「ハラスメントと言われるのが怖くて、指導するのをためらってしまう」——。先輩・上司の立場で、悩みを抱える人が急増中。さらには、「適切な指導をしたつもりなのに、ハラスメントと言われてしまった」という経験談も。実はそれ、あなたのハラスメントではなく、相手の「ハラスメント・ハラスメント」かも! さまざまな企業の様々な役職から相談を受ける社会保険労務士・村井真子さんに、「ハラスメント・ハラスメント」(=ハラハラ)についてお聞きしました。
社会保険労務士/キャリアコンサルタント
村井社会保険労務士事務所代表。地方中小企業における企業理念を人事育成に落とし込んだ人事評価制度の構築・組織設計やハラスメント対応が強み。移住・結婚とキャリアを掛け合わせた労働者のウェルビーイング追及とともに、労務に関する原稿執筆、企業研修講師、労務顧問としても活躍中。著書に『職場問題グレーゾーンのトリセツ』(アルク)、原作に『御社のモメゴト』(KADOKAWA)など。
「ハラスメント・ハラスメント」とは?
——まず、「ハラスメント・ハラスメント」(=ハラハラ)とは何なのでしょうか。
村井さん:「ハラハラ」には法的な定義はありませんが、社会保険労務士としてご相談を受ける中では、暫定的な定義として、「管理職や上司が適切な指導をしているにもかかわらずパワハラやセクハラなどの加害行為であると指摘される事象」や「単に自分が不快であるだけの状況についてハラスメント加害を訴える行為」をハラハラとしています。
そもそもハラスメントとは、「受け手が嫌だと思ったらハラスメント」という単純な話ではありません。現在労働法で定義され、企業に対応が義務付けられているハラスメントは「セクハラ」「パワハラ」「マタハラ/パタハラ」「ケアハラ」の4種類で、そのなかに性自認・性的指向に関するハラスメント(SOGIハラ)も含まれています。これらのハラスメントが疑われる場合でも、定義に沿ってハラスメントに該当するかどうかを判断することになるため、受け手の感じ方だけで判断されるわけではないのです。
ハラスメントの定義
セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)
「職場」において行われる「労働者」の意に反する「性的な言動」により、労働者が労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されること。
パワー・ハラスメント(パワハラ)
職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること。なお、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。
マタニティ・ハラスメント(マタハラ)/パタニティ・ハラスメント(パタハラ)
上司・同僚からの言動(妊娠・出産したこと、育児休業等の利用に関する言動)により、妊娠・出産した「女性労働者」や育児休業等を申出・取得した「男女労働者」の就業環境が害されること。
ケア・ハラスメント(ケアハラ)
上司・同僚からの言動(介護休暇等の利用に関する言動)により介護休業等を申出・取得した「男女労働者」の就業環境が害されること。
「ハラスメント・ハラスメント」を取り巻く世間の現状は?
——「ハラハラ」について、世間の現状はどうなっているのでしょうか。悩む方が増えてきている印象です。
村井さん:上司や管理職など、指導する側の立場の方から「ハラハラではないか?」とご相談されるケースは増えてきています。40代、50代が多いですが、後輩を持った30代の方も悩んでいることが多いです。ハラハラという言葉ができたことにより、「自分が悩んでいたことに名前がついた」と励まされている方も多くいますね。
実際に多いご相談は「業務指導をした上司/先輩がパワハラだと訴えられる」「コミュニケーションを取ったらセクハラと訴えられる」という事例です。
体感的な感触としては、そのうち半分くらいは、実際に意図せず部下にハラスメントをしているという内容です。あきらかなハラスメントもあれば、「ギリギリアウトではないですが、もっと気をつけなければいけませんよ」と注意しなければならないケースまでレベル感はさまざまです。例えば、「髪の毛にゴミが付いていたから取ってあげたら、部下からセクハラと言われた」といった例。この行為単独で直ちにセクハラと判定はされないと思いますが、不快感を示されても継続してその行動をとり続けているのであれば、部下からセクハラと指摘されるリスクは高いでしょう。
ですが、ご相談される方の半分くらいが実際にハラハラを受けています。おそらくですが、yoi読者の皆さまが思っているよりもハラハラは多いと思いますよ。
女性部下から女性上司へのハラハラも多いですね。特に身だしなみのこと。男性上司から女性部下へだと、見た目のことは触れづらいですが、女性の上司から女性の部下にであれば注意しやすいのが理由です。「ちょっと髪が明るすぎるかな」「爪が派手かも」というように、服務規律違反を女性上司から女性部下へ伝えた際に、正当な注意やアドバイスであってもハラスメント扱いされることがあるようです。
「ハラスメント・ハラスメント」はなぜ起こってしまうのか?
——ハラハラはどういう環境で起きやすいのでしょうか。
村井さん:まず多いのが、①上司と部下でハラスメントの定義がずれているケースです。パワハラ研修やセクハラ研修は管理職だけが対象である場合が多いんですね。つまり、全社的には「その会社におけるパワハラ・セクハラの定義」が、共有されていない。
全年代を対象にした事例検討ワークショップを行うと、立場や年齢で見方がぜんぜん違うんです。なのに「どこからがハラスメントとして扱われるか」が社内で共有されていない。このズレがハラハラの原因になりやすいので、一度定義をすり合わせてみたほうがいいですね。
次に、②仕事や関係性に甘えがあるケースです。「ここまでは当然やってもらえるだろう」という範囲がずれていると、ハラスメントもハラハラも起きやすいです。「ここまではあなたの仕事」「ここからは私の仕事」をなあなあでやっていると、何かのタイミングで意見が食い違ったときにハラスメントやハラハラが引き起こされてしまいます。
最後に、③アンコンシャスバイアスの影響があるケース。アンコンシャスバイアスとは無意識の思い込みのことです。例え同じ働く女性という属性であっても、雇用機会均等法の第一世代の方と、30代の方、その部下の方だとワークライフバランスの感覚は全員異なります。ですから、例えば、管理職の方がワーキングマザーに、悪気なく「お子さんは誰が見てるの?」と聞いてしまったりとか「私の頃はこの程度の残業は当たり前だった」とか。これらの発言自体はハラスメントには当たらないと考えますが、このような発言が続くとハラスメントだととらえられてしまうこともあります。
さらに、今の新人世代の方々にもアンコンシャス・バイアスがあります。新人世代の方は、ほかの世代に比べて学校での指導が少ない世代なんです。社会人になって初めて指導されるという若い世代も多く、中には軽い注意でもハラスメントだと受け取ってしまう方がいます。
その中でも特に、自己正当化バイアスが強い方がハラハラをしてしまうパターンが多いです。自分の感覚が正しいと思っているので、異なる意見を無視して訴えてしまう。明らかにパフォーマンスが悪い人に、適切な指導をするだけでパワハラだと言われてしまうパターンも少なくないんですよ。
「ハラスメント・ハラスメント」による悪影響とは?
——「ハラハラ」により、仕事や働く環境にはどんな悪影響があるのでしょうか。
村井さん:まず、上司がハラハラを恐れて部下に指摘するのをやめてしまうことは問題ですね。本来必要な業務指導が行われなくなり、業務レベルが低下します。
また、ハラハラを恐れるあまり「確実に誤解しない部下にだけ教える」という状況に陥ることも多いです。この場合、指導対象に偏りが生まれてしまうんですよね。例えば、女性上司が「この営業先は堅い社風だから、こういう服装でいくといいよ」とかつては全員に教えていたけれど、この指摘をハラスメントと訴えられてしまったので、現在では一部の人にしか教えられなくなった……という相談を受けたことがあります。そのほかにも取引先の社風に合わせたメールの送り方やフォーマットなどを指導したら、パワハラだと言われたので教えづらくなったというケースもありました。
——確かに、yoi読者からも「ハラスメントだと言われるのが怖くて、どう注意していいかわからない」という悩みが多数寄せられました。どこまで、どのように配慮していいかわからず困っている人がたくさんいます。
村井さん:そうやって配慮を求められている上司や管理職がキャパオーバーになっているのも事実です。プライベートに立ち入ることはNGなのに、個人の事情には配慮しろと言われているのが現代の上司です。現場を見ていると、上司側の精神労働が増えすぎていて、疲弊してしまうのも仕方ないと感じます。「ハラハラ」を恐れて適切な指導ができなくなる根底には、疲弊があるのかもしれませんね。
ひとつ言えるのは、「ハラスメントをしていないか」「ハラハラをしていないか」と自らを顧みている方が、訴えられるようなハラスメントをしていることはほとんどない、ということです。私の経験では、本当にハラスメントをしている方は「自分がハラスメントをしているとは思っていなかった!」という、自覚のない人がほとんどです。
正当性がある指導や指摘はハラスメントにはなりません。客観的に見ても正しいと言える行動であれば、毅然とした態度でいれば大丈夫だと思います!
イラスト/ふち 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)