市民一人ひとりの力で社会変化を起こすことを目指す、「コミュニティ・オーガナイジング」という考え方があります。日本ではまだなじみのない言葉ですが、選挙戦やフェミニズム関連のキャンペーンに用いられることも多い手法です。このコミュニティ・オーガナイジングを実践・研究する、NPO法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン理事の鎌田華乃子さんにお話を聞きました。
特定非営利活動法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン理事 共同創設者
神奈川県横浜市生まれ。ハーバード大学ケネディスクールに留学しMaster in Public Administration(行政学修士)のプログラムを修了。卒業後ニューヨークにあるコミュニティ・オーガナイジング(CO)を実践する地域組織にて市民参加のさまざまな形を現場で学んだ後、2013年9月に帰国。特定非営利活動法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン(COJ)を2014年1月に仲間たちと立ち上げ、ワークショップやコーチングを通じて、COの実践を広める活動を全国で行っている。ジェンダー・性暴力防止の運動にも携わる。現在ピッツバーグ大学社会学部博士課程にて社会運動に人々がなぜ参加しないのか、何が参加を促すかの研究を行っている。著書に『
『スイミー』のお話は、コミュニティ・オーガナイジングの好例
──鎌田さんが研究・実践されている「コミュニティ・オーガナイジング」とは、どのようなものなのでしょうか?
鎌田さん:ひと言で説明するなら、「仲間を集め、みんなでひとつの課題に向かって共に行動していくことによって、社会変化を起こす」という考え方です。
例としてわかりやすいのは、小学校の教科書にも載っているレオ・レオニの『スイミー』というお話です。『スイミー』は、力が弱く、大きな魚が襲ってきても最初はただ逃げ惑うだけだった小魚たちが、みんなで力を合わせてひとつの魚のように泳ぐことで、怖い敵を追い払うというストーリーですよね。まさにこれが、コミュニティ・オーガナイジングです。
──コミュニティの力によって社会変革がおこなわれた例について、わかりやすい例があれば教えてください。
鎌田さん:近代以降でいうと、公害問題に関わる住民運動などは顕著な例です。環境保護への関心がまだ低かった高度経済成長期には、水俣病や四日市ぜんそくなど、日本各地でさまざまな公害問題が起こりました。この問題に企業や政府が対応したのは、当時、公害に直面していた人たちやその支援者が声を上げ続け、1970年の国会で公害関連法案が通ったためです。いまの日本がキレイな水や空気を当たり前に享受できる環境先進国として知られているのも、当時、運動に関わった人たちが勇気を持って社会を変えたからだといえます。
それから、私自身も関わっていた刑法性犯罪改正を目指す運動も、コミュニティが成し遂げたひとつの大きな社会変革だったと考えています。団体がロビイングを通じて国会議員に声を届け続けたことに加え、花を身につけて性暴力に抗議する「フラワーデモ」が全国各地に広がった影響もあり、2023年に、110年もの間変わっていなかった性犯罪の規定を大幅に変えることができました。
「友達のような木」が伐採されてしまった子ども時代の経験から、環境問題への関心を持った
──日本ではまだ聞き慣れない言葉のように思いますが、鎌田さんは、なぜコミュニティ・オーガナイジングに関心を抱いたのでしょうか?
鎌田さん:子どもの頃、近所の公園に生い茂っていた大切な木が奪われてしまったという原体験があるんです。その木は木登りが大好きだった私にとって友達のような存在だったのですが、8歳のとき、地域開発の一環で伐採されてしまって。子どもや地域の人たちの声も聞かずに木が切られてしまったことに大きなショックを受けました。
その経験から社会問題や環境問題に関心を持ち、大人になって環境コンサルタントの仕事に就いたのですが、仕事を続けるうちに、日本では企業や政治に対して意見を表明するという文化が根づいていないことを痛感したんです。そこで市民参加について学べる場所を探し、2011年、民主主義に重きを置く公共政策大学院であるハーバード・ケネディスクールに留学したことでコミュニティ・オーガナイジングに出合いました。いまはピッツバーグ大学の社会学部博士課程で、日本の人々はなぜ社会運動に参加しないのか、どうすれば参加を促せるのかというテーマで研究をしています。
日本に根強く残る、「政治的な意見を持ってはいけない」という社会規範
──いままさに鎌田さんが研究されている内容だと思いますが、なぜ日本では、社会運動に参加する人が少ないのでしょう?
鎌田さん:さまざまな要因が考えられるのですが、まずひとつには、社会運動に対して「怖い」というイメージが先行していることが挙げられると思います。日本では1960年、1970年に安保闘争がありましたが、何百万人という国民が全国から参加したにもかかわらず、条約の成立を止められませんでした。さらには尖鋭化した一部の参加者がテロ行為に走ったことから、当時の映像やニュースなどを見て、社会運動とは暴力的なものだというイメージを持ってしまった人が多いのではないかと思います。実際には、社会運動のほとんどが平和的な手段をとっているのですが。
またもう1点、日本特有ともいえる要因として、「政治的な意見を持ってはいけない」「政治とは距離を置かなければいけない」といった社会規範の強さも無視できません。社会問題や社会運動に関するアンケート調査を実施しても、「はい」「いいえ」で答えられる質問に「わからない」と回答するなど、曖昧な態度を示す人が多いことも日本の特徴のひとつなんです。私たちが政治に対してすべきことは選挙で政治家を選ぶことだけで、それ以上は介入すべきでないと考えている人が多いようです。
──日本では、民主主義とは「投票に行くこと」だと思われがちだけれど、実際には「私たち一人一人が全員参加して政治の意思決定をすること」だと、鎌田さんの著書にも書かれていましたね。
鎌田さん:はい、実際にはそうなのですが、投票で政治家を選んだ以上は代表者に任せるしかない、という考え方が一般的になってしまっていますよね。日本では、政策決定に市民が積極的に参加できないような仕組みになってしまっていることもその一因だと思います。例えば、欧州では、私たちの生活に密接に関係するような新しい法案が作られたときは、パブリックコメントのヒアリングに加え、法案のわかりやすい解説や、一般市民でも答えやすいような質問が政府によって設定されたりすることが多いんです。
ところが日本だと、パブリックコメントの募集は行われるものの、法案の解説はほとんどなく、「意見がある方はコメントをください」という自由回答形式がほとんど。一般市民にとって法案を全文読んで理解し、コメントをするのは非常にハードルが高いですよね。ですから、そもそも日本では、市民が政治に気軽に参加できるようなプロセスになっていないという問題点はあると思います。
日本でもフェミニズムやジェンダー関連の問題に対し、声を上げる人が増えてきている
──とはいえ、10年ほど前までと比べると、日本でも社会運動への関心は高まりつつあるようにも感じます。鎌田さんの目から見ていかがですか?
鎌田さん:そうですね。近年はX(旧Twitter)デモが頻繁に行われるなど、SNS上での意見表明も一般的になりましたし、特にフェミニズムやジェンダー関連の問題に対して声を上げる人が増えてきているのを感じています。長らく日本でタブー視されていた性暴力に関しても、フラワーデモや伊藤詩織さんによる告発などが契機となって、徐々に光が当てられるようになってきましたよね。
私がアメリカから帰国して、NPO「コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン」を立ち上げたのがちょうど10年前の2014年だったのですが、その頃はコミュニティ・オーガナイジングという考え方を日本で広めることは本当にできるのだろうかと悩むほど、社会運動に対する忌避感が強かったように記憶しています。私自身、性暴力防止の運動を始めた当初は、大きな法律を変えられるなんて正直イメージできませんでしたし。法律が結果的に改正できたのは、時流の影響も大きかったのだと思います。
やはり他国と比べると、日本は社会運動に参加したことがない人の割合がいまだにとても高いというデータはあるのですが、それでも日本のムードはいままさに、少しずつ変化しつつあると感じています。
イラスト/大内郁美 取材・文・構成/生湯葉シホ 企画/木村美紀(yoi)