カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載では、アメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に、新しい世界が広がる内容をお届けします。
第8回はZ世代を中心に注目を集める働き方「lazy girls job」について。”怠け者”というネガティブな印象の言葉が使われているものの、実はその裏には資本主義への抵抗の意味が込められているといいます。Z世代的価値観における仕事をテーマにダニエルさんに聞きました。
—— Vol.8 “lazy girl job”——
会社はただのATM。いかにストレスなく働くか
ハーフムーンベイの海岸沿い(photo by Daniel Takeda)
ダニエルさん:アメリカではパンデミックを経て、今リセッション(不景気)が密かに進んでいると言われていて、働き方に対する価値観が変化しています。
——具体的には、どう変化しているのでしょうか?
ダニエルさん:以前だったら、いい大学に行って、いい会社に勤めてまじめに働けば、家も買えて、家族も持てるという夢を描けましたが、今は物価が上がり、さらに雇用も不安定。ミレニアル世代やZ世代はいい大学を卒業しても就職がなかなかできないし、就職できたとしてもいつクビを切られるかわからない。
さらにどれだけ会社に忠誠心を誓って身を粉にして働いても、労働者は使い捨て可能なコマでしかない。だったら、仕事は生活費を稼ぐだけのものであり、“会社や仕事はただのATM”と割り切って、いかにストレスなく働くかを重視する傾向にあるんです。
——やりがいやキャリアアップを求めることにはそこまで関心がないのでしょうか…?
ダニエルさん:そうですね。以前、著書の中で「Quiet quitting(静かな退職)」という言葉を紹介しました。これは本当に退職するという意味ではなく、「会社で必要以上に頑張って働くことをやめよう」という意味が込められているのですが、最近は「lazy girl job」を見つけようとする人が増えていると言います。
——怠け者の女性の仕事…具体的にいうとどういう仕事内容なのでしょうか?
ダニエルさん:フルリモートでフレキシブルに働けてPTO(有給)がついているとか、ベネフィット(手当や福利厚生制度)がよいとか、簡単な事務作業のみで済むとか、うるさい上司がいないとか…身を粉にして必死に頑張らなくても、それなりに暮らしていける仕事を指します
——「Lazy girl job」はなぜここまで注目されるフレーズになったのでしょうか?
ダニエルさん:ある種皮肉な言葉だと思うんです。そもそも、ブーマー世代がミレニアル世代のことを「Lazy(怠け者)」だと言い続けていた背景があり、それを間近で見ていたZ世代が、自らをあえてLazyと名付けることによって、他者から定義されないあり方を自分たちで決めようとしたんだと思います。“怠け者”というとネガティブなイメージがあると思いますが、「Lazy girl job」を見つけようとすることも、一種のアクティビズムだと言われています。
自分の時間や心身の健康を犠牲にして名声やお金を得ることは虚しい?
アメリカのコスメコーナー。多様な人種の肌色に合わせたバリエーション豊かなファンデーション(photo by Daniel Takeda)
ダニエルさん:「Lazy girl job」はミレニアル世代にもてはやされた「Girl boss(ガールボス)」のアンチテーゼでもあると思います。
——「Girl boss」は2010年代、ミレニアル世代の女性起業家を指した総称ですよね。
ダニエルさん:一時期、コスメブランド『Glossier』の創業者エミリー・ワイスや、血液検査を手がける企業『Theranos』創業者のエリザベス・ホームズなど、カリスマ性を持ったミレニアル世代の女性経営者がもてはやされましたが、パワハラや人種差別、脱税、虚偽などで訴えられたり、捕まる人が続出しました。
エンパワメントの象徴であった女性起業家たちが、よくないロールモデルになってしまった。それを見たZ世代の多くが、自分の時間や心身の健康、第三者を犠牲にしてまで莫大なお金を稼いだり、名声を得ることは虚しいことだと感じるようになったのではないでしょうか。
——では、常に全力で走り続けることがよしとされる「ハッスルカルチャー」は衰退しているのでしょうか?
ダニエルさん:もちろんハッスルしたい、仕事を全力で頑張りたい、という人もいます。「Lazy girl job」は新自由主義的な考えに対するカウンターであって、全員がハッスルカルチャーを捨てたわけではない。
とはいえ、ハッスルすることに疲れた人は多いのではないでしょうか。バリバリ稼いで、消費しまくる生活が果たして自分の幸せなのか? それはただの資本主義の権化になっているだけなのではないか?と。頑張り続けることだけがすべてじゃない、と提示されただけでも進歩だと感じます。
格差にNoを突きつける。ストライキの年だった2023年
ダニエルさん:働き方についてもうひとつ言及すると、2023年は「ストライキの1年」と言われていました。病院やスーパーなどで働くエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちから始まり、ハリウッドや教育機関などさまざまな業界でストライキが行われました。
——それはなぜでしょうか?
ダニエルさん:コロナ後の急激なインフレは、賃金引き上げを求めるストライキの増加の大きな理由のひとつです。パンデミックによって、超富裕層の資産が10ビリオンから100ビリオンに増えているのに、労働者の環境は変わらないどころか悪化している。そういった理不尽な格差社会がSNSなどを通じて浮き彫りになった。自分たちは搾取されてる側だという自覚が芽生え、労働者同士が連帯してこの理不尽な構造を変えようと動き出した結果だと思います。
また、冷戦を経験していないZ世代が増えたことも関わっています。ブーマー世代(1946年〜1964年生まれ)やX世代(1965年〜1979年生まれ)は冷戦を経験し、共産主義や社会主義にネガティブなイメージを持ってる人が多い。一方で若い人たちは「ギグエコノミー」と言われる、時間や能力を切り売りして生計を立てる人が多く、使い捨て可能な労働力として不利な立場に置かれがちです。だからこそ、雇用者に対して不満を感じたら、ストライキによって労働者の権利を主張することに抵抗が少ないのだと思います。
そして、Z世代は格差や差別に自覚的である人が多い。#me tooやBLM(Black Lives Matter)など格差や差別に自覚的にならざるを得ない出来事をリアルタイムに体験しています。自分が直接差別を受けなかったとしても、差別を受けている人がいる社会はアンフェアだと感じ、困っている人を支えたい、将来世代のために立ち上がりたいと思う人が増えています。
——日本でも昨年、61年ぶりに大手デパートのストライキが決行され、注目されました。
ダニエルさん:日本は過渡期だと思います。自分が搾取される側だと気づくことは最初は侮辱的に感じるかもしれないけれど、それを認めるところからしか社会運動は始まらない。そして、権利を主張しないと状況は変わりません。アメリカではストライキによって労働環境の改善や賃上げを勝ち取る成功例が増えていて、社会の不均衡を正そうとする動きが強まっています。
自分の幸せにフォーカスして、働き方を考え直す
東京の実家の近くで見つけたイチゴノキの実(photo by Daniel Takeda)
——ダニエルさん自身、これからの働き方はどう変化していくと思いますか?
ダニエルさん:正直、仕事を頑張ってもしょうがないかなと思っちゃうんですよね。アメリカでは、普通の人が仕事を3つ掛け持ちしててもギリギリ家賃を払えるぐらいの物価高になっているし、社会的に成功している人を見ても実は親のコネや世襲があったりして、ロールモデルが描きにくい。だから、仕事でどれぐらい稼いでいるかよりも、人生における幸せについて考えることが増えました。
——仕事がすべてではないということですよね。「大企業に勤めていることが“勝ち”、高所得者が成功者」ではないし、働き方を人と比べないということも大事だと思いました。
ダニエルさん:そうですね。多くの人がパンデミックを経験し、何を大事にして生きていくのか問い直したと思うんです。長い人生、仕事でしか幸せを感じられないのはとても危うい。燃え尽き症候群になって空っぽになったり、体を壊すほど働き詰めになる前に、自分の幸せにフォーカスし、仕事への向き合い方を考えてみてほしいなと思います。
取材・文/浦本真梨子 企画・構成/種谷美波(yoi)