カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載『New"Word", New"World"』では、アメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に、新しい世界が広がる内容をお届けします。

第7回は2023年、アメリカのSNSを中心に話題となった「girl dinner(ガール・ディナー)」について。大人の女性がありあわせの食材で晩ごはんを済ませる「girl dinner」が”あるあるネタ”として支持される一方で、否定的に受け止める人も存在したといいます。大人の女性があえて「ガール」とつけて発信することの理由も含めて、ダニエルさんの見解を聞きました。

竹田ダニエル 連載 アメリカ Z世代 girl dinner ガール・ディナー あるある

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』(講談社BOOK倶楽部)での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.7 “Girl dinner”——

賛否両論が巻き起こった「ガール◯◯」トレンド

ダニエルさん:2023年、TikTokを中心に「girl dinner(ガール・ディナー)」という言葉がトレンドになりました。

——「girl dinner」とは具体的にどのようなものでしょうか?

ダニエルさん:端的に言うと、栄養バランスや盛り付けを意識したきちんとした料理ではなく、家にある食材で自分が食べたいものを食べることです。2023年の5月、あるTikTokユーザーがパンやチーズ、バター、ピクルスといった適当につまめるものを並べて「girl dinner」と、その食事スタイルに名前をつけて投稿したところ大きな話題になりました。

ありあわせのもので食事を済ませるスタイルに共感した人が、ポテトチップスをお皿に乗せただけの食事とか、マカロニチーズをワイングラスに入れて食べる様子などを次々とポストしはじめた。「実は女子(大人も含む)ってこんな生活をしているよね」というあるあるネタとして人気になったんです。さらに、そこから派生して、「girl math(ガール・マス)」といったワードが生まれました。

竹田ダニエル アメリカ Z世代 Girl トレンド 解説 girl dinner ガール・ディナー あるある

——「girl math」とは何でしょうか?

ダニエルさん:もともとはPodcast番組内で、女性が自分のお金の使い方を「girl math」と名付けて紹介していたのですが、そこには買い物するときの特殊な“損得勘定”が存在するということが話題になりました。

たとえば、一度購入した洋服を返品した場合、返金されたお金で儲かったように感じるとか、ポケットからたまたま出てきた1000円でワインを飲んだから実質無料、といった独自の理論を展開したりとか…。そういうエピソードを、女性自らが「girl math」と名付けて投稿したんです。

当初は笑いを交えて紹介されていたのですが、次第にミソジニー男性から「やっぱり女性は計算ができない」とか「女性はお金の管理が苦手だ」といった女性をバカにする意見が出るようになりました。また、同性からも「女性で数学が得意な人はいるのに、“ガール”とつけて一括りにしないで」といった指摘も目立つように。

また、前出の「girl dinner」についても、ダイエットコーラやスムージーだけで夕食を済ませる投稿などが、摂食障害の美化につながると非難されるようになり、「ガール◯◯」が批判や議論とともに、さらに話題になったんです。

大人の女性が自ら「ガール」を名乗ることの意味とは?

——多様な性を尊重するアメリカ社会の中で今、あえて「ガール」とつけることが少し不思議にも感じました。

ダニエルさん:そうですね。この場合の「ガール◯◯」は、家父長制の考えの外で展開される一個人の体験であって、「こういうことあるよね」と年齢や国境を越えて、共通項を確認し合い、幅広い連帯を生むことが目的なんだと思うんです。そもそもの発端は男性との単純な比較ではなかったはず。当初は女性同士で笑い合って盛り上がっていた「ガール◯◯」がさまざまな議論を巻き起こしたのは、今、女性の権利が後退している現実があるからです。

アメリカの一部の州で中絶の権利が剥奪されたり、いまだに女性の賃金が男性よりも低かったり。今も多くの人が職場で性差別を経験しているという現実もあります。そのため、男女平等を目指して頑張っているのに、「ガール◯◯」と女性を一括りにして発信することは従来の女性への偏見を助長し、家父長制に加担することになるという懸念もあります。ただ、私自身「ガール◯◯」は社会規範に対抗する意味合いがあると思っていて。

——それはどういうことでしょうか?

ダニエルさん:例えば「girl math」の場合、これまで「女性の買い物は無駄遣い」とみなされることが多かった。だからあえて「girl math」と名付けて、自分の消費行動を正当化するための計算方法が必要だった。浪費や衝動買いをしてしまったとき、「実質無料」と罪悪感から自分を解放したくなるのは、従来の価値観による「女性の買い物はくだらない」という価値観へのカウンターなのではないでしょうか。また、「girl dinner」は、“女性はきちんと料理をして綺麗にお皿に盛り付けるのが当たり前”といった前時代的なジェンダーロールへの対抗であったと思います。

日本の“〇〇女子”とのニュアンスの違い

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ダニエルさん:アメリカではこれまで、「ガール」であることは“脆弱で、バカにされやすい対象”だったと感じるんです。なぜなら、幼い頃から、早く成長しなきゃいけない、強い女にならなきゃいけないというプレッシャーを感じて育つ人が多いから。だからこそ、幼い頃やりたかったことを我慢してきた女性たちが大人になった今、「本当に自分がしたかったことをしよう」というマインドに変わってきている。

そう考えると、これまで自分たちに劣等感を抱かせる名称であった「ガール」をあえてハッシュタグにつけることで、ステレオタイプから自発的に切り離されるのではないかと思います。

——なるほど。日本ではアメリカほど、早く大人の女性にならなければというプレッシャーは少ないように思います。一方で、「◯◯女子」といった言葉もはこれまで多く使われていましたが、それらと「ガール◯◯」の違いは何だと思いますか?

ダニエルさん:日本でいう「〇〇女子」という言葉には、そのほとんどに“男性からとらえた女性像”が前提になっていると思います。「女性なのに〜」というニュアンスが含まれていますよね。一方、「ガール◯◯」は、男性中心社会や家父長制の視点から外れて、自分軸で語るものです。「少女らしさ」「女性らしさ」に異議を唱え、自分たちの女性観を利用しながら違和感を感じるメカニズムを可視化していく過程なんです。そうすることで、「ガール」という概念を、男性からの視線ではなく、自分たちの手に取り戻すことができると感じます。

取材・文/浦本真梨子 企画・構成/種谷美波(yoi) タイトル写真/shutter stock(Jiri Hera) 記事内写真/shutter stock(Pan Xunbin/Luciano Mortula - LGM)