですよね。「●●さんは生理前にすごく食欲が出ちゃうタイプ」だけど「私は逆に食欲がなくなっちゃうタイプ」とか。抱えている悩みや程度は人それぞれだけど、それを大きな枠組みで共有することで面白いと思える感覚は、何か不満がある、生きづらさがあるような話こそ「わかるー!」ってつながれるのかなとは思いました。

「わがまま」は練習が必要? どうしたら言いやすくなる?

岡崎文さん

藤江さん いきなり「わがままを言って」って言われてもどう言ったらいいかわからないんじゃないかと思うんです。自分の気持ちよりもまわりのことを気にしすぎてしまっている人が、どうやって「つらいことはつらい」って言えばいいのか…。

岡崎さん 自分の幸せとまわりの幸せが両立しないっていう考えのもとで判断しちゃってるってことですよね。

藤江さん 確かに。自分が幸せだとまわりが幸せって思ってないからですね。

岡崎さん でも、実際に、どこかにそのしわ寄せがくることはありますもんね。例えば、私も土日に何か自分一人の用事があって出かけるとなると、そのあいだはパートナーが子どもをみておくことになる。理由を伝えれば「どうぞ、どうぞ」って言ってくれるけれど、私の中でなんとなく“借りが増える”という気持ちがつのってしまい、「どこかでこれをペイしなくちゃ、なにかでカバーしなくちゃ」って思ったりする

富永先生 でも、その貸し借りの感覚って重要っていうか。「わがまま」を職場で言えないのは、この借りをいつ返せるかわからないという、その時点で短期的に考えちゃうわけです。でも、労働組合運動の基本といわれるのは、他人へ貸しがいつか自分の番になって返ってくる「情けは人のためならず」。自分が困ったときに他人に助けてもらい、他人が困ったときに自分が助けてあげるという点で、孤立を防ぐシステムが社会運動でもあります。だから自分が「わがまま」を言った分だけ他人の「わがまま」に優しくなれるということなのかなと思います。

岡崎さん 具体的に返すわけではなくて、何かことが起こったときに、自分がしてきたことも含めて他人に寛容になれると。

yoi 高戸映里奈

高戸 あとは、職場だと上司とか立場が上の人から「わがまま」を言われたほうが気がラクになるっていうのがありますよね。yoiは人数がそんなに多くないなかでいろんな業務を分担していて、毎日20時にコンテンツが更新されるんです。そのチェックは土日も関係なく上司がやってくれていたんですが、その上司が土日にゴルフに行くときは、「ちょっと、今週末ゴルフだから…(チェックを任せたい)」と言ってくれて、私が「やります、やります」って。そうすると、「じゃあ今度は自分も上司に(わがままを言いやすい)」って思う。そういうコミュニケーションにどうやって慣れてくかだと思うんですよね。最初はやっぱりすごく勇気がいるから、職場であればより立場が上の人から言ってくれたり、そういうムードを作ってくれるといいのかなと思います。

富永先生 余裕がある人が「わがまま」を言わないと誰も「わがまま」が言えなくなっちゃうっていうのがすごく日本社会っぽいですよね。よく社会運動に対していわれることとして、「社会運動をやる余裕はあるんだな」という言い方をされたりするんですが、ただ、誰かが「わがまま」を言わないと、皆自分は恵まれたほうだと思って我慢しちゃうと思うんです。そういう点からすると、上司から「わがまま」を言ってくれると部下も言いやすくなるっていうのは本当にあると思います。

岡崎さん 上司が先に帰らないと部下が帰れないみたいな話ですよね(笑)。

▶︎フルバージョンはぜひSpotifyでお聴きください! 

富永京子

立命館大学産業社会学部准教授

富永京子

立命館大学産業社会学部准教授、シノドス国際社会動向研究所理事。専攻は社会運動論。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年より現職。著書に『社会運動と若者』『社会運動のサブカルチャー化』『みんなの「わがまま」入門』など。

藤江千紘

NHKエデュケーショナル チーフ・プロデューサー

藤江千紘

NHK入局後、ディレクターとして『トップランナー』『プロフェッショナル 仕事の流儀』などのドキュメンタリーを制作。その後、『天才てれびくん』をはじめとした子ども番組の制作を経て、『ねほりんぱほりん』の企画・演出などの番組開発を担当。現在は、NHKエデュケーショナルにて『アイラブみー』など番組事業のプロデュースを行う。

岡崎文

NHKエデュケーショナル プロデューサー

岡崎文

NHKエデュケーショナル入社後、『NHK高校講座』『ふしぎがいっぱい』など学校教育の現場で使用する放送番組や、『課外授業 ようこそ先輩』といったドキュメンタリー番組、『きょうの料理』などの趣味実用番組を制作。現在は、若手社会人向けの『とまどい社会人のビズワード講座』の企画・演出と『アイラブみー』の番組事業プロデュースを行う。

撮影/藤沢由加 企画・編集/高戸映里奈(yoi) イメージ画像/gremlin(Getty Images)