カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載ではアメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に新しい世界が広がる内容をお届けします。
第15回で取り上げる言葉は「チョイス・フェミニズム」。1960年代以降の第二波フェミニズム運動の反動として登場したこの考え方が、近年、ネオリベラル的なフェミニズムを批判する際によく使われている理由とは?
—— Vol.15 “Choice feminism”——
女性の選択を尊重する「チョイス・フェミニズム」
——今回は、女性の権利や地位の向上を推進するフェミニズムについて話を伺えたらと思います。歴史上フェミニズムには、いくつかの波(waves)があり、それぞれ異なる課題や目標を持っていますが、近年アメリカではどのような議論が行われているのでしょうか?
ダニエルさん 最近は、「choice feminism(チョイス・フェミニズム)」というフレーズが話題になっていると感じます。「チョイス・フェミニズム」は女性が自分の人生において自由に選択を行う権利を主張し、女性が取る選択はどれもフェミニスト的であるとする考え方で、職業選択や家庭生活、育児、服装、ライフスタイルなどあらゆる側面における選択を含みます。
そして、すべての女性の選択は肯定され、尊重されるべきだと主張します。例えば専業主婦として家庭に専念すること、キャリアを追求すること、そのどちらも両立させることなど、どの選択も平等に価値があり、多様な選択を肯定すべきと考える価値観です。
——「チョイス・フェミニズム」が生まれた背景についても知りたいです。
ダニエルさん 1960年代以降の第二波フェミニズム運動に対する反動として登場したと言われています。第二波フェミニズムは、女性の解放と社会構造の変革を求めるものでしたが、「チョイス・フェミニズム」は、第二波の中で起こった「女性らしいとされるファッションや振る舞いは、社会が押しつけた“女らしさ”に従っているだけだ」という主張に対して、「女性がやりたいからやっている。選択は個人の自由である」といった考えを展開しました。
ただ近年では、「チョイス・フェミニズム」がネオリベラル的なフェミニズムを批判する際に使われる言葉としてよく使われるようになっています。
「チョイス・フェミニズム」は構造的問題を見過ごしてしまう
——職場や家庭、政治や教育などあらゆる分野で個人が尊重されることはいいことのように思いますが、何が問題視されているのでしょう?
ダニエルさん 「チョイス・フェミニズム」は個人の選択を尊重するあまり、社会的・経済的な問題の構造を見過ごすことにつながると指摘されています。
そもそも、「チョイス・フェミニズム」という言葉が初めて使われたのは、2006年に弁護士・作家であるリンダ・ハーシュマン氏が出版した書籍『Get to Work: A Manifesto for Women of the World』の中でした。ハーシュマン氏は「単に女性が選んだというだけで、その選択が必ずよいというわけではない」と主張するため、当時女性たちのあいだで人気があった「女性の選択はすべてフェミニスト的である」という考えを「チョイス・フェミニズム」と呼び、それに対する批判を展開しました。
例えば女性が自身の選択の結果として主婦になることを選んだとしても、その背景に社会的圧力や経済的な制約がなかったかについては考慮しなければなりませんし、その選択は男性中心的な価値観の社会の中で行われている以上、社会的な影響から完全には逃れられていないという可能性は無視できない。
専業主婦になるという選択だけではなく、例えばAV女優になるとかパパ活をするなどといった選択についても考えなくてはいけない。お金を稼ぐ手段として自分の性を売りにすることは、一見すると性的自己決定権が女性の手にあり、そうした選択は尊重されるべきとも語られますが、現在の社会が男性中心的であり女性はその影響を必ず受けていること、そしてその女性の選択が結果的に男性にとって都合のいい社会構造につながっていることについては議論すべきです。それなのに「本人の選択だから」といって議論を封じてしまうことが問題だと言われています。
選択は完全に「自由な意思」に基づいたものではなく、内面化されたミソジニーの影響や、社会に染みついた家父長制の影響を受けているのです。そういった社会からの影響を無視することができない限り、女性が選択したからといってそのすべてを手放しに肯定するべきではない、という問題提起こそが「チョイス・フェミニズム」への批判です。
——「チョイス・フェミニズム」の姿勢が、家父長制の風潮を強化することにつながりかねないんですね。
ダニエルさん 整形や脱毛といったルッキズムにまつわる選択も同じです。“可愛くなりたい”“痩せたい”という願望は、特定の美の基準に当てはまらなければ、偏見や差別を受けてしまうかもしれない、という社会の圧力からくる不安の影響などを少なからず受けています。どうして、見た目がよくないといけないのか、その美の基準は誰が決めたのか、という構造を考えるべきですよね。
そういえば先日、脇に塗るコンシーラーをおすすめしているインフルエンサーがSNSで批判されていました。本人は脇の色素沈着というコンプレックスを克服して「自信を持つ」ためのツールだと主張していましたが、そもそも女性がこうした劣等感を植えつけられるのは、家父長制的な考え方や資本主義的な考えが根強くかかわっているよね、という議論が改めて話題になりました。
——そう考えると、自分の日々の選択が、家父長制や資本主義の考えから逃れたものなのか疑わしくなってきます。
ダニエルさん そうですね。そうやって一度立ち止まることが大事だと思います。
フェミニズムの課題を補完するインターセクショナリティの視点
ダニエルさん 「チョイス・フェミニズム」が行きすぎてしまったせいで、基礎的なフェミニズムの議論が置き去りにされていると思うんですよね。
「お金を稼ぎたいから girlbossになりたい」という人に対して、「それは彼女の選択だから尊重する」というだけなのはあまりに短絡的に止まってしまいます。女性が自分をエンパワーするために、金銭的に裕福になりたいと思うのはなぜなのか。影響力を持つことに固執したり、拝金主義に傾倒したりすることについて、それが女性自身の選択ならそれを「尊重する」「批判してはいけない」と判断するだけで終わりになってしまうのは、元凶である社会構造への批判を避けることにもなってしまう。
例えばアメリカのセレブ、カイリー・ジェンナーが若い頃から整形を選択してきた理由を「自信を持ちたかったから」と公言していますが、そもそも女性が自信を持つためには胸や唇が大きく、男性ウケするようなセクシーな見た目でないといけないのか?彼女のような影響力を持つ人がこのような価値観を発信することで、若い女性たちへの悪影響になってしまっているのではないか?といった議論はたくさんされてきました。カイリーがどのような選択を取ろうと自由ではあるし、その選択は否定されるべきではないけれど、その選択が必ずしも「フェミニスト的選択」だとは限らない、そしてその選択が社会全体に対しては悪影響を及ぼしている可能性がある、という議論です。
——男性から見たときに魅力的かどうかという視線で自分を見てしまっているかもしれない。つまり、男性の視線というフィルターを内面化していることを考える必要がありそうですね。
ダニエルさん 本来のフェミニズムはインターセクショナルじゃないと効果を発揮しないはずなんです。
——フェミニズムは、インターセクショナル(この世にある差別は、例えば「女性差別」「黒人差別」「同性愛差別」といったように分類されるものだけではなく、「黒人の女性」の人が受ける差別や「アジア人で同性愛者の男性」「身体障害を持つ白人女性」が受ける差別など、個人が持つ複数のアイデンティティが組み合わさって起こる特有の差別が多数存在しており、その現状に目を向けることで、これまで社会で語られてこなかった差別について考えたり、複数の社会問題の重なり合いについて考えること)であることが欠かせないと。
ダニエルさん そもそもフェミニズムは、一部の女性を救うだけじゃなくて、さまざまな抑圧を受けている人に配慮をすることではじめて「救い」になるはず。フェミニズムが変化を求めていることの根幹にある家父長制による抑圧、資本主義に基づく性的搾取、ミソジニーといったあらゆる問題は、白人女性だけではなく、黒人やアジア系、ラテン系などのあらゆる人種、ノンバイナリーやトランスジェンダーといった多様なジェンダー、障害を持つ人などが抱えている問題にもつながります。
それなのに、例えば「どんな過激な選択であっても、女性のエンパワーメントのためならその行動はむしろ推奨されるべき」などといった個人の考えがフェミニズムとしてポップにとらえられてしまうと、多様で複雑につながっている差別の根幹や社会的背景に目を向けづらくなってしまいますよね。
かたくなに議論を受け付けない姿勢は、本来のフェミニズムとかけ離れている
——「チョイス・フェミニズム」への批判を受けて、今後どう変わっていくと思いますか?
ダニエルさん フェミニズムを理論から学び直して、「チョイス・フェミニズム」的考え方を見直そうという声が少しずつ大きくなると思います。なぜなら、「本人の選択だから尊重されるべきで、他人がとやかく言うことではない」といった理屈でかたくなに議論を受け付けない姿勢は、さまざまな問題を議論することで差別をなくし、搾取や抑圧から、あらゆる人を解放することを目指す本来のフェミニズムの発展を妨げてしまっているからです。
これまでのフェミニズムの波が時代を経て、議論を重ねて大きく変化してきたように、時代や環境が変わればフェミニズムのあり方も変わるということを忘れてはいけないと思います。
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画像デザイン/坪本瑞希 構成・取材・文/浦本真梨子 企画/木村美紀・種谷美波(yoi)